04-05 婚約者/決闘
これまでのあらすじ:晩餐会です、なう。
ヴォルフィード皇帝陛下に歓迎され、晩餐会の最中なのだが……ひっきりなしにくる挨拶、珍獣を見るような視線、疲れます。
『ユート君、お疲れみたいですね』
アリスが気遣って念話を送ってくれる。
『食事だけしてりゃいいってものじゃないんだよね、パーティーって。王族や貴族って大変なのね』
実際アルファは勿論、アリスやエミリオ、シャルも平然と挨拶に対応している。
そして、姉さんもだ。アイリは僕の側でそっと立っている……こやつ、僕を壁にしているな!
「失礼するぞ」
そんな僕達の下へやって来たのはマックだ。
「アルファルド殿下、晩餐会は楽しんで貰えているか?」
「ああ、お陰様でな。マックール殿下、挨拶に伺えず失礼をした」
「ははは、仕方あるまいよ。殿下達の下へ、貴族達がひっきりなしに挨拶に来ていたからな」
本当にひっきりなしだったよ。最初の三十分以降、ろくに食べれてない。
「失礼致します、殿下」
「リアンナ殿下」
おっと、婚約者のご登場か。リアンナ殿下のすぐ側にはリイナレイン様もいた。
リアンナ殿下とリイナレイン様が、僕に向き直る。
「ユート様が、冒険の話をして下さるとリインから聞きまして、伺わせて頂きました。私も興味がありまして」
「うむ、私もだ。ユートよ、聞かせてくれるか?」
まぁ、それは別に構わないんだけどね。
気付けば、姉さん達やエミリオ達も集まって来た。皇子や皇女、公爵令嬢に遠慮してか、他のエルフ達は寄ってこないな。
「もしかして、気を使わせた?」
小声で問いかけると、マックがにっこり笑う。
「貴族でもないユート達には辛かろう? 少し、緊張を緩めてやろうかとな」
ありがたい、マックはさり気ない気配りが出来る系のイケメンだなぁ。ちなみに、タメ語で会話している僕とマックに、リイナレイン様が驚いていた。
……
五年前のアルファとの出会いとなった、魔物の群れとの戦い。
冒険者になって初めて受けた、ゴブリン討伐依頼からの東の村防衛戦。
銅級への昇級をかけた、大迷宮近辺の間引きからの魔物の氾濫に対する殲滅戦。
ミリアン獣王国への旅で遭遇した盗賊を瞬殺し、アイリ達に出会った事。
王都レオングルでの悪魔族との戦い。
悪魔族を捕らえ、獣王陛下から叙勲を受けた事。
他にも、合間にあったちょっとした冒険の話をする。
思えば孤島から旅に出てから、まだ数ヶ月くらいしか経ってないのか。色々あり過ぎて、時間が経つのが早く感じるよ。
勿論、遺失魔道具の事なんかは省いて話す。そうすると荒唐無稽な作り話みたいに聞こえるだろうから、少し詳細を省いて、規模も控え目に言う。
僕の戦術は遺失魔道具の乱れ撃ちだからね!
しかし殿下達やリイナレイン様は、そんな話を楽しんで聞いてくれた。
「いや、実に興味深い話だったよ、ユート!」
「ユート様達は、凄い冒険をして来られたのですね」
「まるで、勇者レオナルド様のようです!」
興奮気味だな、そんなに気に入ったのかな、僕の話。
しかし、聞き耳を立てていた様子の貴族達は面白くなさそうな顔である。そして……。
「作り話で殿下に取り入るとは、短命で浅慮な人間族らしいな」
小声ですらないその言葉が、マックの耳に入る。
「彼の話、何をもって虚言と断じるのだバルボッサ伯爵」
マックの言葉に、名指しされた貴族は僕を見下したように笑って言う。
「知れた事でございましょう、その人間族は付与魔導師だというではありませんか」
はい、戦闘できる系付与魔導師、ユートです。
「そのような者に、ゴブリン五十体の討伐など出来るはずがないでしょう。精々五体が関の山なのでは?」
残念、本当は五百匹だ。
「第一、悪魔族などという種族、聞いた事もございません。獣王の叙勲も作り話に決まっています!」
賞罰で証明できるよ? する?
ヒートアップしてきた様子の貴族は、皇帝陛下に向き直る。
「皇帝陛下、やはり人間族にリアンナ皇女殿下を嫁がせるなど、私は反対です! 殿下の幸せを考えるならば、エルフ同士の婚姻が最善と愚考します!」
こいつ、調子に乗ってやがるな? 僕は馬鹿にされても笑って流してやるが、アルファを貶すのは許さないよ?
