フリード編13 聖域/迎撃
元・竜の巫女であるユーリの身を乗っ取り同化した竜は、言葉を失っていた。
その理由の一つは、身体を乗っ取ったはずのユーリである。
心身を瘴気で満たされ完全な邪竜の移し身と化したはずの彼女は、数刻もすれば自我を失うはずだった。
だというのに、未だに彼女は身体の主導権を邪竜に渡していない。己の意思でウィンドルグ王国を破壊し、蹂躙しようとしていた。
それはまだ良い、邪竜の望みは人類の滅亡。ユーリがウィンドルグ王国を滅ぼす事に、何の不都合もない。
第一、邪竜の瘴気で満たされたのだ。身も心も限界を迎え、自我が消滅してしまうのも時間の問題だろう。そうなれば、邪竜を妨げるものはいなくなる……はずだった。
もう一つの誤算は、召喚された竜……そして、その竜を手助けする為に現れた人間達だった。
……
「さて、それじゃあ始めよう。まずはコレからだ」
黒衣の青年……ユート・アーカディア・アヴァロンが取り出したのは、水晶体と台座がセットになった置物の様な物体。知る者が見れば、スノードームという置物を思い起こすだろう。
「ん……それ、懐かしい」
そう口にしたのは、いつの間にかユートの側に現れた銀髪の女性……というより、少女だった。その周囲には、他にも見目麗しい美女・美少女が集まっている。その中には、フリードリヒを召喚した直後にこの世界を訪ねて来たエイルも居た。
――い、一体いつの間に……!?
突然、音も気配も無く現れた女性達。その唐突さと、整い過ぎた容姿を前にフランドールは驚きを禁じ得ない。
中には兎の耳を持つ少女、エルフ耳の女性達が居たりする。年齢も大人らしい女性が居れば、同じ年の頃の少女……更に明らかに幼い少女まで居る。
まさか全員が、天空国の王妃とは思うまい。
そんなフランドールの動揺を他所に、ユート達は会話を続けていた。
「先代魔王軍の事件の時のアレですね?」
「少し、形が洗練されましたね」
濃紺の髪の女性と黒髪の女性がそう言うと、ユートは笑顔で頷いてみせた。
「アマダムに貸したのは、試作品だったからね。それじゃ、ほいっと」
ユートが水晶体の上に手を置いて、そこに魔力を流し込む。純白の光が水晶体に注がれると、暗雲立ち込めていた空に眩い光に照らされた。
「こ、これは……!?」
驚きのあまり、呆然と呟くフランドール。そんな彼女に振り返り、天空の王はニッと笑ってみせた。
「”聖域”という防御魔法を広範囲に展開する、俺お手製の遺失魔道具【護国の円蓋】だよ」
眩い光で形成された、魔法障壁。これはかつてアヴリウスという男が研鑽を積み、世の為人の為に生み出した守護の根源魔法……その力を継承した男が製作した、遺失魔道具だ。
かつて魔王アマダムに提供したこの遺失魔道具は、更に広範囲に……そしてより強固な聖域を展開する事が可能となっていた。それこそ、大国ウィンドルグ王国を覆う程に。
既に国境を越えてウィンドルグ王国に流入して来た瘴気だったが、それが完全に塞き止められる。瘴気を押し留める光の壁……その光景を目の当たりにする者が居るならば、”聖域”の呼び名にも納得がいく事だろう。
「さーて、これで守りは良いだろう。それじゃあ邪竜はフリードに任せて……邪人と瘴気の魔物は、俺達で対処しようか」
ユートがそう言うと、女性陣はさも当然と言わんばかりに二人一組に分かれていく。
「既にユウキ達も、現地に向かっている。結界周辺は彼等に任せて、皆は二人一組で外の掃除をお願いね。僕もソロでやるわ……派手に」
「はい、お任せを」
「かしこまりました、ユート様」
各々が返事を返すと、スマホ……円卓の絆を取り出して構えた。
「「「「変身」」」」
「……!?」
フランドールは、思わず絶句してしまう……女性陣が身に纏った、近未来的な装い。それは彼女が過去にテレビアニメ等で見た、パワードスーツを彷彿とさせるものだったのだ。
そして、ユート。彼に至ってはもう、日曜日の朝にテレビで視聴できる特撮ヒーローの様な風体だった。
――これ、多分だけど……パイロットスーツみたいな奴よね!? フリード様も、魔導兵騎という物をお使いでしたし……!! そして天空王とやらは、もう仮面なライダーにしか見えない……ッ!!
