03-03 天空の島/黒い竜
これまでのあらすじ:転移門を抜けるとそこは空の上であった。
まずは現状把握だな。真実の目の出番である。
最初にこの土地の名前なのだが、無名らしい。
この土地の広さは、おおよそ二千二百平方キロメートルだ。どれくらいの大きさなのか、数字で表示してもわっかんないや!
形状は、全体的に円形に近い形だ。あまりに綺麗な円形に近い……もしかして、人為的に作られた土地なのだろうか?
そしてこの土地……というか島だな、この島はやはり浮いている。
高度は、海面から二千五百メートル程の高さのようだ。下から見えるっちゃ見える高さだよなぁ…………。
東側には、山があるようだ。その山から流れた川があり、南側に湖が出来ている。死に水になってないだろうな。
西側には森がある、ふーむ……そこそこ広い森だ。北側には東よりも大きな山があるな。そして、それらに囲まれた中心部は平原が広がっている。
僕が今居るのは、どうやら南側の湖の側らしいな。
『ユーちゃん、どうですか?』
『うん、今地形とかを確認していた所だよ。どうやら、ここは空に浮かぶ島らしいね』
『空に浮かぶ、島ですか?』
『一体、どんな場所なんでしょう……私達も、行っても大丈夫そうでしょうか?』
見た所、危険は無さそうだし大丈夫かな?
『そうだね、来てくれるかい?』
僕の合図を聞いて、三人は転移門を潜って来た。まだ水着姿なんだね……。
「お待たせしました、ここが空に浮かぶ島ですか?」
「そうだね、天空島って所か。そこそこ広いみたいだよ」
ひとまずこの島を天空島と呼ぶ事にして、折角なので探索してみたいのだが。見事にこの近辺には何も無いな。
「それに、“目”で見た限りでは何も建造物が無さそうなんだよなぁ……どうしたものか」
まぁ、空に浮かぶ島ってだけで凄いんだけどね。
そんな事を考えた、その瞬間だった。突然、マップに光点が表示される。
「皆、何か来る!!」
僕の言葉に、三人はすぐさま臨戦態勢に入る。水着姿なのを何とかして貰えませんかね!!
「こっちに真っ直ぐ向かってくる。数分後には接触するはずだ、皆はとりあえず急いで着替えてくれ!」
背中向けておきますから!
姉さん達が着替え始めると同時に、僕は接近する何者かを確認しようと試みる。
真実の目に付与した“遠視”を発動。マップに表示される光点の方向へ視線を向ける。
“遠視”で捉えたのは、黒い生物。翼が生えており、黒い鱗で全身が覆われている。爬虫類を思わせる体付きは、ある存在を連想させる。
「まさか……ドラゴンか?」
そいつは既に“遠視”を使用するまでもなく、その威容を僕達に晒した。
「黒いドラゴン……?」
着替えを済ませ、各々の武器を手にした三人が横に並び立つ。しかし、その表情は強張っている。
無理もないだろう……近付くにつれて、その巨大な身体がどれ程のものなのかを、嫌でも実感させられる。
…………
やがて、目前までソイツが近付くと、その巨体に見合った後ろ足を以って地面に着地する。
その衝撃で捲れ上がった岩や砂が、僕達に殺到する。無論、当たるつもりは無いので“守護の首飾り”による障壁で防ぐ。
『何用だ、人間共。ここが何処だか解って来たのだろうな』
肉声ではなく、脳裏に声が響く。これは、念話だろうか?
というか、こうやって会話する事が可能なのか。意思疎通が出来るなら有難いな。
「僕達は冒険者だ、偶然見つけた遺跡の転移門を潜ったら、ここに来た」
『転移門を潜っただと? 相当量の魔力が必要なあれが起動するとは』
「あぁ、信じられないくらい魔力を吸われたよ。ところで、君はこの天空島の守り神か何かかい? それなら、無断で立ち入った無作法を詫びたいのだけれど」
努めて冷静に、そして相手を刺激しないように慎重に言葉を紡ぐ。
姉さんの表情はいつもと変わらないように見えて、顔色は良くない。アリスは顔を青ざめさせて、手や足は小刻みに震えている。アイリは必死に耐えようとしているが、ウサ耳がぺたんとなっている。
三人の為にも、穏便に済ませられるならそうしたいものだ。
『ほう? 面白い事を言う小僧だ。本当に迷い込んだだけか?』
会話しつつも、情報を集める。
“目”に表示される情報を確認していく……おいおい、マジか。何だよ、このステータスは!!