しかし、そんな所ヘ乱入してきたのはローレンさんだった。
「バルボッサ伯爵だったか? ならば納得できる証拠があれば良いのだろう?」
「け、剣鬼様……」
「ならば決闘でもしたらどうだ。解りやすくて良かろう?」
「おい、脳筋。何でアンタはいつもそうなんだ」
僕の暴言に、周囲がどよめく。
「いや、だって男なら白黒つけるには実力で示すべきじゃないか?」
「あのさぁ、実力主義も実力行使も嫌いじゃないけど、王族や貴族だよ? 穏便に事を収めるって思考を放棄しちゃ駄目じゃん」
「うーむ、ユートはそう思うのか? では、何か代案でもあるのか?」
「拗ねんなよ、ダークエルフの英雄だろ」
ため息を吐き、皇帝陛下に視線を向ける。
「私は平民だから別に良いんですが、イングヴァルト王国の王子に対する侮辱とも取れる発言。これは、護衛役として看過しかねます」
「うむ、バルボッサ伯爵には私から厳重注意とする」
「ぐぅ……っ!」
しかし、バルボッサとやらが陛下に反論する。
「ならば剣鬼様の仰る通り、決闘で決めさせて頂きたい! 剣鬼様が仰った事であらば、よろしいでしょう陛下!」
”剣鬼様”を強調する事で、英雄の威光を利用する伯爵。器の小さい男だなぁ……。
まぁいいか。ボッコボコにしてやんよ。
「バルドリアス・デア・バルボッサは、イングヴァルト王国第一王子アルファルド・フォルトゥナ・イングヴァルトに決闘を申し込む!」
「僕じゃなくてアルファかよ!?」
何考えてんだ、コイツ!?
ふんす、と鼻息荒くして胸をそらす伯爵。こいつ、アルファが断ったら「逃げるのか! ならばやはり、リアンナ殿下には相応しくないな!」とか言う気だろうな。
『アルファ、どうする? アルファがやっても、余裕でぶちのめせるけど』
ステータス、そんな高くないからコイツ。
『いいだろう、私が出よう』
おぉ、アルファってばやる気満々。イラっときてたのね、やっぱり。
「恐いのであれば断っても構いませんぞ、殿下殿?」
その挑発的な発言に、流石の皇帝陛下も眉尻を上げた。
「いい加減にせよ、バルボッサ伯爵!」
しかし、その間に歩み出たのは当のアルファだ。
「いえ、皇帝陛下。私としてはその申し出を受けても構わないとは思っています」
「……本気か、アルファルド殿下」
「無論です。ただし、互いに命を奪うのは禁ずる、という条件の下で行うべきでしょう。エルフ族と人間族の不和の元となります」
その言葉に、バルボッサ伯爵が鼻で笑う。自分の勝利を疑っていないな、コレ。
多分、魔法の扱いに長けているエルフ族であるが故に、人間族であるアルファを見下しているんだろう。
「……よかろう。では明日、正午の鐘が鳴る時を以って決闘を執り行う」
その言葉に、満足そうに一礼したバルボッサ伯爵が踵を返して立ち去っていく。完全に舐めていやがるな。
「アルファルド殿下……よろしかったのですか?」
リアンナ殿下がアルファを心配そうに見つめている。おぉ、婚約者らしい雰囲気だ……リアンナ殿下、相当アルファに入れ込んでいるらしいな。
「問題無かろう、リアンナ殿下を娶るに相応しい男だと証明する良い機会だ」
男前発言いただきました! アルファも言うじゃないか、相思相愛のようで良い感じだ。
「アルファなら余裕で勝てるから心配は要らないですよ、リアンナ殿下」
ステータスが全てではないが、それでもバルボッサ伯爵よりもアルファは強い。剣の技量、魔法の錬度を示す技能のレベルで、バルボッサ伯爵を上回っているからね。
まぁ、その辺の事情は“目”で確認できる僕じゃないと、理解は出来ないだろうけど。
怪訝そうな顔で僕を見るリアンナ殿下に、僕は自分の左目を指差す。彼女も、僕の左目が遺失魔道具だと知っているからね。
遺失魔道具による、解析で確信を得た事を理解したようで、リアンナ殿下は一先ず納得したようだ。
……
晩餐会は続き、曲調が変わった。
「ダンスの時間だね。ユートは踊れるのかい?」
「無理じゃないかなぁ……見ているだけでいいや」
しかし、そこでリイナレイン様が首を振った。
「よろしければ、私がお相手致しましょうか」
……なんですと?
