9『臨戦状態』
「ネロ・バラ!」
たった今教えてもらったばかりの、何が発動するかも分からない術式を唱える。
全く予想の出来ないその魔法であったが意外にも、簡単な作りの物が発現した。
「よし!いい感じなの!お姉さん、これにメガロってつけて唱えてみて!」
「えっ。メガロ・ネロ・バラ!」
一瞬類が何をいっているのか分からなかったが、何とか脳みその隅の方が理解し、反射的にその術式を唱える。
先程はサッカーボール大の水の塊がポツンと浮かんでていたが、今度は私よりも大きいサイズの同じく水の塊が発現した。
「でかっ」
「いい感じなの!」
ルイは止まったままのその水球に手を突っ込むと、行ってなの!と叫んだ。
──ん?今この状況で、私に何処かへ行くのか?
と、一瞬頭にハテナマークが浮かんだが、それは勘違いだった。
「おお」
ルイが手を突っ込んだ水球はのろのろと動き出した。
どうやらルイは、水球に対して行けと言ったらしい。
なるほど。魔法は発動するだけでは勝手に動き出さないのか。
「お姉さん!ぼーっとしてないで動いて!」
「ああ!すいませんっ!」
何故か幼女に対して敬語を使ってしまったが、そこは気にしないでほしい。
──そうだった。
つい、初めてまともに発動した魔法に見惚れてしまっていたが、それどころではなかったのだった。
「あいつ、今どこ!?」
「見えないが、恐らく25メーターぐらい先だ!」
ラリアンの鋭い声が草原に響く。
その声でラリアンの存在を思い出し、彼女の方を向く。
するとラリアンは、何故か大量に壁を築いていた。
「は!?何してるの?」
「これか!?これは……、すまない、あとで説明する!」
双方とも焦っているからか、さほど距離も遠くないのに大声で会話する。
あとで説明するって……。気になって仕方がないのに。
きっと、戦闘が終わると忘れているに違いない。
「お姉さん、集中して!」
「ごめんなさいー!」
この子はもしや、私よりも大人なのではないか……?と、ルイに軽く怯え、前方を向き直す。
前方には、今もなおのろのろと進む水球の、たったの3メートルしか進んでいない様子が見えた。
「遅くない?」
「大丈夫なの。それよりも、見てて。面白いことが起きるよ、なの」
「面白いこと?」
ルイに指されて水球の方を見ていると、何かが水球の向こうで迫ってきているのが見えた。
「あれ何?」
一応、ルイに問うたつもりだったが、聞こえているのかいないのか、返事がない。
取り敢えず、そのまま見つめてみる。
「うー……ん?」
「やった!」
私には状況がよく掴めなかったが、ルイは何故か手をあげて喜んでいる──その反動で私の左手も掲げられた──。
水球の向こうの影が消えたのはついさっきのことだが、正直、何が起こったのかさっぱり分からない。
「えっと……?何が起きたのかな?」
「敵の攻撃を防げたの!万々歳なの!」
「えっ」
──まさか私の知らないうちに敵からの攻撃があったなんて……。
その攻撃を防いだせいなのか、先程より水球のサイズが小さくなっている気がする。
小さくなった水球は、少し進むスピードがが速くなったようだ。
「あっ。見える……」
水球が小さくなってくれたお陰で、向こうに人影が確認できるようになった。
少し遠いのではっきりとは認識できないが、何となく人型の黒い塊が見える。
その塊はだんだんと近づいて来ていて、明らかに敵だろうことが予想された。
「やばいヤツはあいつなの……」
「あいつね……」
少しずつ近づいて来て見えるようになった人影をじっと見つめる。
顔を確認。──特にこれといった特徴のない顔だ。髪も服も漆黒。
しかし、それでも威圧感は満載だ。明らかに強敵であることが見て取れる。
──この世界に来たばかりなんだけどなあ。
再びの”死”もあるかも知れない。
不安を胸に抱えながら、ルイの手をぎゅっと握りしめる。
「大丈夫だよ、お姉さん。ルイがついてるの」
「ありがとう、ルイ」
励まされてしまった。
でも、もう大丈夫だ。この手を繋いでいれば、何でもできるような気がする。
──私はこの子のために、小さな一歩を踏み出すんだ。
「おやおや。ご本人自ら登場のようだ。君だよね、ナツメ君、って子は?いやあ。感動だね。まだ光は見えないみたいだけれど、利用価値は十分にある。殺せ、っていう命令が勿体無いくらいだよ。でも、命令は命令だ。僕はこの任務を執行しなければならない。さあ、おいでよ。僕はもう待ちきれないんだ」
そうして、私達の苦しい戦いの火蓋は切られた。