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【名前】無し
【種族/性別/年齢】神獣/雌/18329歳
【レベル】999
【ステータス】
体力:9999
魔力:9999
筋力:9999
耐性:9999
敏捷:9999
精神:9999
【技能】竜息吹LV99・竜魔法LV99・飛翔LV99・竜眼Lv99
【称号】神代の竜・天空の覇者
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これ、カンストですか!? RPGとかだと、ゲームのストーリーをクリアした後に出る、やりこみプレイのラスボスクラスなんじゃないですか!? 流石に、勝てる気しないわ!!
『小僧、その目で見るのを止めろ。不愉快だ』
ゲッ、真実の目に気付かれた!?
『我が竜眼は全てを見通す。遺失魔道具の目とは驚いたがな』
僕を睥睨して、黒竜は次に姉さんを見る。
『そこの娘は神々の使いか。この地をどうやって嗅ぎ付けた? 神代の魔法により、この地は神の目も届かぬ聖域のはずだが』
「私はユーちゃんに付いて来ただけです。神々は関係ありません」
珍しく、余裕の無い表情の姉さん。流石に分が悪いのだろう。
『……遺失魔道具を持つ小僧、神の使いの娘、人間族の貴族、獣人の奴隷……不可思議な連中だ』
そう言って、黒竜は一歩踏み出した。
『まぁ良い。この地を訪れた以上、貴様達に残された道は二つ。我を認めさせ生き残るか、我を失望させ死ぬかだ』
……はい、最悪の展開来ましたー。
『まずは誰から縊り殺すか。そこの獣人にするか』
……はい、アウト。
——パァンッ!!
乾いた銃声、漂う硝煙の匂い。“俺”の手に握られた銃剣が、黒竜の頭を狙って銃弾を放ったのだ。
「ユーちゃん!?」
「ユ、ユート君、何を!?」
「ユート……様……」
俺の暴挙に焦る姉さんとアリス。そして、黒竜に睨まれて震えが止まらない状態で、何とか僕の名を呼ぶアイリ。
『何の真似だ、人間』
「うるせぇよ黒トカゲ」
僕の言葉に、黒竜の視線が険しくなる。だが、知った事じゃないな。
「アイリをどうするって? 俺の仲間をどうするって? ナメた事をほざくな、うっかり撃っちまうだろうが」
『どうやら貴様から死にたいようだな』
「やれるもんならやってみろ」
銃剣を構え、臨戦態勢に入る。
コイツが俺の仲間を殺そうとするなら。その前に、どんな手段を使っても俺が殺してやる。
「ダメです、ユーちゃん! この黒いドラゴンは神獣、神の位階に達した存在です!」
珍しく慌てた様子の姉さん。しかし、俺は自分の意志を曲げて背中を向ける気は、無い。
『四人で掛かって来ても構わんぞ。手間が省けるだけだからな』
「……こうなったら、致し方ありませんね」
レイピアを抜き、苦汁の色を浮かべて黒竜に向き直る姉さん。
「……わ、私も……」
恐怖に震えながらも魔導師の杖と魔導銃を宝物庫から取り出し、涙目で姉さんに並ぶアリス。
「……ご主人様だけを死地に向かわせるわけにはいきません」
震える身体を抑え、ある種の覚悟を決めた表情で、双銃剣を構えながらアリスの横に並ぶアイリ。
「よし、その位置だ」
——パァンッ!
「えっ?」
「ユート、君?」
「ユート様、何をっ!!」
撃ったのは、地面。撃ったのは、門弾。行き先は、村に帰ったメアリーの所だ。
「ユーちゃんっ!?」
門弾に飲み込まれ、姿を消した姉さん達。
『何の真似だ?』
「……いやぁ、万が一があっちゃ困るからさ。姉さんにもアリスにもアイリにも、傷付いて欲しくないし?」
四人で戦った場合、この黒竜は容赦なく三人にも攻撃を加えるだろう。しかし、これだけのステータス差がある相手だ、一撃が致命的になりかねない。彼女達に、傷付いて欲しくはない。
『貴様も、今の遺失魔道具で逃げないのか』
「戦略的撤退は好きだが、尻尾巻いて逃げるのは嫌いでね」
『独りで我と戦う気か』
「戦いになるかね?」
『図に乗るな、小僧』
「頭が高い、黒トカゲ」
会話が途切れ、俺は黒竜と睨み合う。
先に動いたのは、俺だ。両手の銃剣から、一発ずつ弾を撃つ。これは、通常弾だ。
黒竜は避ける素振りも見せず、その脚で地面を蹴り接近してくる。その途中で銃弾が命中するも、黒い鱗に弾かれた。やはり竜の鱗、相当に硬いらしい。
「ゴガアアァァッ!!」
念話ではなく、口から上げた咆哮が空気を震わせる。
一足飛びに迫る黒竜の右腕が、俺を叩き潰そうと迫る。遺失魔道具の“跳躍力上昇”を起動し、横に跳んで避ける。同時に宝物庫から取り出したショットガンを、黒竜の側頭部に放つ。
「ガアァァッ!!」
ショットガンの弾も応えた様子は無く、黒竜はその太い尻尾を振り回して来た。俺を打ち据えようと迫る尻尾だが、俺はブーツの刻印付与を発動して跳び上がり回避する。
「これはどうよ?」
更に俺は、空中でロケットランチャーを発射。至近距離で放たれたロケランの爆炎を障壁で遮り、その爆風に乗って距離を取る。
当然、黒竜には傷一つ無い。バカみたいに頑丈だ、流石はステータスカンストの怪物。
銃剣を構え、魔力を流す。銃剣が放電し、白い電気を纏う。
「これならどうだ?」
——ドパァンッ!!
