03-04 説教/神竜の加護
これまでのあらすじ:黒竜とガチバトルしました。
何という事でしょうか。まさか、遺跡の転移門の先に神獣が居るとは。それもただの神獣ではなく、その中でも最高位の存在、神代の竜。
そしてユーちゃんの性格からして、身内を傷付けようとする者にどういう対応を取るかも解っていたはずなのに。
しかも……あろう事か、私達を遠ざけて独りで神代の竜に立ち向かうだなんて。
私達は、メアリーさんの門弾を消費して、彼女の住む村に転移させられてしまいました。机に置いていた門弾が弾け、私達が現れた瞬間メアリーさんが驚いていましたが、今はそれどころではないのです。
簡単に事情を説明し、私達は村を飛び出します。すぐにユーちゃんの下へ向かわなければ。
あぁ、私は守護天使失格です……。
……
「キリエさん、一つ聞きたい事があります」
急遽頼んだ馬車に揺られながら、アリスさんがそんな事を言い出しました。
「何でしょうか、アリスさん」
「……キリエさんは、ユート君の血の繋がらないお姉さんだとは聞きました。レオナルド様とアリア様の養子だとも」
あぁ、それはそうですね。あの時神竜が、私に問い掛けた言葉を、二人も聞いていたのですから。
「そして、あの黒い竜は……キリエさんを神の使いと呼んでいました。それは一体、どういう意味合いなのでしょうか」
「……ユーちゃんの秘密を話さずに、それを明かす事は難しいのです。ユーちゃんと合流して、許可を得られたなら……包み隠さず、お話します」
私が天使である事。私がユーちゃんの守護天使となった事。なら、何故守護天使となったのか。ユーちゃんが、上谷優人からユートとなった理由。
それを話さずに、納得はして貰えないでしょう。
「……解りました」
それから、長く重い沈黙が馬車の中に満ちました。
そんな沈黙を破ったのは……。
『姉さん、アリス、アイリ。聞こえる?』
……生きていた! 生きていてくれた、ユーちゃん……!!
『ユーちゃん、無事ですか! 怪我は!?』
『ユート君、大丈夫なんですか!?』
『あの黒竜から、逃れられたのですかユート様!!』
私達の念話に、ユーちゃんは苦笑して……。
『見逃して貰った……のか、任されたと言うべきか、何かよく解らない事態になった。今は……その速度だと馬車か? 御者に止めてもらって、木の影にでも隠れてくれるかな。こっちに呼ぶよ』
納得できはしませんでしたが、一刻も早く合流して、ユーちゃんの無事を確認するべきでしょう。
私達は御者に停車して貰い、本来渡す予定だった料金をそのまま支払うと、森の中へ入りました。
『ユート君、こちらは準備できました』
『了解、それじゃあ呼ぶよ』
そんな念話の直後。私達の目の前に、魔法陣が突如展開されました。
「これは……門弾を、使っていないのに……?」
「アイリさん、それはユート君に聞けばわかります! 行きましょう!」
「は、はいっ!」
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門を潜ってきた三人は、僕の姿を見て安堵の溜息を吐いた。
心配をかけたようで、申し訳な——
——パンッ!!
——駆け寄った姉さんに、頬を叩かれる。
「何故あんな事をしたんですか! 無謀にも程があります!」
涙を流しながら、僕を叱りつける姉さん。そう言えば、姉さんに怒られるのって初めてじゃないか?
「ごめん、僕の我儘だったんだ」
「……我儘って、何ですか、ユート君」
ポロポロ泣きながら、眉尻を釣り上げるアリス。彼女のこんな表情も初めて見る。
「黒竜に対して自分の力がどこまで通用するのか、試したかった」
「それなら、私達を遠ざける必要は無いじゃないですかっ!」
アイリが顔を泣き顔のまま、怒鳴った。普段は僕に対して声を荒げたりしない、アイリがだ。
本当に、皆に心配をかけた。だから……ちゃんと謝ろう。
「うん、ごめん……」
そう言って、頭を下げる。
「……ユーちゃんが私達に傷付てほしくないというのは解っています」
「ですがユート様、私達は冒険者です。戦い傷つく事も、力及ばず命を落とす危険性も覚悟の上です」
「……せめて、私達と一緒にいて下さい。戦うのも、逃げるのも。パーティとして、運命共同体でしょう?」
……そう、だな。確かにその通りだろう。
「うん、そう……だね。その通りだよ」
もう一度、頭を下げて謝罪する。
「皆を守るつもりが、蔑ろにする結果になった。本当にごめん」
……
しばらくお叱りが続き、平謝りを続けて何とか三人が落ち着いた頃。
「それでユーちゃん。神竜はどうなったのですか?」
「うん、ガチバトルしてたんだけど、最後には魔力切れで負けたわ。アイツは僕の事を認めてくれはしたんだけど、惨敗だな」
僕の言葉に、三人の表情が引き攣った。
「ほ、ホントに何でそんな無茶したんですか!? 死ななかったから良かったって話じゃないんですよ!?」
ひぃっ、また怒られる! 泣きながら怒られるのって、かなり心にくるから何とかしなければ!
