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刻印の付与魔導師(エンチャンター)  作者: 大和・J・カナタ
アフターストーリー

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フリード編18 思惑/困惑

 慣れ親しんだ世界を離れ、新天地であるヴェルスフィアに転移したウィンドルグ王国。

 その国土はそのまま、中央海の中心部から東寄り……イグナティア大陸の西端の海上にある、島国として扱われる事になった。これは、イングヴァルト王国の新しい隣国という形になる。

 アヴァロン王国から世界同盟各国に事の経緯が伝えられ、そのまま臨時の世界会議開催に発展。そこにウィンドルグ王国も出席し、ウィンドルグ王国への支援や交易について数日間を掛けて話し合い……そのまま、新たな世界同盟加盟国になる事が決定した。


 その間にウィンドルグ王国内では、複数の変化があった。まず第一に召喚竜達がそのまま、ヴェルスフィアに留まる事になったのだ。

 その要因は、転移前の世界・ヴィルフェルムそのものにあった。実はヴィルフェルムは、ヴェルスフィアに比べて大気中の魔素が薄いのだ。理由は当然、瘴気の汚染によるものである。

 それでも竜召喚の魔法が行使できたのは、大地を巡る龍脈が汚染を免れていたお陰だ。大地の上で生活する人間は、大地の龍脈から漏れ出る魔素を吸収出来た。もしそれが出来ていなければ、とっくの昔にヴィルフェルムは瘴気で満たされた死の星となっていただろう。


 そして二つ目は、フランドールの事だ。

 瘴気の怪物との戦いの中で、フランドールは我が身を犠牲にする覚悟で複数の竜召喚を実行に移した。フリードリヒを召喚するだけでも、普通の人間にとっては限界である。にも拘らず、彼女は守護竜ヴォルガノスを召喚。更には騎士竜リンドヴァルムに加え、始祖竜ウィンガードまでも召喚したのだ。

 歴代最高の、竜の巫女……王侯貴族だけでなく、平民も彼女をそう称えた。

 そこまでは良かったのだが……そうなるとウィンドルグ王国中の貴族が、彼女に対し求婚するという事態になったのだ。

 今まではキースナイトと婚約していた為に、求婚者が現れる事は無かった。しかし婚約破棄の件は貴族達の間で既に知れ渡り、フランドールがフリーである事は周知の事実なのである。


 勿論、娘を心から愛しているダリウスがそれを受け入れるはずもない。しかし、それで諦める貴族達ではない。

 という事でダリウスは、何度かフランドールにどうしたいか問い掛けていた。

「フラン、お前は誰の下に嫁ぎたいんだい?」

 だがフランドールが返す言葉は、常に同じであった。

「お父様……クロスロード家の為に嫁ぐのが、私の義務である事は理解していますわ。お父様お母様の良き様に、取り計らって下さい」

 そう口にするフランドールは、いつも力ない微笑みだった。


 というのもキースナイトの一件で、フランドールは一度深い傷を心に負っていた。実はその上更に、彼女にとってショッキングな事実があったのだ。

 そのきっかけは、ウィンドルグ王やフランドール達が、会議の終わった後にユートに問い掛けた時の事。

「アヴァロン王……多忙な中で不躾であるのは重々承知しているのだが、フリードリヒ殿に会わせて貰う事は出来ないだろうか。我が国の為に身を挺して戦ってくれた事、まずは礼を言いたいのだ」

「申し訳ないが、少し時間を頂きたい。フリードは療養中で、今は()()()()が看病している状態なんだ。どうやらあの瘴気によるダメージは、回復魔法を使っても癒えるのには時間が掛かるらしくてね……」


 淡い想いを抱いていたフリードリヒに、既に婚約相手が居るという事実。それはフランドールにとっては、ショック以外の何物でもなかった。

 それ以降の会話は頭に入ってこず、フランドールは意気消沈しているのが現状である。


************************************************************


 そして、そのフリードリヒと婚約者達はというと……フリードリヒの回復をしつつ、召喚された後の事について話をしていた。否、話をする様に無言の圧を掛けられていた。つまり、話させられていた。それはもう、洗いざらいである。