「えーと……僕はダンスの経験とかが無いのです。リイナレイン様に恥をかかせてしまうのでは……」
「大丈夫ですよ、ユート様。これでも六人兄弟の次女でして、弟達にもダンスを教えて来ましたから」
うーん……ここまで言わせて、固辞するのも失礼か?
「それではお言葉に甘えまして、一曲ご指導頂けますでしょうか?」
アリスにダンスも習っておけばよかったなぁ。
ところで、姉さんやアリス、アイリの視線が……痛い。教えて貰った後で、踊る事になりそうだな。
エルフの貴族同士が踊る中で、僕はリイナレイン様に指導して貰いながらダンスを踊る。
周囲の視線が痛いが、気にしない事にしよう。彼等はカボチャやキャベツだと思って、集中するぞ。
「凄いですね、ユート様は。もうステップをマスターしたのではありませんか?」
「まだまだ未熟ですよ。リイナレイン様が合わせて下さっているお陰でしょう」
ド下手くそは脱しただろうけどね。これもリイナレイン様のお陰かな。
後で姉さん達とも踊るだろうし、教えて貰えて良かった。
「あの……もし差し支えなければ、お連れ様にもご紹介して頂けますか? 恥ずかしながら、人間族や獣人族のお友達が出来るかと思っていまして」
「成程、構いませんよ。三人とも喜ぶと思います」
女友達が欲しかったんだね、納得したよ。
「良かったらなのですが……私の事をリインと呼んで下さいますか?」
「リイン様とお呼びすれば?」
「いえ、マックール殿下のように、呼び捨てで構いません。それと、私もユートさんとお呼びしても良いでしょうか」
本当にタラしだのジゴロだのの扱いされそうなんですが。しかし、ここで断るのも失礼だろうなぁ。
「では、リイン……と」
「はい、ユートさん」
何だろうね、このムズムズする感じは。
それからも他愛の無い話をしつつ、リインと踊る。十分程踊って、リインの手を取りながら皆の元へ戻る。
「ご指南ありがとうございました」
「こちらこそ、お相手頂きありがとうございました」
それから、姉さんやアリス、アイリとも踊る。リインに教えて貰ったお陰で、ダンスにも慣れたかな?
そう言ったら、可笑しそうにアリスが笑う。
「ふふっ、七十点です」
そんな辛口評価を頂いた。
「ユーちゃん、こういう機会はこれから増えるかもしれませんし、ダンスの練習はしておきましょうね」
「私ももっと練習しなければなりませんね。一緒に頑張りましょう、ユート様」
どうやら、アーカディア島でダンスの練習をする事になりそうだな。
一通りダンスを終えた後、僕はリインを姉さん達に紹介する。
友人になって欲しいと言う彼女の言葉に、姉さん達は笑顔で首肯した。うんうん、三人が友好の輪を広げるのはいい事だな。
「ありがとうございます、ユートさん。お陰で三人もエルフ以外のお友達ができました」
本当に嬉しそうに、リインが笑う。
「これからよろしくお願いしますね、リインさん」
「私もエルフ族のお友達が出来たのは初めてです、色々お話したいですね」
「晩餐会はもうすぐ終わりでしょうか? 時間がよろしければもっとお話したいです」
とても和やかな感じで、友好を深めていく。
……
まだ話したい様子の女性陣。なので晩餐会の後で、僕達は皇城のサロンに集まって雑談する。エルフ族のお酒を頂きました、これ美味しい。
そんな中、アルファから珍しくお願いをされる。
「ユート、“腕輪型携帯念話”を用意してもらう事は可能だろうか? 実はだな……」
ははーん、そりゃそうだよな。折角、婚約者との仲を深められたのに、嫁いで来るまでは遠距離恋愛だもんな。
「いいともさ。それじゃあ、少し待っていてくれる?」
「今用意するのか? そこまで急がなくても……」
アルファはそう言うが、早いに越した事は無い。
遺失魔道具の事は、他国よりも尚更秘匿しなければならないならば、周囲に他の者が居ない今が絶好のチャンスなのだ。
それを念話で説明し、僕は宛がわれた部屋に戻ると、アーカディアの屋敷に転移する。
屋敷に創造者の小箱を置いているからね。
ついでにクラウス達に皇城に泊まる事を伝えて、用意した遺失魔道具を宝物庫に収納して皇城へ戻る。
「と言う事で、はいコレ」
今回はエルフ族用という事で、樹木や葉をモチーフにデザインしてみました。マック、リア、リインにいつもの三点セットを手渡す。
ちなみに、お茶をしている間にリアンナ殿下も僕達に愛称で呼んで欲しいと言うので、リアと呼ぶ事になった。
