05-05 決断/バハムート
これまでのあらすじ:勇者召喚について聞いたんだけど、気に食わないです。
翌朝、僕はパーティメンバーを集めた。
「これから話す事は、僕の個人的な考えだ。それについて、忌憚なき意見を聞きたい」
多分、これまでにないくらい僕は真剣な表情をしているだろう。それに対し、四人のメンバーは1つずつ、頷き返してくれた。
「えぇユーちゃん、魔王国へ行きましょう」
「ユート君、魔王国に行きましょう」
「ユート様、魔王国だろうと付いて参ります」
「ユートさん、魔王国に向かいましょう」
「うん、何で解ったし」
僕の返答に、四人共苦笑する。
「アルファ君達の話の時に、ユーちゃん怖い顔してましたよ?」
「今にも飛び出しそうでしたね」
バレバレだった理由はそれか!
「それに、ユート様は現魔王が求める他種族との和平を、あまり疑ってらっしゃらないと思いました」
「ユートさんは、他者の言葉だけで納得するタイプではないでしょう? 自分の目で確かめて初めて、確信を持つ人だと思いましたから」
よく解っていらっしゃる。それだけ、普段から僕を見てくれているという事なのかな。
「……よし、クエスト王国の次は、オーヴァン魔王国へ向かう。悪いが、付き合ってくれるかな」
僕の言葉に、四人は笑顔で首肯してくれた。
……
方針が固まり次第、僕達は行動を開始した。まずは、アルファ・ブリック・マックに対して連絡を入れる。
『またトラブルに首を突っ込むのか、ユート』
『敵陣に乗り込む気か? 相変わらずメチャクチャだな』
『ユートなら、敵を全て殲滅して事を治めそうな気もするが……』
失礼な奴らめ、僕を何だと思っているんだ。
「僕は本気だし、魔王国が敵陣とは現段階では思っていない。だから、余程の事が無い限りは敵対するつもりも無いよ。それでさ、神託の内容を改めて聞きたかったんだ」
本当に、神託は魔王を示していたのか。そこが気になるのだ。
魔と言えば、魔人族以外にもう一種族いて、そいつらが世界中で暗躍しているからな。
『……成程、悪魔族か。ヤツらを知らない者は、確かに魔と言われると魔人を連想するかもしれん』
『確かにそうだな。もしかしたら、神託が悪魔族を指している可能性はあるかもしれない』
『うむ、神官に問い合わせる事にするよ。解り次第、こちらから連絡する』
「すまないけど、頼むよ」
出来るだけ、正確で詳細な情報が知りたい。友人達に手間をかけるのは気が引けるが、ここは押さえておきたいポイントなので我を通す事にした。
……
その後、イングヴァルト・ミリアン・ヴォルフィードの国家元首へ、世界の窓で連絡を試みる。
世界の窓による、三カ国+αの対談……僕は一体、何様なのか。
そこで、各国のトップにオーヴァンへ向かう事を告げる。
流石の国家元首達も、僕の奇行(自覚はある)を止めようとして……そして諦めた。言って聞くヤツではないと思われているんじゃなかろうか。
『危険を察知したら無理をしてはいけないよ、ユート君』
アンドレイ叔父さんは、叔父として僕を気にかけてくれている。
『ユート殿なら問題無い気もするが、相手は一国家まるごとかもしれん。十分に注意を払って欲しい』
獣王・バナード陛下は、王としてよりも一人の獣人族として心を砕いてくれた。
『ユート殿、貴殿は転移魔法を使えるはずだ。いざという時は、我が王宮を転移先にしてくれて構わない』
メイトリクス皇帝陛下も、同様に僕達の身を案じてくれた。
オーヴァン魔王国の国家元首である魔王アマダム。彼がまともな人物であれば、四大陸・アーカディア島に最も近い王達を集めて、和平の為の話し合いの場を作るのもいいかもしれない。
ついでに、情報を更に集める。
勇者召喚は神の助力が必要と言われており、神託を受けた各国は我先にと召喚を試みた。そして、七つの国家が勇者召喚を成功させたそうだ。
——東の大陸では三カ国。
クロイツ教国で二名、ヒルベルト王国で二名、ギルス帝国で一名。国境を接している事もあり、クロイツ教国とヒルベルト王国は顔合わせの為に動き始めているとの事だが、ギルス帝国はそれを拒絶しているそうだ。
——西の大陸では、シンフォニア王国が二名、ラルグリス王国が三名。両国は関係が悪く、どちらも独自に勇者の強化を進めているという。
——そして南の大陸、ニグルス獣聖国が召喚した勇者二名、リレック獣皇国が召喚した勇者が二名。こちらは即座に話が進められ、既に顔合わせを実施済みだそうだ。
東に五人、西に五人、南に四人。総勢十四名の勇者が召喚され、いずれも魔王国への進軍を計画しているという。
ところで、僕が関わりのある三カ国は召喚を試みなかったのか? そう質問したら、想定外の返答が返された。
『ユート君、シマや勇者レオナルド、そして君を知る者として問おうではないか。レオや君と接点がある我が国が、シマの例を踏まえて不確定な人物を召喚すると思うかい? 』
『うむ、召喚された三人目の勇者の例もある。召喚した者が、もしかしたら残虐非道な人物とも限らん。それよりも、身近で信頼できる人物を私は取るよ』
『左様だ、英雄ユート殿。余達は貴殿を買っている、それは承知しているであろう? いざという時は、貴殿に伏して懇願するまでだ』
国単位の信頼は本気で重いから止めて欲しいな!!