 フリードリヒを囲むのは、希望の勇者・ドワーフ族の槍戦士・ヒルベルト王国王妹・竜人族の大賢者アーク・セージだ。正に、四面楚歌である。


「……つまり婚約者が居ながらその王子は、他の娘と一緒になる為に婚約破棄したって事? 最低じゃない」

「仮にも王太子ならばフランドール様を正室にしつつ、そのご令嬢を側室に迎えれば何も問題は無かったと思うのですが……」

「はぁ~、それが王族の考えってやつ? まぁ私もその方が、角が立たないとは思うけどさ」

「というか、その王子様はフーさんにも食って掛かったんだよね? 相手がフーさんじゃなかったら、ヤバかったんじゃないかな」

「……そ、その様な事は。ユウキ殿やマサヨシ殿は、穏便に事を収めた可能性も……ユート様は、まぁ……」

 おや? 四面楚歌っぽくないぞ?


 背中に瘴気のダメージを負っている為、うつ伏せになりながらノゾミの治癒法術を受けるフリードリヒ。三日間の治療の甲斐あって、酷かった負傷も大分癒えている。

 さて、この三日間フリードリヒが彼女達にした説明なのだが……最初こそ怒りを見せていた婚約者達だは、すぐに矛を収める事になっていた。


 まず、竜召喚の儀式でフランドールに召喚された事。そうしたら、キースナイトがフランドールに対して酷い罵声を浴びせた事。その隣には、これ見よがしにユーリの姿があった事。

 はい、婚約破棄ストーリーの鉄板ですね。

 しかしそこから始まったのは断罪系に対する、フリードリヒによるストーリーブレイク。

 正論パンチから、殺気叩き付けで格の違いを見せ付けた。そこから更に醜態を晒すキースナイトを論破し、フランドールの立場が不利にならない様に立ち回ったのだ。


 ここで婚約者四人はフランドールの善良さを認識しつつ、不当に貶められるという境遇に同情。騎士道精神を持つフリードリヒが、彼女の為に動いた事にも納得出来た。

 そして彼が期限ありとはいえ、ウィンドルグ王国に残った事も理解が出来た。フリードリヒがウィンドルグ王国から去れば、ユーリとキースナイト達がフランドールに何をするか解らなかったのだ。

 いくらフリードリヒの生体端末アバターがあったとしても、そこに居るのはフリードリヒ本人ではない。それを理由にして、キースナイト達がフランドールを責め立てる可能性は否めなかったのだ。そんな事を、フリードリヒが見過ごすとは思えなかった。


 そして、話を聞けば聞くほど……四人の婚約者達は、フランドールに対する悪感情を薄れさせていった。話を聞いただけでも彼女の健気さ、そして気高さを感じ取り……そしてフリードリヒの治療を終え、彼の部屋から退室した後でそのまま話し合いに移行した。婚約者会議じゃないですか、やだー。

「もしも、フランドールさんが望むなら……その、この輪に入って貰うのも、良いのかなって思うんだけど……どう?」

「私はのんちゃんに賛成よ」

「えぇ、私も異論はございません」

「人柄に家柄、更に性格も良いとなっちゃあ……ねぇ?」

 はい、満場一致である。話があまりにも早いのだが、これは恐らくユートやユウキのあれやこれが少なからず影響しているからだろう。そう……彼女達は既に前例があるせいで、良い感じに感覚が麻痺しているのである。


