06-04 魔王国の夜/眠り姫
これまでのあらすじ:矢口に身バレした。
姉さん達とも打ち解けた矢口は、会話の節々で笑顔を見せるようになった。うん、仲良くなったようで嬉しいよ。
「先輩、どうかしましたか?」
「ユーちゃん、ニマニマしてます」
おっと、顔に出てたか。
「“身内”と“身内”が仲良くなってくれるのは、嬉しいからかな」
その言葉に、皆もニッコリ笑ってくれた。
「あぁ、そうだ。矢口にもこれを渡しておこうか」
いつもの三点セットを手渡し、簡単に使用方法を説明する。
「宝物庫は要らんかもしれないけど、一応な」
「あ……ありがとうございます、先輩!」
嬉しそうに、遺失魔道具を胸元に掻き抱く矢口。……そ、そこまで?
「……あ、あのさ、あんまりここに居続けると、他の勇者達に不振がられるんじゃないかな!?」
「視線、動きましたね」
「左、右でした」
「それは、もういいから……!!」
あー、この部屋暑いなぁ!
「でも、そうですね……先輩達のご迷惑になりそうですし、そろそろ退散しますね……」
「いや、迷惑なんかじゃないよ。ただ、勇者コミュニティで矢口の立場が悪くなるのはよろしくないからね」
「……ほぁぁ」
何だよ、その反応は……。また後程、念話で話していいかと問われて首肯すると、矢口は上機嫌で部屋に戻っていった。
「でも、良かったですね。これでユーちゃんも、一つ心配事が減ったんじゃありませんか?」
……し、視線を動かさないぞ!!
「まぁ、それはね。確かに矢口に何かあれば、転移魔法で助けに行けるし……」
それに、同じ日常を共有していた彼女の、笑顔が見れたのは……ちょっと、懐かしくって、安心した。
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姉さん達が部屋に戻り、僕は何となく離宮の外に出てみた。
特に意味は無いんだけど、オーヴァン魔王国の夜風に当たってみようと思い立ったのだ。
「……夜は冷え込むなぁ。北だからか、やっぱり」
「そうだね。今は暖かい季節だからマシだけど、寒い季節は極寒の地になる」
声をかけられても、驚かない。無論、マップで気付いていたからだ。
「魔王陛下、こんな所にお供もなしに来て大丈夫なんですか?」
「無理に敬語じゃなくていいよ。他の英雄同様、僕も君を身内の一人と思っているからね」
気心知れた仲とまではいかないが、友好的なのはありがたいね。
「さて、余計な邪魔が入らない今だからこそ、話せる事もある。何か僕に聞きたい事があるんじゃないかい?」
聞きたい事、か。確かにいくつかあるな。
「一つ目なんだけど……アンタは何で父親である先代魔王を討伐する事を、決意したんだ?」
「普通なら躊躇う部分を、ズバッと聞いてくるねぇ」
苦笑して、魔王は答えた。
「その答えは単純でね。僕と先代魔王は血が繋がっていながら、親子ではなくなったのさ」
懐かしむように、遠くに視線を向けながら魔王が語り出す。
……
先代魔王は、かつては普通の為政者だった。美しい王妃と二人の子供に恵まれ、魔王国を治めていたそうだ。
——しかしある日……王妃が何者かに殺害された。
その日から、先代魔王は何かに取り憑かれたかのように、力を欲するようになった。そして軍備増強、多種族の国家への侵攻、非人道的な魔法実験を繰り返す。
「そんなある日、僕は母の死に不審な点があった事に気付き、独自に調査をしていたのだ。結果、解ったのは……母を殺したのは、先代魔王だった」
当時は王子だったアマダムが魔王を問い詰めようと、魔法の研究を繰り返す実験場に向かった。
そこに先代魔王は居なかった……が、そこで目の当たりにしたのは、絶望的な光景だった……妹である王女が、まるで凍り付いたように動かないのだ。
そして、部屋の中に居る先代魔王の部下達もだ。
その部屋に入り、王女を救出しようとした兵士が同じように静止する。
「後に解った事なのだが、そこで行われていたのは時空魔法の実験だった。失われた時空魔法“停止”……その実験に、先代は失敗したのだろう」
