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フリード編12 邪悪な竜/竜人

 フランドールが、キースナイトと決別の時を迎えたその頃。魔導兵騎を駆るフリードリヒは、ウィンドルグ王国とヴォルテール王国の国境に差し掛かっていた。

 その速度は、先の飛空艇ラ・ミエールでの行軍よりも速い。それも当然の事で、ラ・ミエールは観覧船としての性能が主である。戦闘用に調整されている魔導兵騎ジークフリードの方が速いのは、至極当然の帰結であった。


 そうして国境を越えたフリードリヒの視界に映ったのは、この世の地獄であった。

 ウィンドルグ王国に帰還する直前、ヴォルテール王国の王都を襲った悲劇。それを更に拡大させた結果が、目前の光景である。

「……これが、瘴気の恐ろしさか。成程、竜を召喚して備えようとするのも頷ける」

 そう呟くフリードリヒの視線の先。ヴォルテール王国の民は既に、軒並み瘴気に侵されていた。


 その肌色は変色し、瞳からは理性の光が失われている。呻き声を上げるその口からは、ダラダラと涎が垂れていた。

 そんな彼等は歩きながら、ウィンドルグ王国の方へと歩いている。その歩みは速いとは言い難く、ウィンドルグ王国の町や農村に辿り着くまでには相当な時間が掛かる。

 しかし邪人は瘴気に侵されていない人間を知覚範囲に収めたら、強化された肉体を駆使して襲い掛かるのだという。


 彼等が進めば進むほど、瘴気の範囲は拡大して世界を穢す。そうなる前に、瘴気の発生源であるユーリを処理しなくてはならない。故に、この場で時間を浪費するのは得策では無い。

 やり切れない思いを抱えつつ、フリードリヒは王都へ向けて再び加速を開始した。


……


 王都に近付けば近付くほど、瘴気は強くなっていく。鍛え上げられたフリードリヒの身体でも、遺失魔道具アーティファクトが無ければ危険だったかもしれない。

「ユート様の遺失魔道具アーティファクトが優れているのか、この瘴気が恐ろしいのか……判断に迷う所だな」

 そう嘯きながら、フリードリヒは王都上空へと辿り着いた。


「まずは地図マップで……む? ユーリ嬢が居ない……?」

 遺失魔道具アーティファクトの力でユーリの居場所を特定しようとしたが、彼女は王都には居ない。それどころか、ヴォルテール王国にすら居ないらしい。

「まさか……いや、ウィンドルグ王国も確認したが彼女は居なかった……だとすると……」

 フリードリヒは、瘴気に汚染された地区に視線を向ける……すると、ヴォルテールから北側に向けて汚染がより早く拡大しているのが解った。


「移動している……? 地図マップの範囲の外に出たのか!」

 かの王が創造した遺失魔道具は規格外の性能を持つが、欠点が無いわけではない。地図マップの場合、使用者が認識していない場所は表示されないのだ。


 ユーリがそれを知っていたはずもないが、事実は変わらない。必要なのは、この後どうするか。

 フリードリヒは即座に判断を下し、北側へ向けて移動を開始した。優先すべきは、ユーリの処理。そうしなくては、瘴気の拡大は増すばかりだろう。


 そんなフリードリヒを認識して、ヴォルテール王国民だった邪人達が反応を見せた。呻き声を上げながら、手をフリードリヒに伸ばしていた。

 届くはずもないその行動だが、それがフリードリヒの心に影を落とした。

 まるで苦痛から開放されたくて、助けを求めて手を伸ばしているように見えたのだ。実際には邪人となった彼等の本能、瘴気を拡大させて世界を汚染するという性質故の行動。しかしそれだけだとは、フリードリヒには思えなかった。


 それでも、フリードリヒは止まらなかった。眼下の光景を目に焼き付けつつも、ユーリを討伐するという目的に向けて飛翔を続ける。


 彼は騎士道精神に溢れ、義を重んじる。敵であれど敬意を払う事を忘れない、そんな男だ。

 そんな彼だが、同時に主に対する忠誠心は人一倍では留まらない。臣下として彼を支える、そんなフリードリヒの在り方は忠臣の鑑と称して差し支えない。


 だから、彼は優先順位を間違えない。己に課した役割を全うし、主に対する忠誠を貫き通す。

 彼の王が彼に下した命令、それは「フランドールを守れ」というものだ。それは同時に、フリードリヒ自身がこの世界に留まる理由である。

 世界や国ではなく、一人の少女を守る事。彼にとっては、それが何よりも優先される。


 だから、フリードリヒは彼等を見過ごす。一刻も早く、フランドールに襲い掛かろうとする危機を排除する為に。その後で自らの力を割けるならば、そしてフランドールが望むのならば……瘴気に侵された彼等に対し、救済も出来るだろうと考えながら。