 何事も無ければ翌日には、フリードリヒの傷も完全に癒える見込みだ。そうしたら、恐らくウィンドルグ王国の面々との面会になるであろう事は彼女達の耳にも入っていた。

 彼女達はフリードリヒと共にその場に赴いて、フランドールと対話を試みる事にした。


************************************************************


 一方その頃……ウィンドルグ王とダリウス、エディも王城で議論をしていた。

「という訳で、娘は我々が望む相手との縁談に応じる姿勢です。私としては、娘にはアヴァロン王国に……フリードリヒ殿に嫁いで貰いたいのですが……」

「しかしながら、フリードリヒ殿には婚約者がいらっしゃるという話ですしなぁ……フランドール嬢の言葉も、その事で意気消沈しておられるのではないでしょうか」

 そんな事を口にするダリウスとエディだが、ウィンドルグ王は「何を言っているんだ、お前達は?」という顔を浮かべるしかなかった。


「余も無論、フランドール嬢の望む様にする事に異論はない。国内の貴族が何を言おうが、クロスロード家にもフランドール嬢にも手は出させぬ。彼女は身を削ってまで、この国の為に戦ったのだ。脅威が去り新天地に辿り着いた今、彼女の望む様にさせたいのは当然の事」

 そうしてウィンドルグ王は、更に言葉を続けた。

「思い出せ。我等が会ったアヴァロン妃殿下……エイル・バハムート・アヴァロン殿は、第七王妃との事だ。ともなれば、アヴァロン王国は一夫多妻制の国であるはず。アヴァロン王も、フリードリヒ殿の婚約者()と口にしていたはずだ」


 そこでダリウスとエディは、「えっ?」と声を上げた。流れが変わったな。

「そ、それで陛下……フリードリヒ殿の婚約者は、いかほど……?」

「それは解らぬ……いや、そんな顔をするな! 今の我が国の立場と状況で、そんな事をやぶからぼうに聞ける状況では無かろう!」

「ならば、フリードリヒ殿が回復したら、是が非でも会わせて頂きたい!!」

 本人がその場に居るならばまだしも、フリードリヒは療養中。そしてその婚約者達も、彼に付き添っているのだ。となれば実態を知る事が出来るのは、フリードリヒが回復して面会が叶う時になるだろう。


「う、うむ……余としても、むろんそのつもりだ」

「本気でお願いします!! 以前は彼の側で笑っていた娘が、心は悲痛で仕方がないだろうに、それでも無理に笑おうとして……!! あんな顔、もう見ていられないのです……ッ!!」

「心中お察しする、クロスロード侯爵……しかしながら、フランドール嬢は歴代最高峰の竜の巫女。そんな彼女を国外に出すとなると……色々と、揉めるでしょうな」

 そう言ってエディは、ウィンドルグ王とダリウスに呼び掛けた。

「殿下達もフランドール嬢を放っておくとは思えませんし、他の貴族も彼女を娶ろうと躍起になっています。我が家の寄子も、彼女との縁を結びたいと騒々しいのです。彼等を黙らせる必要があるでしょう」

 エディの言葉は至極もっともで、ダリウスは低く唸ってしまう。


 特に貴族界隈はどうとでも出来るが、王子達の要望を跳ね除けるのは面倒ではある。無論、一方的な婚約破棄を宣言したキースナイトの事ではない。その下の、二人の王子の事である。

 歴代でも比肩する者の居ない、四体の竜を召喚した巫女。それも筆頭貴族の令嬢であり、かつては王太子の婚約者だったのだ。そんな存在が国内に居るのならば、再び彼女を王族の婚約者として迎え入れるべきだという声も上がっている。

 それは当然、キースナイトが更に立場を失う事も見越しての意見だ。これまではキースナイトの派閥が台頭していたが、婚約破棄によって第二王子派と第三王子派が盛り返しているのだ。そこへフランドールを迎え入れる事が出来れば、権力図は一変するであろう。


 だがウィンドルグ王は、一切心配などしていなかった。

「フリードリヒ殿次第ではあるが、彼が首を縦に振ってくれるのならば一切の懸念は無かろう? 彼女は今も、フリードリヒ殿の巫女なのだぞ」

 そう言われて、ダリウスとエディは目を丸くした。そう言われてみれば、それは確かにそうである。

 竜と巫女の繋がりは、ウィンドルグ王国にとって神聖なモノだ。その縁が途切れないのならば、付け入る事は許されない。その言葉に逆らえる者は、ウィンドルグ王国には一人も居ないだろう。