「ま、まず一つがね! アイツの目的が僕達を試す事だったんだよ! だから、死ぬ危険性はそこまで高くないと思ったんだ!」
勢いで、押し切れ!
「アイツ、永年生きていたけど今の生に飽きたんだとさ。それで転生するみたいで」
そこまで説明して、僕は黒竜の成れの果てを見せる。
「卵……!?」
「うん、奴はこうなった。質量保存の法則って何? みたいな感じ。さすがファンタジーだね」
「ちょっと何言ってるか解かんないです」
「転生するにあたって、卵を守るやつが必要だったんだと。それで相応しい資格者を探していたんだってさ」
もちろん、黒竜とそんな会話はしていない。だが、その事を僕は知っている。それは、何故か?
真実の目と、新たに得た”ある技能”で知ったのだ。
「……ユーちゃん、まさか……」
姉さんが僕の顔をマジマジと見る。
「アイツに認められて、卵の守護者にされた。僕が寝てる間にね」
「「「は、はぁ……」」」
面倒くさいから、時間停止を抜いた専用の宝物庫を作って、その中に放り込んでおこうと思う。
あ、卵って生きてるのか? 生きてるか、それじゃ無理かも。
「まぁ、メリットが無いわけじゃなかったよ。少し技能が増えたし、珍しい魔法の情報が手に入った。それに、ステータスも底上げされてるから、次戦う時はフルボッコにしてやる」
とは言え、ステータスを底上げしてくれた相手をフルボッコにするのは如何なものか。
「もしかして、レベル上がりました?」
「んー……上がりました」
僕の返答の仕方に、何かを感じ取った三人。さすが、鋭い。
「えーと、ちょい待ってね。丁度いいからこの鉱石で……そぉい!!」
ユート、三秒エンチャントー。
宝物庫から鉱石を出します。
手を当てて、平たい長方形の板にします。
そのまま刻印付与します、これで完成です。
所要時間五秒でした、駄目じゃん。
「「なぁっ!?」」
「……これ、魔法ですか?」
「刻印の新しい使い方、かな?」
そう、今使ったのは”造形”という刻印付与魔法。
創造者の小箱に使った魔法なのだが、新たな使い方が見つかった。
理由は不明だが、一度描いた刻印を掌に浮かべる事が出来るようになったのである。なので、造形の刻印を浮かべて、鉱石に手で触れて直接形状を変化させた。更に、”解析”と”発光”を付与する事で、完成したのが……。
「光の文字……? これ、ユート君の鑑定情報ですか!」
「……いや、ちょっと待って下さい。何ですか……これ」
表示された数値、技能、称号に加え、状態表示。
黒竜と戦う前の数値も一緒に表示しているので、とんでもなさが際立つ。
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【名前】ユート
【職業/レベル】付与魔導師/18→20
【ステータス】
体力:33→36(+100)
魔力:33→34(+30)(+100)
筋力:32→33(+100)
耐性:36→37(+100)
敏捷:31→32(+100)
精神:34→35(+100)
【技能】刻印付与魔法Lv5(NEW)・竜眼Lv3(NEW)
【称号】神代の竜に認められし者(NEW)・卵の守り人(NEW)・天空島の主(NEW)
【状態】天使の守護・神竜の加護(NEW)
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「+100……!? 体力なら136!?」
「とんでもない強化ですね……」
そう、全てのステータスに+100が付きました。
「このステータスだと、ベテランの金級冒険者並ですよ」
「これが多分、神竜の加護だな」
魔力だけが元々高かったのは、天使の加護による+30……つまり、姉さんの加護だろう。そうじゃなければ、確実に武器をちょっと振るえる年相応の村人である。
「解析よりも更に詳細が見れるのですね」
「ここまで詳細を見れるようになったのは、竜眼Lv3のお陰なんだろうなぁ」
それと多分、刻印付与魔法は固有技能なのかな?
「ユート君、聞きたい事があります……」
そう言って、アリスが僕と姉さんの双方に視線を向ける。
「ユーちゃん、先程の神竜との会話を覚えていますか?」
……? あぁ、神の使いって話か。
「姉さんの事だから、僕の許可無く話せないって言ったんでしょ」
「その通りです、ユート様」
まぁ、アリスとアイリには教えても構うまい。
「解った、じゃあ教えるよ。僕と姉さんの、秘密を」
……
前世で邪神と天使の戦いに巻き込まれ、命を落とした事。
創世神様の計らいで、第二の生を与えられた事。
天使は守護天使となり、キリエとして僕の姉になった事。
僕は前世の記憶を保持したまま、この世界に生まれた事。
「それでは、キリエさんは……」
「数々の世界を統べる最高位の神、創世神様直属の天使になります。創世神様の勅命で、ユーちゃんの守護天使となりました」
呆気に取られる二人。まぁ、無理もない。
「よ、よろしかったのですか? 私達に、そのような重大な秘密を話してしまって……」
「えっ、聞きたかったんだよね?」
「それは……そうなのですけど」
秘密の規模が大き過ぎて、戸惑っているようだな。そりゃそうだよなぁ。
「君達は僕達の仲間で、大切な存在だ。機会があれば話してもいいと思っていたから、機会が来ただけの事だよ」
「私にとっても、お二人には話すべきだと思っていました。私にとって、アリスさんもアイリさんも大切な人ですから」
僕と姉さんの言葉に、二人は納得したような、安心したような表情を浮かべ……そして、微笑んだ。
「解りました、お二人の秘密は決して他言しない事を、アークヴァルド公爵家の家名にかけて誓います」
「私も同じです。かけられる家名はございませんが、ユート様の奴隷として誓います」
二人の誓いを聞いて、安心する。彼女達なら大丈夫だと、最初から解っているからこそ話したんだけどね。
「さて、それじゃあ何か質問はあるかな?」
僕の言葉に、二人は顔を見合わせて……。
「「前世では、結婚していましたか!?」」
そんな事を聞いて来た。そこ!? 竜眼Lv3とか、天空島の主って称号とか、気にすべき所は色々あるよね!?
