7『創世の魔女』
「危ないもの?」
「うんっ。悪意を持った、誰かがいるの!」
ルイが珍しく緊迫した表情を作って、頭を抱える。
初めは何かの冗談かと思ったが、ルイがそんな嘘をつくとは思えないし、マスターもリナンもその事についてルイを問いただしている。
「どのくらい離れてるんですか!?」
「本当にここに向かっとるのか!?」
連続で質問されたのにも関わらず、ルイはその一つ一つに丁寧に答える。
「まだ、結構遠いの。しかも、ゆっくり。でも、確実にこの街に来てるの」
「やばいな」
マスターは深刻な顔をして、独り言ちる。
「そんなにやばい事なんですか?」
「ええ、もちろんです。前に、しかも割と最近、政府の回し者から攻撃を受けたんです。それでマスターは今満足に動けない状態でして……」
「ええっ!」
と、大げさに驚いてみたはいいものの、事態の異常さはまだ理解できていない。
「──この街で政府軍とまともに戦えるのは、マスターだけなんですよ」
「創生の魔女よ。我の願いに応えよ!」
両手を宙に掲げ、空に向かって叫ぶ。
どうしてまたこんな中二病的な行動をとる事になってしまったのかと言うと、まあ、これも本当かどうか分からない中二病的な話だ。
──「この街には、ある云い伝えがあります」
リナンは恐怖の語り部の様にトーンを落として喋り出した。
「この世界は、1人の王と4人の魔女によって創世されたと云われています。その魔女のうちの一人、創世の魔女は、この街に封印されているという文献が残っているんです」
「それでそれで?」
──「その魔女と契約をすれば、襲撃に対抗できるかもしれません」
はじめに目覚めた遺跡がまさかこういうふうなところだとは思わなかった。
文献には、この遺跡に魔女が封印されているらしい旨のことが書いてあった。
祠ではないから封印されている感じがしないが、応じてくれると信じて叫ぶ。
「封印から目覚めよっ!」
本当に赤面しそうなほど恥ずかしくなったが、やり切った。
もうこれ以上私に出来ることはない。
両腕を下ろし、ひと休憩するも、封印が解ける様な気配はしない。
「あれれ?」
「おかしいですねえ」
この場にいるのは私とリナンだけなので、ルイの声はしない。
そして、現れるであろうと思われていた創世の魔女の声もしない。
「本当に当たってるんですか?あの本」
「ええ。それに、ナツメさんはここに来たばかりで異空間との繋がりも強いですから、絶対に応えてくれると思ったんですけど……」
「それ、確証全くないじゃないですか」
「テヘヘ……」
リナンは少し舌を出した可愛い顔をして私の方を向いた。
私はそれに少々イラっときたのでそっぽを向いてから、ボソッと呟く。
「テヘヘじゃないですよ。もう、こんなのやってても仕方ないです。帰りましょう」
「そうなりますよねー」
リナンの意外な返しに、私は目を剥きながら彼女に振り向く。
もう少し引き留めるかと思ったが、意外とあっさりしていた。
別に悪い事ではないので、遺跡から立ち去ろうとする。
と、驚いた事に後ろから声が掛かった。
「おい、待て。私を呼んだのはお前らか?」
「およ?」
ふたり同時に後ろを振り返ると、先程までは何も無かったはずの遺跡の中央に人が立っていた。
「あなたが……」
「ああ。私が創世の魔女さ」
大きな魔女帽を被った黒髪の美しいその女性は、口角を少し上げて靴音を鳴らす。
どうやら足を広げたらしかった。
「ふっ。そんな事で私を呼んだのか」
「そんな事って何ですか!とても重大な事態なんですよ!?」
勇敢にも伝説の魔女様に口ごたえしたのはリナンだ。
私は彼女の威圧に当てられてあまり喋れていない。
「まあ、いいさ。契約してやろう。おい、そこの小さいの。少し寄ってこい」
「へ?」
「お前だ」
そう彼女が指を指したのは私だ。
指名されてはどうしようもないので、小刻みに肩を震わせながら渋々彼女に近づく。
「そう怖がらなくともいいというのに……」
「な、何でしょうか?」
「お前、ナツメ・アスカだろう?」
「ええ。そうですけど……」
なぜ私の名前を知っているのだろうか。まだ教えていないのに。
しかも、ここでは誰にも言っていない名前まで……。
「なら、お前が私と契約をしろ。そうしたら協力してやろう」
「ええ」
正直怖くてこれ以上近づけないのに、契約をしろだなんて。
と言うか、契約ってどうするのだろう。
「……ナツメさん。頼みますよぉ」
首を傾げていると、耳元からリナンの情けない声が聞こえる。
懇願されては仕方があるまい。
「分かりました。や、やります」
「よし、いいだろう」
魔女様は私に手を伸ばした。
「握れ」
──さっきから命令口調が激しいな。
と思いつつ、渋々彼女の手を取る。
「我、精霊魔術師ラリアンは、汝ナツメ・アスカと女神の下で契約を交わす。この契約は永遠に続くと約束しよう」