「フランドール嬢に嫁ぐ意思があり、フリードリヒ殿がそれを受け入れるのならば……二人の絆を裂こうとする者は、国賊同然であると余が断言しよう」


 ちなみにウィンドルグ王の目的は、第一にフランドールの望みを叶えてやりたいという想いである事は間違いない。

 だが第二にはやはり、アヴァロン王国との縁を結びたいという意図がある。彼は王であり、国益を優先しなければならない立場だ。アヴァロン王の側近の下に、この国の筆頭貴族令嬢であるフランドールが嫁ぐ。これは国内的にも、国外的にも強い縁を結んだという事実となるのだ。

 そして第三に、ヴェルスフィアに早く順応するには強力な後ろ盾が必要である点だ。世界会議での様子を見れば、アヴァロン王国が同盟の中心であるのは察するに余りある。その為にも、アヴァロン王国との縁は是が非でも欲しいのである。


 ちなみにこの考えは、ユートに見透かされている。彼の目は特別製であり、その竜眼は人の内心を色と形で見る事が出来るのだ。

 もしもフランドールより国益を優先していれば、そしてアヴァロン王国を利用する事を優先していたのならば、ユートはウィンドルグ王との間に壁を作って接しただろう。

 ユートがそうしなかったのは、ウィンドルグ王が最も優先したのがフランドールの幸福だと理解したからだ。


 こうしてフリードリヒとフランドールが知らない所で、二人の縁談に向けての話が複数箇所で進んでいくのだった。


************************************************************


 そうして、翌日……アヴァロン王国から、ウィンドルグ王国へ連絡が入った。フリードリヒが回復したので、会談を望むのならば応じる事が出来る……と。

 その報せを受けたウィンドルグ王は、すぐにアヴァロン王国の面々を出迎える為に矢継ぎ早に指示を出し、会談を望む旨を魔導通信機マギフォンで伝える。


 そしてフランドールにも、その情報が伝えられた。

 彼女は侍女達に身支度を整えて貰いながら、浮かない表情を必死に押し隠していた。


――フリード様……ご無事で本当に良かったけれど、恐らくご婚約者様をお連れになるのでしょうね……。


 つい数日前は当たり前の様に、彼の側に居られたのに……その居場所は、本当は別の誰かのものだった。実際にそれを目の当たりにして、彼の隣は自分の居場所では無いのだと実感させられた時……果たして自分は、どうなってしまうのだろうか。そんな考えが、頭の隅をぎる。


 そんな不安を抱きながらも、彼女は馬車に揺られて王城へと向かう。既にウィンドルグ王国の貴族達も集まっているらしく、フランドールが姿を見せた瞬間に視線が集中した。それは勿論、彼女を絶対に手中に収めるといった思惑が込められた視線だ。

 その視線に込められた感情を察しつつ、フランドールを乗せた馬車が停車する。扉を開けた先に待っていたのは、彼女の父であるダリウスだった。

「忙しない登城にさせてしまって、済まなかったなフラン。さぁ、一緒にこの国の恩人達を出迎えるとしようか」

「……はい、お父様」

 自分を気遣う父の言葉に、フランドールは笑みを浮かべて返事をする。しかしやはり、その顔はつい先日までの花が咲くような笑みでは無かった。

 ダリウスもそれに気付いているが、残念ながら時間があまり無い。そのままフランドールをエスコートし、王達が待つ国賓を迎える場を目指して入城する。


 フランドールは父であるダリウスに連れられて、ウィンドルグ王のすぐ側に立つ事になった。これには彼女がウィンドルグ王国を救った、竜の巫女であるという事を示す意味合いもある。

