00-05 左目/王子
これまでのあらすじ:何かたくさん魔物が出た。
どうも、ユートです。
頭で考えるより先に、身体が動くタイプでは無いはずだったんですけどね。どうやら僕は、思ったよりも猪突猛進なのかもしれないです。
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傷付いて倒れている人を見た瞬間、僕の足は勝手に動いていた。
それなりレベルの剣術と体術しか無い僕が、魔物の大群と戦う兵士に加勢した所で、状況が変わるとは思えない。それでも、出来る事があるはずだ。そう、付与魔導師として!
「“ディフェンスライズ”!!」
兵士達に向けて、付与魔法をかける。兵士達は、百人くらいいる。連続で付与魔法を発動!
「“ディフェンスライズ”!! “ディフェンスライズ” “ディフェンスライズ” “ディフェンスライズ” “ディフェンスライズ” “ディフェンスライズ” ッ!!……」
「ふ、付与魔法!?」
「今度は“アタックライズ”!! “アタックライズ”!! “アタックライズ”!! “アタックライズ”!! “アタックライズ”!! “アタックライズ”!!……」
後ろから駆け付けた姉さんは、怪我をして後方に下がっている兵士の下へ向かった。
「手当てしますので、ジッとしていて下さい。“偉大なる創世の神に請い願い奉る……”」
あれ? 法術? 法術って、神官とかが使える魔法とはちょっと違うヤツだって聞いたけど。姉さんって魔法使いじゃないのか……って、そうか。
創世神様の使いである天使だ、どっちかと言うとそっちの方が出来てもおかしくないじゃないか。とりあえず、怪我人は姉さんに任せよう。
……
付与はし終わった。それなら僕は援護を……そう思って、兵士達に守られている少年を見つけた。
——僕達と、同じ年くらいの少年。
「……っと!!」
人型の魔物……ゴブリンが僕に向かって剣を振り下ろす。しかし、ノロい。
「父さんに比べたら、ノロマだっ!!」
避けると同時に、ショートソードでゴブリンの首を斬り付ける。
「何だ、このガキは!?」
「おい、遊びじゃねぇぞ!」
「クソッ、逃げろ小僧!」
兵士達の言葉を聞きながら、僕は魔物に斬り付ける。
父さんの鍛え方が良かったんだろうか。自分にもかけてあった付与魔法で強化された僕も、このレベルの魔物ならばそこまで苦も無く戦えるようだ。
しかし数が余りに多い。父さん仕込みの剣技が無ければと思うと、冷や汗が出る。そうでなければ僕はとっくの昔に、確実に奴らの胃の中に収まっていただろう。
「……なんだ、このガキ?」
「おい、こんな小僧が戦ってるんだ! 気合入れろお前ら!!」
「このっ!! 息子と同じくらいの男の子をっ、殺させてなるもんかよ!!」
近くにやって来て、迎撃体勢に入った兵士達。それにより、僕の負担は大分軽くなったと思う。
しかし、そんな気の緩みが悪かったのだろうか。ギィンッ!! という激しい金属音。
「あっ、しまっ……!!」
声と金属音に、顔を向けると……。
「ッアアアアァァッ!?」
——左目に突如走る激痛。
焼ける様に痛みが奔り、集中は乱れ、喉が枯れる程の大声で叫ばずにはいられない。
痛い。
痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。
これまでは、危ない場面では父さんや母さんが守ってくれていた。この時、改めて実感したのだ……命を賭けて、戦うという意味に。
迫る魔物の気配、死が身近に迫る。
痛い。
だが、それがどうした?
痛い。
こちとら、日常的に脳筋親父に鍛えられているんだ!!
痛い。
突き出した剣、ザシュッという肉を突き刺す音と、柄から伝わる抵抗の感触。
あーっ痛いんだよ!! 痛みで発狂しそうだが、そんな事してたらすぐに魔物に蹂躙されて死ぬ。死ぬ気で耐えてやる……!!