超加速状態で放たれた銃弾が、黒竜の肩に命中した。
「グガアアッ!?」
黒竜の肩の鱗が、三枚ほど粉砕された。鱗によって軌道が逸れてしまった為、肉を抉るには至らなかったようだ。
銃剣に施していた、切り札の一つ。付与魔法“雷属性付与”。それを利用した、“レールガン”だ。
この雷属性という魔法は、ある称号を持つ者だけが使える。その称号とは“勇者”だ。
そう、これは父レオナルドから教授された魔法で、俺は勇者じゃないから使えない。ま、元から攻撃魔法もろくに使えない付与魔導師なんだけどね。
しかし付与魔導師には“詠唱を覚え、効果を理解していれば、付与自体は出来る”という付与魔法がある。俺の場合、遺失魔道具に刻印付与を施す事で、戦術の幅を広げられるのだ。
難点は、消費魔力が多い点か。流石は勇者専用魔法。
しかし、これでダメージが与えられる事が解った。
『おのれッ!!』
「今の一発で終わりだなんて……思ってないよな!!」
続けて取り出したのはガトリングガン。それを、両手に持つ。
ガトリングガンにも同じ付与を施している……ガトリングレールガン、超高速で放たれる弾丸の嵐だ。存分に味わって貰おうではないか。
——ドゥルルルルルル……ッ!!
——ドガガガガガガガ……ッ!!
回転音と発射音が大気を震わせる。それぞれの腕に握られた四砲身の銃口から放たれた弾丸が、白い雷光の糸を引いて黒竜に殺到する。
最初の数十発が命中すると、黒竜はその脚で大地を蹴り、上空へ跳び上がる。そのまま翼を広げ、宙を舞うように飛ぶ。
『我が身に傷を付けるとはな……』
無駄弾を撃つのは嫌なので、ガトリングガンを宝物庫に仕舞う。
「浅いか。多少血が出ているが、ピンピンしていそうだな」
元気に空を飛んでいやがるからな。無駄に頑丈な野郎だ。
『天空を飛ぶ我に触れる事が出来るか、人間ッ!!』
悠々と飛びやがって。目に物を見せてやろう。
両手に構えるのは銃剣。右手に握った銃剣の銃口を、黒竜の方向へ向ける。
『馬鹿の一つ覚えか!』
「ほざけ、それよりさっきも言ったが……」
——パァンッ!! パァンッ!!
一発目に遅れ、二発目の銃声。最初の一発は黒竜の背後、もう一発は俺の足元。
地面に撃ち込んだ弾から展開された魔法陣に沈むと、そこは……黒竜の直上!!
「頭が高いんだよ、黒トカゲ!!」
門弾による、短距離転移!! これで黒竜の頭上かつ背後を取り、攻勢に移る!!
「オラアアァッ!!」
即座に放つは、杭を装填したロマン兵器・パイルバンカーだ!! 勿論、雷属性付与!!
「グガアァッ!?」
背中の中心に撃ち込まれた杭が、その破壊力を以って黒竜の鱗を砕く。更に鱗の下に隠された肉体を抉り、そのまま地面に落下する!!
