5『覚醒』
「マナを、ですか?」
マナを操る事は基本的に出来ない、とリナンは言っていた筈だ。
もしかして、それが女神の言っていた特別な能力、なのか。
「ああ。試しにやってみい」
そう言うので、何か教えてくれるのかと思ったが、マスターは全く動かない。
困ってリナンを見ると、リナンは苦笑いをした。
「私は出来ないので、どうすればいいか分からないです。ごめんなさい……」
何かしら知っているとばかり思っていたので、思わず目を見張る。
さあ、ここでどういう行動を取るのが正解なのか。
中二病的に想像力を働かせて魔法を使えばいいのか、このまま固まっていればいいのか。
答えは、マスターが教えてくれた。
「空気中に広がる力を感じ取ってみい。何かが感じられる、かもしれん」
「はあ」
あくまで可能性の話だし、取り敢えず中二病でもなんでもやってみるか。
目を閉じて、情報をシャットダウンする。
音が聞こえる。匂いは……特に何も感じない。
そして、力というものの感じは……。
「何にも感じないっ!」
目をカッと開いて、周りの目も気にせず叫ぶ。
──力ってなんだ。そんなもの感じるわけないじゃないか。
「あちゃー」
「やっぱそうじゃろうな」
その叫び声にふたりは特になんの文句も言わずそれぞれの感想を述べる。
「やっぱ、って……」
「ワシは、知り合いの魔導師に聞いたやり方をそのまま伝えただけじゃからな。あやつは、最初から使えたわけでは無かったと言っておったから、お前さんも訓練してみたらどうじゃ?」
「でもマスター。まだ使えると決まった訳じゃありませんよね?」
リナンが実に最もな事をマスターに問いかける。
──本当に。まだ使えるかも分からないのに。
「いや、使えるに違いない。なぜって、知り合いの魔導師と同じ雰囲気を持っておるからな。まあ、やってみい。でないと、今日から武術の訓練をすることになるぞ?」
「あっ、や、やってみます」
──真面目に、運動だけは嫌だ。
運動をするぐらいなら、中二病になった方がいい。
「じゃあ、ここの庭にある小屋に行って来なさい。座布団の上でやったら雰囲気が出るんじゃないかのお?」
そんなこんなで、実に趣のある小屋の中で座禅を組むことになった。
──マナを感じる、ねえ。
分からなさすぎる。
座禅を組みだしてから、もうかれこれ3時間が経ったような気がするが、やり始めた時からなんら変わった気がしない。
唯一気付いたのは、この街がやたら静かだということだ。
車の音はもちろんしないし、人の声も大して聞こえない。
自分の呼吸音と、心臓の音しか聞こえない。
でも、意外と飽きてはこなかった。
こうして集中して何かに取り組むことが、久し振りだったからなのかもしれない。
「お姉さん、何してるの?」
突然、私の呼吸音と鼓動音に誰とも知らぬ高い声が混じってきた。
驚いて目を開けると、銀髪のあの少女が私の顔を近くでまじまじと見つめていた。
「わあっ!」
声とともに、手を後ろにつく。
ルイは首を傾けると、無邪気に言った。
「お姉さん、ナツメさん、だったっけ、なの。ここで何してるの?」
「ナツメでいいよ、ルイちゃん。私は……」
「あ!分かった!言わないでね……」
ルイは口を尖らせて再び私の顔をまじまじと見つめ出した。
どうやら、私が何をしていたか当てようとしているようだ。
答えが出てくるまで、しばし待つ。
「マナを探してるんでしょ!なの」
「えっ……。その通りだけど」
まさか当てられるだなんて思ってもみなかった。
どうして分かったのだろう。
「あのね、ルイはね、このツノでね、マナの動きを感じられるの。でね、お姉さんの周りのマナがね、こう、動きたいーって言っててね、多分ね、マスターに言われてここに来たのかなって、思ったの!」
「へえ。正解だよ。すごいね。ルイちゃんのその力、お姉さんにも少し分けてくれないかなあ」
「嫌だっ、なの。でも、少しやり方なら教えてあげられるの」
ルイは私の顔を覗き込む。
──それにしても、可愛いなあ。
鋭いツノも気にしなくなるぐらい、顔が可愛い。
「えっ、嬉しいなあ。……教えて?」
「いいよ!ルイがジキジキに教えてあげる、なの!」
「あのね、マナはね、光だと思えばいいの。そしたらね、ブツブツーてしてるのがみえてくるの」
「うーん」
光、かあ。
再び目を閉じてみるも、何も感じない。
そんな私に気付いたのか、ルイが私の手を握ってきた。
「ルイが手伝うの」
ルイの手の温もりを感じながら、また目を瞑る。
すると、何かがみえてきた。
光に反射する埃のようなものが、空中を漂っている。
「みえる、みえるよ!」
「そしたら、フォス・デルモティタスって言ってみて」
「フォ、フォス何?」
聞き取れなくて聞き返してしまったが、ルイは嫌がらずに丁寧に教えてくれた。
「で、る、も、てぃ、た、す」
「デルモティタス?」
「うん。当たってるの」
「フォ、フォス・デルモティタス!」
唱え終えても、何かが変わったような感じはしなかった。
そこで、ルイからお声が掛かる。
「おめめ、開けてみてなの」
恐る恐る目を開けてみると、驚いたことに、目線から1メートル程先の空間に仄かな光がフヨフヨと浮かんでいた。
明らかな異常現象だ。これは自然に生み出されたものとはまるで違う。
「すごい!出来たの!ルイのおかげ、なの?」
「そうだね。ルイちゃんのお陰だね」
感謝の意味も込めてルイの頭をクシャクシャと撫でる。
──お陰で、武術の訓練をせずに済んだ……。
ホッと一息つき、座禅を組んでいた足をのばすと、光は形を崩して消えた。
名残惜しいような気もするが、どうせこれから何度も出来るようになるのだ。
自分の手を見つめていると、ルイがそこに割り込んで来た。
「そう言えば、お姉さんは、転移者さんなんだよね?、なの」