「ユート、これは何だい?」
「それは“守護者の首飾り”。“異物排除”と“障壁展開”が付与された遺失魔道具だよ」
ついでなので、首飾りは“魔力集束”を追加付与しておいた。これによって、異物排除は常時発動に出来たのだ。転移門を見付けられて、本当に良かったよ。
「ユート様、こちらは……」
「それが“腕輪型携帯念話”だよ。アルファといつでも念話で話せるから、活用してね。最初は“信号送信”でアルファの事をイメージしながら、魔力を通せばアルファの腕輪がちょっと震えて、信号を受信するから」
「まぁ……! ありがとうございます!」
リアはとても嬉しそうだ。その様子を見て、アルファも目を細めている……ロイヤルリア充め、末永く幸せになった末に大往生で死ねばいいのに。
「ユートさん、こちらは何でしょうか?」
「それは“宝物庫の指輪”って名前の指輪だね。魔力を通して収納したい物に手を翳せば、指輪の中に収納されるんだ。取り出したい物をイメージして魔力を流せば、取り出せるようになっているよ」
「凄い遺失魔道具です……」
でしょ? 自慢の逸品です。
「これだけの遺失魔道具を短時間で用意するなんて、御伽噺の大魔法使いのようですわ」
「……ユート、君には驚かされてばかりなんだが……一体君は何者なんだい?」
エルフ族三人組が、奇妙な物を見たという感じの視線を向けて来る。
「……アルファやブリックも知っている事だし、マック達にも教えていいと思うんだけど、どうだろ?」
姉さんの忠告通り、話す相手は選んだつもりだ。この三人は信頼出来る存在、そう判断した。
それに対する反応は、肯定的なものだった。
「ユーちゃん。明日の朝にお三方を連れて行って、そこで話をするのが良いですよ」
「確かに、ここでは誰かに聞かれてしまう可能性もありますからね」
「決闘の時間までに話を終わらせられるなら、構わないだろう」
僕達のやりとりに、マック達が不思議そうにしている。
「明日、朝から予定を空けておいてくれるかな? 僕達の共有している秘密を、三人にも知って貰いたいと思っているんだ」
「よく解らないが、了解した。二人もいいな?」
マックの言葉に、リアとリインも首肯した。
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――そして翌朝。
アーカディア島に招待した後、僕の出自やこれまでの経緯を説明すると、三人はポカーンとしていた。
「驚きすぎて溜息しか出ないぞ、私は……」
勇者と聖女の息子。
遺失魔道具を製作する事が出来る戦闘付与魔導師。
晩餐会の際に話した冒険談が、実は控え目に話していた事。
このアーカディア島の主になった経緯。
それらを知ったマックは、また一つ溜息を吐いた。
「しかし、とんでもないな。この天空の島……アーカディア島もそうだが、君自身がとんでもない」
そんな大した存在じゃないんだけどなぁ。まぁ、普通とは少し違うとは自覚してるけどね。
「さて、そういう訳でだ。後で三人にはアーカディアへ来れる遺失魔道具をプレゼントするよ。そうすれば、リアもここでアルファに会えるから便利でしょ?」
「よ、よろしいのですか!?」
顔に喜色を浮かべ、リアが僕を見る。
「ささやかだけど、二人への婚約祝いだよ」
これなら、遠慮する事はあるまい。
「感謝する、ユート」
「ありがとうございます、ユート様!」
ハハハ、余計なお節介じゃなさそうで安心したよ。
「遺失魔道具のプレゼントをささやかとは言いませんよ……わ、私も頂いてしまってよろしいのですか?」
よろしいのです。
「そうだ、後で皇帝陛下に”世界の窓”を渡しておこう。アンドレイ叔父さんとやり取りするのに役立つだろうし」
「私からしても、お前ってとんでもない奴だと思うよ」
身内への支援に関しては自重なんぞしねぇ。
ついでなので、魔力駆動二輪とヘルメットを製作。
あっ、一緒に魔導銃も作っちまおう! 疑似魔石の弾丸なんかもセットだ。
「……本当に、遺失魔道具を作ってしまったのか……」
「世界の謎って何でしたっけ……」
「もう、ユート様自身が世界の謎ですわ」
言ってくれるな、リア。まぁ、いいけどね!
その後は、決闘の時間まで魔力駆動二輪でツーリングをしながら時間を潰す事にした。
決闘の用意? あんな奴に負けるアルファじゃない、そんなものは不要だ。




