異世界でのランチは菓子パンにしますか?それともわたし?
小学生の頃、夢の中で少女は一人の美しいエルフに出会った。
彼女は言った。
「私の寿命は尽きようとしています。異世界の人、どうか私に変わりこのエターナルランドを守ってください。」
少女はエルフの願いを聞き、その世界の王女となった。
やがて時は経ち、少女は現実社会では中学生となる。少女は一人の少年に初恋をした。
想いを伝えることができないまま時間が過ぎていく。
ある時、エターナルランドに邪悪な雲が生じた。雲はこの世界を滅ぼそうとする。
夢の世界の王女として少女は戦うが、雲はこの世界を覆い尽くそうとしていた。
「おい、浅井。浅井拓!」
下校しようとしていたら担任に呼び止められた。
「お前、高野の家って帰り道だろ。ちょっとこのプリント届けてくれや。」
「ええ、嫌だよ。誰か女子に頼んでよ。」
「そう言うなや。今週中に提出なんだわ、これ。」
「仕方ないなあ、そのかわり中間考査の問題教えて。」
「そんなことしたら俺はクビだ。じゃ、頼んだぞ。」
高野綾はクラスの中では少しだけ浮いた存在・・・。
別にハブられていると言うのではない。
なんと言えばいいか、隙がないのだ。
話しかければ普通に答えるし、グループでの共同作業もちゃんとこなす。
むしろクラス委員や当番など、嫌なことは彼女が引き受けてくれる。
「高野といるとさあ、自分がバカに思えちゃうんだよね。」
と女子たちが言っているのを聞いたことがある。
彼女は特別な存在だ。どこか違う世界に生きている存在、お姫様のような。
正直なところ、僕も彼女はすこし苦手だ。
坂道の上り坂の途中にある低層マンションが高野の家だ。
「はい、あ、浅井くん。ちょっと待ってね。」
インターホン越しに聞く彼女の声は少しかすれて聞こえた。
エントランスからエレベータに乗る。
3階で降りて、高野と表札のある扉の前でもう一度インターホンを押す。
ロックの外れる音がして、彼女が姿を現した。
前開きのピンクのパジャマの上から白いガウンを羽織った彼女は、熱のせいか頰が赤くなっている。
さっきまで眠っていたのだろうか。
髪の毛もすこし乱れていた。
「あ、高野。こ、これ先生からプリント。今週中提出だって。」
「ありがとう。」
ドアによりかかった高野さんはだるそうな手つきでプリントを受け取った。
そのまましゃがみこんでしまう。
「お、おい。大丈夫?」
「うん、大丈夫よ。ちょっと立ちくらみがしただけ。」
「お母さんいないの?」
「今日はどうしても休めない仕事があるから。大丈夫よ、夜になったら帰ってくるし。」
そういう彼女の様子はどうみても大丈夫には見えない。
「ちょっとごめん。」
額に手をあてる。熱い・・・。
熱のせいか、意識を失っているようだ。救急車を呼ぶ?
今なら近所の病院もやってる。
ええい、この際仕方ない。
僕は彼女を抱きかかえ、近所の病院まで運び込んだ。
病院で点滴を打ってもらうと、彼女の熱はさがり、今は眠っている。
「熱で消耗しただけだから大丈夫ですよ。」
と看護師さんが言っていた。
彼女のお母さんにはメモを残してきたし、戻ったら迎えにきてくれるだろう。
そろそろ、帰るとするか。
「たかの〜、帰るよ。」
僕は、彼女の病室のドアを開けた。まだ眠っている。
布団は腰のあたりまでめくれていて、ピンクのパジャマの上のボタンが外れていた。
少しだけ胸の膨らみが見え、ぼくは慌てて目をそらす。
そういえば、抱きかかえた時も柔らかい感触があたった。今更ながらに思い出す。
胸のドキドキは家に帰ってもおさまらなかった。
その夜、僕は高野の夢を見た。
夢の中の彼女は白い半透明の服を着て、髪には花飾りをつけている。
彼女はこの妖精の国の王女様なのだ。
なぜか僕はわかった。
彼女の周りには羽の生えた掌ほどの大きさの妖精たちが飛び回っている。
傍らには角のはえた馬、ユニコーンが寄り添っている。
彼女がそっと息を吹きかけるとそこは一面の花畑となる。
きれいだな・・・と僕は思った。
花畑が・・・・とこじつける。
彼女は満足そうに花畑を見回し、そして僕を見つけた。