その想像通り、女性陣……アヴァロン王妃達は魔導兵騎を召喚。愛する旦那のオーダーに応えるべく、空へと舞い上がった。
「では、参りましょう!」
「「「「はい!」」」」
噴射口から空気を噴射し、王都の空を飛翔するアヴァロン王妃達。フランドール的にはファンタジーな世界観が、異世界のSFに塗り替えられる心地であった。
最も、ヴェルスフィアも立派にファンタジーな世界なのだが……一部を除いて。マジカルSFロボットアクション状態になったのは、どこぞの天空王のせいなのだ。
そんな世界観ブレイカーの張本人は最愛の妃達を見送りつつ、フランドールに振り返る。
「フランドール嬢、フリードが世話になったね」
ここまで混乱に混乱を重ね塗りして、更に新たな混乱を追加されていたフランドール。世界の危機なのに、何故だか気が抜けていく心持ちである。
ともあれフランドールは貴族として……そしてフリードリヒの竜の巫女として、気を取り直してユートに礼を取る。
「て、天空王様……ご挨拶が遅くなり、大変失礼致しました。私、クロスロード公爵家が長女、フランドールと申し上げます」
「丁寧な挨拶、痛み入る。アヴァロン王国国王、ユート・アーカディア・アヴァロンだ」
緊張気味のフランドールに対し、ユートは優しい声色で挨拶を返す。
「済まないね、フランドール嬢。今はこのとおり、危急の事態だ。挨拶の最中で失礼だが、俺も前線に向かうとするよ」
「お引き止めして申し訳ございません、どうかこの国の……無辜の民を、何卒……」
悲痛な面持ちで頭を下げるフランドールに対し、ユートは頷いて答える……が、その仮面の下の表情は伺えない。
「あぁ、任せてくれて良い……あの娘には、俺も少々用があるしね」
そう告げるユートの声は、どことなく厳しさを滲ませた声色だった。
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瘴気から逃れようと、王都に向けて必死の形相で走っていた民達。そしてそんな民衆を一人でも多く救おうと、覚悟を決めて誘導していた兵士達。彼等は皆、一様に呆然とした表情を浮かべていた。
その要因の一つは、突如現れた光の壁。それは瘴気を塞き止め、更に邪人達の侵攻を防いでみせたのだ。
光の壁が現れる前に、耳に響いて来た男性の声。民衆は、その声の主が何かしたのだろうかと戸惑っていた。
そこに、更なる予想外の出来事が起きた……良い意味で。空から舞い降りた、鋼で組み上げられたヒトガタ。それを身に纏うのは、仮面で顔を隠した誰かだったのだ。
僅かながら”聖域”の内側に入り込んだ邪人を見るや、その存在は大地を蹴り上げ駆け出した。そして、鋼の拳が邪人を強く打ち据える。
「それじゃあ、各自散開。ここから先、一人も犠牲は出させない」
「「「「了解!!」」」」
駆け出す鋼のヒトガタ……魔導兵騎を駆る仲間達を見送り、青年は邪人達に目を向けた。
――あぁ、影人とは違う……彼等の命は喰らい尽くされ、怨念で形成された瘴気がその身体を乗っ取っているのか……。
親友にして相棒、そして主君であるユートから託された遺失魔道具。その力で邪人達の情報を確認した青年は、やるせなさを覚える。
しかし、それも一瞬の事。彼等を瘴気から解放し、安らかに眠らせてあげなければならない。それが彼等にとっての救済となるだろう。
「【剣舞の陣】」
自らが錬成した剣を召喚し、青年……ユウキ・サクライは”聖域”の外へと踏み出す。その身と心を汚染しようと、瘴気がユウキに纏わり付くが……彼は一切動じずに、邪人の群れに向けて手を翳した。
「僕はアヴァロン王国の勇者、ユウキ・サクライ。君達をその苦痛から解放しよう」
ユウキがそう告げると同時、彼の周囲に浮かんでいた剣が勢い良く射出され……邪人の身体を貫いていく。更に剣が邪人に触れた瞬間、激しい電撃が周囲を駆け巡った。周囲の邪人達は、その電撃に身体を焼かれて崩れ落ちる。
しかし、それで終わりではない……勇気を司る勇者は、まだその本領を発揮していないのだ。
魔導兵騎を送喚し、魔導装甲で身を包んだ状態のユウキ。その周囲に浮遊する剣は、獲物を狙う猛獣の様に鋭い光を湛えている。
「瘴気に侵され、苦しかっただろうね……どうか、安らかに眠ってくれ」
そう言うと同時、再び射出される剣。今度は、六本全てが同時に放たれた。
それらは邪人を両断し、貫き、その生命活動を途絶えさせていく。
いや、既に彼等は人としての生を奪われた者達。その遺体は、魂ごと瘴気に込められた怨念に囚われた屍なのだ。
だからこそ、ユウキは怒り憤っていた。見ず知らずの他人であろうと、邪竜とそれが発生させた瘴気の所業は到底許し難い。
「他人の命を奪った上で、更に貶めるなんて許せないな。諸悪の根源は、フリードに任せるとして……」
故に、錬成の勇者は唯一手にした剣を掲げた。
「【雷の洗礼】!!」