「ユーちゃん、大丈夫ですか!?」
心底心配そうな姉さんの声に、必死に返答する。
「痛い! 見えない! やばい! 大丈夫じゃないから、さっさと終わらせて休みたい!!」
姉さんは僕の左側で細剣を構え、魔物達を睥睨する。
「私の可愛い弟に傷を付けたんです、楽には逝かせません」
随分と物騒だ、この天使。
……
戦いに乱入して、一時間くらい経っただろうか。
「……終わったか」
その言葉通り、魔物達は森から出て来なくなった。警戒していた兵士達も緊張を緩めた。
「……はぁぁ、生きた心地がしなかったぜ……あっ、それよりも坊主!!」
ヒゲを生やした兵士が、僕に駆け寄ってきた。
左目に突き刺さった剣先は、戦いの最中に何処かに振り落としたようだ。
「うっぉ……いてえぇぇ……!!」
終わったと思ったら、左目の痛みが割り増しで襲い掛かって来た気がする。
「うわっ……ひでぇ……」
「お、おい……眼球が無いぞ……」
僕の顔を覗き込んだ兵士達が、顔を顰めた。
それにより、静まり返ったせいだろうか……次に誰かが放った言葉が、やけに響いた。
「ケッ、ガキが戦場に割り込んで来たんだ、目玉一つで済んでラッキーだろ」
心無い言葉、しかし正論でもある。だから、僕はその言葉に大して憤りも何も感じなかった……のだが。
「邪魔です、どいて下さい」
「ハフゥッ!?」
チーン……という擬音が聞こえた気がするのは、気のせいだろうか?
今の言葉を吐いた兵士の背後から、その少女……姉さんが蹴り上げたようだ……股間を。それも、結構な勢いで、情け容赦なく。
「こっ……小娘っ……てめっ、何……っ!!」
「ユーちゃん、傷口を見せて下さい……あぁ……これでは……」
金的を喰らわせた兵士をシカトして、姉さんは僕を正面から見つめる。
「こっ……このガキッ!!」
痛みに耐えながら、兵士が姉さんを睨む……股間を押さえ、地面で芋虫状態になりながら。
「死ななかったから良かったじゃ済まされねぇぞ! お前らみたいなガキが遊び半分で飛び込んで来れるほど、戦場は甘くはねぇんだ!!」
自分でも、何で飛び込んで来たのか解ってないんだよね。しかし、痛みで僕は何も言えないし、姉さんは絶賛シカト中だ。
「このクソガキ……てめぇら、このまましょっ引いて……!!」
回復してきたのか、立ち上がってこちらに近寄ろうとする兵士。周囲の兵士が制止しようとする中、幼さを残す、しかし凛とした声が割って入る。
「よい、その者を責めるな」
「で、殿下!? で、ですがっ!!」
声の主は、先程チラッと見た金髪の少年だった。
「よいと言った、控えろ。そんな事よりも、早くその少年の左目を治療せねばならん。そこの娘は法術を使えるのだろう? 早く治癒してやれ」
「はい、そうさせて頂きます」
真剣な表情で、正面から僕の顔を覗き込む姉さん。
「ユーちゃん……完全に眼球が破壊され、欠損しています。法術でも、欠損を癒す事は……」
「大、丈夫……解って、いる……」
首を突っ込んだ代償だ、命があっただけでもありがたい。
「とり……あえず、血を……」
「はい、すぐに」
そしてようやく、姉さんの治療が始まった。麻酔みたいな効果の法術もあるのか、痛みが引いた。
それを察したのか、少年が僕に向けて話しかけてくる。
「治療しながらで悪いが、状況を確認しておきたい。何故、戦いに飛び込んで来た?」
「すみません、自分でもよく解らなくて……魔物の大群に、倒れている人を見たら……身体が勝手に動いていました」
その言葉に、少年は呆れたような溜息を吐く。
「勇敢さと蛮勇は別と心得るのだな」
「……仰る通りで」
肝に銘じよう。
「ふぅ、まあ良い。お前達、名は?」
それ、最初に聞くべきじゃないかしらん? と思ったけど、口には出さない。
何か容姿とか所作から、この少年は身分的に高い存在……そんな気がする。
「僕はユートと言います、こちらは姉のキリエです」
「ふむ、ユートとキリエ……か。今回の件は決して褒められたものでは無いのだが、受けた助力については素直に礼を言わせて貰おう」
おっと、意外や意外……まさか、礼を言われるとは思わなかった。
「意外と言う顔だな?」
「い、いえ、そんな事は……」
「誤魔化さずとも顔に書いてある。事実、ユートが付与魔法を兵達にかけてからは、魔物討伐の速度が上がっていた。更に、キリエの法術で怪我人は治癒され、以降は死者もわずかに抑えられた。受けた助力に、私は感謝しているのだ」
そういう割には、少年の視線が胡散臭いものを見る目です、本当にありがとうございました。
そんな中、横槍が入る。
「殿下!! この少年の手荷物からこんな物が!!」
そう言って、僕達の持ち物検査をしていた兵士が出したのは、あのメダリオンと手紙だ。
「これは……!!」
メダリオンを手に、少年が僕達を睨む……少年の剣幕に、ちょっとビックリした。
……
姉さんによる治療も終わって、左側の視界は失ったが激痛に苛まれる事は無くなった。
そんな僕らは、現在少年の前に跪かされた。兵士達に、強制的にだ。その様子を見て、金的を喰らった兵士がニヤニヤしている……器が小さい事だ。
ってか、コイツの剣先折れてるじゃんか。僕の左目に刺さったの、コイツの剣だ!!