地面に降り立ってからも、ロケット弾、ミサイル、グレネード弾を続け様に放つ。
「この程度で死ぬ程ヤワじゃないだろ!」
“目”でしっかり見えている。ヤツが居る場所に、魔力が集束していく。そして、その魔力が臨界に達した瞬間。
——轟音を響かせて光の柱が俺目掛けて伸びて来る。
流石に範囲が広すぎて避け切れないので、門弾で緊急回避する。しかしあまりの早さに完全に避け切れず、右足に少しダメージを食らった。
「こいつぁヤバいな」
綺麗に一直線に、地面が抉れていた。今のが、竜息吹か。
『上手く避けたようだな、逃げるのは得意か』
「逃げたんじゃなくて、避けたんだよ。それよりドラゴンさんよ、試験はまだ続くのか?」
俺の言葉に、黒竜がピクリと反応した。
『いつ気付いた?』
「俺が最初の一発を撃った後だ。知っての通り、俺の左目は特別製でね」
マップに表示される光点。敵意は赤、味方は青、中立は白になるように色分けしている。
こいつ、黒いドラゴンのくせに真っ白だったのだ。
中立の白。この黒竜は、殺意を以って襲いかかっている訳ではない。
ならば何故? 何故、このドラゴンは俺を襲うのか? それが気になって、ずっと考えていた。
そして、俺の結論……何かを確かめる、そんな気配がしたのだ。
「アンタ、本気になれば一瞬で俺をプチっと殺せるだろ? 竜魔法とやらを使っていないし、空を飛んだ時も大して動かなかった。俺の力を測っているんじゃないのか?」
可笑しそうに口元を歪める黒竜は、仁王立ちして僕を見下ろす。その視線には侮蔑も嘲笑も感じられない、まるで一介の武人のように感じられた。
『本来ならばもう認めてもいいと思っているのだがな。まだ何か隠しているだろう』
「……まぁ、切り札はあるかな」
『その切り札を、我に示して見せよ。我に届けば貴様を認めよう、人間』
認めさせてみせろ、か。
「いつまでも上から目線で語れると思うなよ?」
両手に銃剣を構え、腰を落とす。発動する付与魔法に、意識を集中する。そして、遺失魔道具に魔力を流した。
「だああぁっ!!」
ブーツの付与魔法を発動し、高速で距離を詰める。
『これはどうする!!』
黒竜の周囲に四つの炎の玉が生まれ、こちら目掛けて飛来する。
「はぁっ!!」
銃剣の刃に魔力を流し、“解呪”で炎の玉を斬る。しかし、巧みにタイミングをズラして飛来する炎の玉二つを霧散させるも、残り二つを左肩と右腕に喰らってしまう。
——だが、速度は緩めない。
『次は何をする気だ、人間っ!!』
更に、先程より小さな炎の玉が生まれるが、数が段違いだ。
「くっ!!」
流石に、雨霰と飛来する炎を斬る事は出来ない。最初の数発を喰らうが、即座に対応を切り替える。障壁を張り、炎の嵐に耐える。
しかし遺失魔道具や、付与魔法を乱発したツケが回って来た。
「……魔力が枯渇する、か」
障壁も、あと僅かで消え去るだろう。
一か八か、試してみるしかないか。指先に魔力を集中させ、イメージを固める。俺の想定通りなら、成功する可能性が高い。
更に三分程、炎の嵐に耐え……障壁が消える。
障壁という盾が無くなれば、炎の玉の嵐が殺到するのは当然の事。視界を埋め尽くす炎が、凄まじい勢いで俺に襲い掛かる。
『ここまでか、残念だ』
黒竜は顔に失望の色を浮かべ、そんな事を言っている。馬鹿を言っちゃいけない。
「誰が終わりだと言った」
『ぬっ? 』
オーダー通り、見せてやろうじゃないか。
「”増幅”」
ステータスを一気に跳ね上げさせ、黒竜に接近する。襲い来る炎の玉は、俺にとっての魔力供給源だ。
”集束”……転移門に付与されていた魔法を刻印にし、自分の身体に付与した。持続時間はおよそ一分だが、炎の玉が殺到したお陰で魔力はだいぶ回復した。
この機を逃すわけにはいかない。
『付与魔法か!』
「ご所望の切り札だ!」
振動剣による、一閃。それを何度も叩き付ける。黒竜の鱗は斬られ、肉は裂かれ、血が噴き出す。
『むぅ……!!』
「オオォォッ!!」
——ガキィンッ!!
振動の付与が、途切れた。増幅で大量消費したせいで、魔力が完全に枯渇した。
「……届かなかったか」
『……届いたとも』
視界に迫るは、黒竜の尾。次の瞬間、全身を打つ痛み。
地面を転がった俺の意識は、闇に落ちた。