ユウキが魔法を放つと同時、宙を駆けていた六本の剣が同時に地面に突き刺さる。その剣が降り注いだ雷を受け止めると、更なる雷撃が周囲に駆け巡った。
これらはユウキが錬成魔導師としての力を注ぎ込み、新たに製作した錬成剣。そこに彼の王が刻印付与魔法を施した、新たな彼の装備である。
魂魄の根源魔法を使い、複製されたユウキの魂が込められた剣。それらはユウキ本人の魂とリンクしており、彼の意思のままに力を振るう。その上で、魔法の補助と増幅を担うというとんでもない代物だ。
最もユウキは同時に六本の剣を操り、更に自分自身も戦闘行動を行っている。これは、普通の人間では成し得ない戦術だ。
それを可能としたのは、彼のステータス……そしてヴェルスフィアにかつて存在した七つの大迷宮を、全て攻略した事により与えられた”神格”に由来する。
「フリードがその怨念を振り払うまで……僕が相手になってやる」
自他ともに認める天空王の右腕は、そう言って瘴気の満ちた戦場で剣を振るう。瘴気に侵された者達の魂の安寧と、まだ生きて抗う者達を守る為に。
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一方別の場所にも、瘴気を祓う戦士達の姿があった。その戦士達は颯爽と現れ、逃げ惑う民達を襲う邪人・魔物と瘴気から救ってみせた。
その出で立ちはウィンドルグ王国のそれとも、ましてや他国のそれとも全く異なる……この世界の価値観から言うと、異様と称して差し支えないものだ。
しかし、そんな民達の戸惑いなど露知らず……瘴気が蔓延した邪人と魔物の群れの中で、彼は高らかに声を上げた。
「ヴェルスフィアに名高きアヴァロン王の臣下として!! 懸命に生きようとする者達に、手出しはさせぬ!!」
とても張りのある、聴き応えのある声色。力強さと自信に満ち溢れたその言葉が、死を覚悟していた民達に希望を与えていっていた。
「さぁ、ここは私に任せて行きたまえ!!」
理由は全くもって不明だが、その言葉に民達の希望感が薄れた。代わりに、形容するのが困難な不安が生まれる。人、それを死亡フラグと呼ぶ。
「この戦いが終われば、いよいよ私と彼女達の結婚式だな……これが、独身時代における最後の仕事となるか」
ただでさえアレな雰囲気でありながら、更に不安要素を重ねていく戦士。
彼の名は、グレン……アヴァロン王国の切込隊長、グレン・ブライトン。
かつての彼は冒険者であり、ユートとは非友好的な関係性であった。その原因は、彼の女性関係によるものだ。
彼は女性に優しく、特に美しい女性に対しては愛を囁く事が男の責務と考えていた。いや、今も考えている。それは全然、変わっていない。
しかしながらお互いの事を知り、理解し合い……ちょっとした誤解もあったが、それも何か現実のものとなって和解したユートとグレン。
ユートの事を認めて以降、グレンは心身を鍛え、腕を磨き、アヴァロン王国の中枢を担う男にまで成長した。それこそ、二つの世界の命運を賭けた邪神との決戦に同行する程に。
なので、彼は恐れない。動じない、不安を覚えない。
「王と、友と、愛する妻達の為!! そして悲しみに打ち震える、この世界の民達の為!! グレン・ブライトン、参る!!」
そう口にした瞬間、グレンは左の掌から魔法を放った。放たれたのは、グレンが得意とする炎系魔法の火の矢だ。その魔法が邪人に命中すると、その身が一瞬で炎に包まれる。
「うむ、魔法は通用するらしいな。では、ここからが本番だ」
彼の堂々とした振る舞いの影には、弛まぬ研鑽がある。魔法剣士というジョブのグレンは、剣も魔法も同じだけの情熱を持って鍛えて来た。
そうして、彼は編み出したのだ。
「皆の助けを借りて編み出した力を、とくと御覧じろ!! 秘儀【炎武の装】!!」
ヴェルスフィアで誰も使用した事のない、オリジナルスキル。魔力で編み上げた炎の鎧を纏うという、大胆な戦術を。
「はあぁぁっ!!」
炎を纏った彼自身が、一つの魔法攻撃に等しい。触れるだけで……いや、近付くだけで邪人達は灰になっていく。
きっかけはアヴァロン王に爵位を授けられた、アヴァロン王国防衛の戦いの時だ。火属性魔法を至近距離で放ち、己もあちこちに火傷を負いつつ敵を退けてみせた。
だがその時、他のメンバーは然程怪我を負っていなかった。ユウキやフリードに至っては、他国へ派遣され事を収めてみせたのに。グレンは、心の中でそれを不甲斐ないと感じていたのだ。
次こそは、彼等に並び立つ。そんな一心で編み出したのが、ユート曰く”紅蓮モード”だった。そうして一定以上の成果を挙げた紅蓮モードだったが、彼はそれで満足していなかった。
更に鍛え、磨き、研ぎ澄まされたその技は……今、固有技能となるまでに至った。勿論、命名は某・天空の王である。
「心して掛かって来ると良い……私は、手強いぞ?」
そう言ってグレンは、炎の噴射を推進力に変えて突き進む。彼の戦友が、邪竜を倒し決着を付けてみせると信じて。