彼は母に続き、妹も先代魔王に奪われた。
怒りと絶望で、アマダム王子が魔王に対し反旗を翻そうとしたその時、彼の前に現れたのは一人の人間族だった。
男の名はレオナルドといい、アマダムの怒りと憎しみに侵されかかった心を癒した。
その豪快な性格と、種族の違いも気にしない大らかさで。
アマダムは、レオナルドと共に旅に出る事にした。理由は簡単、彼がとんでもない事を言い出したのだ。
「妹さんにかけられた魔法、そいつを解く方法を探しに出れば良いじゃねぇか! 何なら俺も付き合うぜ?」
そんな方法があるはずがないと思う気持ちと、もしかしたら見つけられるかもしれないという気持ちが鬩ぎ合い……彼は、後者を選んだ。
そして、レオナルドと旅をする中……彼らには仲間が増えていった。
「レオは不思議な男でな……昔から、彼の周りには人が集まった。それも種族関係無しにな」
そして、今で言う英雄達が集ったのだ。
そんな中、クロイツ教国によって勇者召喚がなされた。無論、目的は暴虐の魔王オルバーンの討伐。
しかし、召喚された勇者は魔王そっちのけで、己の欲望を満たす為に国家を利用し、更には他国の姫君を求めた。
拒絶した国は、魔王ではなく勇者に襲われた。
そして、イングヴァルト王国……その国の王女アリアを、モノにしようと接触して来た勇者シマ。
しかしアリアは既にレオナルドと愛し合い、将来を約束していた。当時のイングヴァルト王は娘の幸せを願い、シマの要求を跳ね除け……そして、殺害された。
レオナルドは勇者討伐を決意し……とうとう、邪悪な勇者シマを討伐してしまったのだ。気合と根性で。
「メチャクチャだな、父さん!!」
「うん、メチャクチャだったよ!! しかし、レオじゃなければシマに殺られていた。それがこの世界においては幸運な事だったんだ」
そして、彼は勇者の称号を引き継ぎ、魔王オルバーン討伐に乗り出した。
「僕が偽名を使ったのも、それからだね。王位簒奪の為に勇者に協力した等と思われたくなかったんだ」
成程、偽名を使った理由はそれか。
「そして、余達は先代魔王を討伐した……その後、余はこの国をよりよい国にし、多種族との関係を改善する事をレオ達に誓ったのさ」
勇者物語の裏話……か。しかし、気になる点がある。
「王女様……妹さんはどうなったの?」
「……明日、会わせてやろう」
声のトーンからして、きっと妹さんは……。
……
「さぁ、一つ目の質問はこんな所かな。二つ目は何だい?」
努めて明るい声で、魔王はそんな風に質問を促す。
「その眼について聞きたい。“魔眼”ってのは、どんな力があるんだ?」
そう、魔王アマダムの技能欄には“魔眼Lv19”というスキルがある。僕の“竜眼Lv3”と似たスキルなのではないかと思ったのだ。
「視界に収めた者の情報を表示するスキルだ。その者の情報が表示されると同時に、余の魔力が及ぶ範囲ならば俯瞰視点で見る事が出来る」
海岸にいた僕達の様子が解ったのは、そのスキルによるものだったのか……成程ね。
「それで、君の“竜眼”は?」
「情報が表示されるのは一緒だけど、他には特に……Lv3だからかな」
レベルアップすれば、他にも見えるようになるのかもしれないけど。
「さて、他に質問は?」
「あぁ、これが最後の質問だ。僕達は“蘇生魔法”と“欠損回復魔法”を探している」
「残念だが、余もその魔法については知らない。だが心当たりはある」
心当たり……か。いや、それで十分だ。
「教えて欲しい、仲間の為にその二つの魔法を見つけたいんだ」
仲間達との約束を果たす為なら、何でもするつもりだ。
「……大迷宮だ」
大迷宮……世界に七つある、大規模迷宮か?
「大迷宮の最深部に、失われた力が眠るという話は知っているか?」
「いや、初耳だ……まさか、それが?」
「眉唾物だと言う者もいるがね。僕は何かしらの物品か、魔法か……それらが眠っていると推測している」
……大迷宮、か。
「感謝するよ、魔王陛下」
「ユート、僕の事はアマダムと呼べ。他国の王子達のようにな?」
何でそれを知っているんだよ!!