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さて、クエスト王国で優先するタスクは残り一つ、マルクに依頼している”ある物”の作製だ。多分、今日には仕上がるはずと言われている。
「クエスト王国の観光は、また改めて来るか」
「ユーちゃん、文化や風習を学ぶという建前ではなく、本音の観光と言い切りましたね」
そう? 僕の中では、観光=文化や風習を学ぶなんだけど……まぁ、そもそもこの世界に観光という概念があまり無いからなぁ。
そんな事を考えつつ、マルクの工房へと転移魔法陣を開いた。
「あれ、留守か?」
「そうみたいですね?」
「意外ですね。これまでのマルク様を考えれば、何かあれば腕輪で連絡してくれると思ったのですが……」
僕はリインやアイリの言葉を聞きながら、マップを開いて……顔を顰めた。
「ユーちゃん?」
「恒例行事だ。魔物が王都に向けて侵攻中、数は五千。マルクはそっちに行っている……ん? ジョリーンさんの体力が危険域だ!」
すぐに対処しなければ、彼女の生命が危ない!
僕は了承を得る手間も惜しみ、門弾を撃つ。
「姉さん!」
「はい!」
回復の法術を使えるのは、現在姉さんだけだからな。
転移魔法陣を潜り抜けて、目前に現れた魔物に対し銃を撃つ。周囲にはドワーフ達がいて、武器を構えて魔物と戦っている。
「ユート!?」
「マルク、ジョリーンさん! 何があった!?」
見れば、彼女は右腕と右足を欠損していた。出血がひどく、顔面は蒼白だ。
「”……かの者の傷を癒せ、治癒!! ”」
姉さんの詠唱が済み、回復法術が発動する。コレで、出血などは抑えられるはずだ。
「魔物の巣に、攻撃を仕掛けた馬鹿がいたようだ。それで怒った魔物が王都を目指し、つられて他の魔物も押し寄せたらしいな」
なんてはた迷惑な。グレン……では無さそうだね、アイツらはこの辺りで魔物に対処するドワーフに加勢している。
「姉さんは治療が必要な者に回復を! アイリは姉さんを警護してくれ! アリス、リインは遠距離攻撃でドワーフに加勢を!」
「ただちに向かいます!」
「キリエ様、護衛致します!」
「はい、加勢に向かいます!」
「解りました、ユートさん!」
姉さん達に指示を出し、僕はマルクとジョリーンさんに向き直る。
「ジョリーンさん、痛みはどうですか」
「……痛みは引きましたが、これでは……はは、冒険者は廃業ですね。クラリスも、守ってやれなかった……」
その言葉に、僕は慌ててマップを確認する……クラリスさんは、もう亡くなっていた。
リリルルさんは重症だが、既に姉さんが治療を開始している。エルザさんは……すぐ側で戦っている。
おそらくは残った二人に魔物を近付けまいと、奮戦しているのだろう。
……自分の中で、何かが切れる感覚。
「マルク、頼んでた物は出来たか?」
「ユート……お前、まさか……」
マルクの言葉に、”俺”は答えない。感情を制御するのに、必死だった。
マルクは俺を見て……そして、頷いた。
「俺の工房の奥の棚だ。代金はいらねぇ、ジョリーンを回復してくれたのでチャラだ」
「感謝する、マルク」
すぐに門弾を使いマルクの工房へと戻る。
奥の棚に、それはあった。黒い鎧だ。
ミリアンで初めて悪魔族と対峙した時に着ていた黒いボディスーツを着込み、その上から鎧を身につけていく。その際、刻印付与で”軽量化”だけはかけておく。
まずは脚の装甲、次いで腰回りの装甲。両腕の装甲を身につけ、胴体胸元の装甲。
最後に、頭を覆うヘルムを身につけて完了だ。
いい鎧だ、流石はマルク。
一瞬の感心の後、すぐに門弾で転移魔法陣を開く。
……
転移魔法陣を抜けた先では、ドワーフ達が必死に連携しつつ魔物に抗っていた。