嫌味でも言ってやろうとしたが、少年が話しかけて来たので出来なかった。
「それで? これを何処で手に入れた?」
「父がイングヴァルト王国へ向かう際に必要だと持たせたものです」
「これが王家縁の者である事を示すメダリオンだと知っていたか?」
え、そうなのか。
「いえ、知りませんでした」
「王家縁の者の子なのか……?」
「ですが殿下、メダリオンを持ち出すとなると、出奔なさった陛下の姉君……王姉様くらいではないかと……」
少年と兵士が、ヒソヒソと小声で話し始めたが……おーい、聞こえてるよー?
それよりも……王家のメダリオン? 国を出奔した国王陛下の姉?
おい待て、やめろ、嫌な予感がして来た。
小声で何やら話していた少年と兵士が、こちらに向き直る。
「名乗るのが遅れたな。私の名は、アルファルド・フォルトゥナ・イングヴァルト。この国の第一王子だ」
王子様だったのか……そう言えば、殿下って呼ばれてたな。
「殿下とは知らず……ご無礼をお許し下さい」
とりあえず下手に出よう、日本人はそういうの得意よ。
「ふむ……お前達、一体何処から来た? 私の顔を知らないとなると、他国から来たのか? それとも……」
「私達は、この平原から西方にある海岸を渡った小さな無人の孤島より参りました」
姉さんの返答に、アルファルド殿下は更に胡散臭そうな表情になる。
「それは真か?」
「勿論です」
睨む殿下とそれに平然と返す姉さん……そこへ、兵士の一人が慌てたように横槍を入れた。
「で、殿下!! この手紙をご覧下さい!!」
おいおい、人の手紙を勝手に見るなよ。まぁ、王子様の身の安全の為って言われたら、ある程度は仕方ないとは思うけど。
胡散臭そうな表情でこっちを見ている兵士に対し、アルファルド殿下は驚いた後……非常に興味深そうな表情を見せた。
「いいだろう、お前達。私達はこれから王城へ戻る……お前達も一緒に来るといい」
……何ですと?
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王城に戻る馬車の中、アルファルド殿下の対面に座らされた僕達は、殿下から話を振られてはそれに応えていた。
その両脇には、無論屈強な兵士が控えていたし、僕達の装備や手荷物は没収されていたけど。まぁ、殿下の身の安全の為には仕方ないよね。
「そうか、父君に剣を習っていたという訳だな」
「はい、父と剣を合わせるのが日課になっております」
両脇の兵士の睨むような視線に反し、殿下の表情は穏やかに見える。
「ユート、君がかけた付与魔法も、父君が教えたのか?」
「いえ、付与魔法は母より教わりました」
「母君が……ふむ、両親の名を聞きたい」
何で名前なんか……と思わないでもない。だが、僕にも少し予感がしている。
「父はレオナルド、母はアリアと申します」
「レオナルドに、アリア……か」
そう言うと、殿下はうんうんと頷いていた。
一時、昼の休憩を取って更に半日かけて、馬車はようやく王都へと辿り着いた。
何でも馬を飛ばせば三時間ほどの距離らしいが、歩兵も混じっていた為に七時間ほどかかるのだと言う。
その間も殿下の話は止まらず、様々な話をした。次第に殿下は笑みを溢すようになり、殿下の話なども聞くことが出来た。
「では本日の行軍は、指揮を執る為の演習だったのですね」
「うむ。我が国では王子が十歳になると、指揮演習を行う事になっていてな」
とか。
「同じ歳頃の者達は居ないでもないが、接するのはやはり貴族ばかりだ。故に、身分だ礼儀だ作法だと喧しい」
「そ、それは……私ごときには解りかねます……」
とか。
「父上は時折、城を抜け出してな……何でも知人に会いに行っているだとか」
「知り合いですか……それは……えーと……」
とかね。
って言うか、国王陛下の知り合いって、まさかとは思うけど……ねぇ。
何か、僕の予感は当たりそうだぞ。チラっと姉さんを見ると、にっこりと微笑んでいた……これ、多分そういう事だ。