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アマダムと別れ、僕は離宮に戻る。すると、そこでは勇者達と姉さん達が何事かを話していた。
「どうしたの?」
僕が声をかけると、マサヨシが僕をキッと睨む。何だよ、僕が何をしたって言うんだ。
マサヨシはそのまま、踵を返して部屋に戻っていった。
「……何があったの?」
姉さん達が偉い不機嫌そうな顔をしているし、勇者達も気まずそうな顔だ。
口を開いたのは、矢口だった。
「鏑木さんが、皆さんを私達のパーティに勧誘したんです」
「ナンパされたんか」
「いや……あくまでパーティ勧誘のつもり……だと思うんだけどね」
気まずそうに言うマナに、ちょっと疑問が湧く。
「普通のパーティ勧誘じゃなかったのか?」
僕の言葉に、その場に居る全員が溜息を吐く。
「ユーちゃんの事を、悪く言われたんです」
「それで、私達もついカッとなってしまいまして……」
あー、言い争ったな、これは。
「僕の為に怒ってくれて、ありがとう。でもまぁ、程々にね」
苦笑しながらそう言うと、姉さん達は表情を和らげた。
「すみません、先輩。私達が止めるべきだったのに……」
「気にしなくていいよ矢口。リーダー格なんだろ、アレ。言い難い事もあるだろうしさ」
そんなやり取りに、二人の勇者が目を丸くした。あっ、前世での関係は悟られないかもしれないけど、余所余所しい態度が無い事で疑問を抱かれているぞコレ。
……女たらしと思われるのも癪だな。
「さっき矢口にも言ったんだけど、一々畏まられるのも面倒くさいんだよ。だから、君達も気楽に接してくれ」
「はぁ……それで、先輩っていうのは?」
「説教した時の僕が、矢口の知り合いの先輩ソックリだったらしくてね。そうだ、君達の事も名前か名字で呼ばせて貰っても良いかな?」
「あ、成程。そういう事ですか! じゃあ、マナって呼び捨てで呼んで下さいね! 私もユートさんって呼びますから!」
「はい、解りました……えっと、ユートさん! 僕もユウキで結構です!」
「あぁ、よろしくねユウキ、マナ」
勇者マサヨシは、知らん。
「……あのっ!」
矢口が、僕を真剣な顔で見ている。
「わ、私の事もメグミと呼んで下さって大丈夫です!」
……う、うん。そんな全力で来るとは。
「わ、解ったよ、メグミ」
おーい……何か口元緩んでるぞ。
しかし、さっきのムードはちょっと尋常じゃなかったな。何を言い出したんだ、あのアホ勇者。
『先輩、聞こえますか?』
おっと、矢口……じゃない、メグミからの念話か。
『あぁ、聞こえるよ。どうしたんだ?』
『……さっきの件です。鏑木さんは、先輩がキリエさん達を誑かしている悪人だと決め付けたように話したんです』
……ほぉ。
話を聞くと、こんな感じらしい。
——曰く、僕は人を殺す事を躊躇わない危険な男だ。海岸で魔人族を皆殺しにしたのが、それを物語っている。
——曰く、僕は姉さん達をコレクションか何かだと思っている。その証拠が奴隷であるアイリだ。
——曰く、自分ならそんな事はしない。自分と一緒に来てくれれば危険な戦いはさせないし、アイリも奴隷からすぐに解放する。
——曰く、勇者の仲間として、一緒に旅をしよう。実力ある銀級冒険者の姉さん達なら、勇者の仲間として相応しい。
それに対し、姉さん達がキレた。
「黙って聞いていれば、身の程を知らずにベラベラと。貴方はユーちゃんに指摘された事が、全く身に染みていないんですか?」
「貴方達の命の危機を救ったユート君に対して、その物言いはどういう了見ですか? 恥を知るべきです」
「私は自分の意志でユート様の奴隷として同行しています。私達の絆を知らない貴方にどうこう言われる筋合いはありません」
「私達は富や名声の為にユートさんに同行しているのではありません。ユートさんだからこそ、側に居たいと思って同行しているんです」
情け容赦無しに、斬って捨てたらしいな。
『関わりたくないなぁアイツ』
『……そう思うのも無理は無いですよね。何と言うか、悪い人間では無いと思うのですが、思い込みが激しい人なのかもしれません』
今までは、そんな事は無かったんですけどね、と付け加えて、念話は一旦途切れる。
そこに、執事っぽい人が来たからだ。
「大変お待たせ致しました、お食事の用意が整って御座います」
恭しく一礼し、執事さんは僕達を案内する。VIP待遇よね、コレ。
……
食事の席に通され、席に着く。後から、侍女さんに案内されて勇者マサヨシもやって来たが……その表情は厳しい。
彼が来た事で、僕の周囲の姉さん達もフラストレーションが溜まっているようだ。後で、少しガス抜きに話を聞いてあげよう。
用意されたディナーを堪能し、僕達は部屋に戻る。
姉さん達を連れて退席する僕に、厳しい視線を向ける勇者マサヨシ。にこやかに手を振るマナ、苦笑いしながら一礼するユウキ。そして、メグミは一緒に来たそうな顔をしていた。
……もし何なら、転移魔法陣を開いて部屋に招くか?