勿論、結婚した覚えは無い。二十歳の大学生だったんだからね。
そう伝えると、彼女の有無について聞かれた。高校時代は居たのだが、死んだ時には別れていたからなぁ。とりあえず、居なかったと伝える。
その後で、ようやく解析した僕の情報に対する質問だ。
「あの、天空島の主というのは?」
「コレね。天空島は、僕に譲渡されたって事らしい。島を解析すると、”所有者:ユート”って表示されているし。元はあの黒竜の島だったんだろう」
転生するにあたり、この島の所有権を僕に譲渡したようだ。
「そうすると、ここはユート様の領地という事ですね」
「領地て、僕は普通の冒険者だよ?」
「「「普通の冒険者に怒られますよ」」」
は、ハモらなくてもいいじゃないか……。
「領地は置いておいても、拠点としてはいいんじゃないですか? ほら、ユート君の遺失魔道具の……あれを設置するとか」
「……あぁ、自動生産工場ですか……」
姉さん以外の人は、自動生産工場見ると唖然としたなぁ。そんなに驚く事かね。
だが、人目につきやすい自動生産工場等を設置出来るのはありがたいかな。
「確かにそうだね、拠点として開拓しようか。それなら……やっぱり中心の方に行くのがいいかな?」
「王都等も、国の中心部にありますからね」
そんな大層な物じゃないんだけどね。
「それじゃあスタリオンを迎えに行って、馬車で移動しようか」
腕輪でメアリーに声をかけ、スタリオンを迎えに行く。メアリーにも怒られたのは、言うまでも無い。
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「久し振りの旅です~!」
馬車の中で、メアリーが楽しそうに笑う。
僕の無謀な戦いを叱った後で、メアリーが天空島に来てみたいと言うので連れて来たのだ。
僕や姉さんの事は、アリスとアイリとも相談して話していない。必要があるまでは、パーティメンバーのみに話すのがいいという判断だ。
確かに、目の届かない所で他者に情報を漏らされたら、対処できない事もあるだろう。そういうトラブルを避ける為にも、その辺りの情報管理はしっかりすべきだ。
遺失魔道具の件なんかは、親しい人は知っているけど。まぁ、そっちは最悪バレても構わない。それを知ってちょっかいをかけてくるなら、容赦はしないつもりだしね。
さて、現在は御者台に座っているのは僕と姉さんだ。馬車の操縦の仕方を教わっているのである。折角だし、馬車の操縦を教えて欲しいと頼んでみたら、とても喜ばれた。
僕が姉さんに頼り過ぎて依存しないようにしているのは解っているが、頼って欲しいオーラが出ているのでこういう所では甘えるようにしている。
今回は、僕の暴挙の件もあったので、折角だからお願いしました。
「ご主人様、この島はどの辺りで浮いているんですか〜?」
「この島の現在地は、四つの大陸のちょうど真ん中辺りだね。海の上なんだよ」
そう、人間族が暮らす東の大陸、獣人族や竜人族が暮らす南の大陸……その他に、大陸が二つある。
一つは、西の大陸で国家を形成するのは、エルフ族・ダークエルフ族・ドワーフ族。
そしてもう一つ。北の大陸は統一国家となっており、魔人族の大陸だ。
見事に人間・亜人・妖精・魔人で分かれている。ちょっと作為的なものを感じるな。個人的に、世界神絡みだと予想している。
「それなら、下から見られても気のせいだと思われますね〜!」
「いや、そもそも下からは見えないようになっているみたいだ。この島にかけられた魔法でね」
「島にかけられた……? もしかして、付与ですか?」
「付与魔法を、島に……?」
まぁ、さんざん僕の遺失魔道具を見ているから、そう思うのも無理はないか。
「いや、付与じゃないみたい。この不可視の結界の正体は、僕にもまだ解らない……竜眼のレベルが上がったら解るかもね」
誰がこんな大掛かりな魔法をかけたのかは、僕の解析でも解らない。
さて、スタリオンが頑張ってくれたお陰でそろそろ島の中心部だ。
「……おお、これは」
広がる光景を見て、僕は思わず呟いてしまった。
「見事に何も無いね!!」
完全に手付かずの自然であった。