目がびっくりしてまん丸になり、口元を押さえた。
「え?どうして私の夢に浅井くんがいるの?」
僕たちは丘の上の一本の木の下で並んで座っていた。
「この夢の世界では、私は自由なの。」
「いつからこの世界にいるの。」
「小学1年生の頃からだから、もう8年になるかな。」
彼女が手元の花に優しく触ると、花は蝶に変わり舞い上がった。
この世界は彼女の世界だ。
「それで、なぜ、浅井くんが私の夢の中にいるの。」
僕は困惑した。それは僕もわからない。
「さあ、なんでなんだろう。今日のことと関係あるのかな?」
あっ、と言って彼女は口をおさえて赤くなる。
「今日はありがとう。病院に連れてってくれたんだね。」
そして、学校では見たことのない笑顔をみせた。
彼女がこんなに可愛いなんて・・・・・。
ああ、そうか、やっぱりこれは夢なんだ。
突然、空の向こうから黒い雲が向かってくる。
「やつらだわ。」
「やつらって?」
「わからない、とにかくやつらなの。」
その雲は1週間ほど前から夢の中に現れていて、だんだんと近づいているらしい。
昨日はその雲が頭上を覆い尽くしたところで目が覚めたそうだ。
僕にも、その雲が悪意を持っていることがわかった。
僕は高野に言う。
「君は下がっていて。僕が君を守る。」
背中の剣を抜き、盾を構える。
雲はやがて凝縮し、実態化した。
「我こそは、闇の帝王ブーダラなり。王女よ、今日こそお前の命をもらう。」
「そんなことさせないぞ!。」
僕は剣で切り掛かり、ブーダラは魔術でそれをはねのける。
「浅井君、頑張って。」
彼女の応援が僕に力を与え、僕はとうとうブーダラを追い払った。
「畜生、覚えていろよ。我はまたやってくるぞ。」
高野さんが僕の背中に抱きついた。
「ありがとう浅井君。私を守ってくれて。」
僕は振り返り彼女を抱きしめて言う。
「好きな娘を守るのは勇者の務めだよ。」
どうせ夢なんだから・・・勇者になりきろうと思った。
高野さんは真っ赤になる。その姿も可愛い。
「でも、あいつ、また来ると言っていたわ。」
「大丈夫だよ、綾。僕がまた守ってあげる。」
そういうと彼女は僕の顔を見つめていった。
「ありがとう、拓。ずっとずっと私を守ってね。」
こんな夢ならまた・・・・・・・。
次の日、高野さんはいつも通り学校に来ていた。
熱はすっかり下がったらしい。
僕は昨日の夢を思い出し、ちょっと胸がモヤモヤした。
授業中も彼女のことが頭から離れない。
昼休みになった。
購買にパンを買いに行くがサンドウイッチはすでに売り切れだ。
仕方なく菓子パンを買い、中庭に出る。
こんな天気のいい日は太陽の下で食べるにかぎるさ。
風に乗っていい香りがしてきた。高野さんがいた。
ぼくは冷静さを装って言う。
「やあ、高野さん。元気になって良かったね。」
彼女はちょっと頰を赤くした、
「ありがとう、助かったわ。で・・・・その。」
とランチボックスを僕に差し出す。
「お礼にと思って作ってきたの。もしよかったら食べて。」
とりあえず周りを見渡す。誰も見ていない。こんなところをクラスの連中にみられたら何言われるか。
「浅井君っていつもお昼パンだから。栄養偏っちゃうと思って。」
「うち母さんが朝弱いから。でも、プリント届けたくらいでそんなの悪いよ。」
「いいの、倒れている私を病院にまで連れていってくれたし。」
彼女は小さな声で呟く。
「私を・・・・・・雲から守ってくれたし。」
僕はびっくりした。
「え?え〜〜〜〜〜〜〜〜????」
高野さんはそんな僕を見て、可愛らしい笑顔で言う。
「これからも、ずっとずっと守ってね。」
それは夢だけど・・・・・、夢じゃなかったんだ。
その後、夢について彼女といろいろ話した。
どうして僕が彼女の夢に入れたのか?あの雲はなんだったのか?
理由ははっきりわからないのだけれど、あの世界”エターナルランド”は、すくなくとも僕と綾の間では確かに存在しているようだ。
それから僕は彼女の夢の中で過ごすようになった。
いずれきっと、現実でも、一緒にすごすようになるのかな?
二人の関係はクラスメイトも冷かさなくなるくらいになったことは間違いない事実だ。