その後、僕は女性陣の愚痴大会を聞かされた。
「何なんでしょう、あの人は。あんなのが勇者だなんて世も末です!」
姉さんは僕を貶されているからか、勇者マサヨシに対してかなり否定的だ。
「私もあの人は好きになれませんね。特に、自分という存在を過信している感じが受け付けません」
「同感です、貴族の子弟と同じですね。自分に絶対の自信を持っているようですが、あの自信は何処から来るのでしょうね」
公爵令嬢勢は、ああいう感じのタイプに言い寄られた事があるんだろうか。かなり拒絶感を露にしている……珍しいな。
「そもそも、ユート様に対してあのような態度を取る資格すら無いのに、身の程知らずにも程があります。誰のお陰で生きていると思っているんでしょうか」
アイリも僕が貶された事に対して、憤慨しているようだ。
やれやれ、僕の為に怒ってくれたのは嬉しいが、そんな顔はしていて欲しくない。皆、笑っている方が可愛いからね。
何とか四人を宥めて、機嫌を直して貰おうと右往左往していた。
しかし、何で僕が勇者マサヨシのせいで、彼女達をフォローしなければならないのだろう? 本当に碌な事をしない奴だなぁ。
更に、途中から勇者マサヨシに激おこなのを理由に、僕と一緒に寝ると言い出した女性陣。
流石にそれはまずい。ここは野営のテントの中でも、アーカディア島の屋敷でもないのだ。
何とか説得しようと試みて……結局、一緒に寝る事になりました。
やはりローテーションが組まれているようで、姉さん・アリス・アイリ・リインの並びで両脇に二人ずつが寝る形になっている。
……魔王城の客間、何でベッドがこんなにでけぇんだよ、狭ければ言い訳できたのに。でも寝心地いいわ。
……
ちなみにメグミは勇者勢で集まって、今後の事を話し合うとかで来られなかった。
『……先輩の所に行きたいのは山々なのですが、鏑木さんがヒートアップしてしまっていて……それも、先輩への対抗意識を燃やしているみたいなんです』
また変なのに絡まれるのか……もううんざりなんだけど。メグミには、姉さん達には言わないでね、とお願いしておいた。
『なので、今夜はそちらにお邪魔出来ないようです……残念ながら』
凄く残念そうに、それはもう残念そうに念話で報告して来た。埋め合わせ、するから。
……何と言うか、さ。
やっぱり、察しはするよ。自惚れじゃ無ければだけど、メグミも僕を憎からず思ってくれているんじゃないかなぁって。
姉さん、アリス、アイリ、リイン……彼女達の気持ちも察せない程、鈍感じゃないつもりだ。多分、皆僕に好意を抱いてくれている。
しかし、エルフの国は一夫多妻だったけど、他は一夫一妻だし……いや、一夫多妻ならって話でも無いとは思うんだけどさ。
そもそも、誰か一人を選べない僕が悪いのだ。
皆には済まないと思っている。でも、男として誰を選ぶのかを明確にし、一人一人に向き合って応えられない今、僕が誰かと恋仲になる資格は無いだろう。
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翌朝、僕達はアマダムに呼び出された。
勇者勢はいない。理由は簡単、夜遅くまで起きていたせいで、まだ眠っているようだ。
ちなみにマップで確認した所、ちゃんと自分の部屋で寝たらしいね。
僕達? 姉さん達は寝れたよ、僕は一睡も出来なかったけど……何も、不埒な事はしていません。
「昨夜はお楽しみでしたね?」
「殴るぞ、お前」
というか、どうしてそんなネタを知っているんだこの魔王!
さて、呼び出された用件だが……。
「君達に、会わせたい者がいるんだ」
最初に、アマダムはそう言った。きっとそれは、昨夜の話にも出て来た件だろう。
……
王宮から少し離れた、白い建物。僕達はそこに連れて行かれた。
警備の兵士達が、アマダムを見た瞬間に背筋を伸ばし、道をあける。
「お疲れ様、いつもありがとう」
そう言って笑顔で通るアマダムに、兵士達は一礼した。
なるほど、周囲の者達に随分と慕われているのは、そういう部分か。
確かにこういう対応一つ一つで、印象って言うのはグッと変わるからね。やるな、魔王。
……建物の中に入り、アマダムの先導で歩く。
通路も白一色ではあるのだが、魔王城の芸術めいた廊下とは違った。無機質で、何処か寒々しい印象を受ける。
そして、建物の最奥部。そこは、大きく開けた大広間のような場所だった。
大広間には、物言わぬ彫像のような“何か”と、その中央で目を閉じて眠る“誰か”。真実の目がその正体を教えてくれる。
彫像のような何かは魔人族の研究員と、一部は兵士だ。
そして、唯一寝台のような場所で眠る少女……その体躯は魔王アマダム同様、十代前半くらいに見える。
一糸纏わぬ姿に、銀色の長い髪の毛。閉じた瞳、腹の上で組まれた手。
胸や腹が動いていない、呼吸をしていないのがわかる。まるで、童話の眠り姫のようだ。
王女……いや、今はアマダムが魔王だから、王妹か。
彼女が、先代魔王の実験の被害者。
失われた時空魔法“停止”の再現の為に、停まった時の中心に閉じ込められた少女。
——クリスティーナ・ガルバドス・ド・オーヴァン。
それが彼女の名前だった。