「ユート、やるのか」
転移魔法陣はマルクの持つ遺失魔道具を起点にしていた為、すぐ側にマルクが居るのは当然。そして、この鎧の作者であるマルクが、黒い鎧姿の人物が俺だと解るのも当然だ。
「マルクはジョリーンを守れ。もう、指一本触れさせる気はないがな」
そう言い残し、魔物達との戦い……その最前線へ向かう。
俺の接近に気付いたゴブリンが、武器を手に駆け寄り……グシャッ!! という音と共に、肉塊に変わる。大した事はしていない……ただ頭を殴り、潰しただけだ。
「さぁ……殲滅の時間だ!!」
それを皮切りに、俺は駆け出し魔物に突進する。体術をメインに一撃で魔物を屠っていき、その注意を引き付ける。
『ユートさん、援護します!!』
その念話の直後、俺の死角へ滑り込んでいた魔物の頭部に矢が突き刺さる。狙い違わず、その矢は魔物の脳を破壊していた。
『攻撃魔法、準備しています。発動時に連絡を入れます!』
アリスも攻撃魔法の詠唱中らしい。
『ユート様、大方の治療は完了しました、これよりユート様の援護に向かいます!』
『いや、アイリと姉さんは右翼・左翼に分かれて対応してくれ。倒し切れずとも、俺の方へ魔物を押し込んでくれるか』
俺の指示に、二人は即座に戦闘区域の両翼へ向かった。
ジョリーンさんやリリルルさんを傷付け、クラリスさんの命を奪った魔物達。俺の友人に手を出したこいつらは、一匹残らず殲滅し尽くす。
周囲のドワーフ達が離れているのを確認し、地雷を放つ。
更に宝物庫から銃火器を取り出し、射線に仲間やドワーフ達がいない事を確認しつつ引き金を引く。大量殺戮兵器・ガトリングガンで魔物は半分死ぬ。
それで生き残った奴には至近距離からのショットガンや、パイルバンカーをお見舞いして死ぬ。
動きの素早いやつも、地雷に誘導してやれば勝手に死ぬ。姉さん達がうまくやってくれているようで、魔物が次々と襲い掛かってきては憐れな肉塊になっていく。
まだ、こんなもんじゃ済まさない。専用の門弾を空に向けて放ち、範囲攻撃用遺失魔道具”破滅を呼ぶ星”を戦闘区域上空に配置する。
破滅を呼ぶ星の砲塔は、今回は”魔導砲デストラクター”にしてある。直下に放たれた魔導砲が、そのまま移動する。
コントローラーで向きや射線を変えられるように作ってあるからな。
魔物の活力の元は魔力だ、それをデストラクターで吹き飛ばしたらどうなるか。魔力欠乏状態で身体に力が入らず、起き上がる事すらままならない的になる。
あまりの事態に呆然としていたドワーフ達も、身動きが出来なくなった魔物達に向けて武器を手に駆け寄っていく。
友や家族、恋人……大切な者達を奪われた者も多いだろう。気が済むまで、殺るといい。
さぁ、こっちは残りの片付けだ。
まだ魔力が残った魔物や、斜線から逃れた魔物も少なくない。
複数体が固まっている箇所にミサイルを撃ち込み、まとめて葬る。
動けない魔物を攻撃しているドワーフを狙っている魔物の動線に、グレネードを放って爆殺する。
逃げようとする魔物の前方に門弾を撃ち、”破滅を呼ぶ星”の真横からノーロープバンジーをさせる。
諦めず俺に向かってくる魔物もいたが、大半は地雷による自滅で逝った。運良く地雷を逃れた魔物達は、相手をしてやる。
一発殴るか、一発蹴るか、頭部を掴んで握り潰すかで、魔物は死んだ。今回は遊び心など無い、ただひたすら殲滅する。
……
いよいよ魔物も後わずかといった所で、動ける魔物達が逃走を始めた。
「逃さねぇよ」
銃剣の刻印付与を起動させ、レールガンを連続で放つ。マルクの武器強化でレールガンも、弾速や連射速度が上がっているな。
更に弾を篭め直し、残る魔物達を撃ち貫く。