 その逆側に立つのが王子になるのだが、第一王子であるキースナイトは王から数えて三番目の位置に立っていた。それは王族の中で、キースナイトの立場が下がった事を意味している。

 キースナイトは俯きがちで、かつて備えていた自信は見る影もない。


 そうこうしていると扉を守護する兵士が、声を上げる。

「アヴァロン王国御一行様、ご入場!!」

 その宣言と共に大きな扉が開かれると、そこには正装に身を包んだアヴァロン王国の中核を成す面々の姿があった。

 最前には護衛を務めるクラウスとゴンツ。その後ろ、中央を歩くユート。その右側にユウキ、左側にはフリードリヒの姿があった。

 その後ろに筆頭執政官のジルと、宰相に就任したセイヤ。そして数名の女性陣と、残る護衛兵士達という布陣である。


 広間の奥へと進むアヴァロン王国の一行に対し、まずはウィンドルグ王が歩み寄る。護衛の兵士達はその場に留まらせて、単身でだ。

「いらっしゃったアヴァロン王国の方々、まずはわざわざご足労願ってしまい誠に申し訳ない」

 そんな相手に対する敬意を前面に出すウィンドルグ王の様子に、ユートはクラウスとゴンツの前に出て手でその場に控えさせる。

「あの災難からまだ数日、貴国が慌しい日々を送っている事は想像に難くはないさ」

 ユートはそう言うと、振り返ってフリードリヒに微笑みかける。

「ムラーノ侯爵、こちらへ」

「はっ」


 ユートはそのままウィンドルグ王の前から少し脇へ移動し、フリードリヒにその場を譲る。あの戦いを終えて、フリードリヒはすぐに治療へと運ばれたのだ。つまり互いにとって、久方振りの再会である。

「こうしてまた、貴殿に会えて嬉しいよフリードリヒ殿。本当に、無事で何よりだ」

「こちらこそ、またお目に掛かれて光栄ですウィンドルグ国王陛下」

 これまでは”ウィンドルグ王”と呼んでいたフリードリヒだが、今はその呼び方を変えていた。それは召喚された竜としてではなく、アヴァロン王の臣下としての対応だ。

「まずは貴殿と、アヴァロン王国の方々。この国を救って貰った事、誠に感謝に堪えぬ。深く、深く御礼を申し上げる」

 そう言うと、ユートとフリードリヒ……そしてアヴァロン王国の者達に向けて、ウィンドルグ王は深く頭を下げた。

 その姿を目の当たりにしたウィンドルグ王国の面々は、一瞬目を丸くするが……しかし誰一人として王の行動を諫めようとはせずに、すぐに彼等も深く頭を下げた。

 アヴァロン王国が齎した救いの手は、彼等にとっては奇跡という言葉では言い表せないものだった。というか、実際に神の御業と呼ぶべきものであったのだ。

 それを考えれば、感謝の意を示す為に頭を垂れる事に抵抗は無かった。


 長い感謝のお辞儀から姿勢を正したウィンドルグ王は、先のユートの様に後ろを振り返る。その視線の先に捉えるのは、勿論フランドールである。

「フランドール・アイリーン・クロスロード、こちらへ参られよ」

「かしこまりました、陛下」

 王の呼び掛けに対し、淑女の礼で応えたフランドール。彼女は緊張感に包まれながら、二国の王とフリードリヒが待つ場所へと歩き出す。


 そしてフランドールがやって来ると、ウィンドルグ王がフリードリヒに声を掛ける様に手振りで促す。その意図を正確に汲み取ったフランドールは、ウィンドルグ王に一礼するとフリードリヒに……そしてユートに向けて、しっかりとお辞儀をする。

「こうしてお目見えが叶い幸甚の至りでございます、アヴァロン国王陛下、ムラーノ侯爵閣下。クロスロード侯爵家長女、フランドール・アイリーン・クロスロードでございます。まずは御挨拶と共に、先日の御助力に深く深く感謝を申し上げます」