憐れ五千の魔物達は、一匹残らず殲滅された。
……
戦闘の最中、俺はクラリスの遺体を捜索しており、混乱に紛れて遺体を宝物庫に収納してある。死後十分、といったところか。
宝物庫の中なら、時間が経過しないので腐敗も進まない。そうすれば、もしかしたら……蘇生の手段が見つかるかもしれない。
悪いが、同様の措置を他のドワーフ達にするつもりはない。これは身内だからこその、特別対応のつもりだからだ。
残るはジョリーンとリリルルの欠損した身体の一部をどうするかだな。こちらも、手段を模索しなければならない。
<アーカディア卿、聞こえますか? 聞こえますか?>
聞き覚えのある声に振り返ると、そこにはクラリスが居た。身体は半透明で透き通っており、宙に浮いている。
「クラリス、もしかして幽霊に?」
<どうやらそのようです。アーカディア卿が戦っておられたので、冥土の土産にその姿を見届けてからあの世へ逝こうと思っていたのですが……アーカディア卿、私の身体を消していませんでしたか?>
……見ていたのか。
「蘇生の手段が見つかるまで、君の体を俺の遺失魔道具の中に保管した。その中なら時間が停止しているから、君の身体は腐らずに済む」
俺の言葉に、クラリス(幽霊)が目を見開く。
<そのような事が可能とは……貴方は一体?>
「ただのしがない付与魔導師さ。だから、成仏するのは待ってくれるか?」
俺の言葉に、クラリスは一縷の望みを見たかのうように頷く。恐らく、幽霊となったクラリスを見る事が出来たのは竜眼のお陰かな。
……
さて、今の格好は目立つし、そろそろ一旦お暇しようかな。そして何食わぬ顔で、皆に紛れよう。
そう思っていたのだが、ある人物……そう、グレンが僕の元へ歩いてきた。これは面倒事の予感。
「失礼、貴殿のご活躍を少しばかりですが拝見致しました」
……おや? 意外にもまともな対応。
「さぞかし名のある戦士か騎士とお見受けしました。一騎当千の貴方の名を、このグレンめにお教え願えませんでしょうか」
ユート、と名乗るわけにはいかない。アーカディアも知られている。
どうする、僕!! 何か、何かいい考えは無いか!!
『ユーちゃん、状況は把握しています。彼にはこう名乗って下さい』
素晴らしいタイミングで姉さんの助け舟!! 流石姉さん、愛してる!!
中々名乗らない僕に、グレンが訝しげな表情をしている。
「私の名は……そうだな、“バハムート”とでも呼んで貰おうか」
姉さんの指示に従ってそう名乗る。
「……バハムート」
名乗りに対し、グレンはその名を魂に刻み込むかのように呆けている。
しかしこの女好きが、姿を隠しているとはいえ僕にこんなに丁寧な対応をするとはねぇ。
ちなみに、何でバハムートなんだろう?
『あの神竜の呼び名の1つなんです。本人……本竜? は知らなかったようですけれどね』
へぇー、なるほどね。神竜の加護を持っている僕にピッタリの名前ってわけか。
『ユート君、転移ではなく魔力駆動二輪で走り去るのがいいと思います』
『はい。その後で転移して、私達の側にこっそり来ればいいでしょう』
『そうすれば、ユート様とバハムートの関与を疑われずに済むと思います』
なるほどね。皆、流石だ。
「……まだ行かねばならない所がある、私はこれで失礼する」
そう言って、魔力駆動二輪を宝物庫から取り出す。
まだ何か言っているグレンを無視し、僕はそのままヴォルフィード側へ向けて走り出す。
これで、謎の男バハムートが魔物の大群を倒した事になり、僕の事は明るみには出ない。マルクに鎧を作ってもらって正解だな。
余談だが、見た目は一般的な鎧とは異なる。日曜の朝、子供達を夢中にさせるあのヒーロー特撮、結構好きなんだよね。
 