 それはウィンドルグ王国の貴族として、そしてクロスロード家の令嬢として……心中渦巻く感情を押し殺して、恥じる事なき完璧な淑女としての仮面を被った少女だった。


 だが、それに対するフリードリヒは。

「丁寧な挨拶痛み入る、フラン殿」

 前と変わらずに愛称で呼ばれて、フランドールは仮面の下でチクリと心が痛んだような気がした。


 しかしフランドールは、その痛みを無視した。

「滅相もございません、ムラーノ侯爵閣下。閣下の再びの御来訪、まこと感謝に堪えません。ご無事な御姿を拝見できて、心より安堵致しました」

 以前の様に、彼の事を名前で呼ぶ訳にはいかない。決して、自分の願いは叶わないと思っているが故に。


 硬い口調を崩さないフランドールだが、フリードリヒは引き下がる事は無かった。

「私も、貴女の無事な姿を見る事が出来て良かった。あの時、フラン殿は更に三体の竜を召喚したという話を伺った。御身体に、障りは無いだろうか?」

「ご心配、痛み入ります。アヴァロン国王陛下のお力添えを賜りましたお陰で、この通り大事なく過ごさせて頂いております」

「それならば良かった。しかし、単身で複数の竜を召喚するとは。フラン殿程の巫女に召喚された事は、私にとって実に誉れな事だ」

「そんな、勿体無いお言葉でございますわ。私の方こそムラーノ侯爵閣下程の御方を召喚およびする事が出来て、身に余る光栄だと思っておりますもの」

 どこかぎこちない会話が続くが、誰一人として横槍を入れる事は無い。

 すぐ側に居る二人の王が、それを赦しているのも一つの要因だが……何より重要なのはウィンドルグ王国の民にとっては、救国を成し遂げた召喚竜とその巫女の会話だからである。


 召喚の話に至って、フリードリヒは視線をフランドールの手の甲に向ける。そこには、フリードリヒの巫女である証……竜の紋章がある。

 その視線に気付いたフランドールは、フリードリヒの前にその手を差し出した。

「ここは貴方様のいらっしゃる世界であり、召喚の巫女はもう必要ありませんわね……ムラーノ侯爵閣下。全てが終わった今、この紋章をお返し致しますわ」

 それは、フリードリヒとの繫がりが消える事を意味する。それは二人の関係が、召喚竜と巫女という立場ではなくなるという事。つまりはそれに乗じてウィンドルグ王国の王子や貴族の求婚を、ウィンドルグ王達が跳ね除ける手札が無くなる事を意味している。

 ウィンドルグ王がそれを止めるべきか迷っていると、フリードリヒが右手を上げる。


――さようなら……フリード様。


 フリードリヒはそのまま、右手をフランドールの手に向けて伸ばし……。

「……えっ?」

 フリードリヒは、フランドールの手を握る。

「フラン殿。貴女さえ良ければ、そのままでいて貰えないだろうか……これからも側に居て、婚約者達と共に私を支えて欲しい」

 困惑するフランドールに、フリードリヒは真正面から本心を告げる。

「私の巫女として……いや、婚約者として」

 その言葉を耳にして、目を丸くして口元を緩めるウィンドルグ王とダリウス。逆に目をカッと見開いて、聞き捨てならないと言わんばかりの王子と貴族達。

 何故かドヤァ……といった表情を浮かべる、アヴァロン王国国王。よく言ったという表情で、フリードリヒを見守るアヴァロンメンバー。そして笑みを浮かべてウンウンと頷いている、ムラーノ侯爵夫人となる予定の婚約者達。


 それは誰がどう聞いてもフリードリヒ・ムラーノからの、フランドール・アイリーン・クロスロードに対する求婚の言葉だった。

 その言葉を向けられた、当のフランドールは……。

「……婚約者……? あれ、フリード様……? 今、婚約者、達……と? えっ?」

 予想外の展開に困惑し、テンパってしまうのだった。

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