************************************************************


 ヴォルテール王国の北西、ウィンドルグ王国から見れば北側に位置する国……それが、バディスン王国だ。

 フランドールからその国について聞かされていたフリードリヒは、険しい顔で地上に視線を巡らせる。

 ユーリが見つからない、それもある。だが、それと同時。

「瘴気の脅威とは、ここまでのものなのか……」

 瘴気による汚染が、バディスン王国すらも呑み込んだ。ヴォルテール壊滅から、然程時間が経過していないにも関わらず。


――この速さは、フラン殿から聞いていた以上。恐らく、汚染源となっているユーリ嬢が移動しているのもあるだろうが……。


 それにしては、速過ぎる。人の移動速度で……もしくは邪人の身体能力で、ここまでの事が出来るだろうか? 答えは否。ユーリが瘴気による汚染を受けただけの邪人なら、眼下の彼等とそう変わらないはず。


 呪いの言葉を吐きながら、瘴気を撒き散らした彼女の姿が脳裏をぎる。その禍々しさと、全身から溢れ出る瘴気……にも関わらず、自我を保っているその眼。


――あれは、邪人ではないのではないか?


 それは彼女が、元・竜の巫女だからだろうか。それとも何か、別の要因があるのだろうか。

 ともあれ、ユーリを止めなければならない。もう、手段を選んではいられない。


 フリードリヒは魔導兵機・ジークフリードを駆り、空高くへと上昇を開始する。邪人が、町が、国全体が視認出来る程に、高く。

 数分で遥か上空まで飛翔したフリードリヒは、大地に向けて視線を巡らせる。フリードリヒが認識している範囲外を捜索できないならば、認識している範囲を広げれば良い。

 遥か上空から広範囲を視認する事で、遺失魔道具アーティファクトに付与された地図マップが適応される。これは彼の主君が、既に実証していた方法であった。


「これならば……!!」

 そうしてフリードリヒが地図マップの対象範囲を広げた事で、恐ろしい事実が判明した。

「……これが狙いか、ユーリ嬢……!!」

 ウィンドルグ王国は、完全に瘴気の邪人達に包囲されている。ヴォルテールとバディスンだけではない。ウィンドルグ王国から見て西側の国・エルハデル王国……そして、南側の王国・アランディア。その二国も既に、瘴気に侵され壊滅していたのだ。


 東西南北を瘴気と邪人に囲まれ、逃げ場が無くなった状態。この状態ではウィンドルグ王国も、たちまち瘴気の侵蝕を受けて壊滅するだろう。

 それよりも、ウィンドルグ王国にユーリが現れればそれまでだ。たちまち王国は内側と外側から、瘴気によって汚染されていくだろう。


 尚の事、早急にユーリを発見しなくては。そう思って視線を巡らせても、地図マップに反応は無い。

「……何故だ? この方法ならば、地図マップの対象範囲は拡大できるはず。現に、四カ国の状況も見られるのだが……」


 この遺失魔道具アーティファクトを開発した彼の王ならば、即座に気付いただろう……ユーリがどこに身を潜めているのかを。

 確かに地図マップは各国の様子を映し出しているが、建造物の中……そして地中は、その対象範囲からは外れているという事を。


************************************************************


 一方、ウィンドルグ王国の王城では……。

「各方面に駐在している騎士達に、防衛線を敷くように通達。王都からも、大至急応援を向かわせております」

「各国に向けていた草からは、何の連絡もありませんな……恐らくは、ヴォルテールと同じ運命を辿ったかと……」

「むぅぅ……未曾有の事態とは、この事か……」

 エディとダリウスの報告に、頭を抱えたいのを必死に我慢するウィンドルグ王。


 フリードリヒの所有する遺失魔道具アーティファクトには劣るが、この世界にも通信の魔道具は存在しているのだ。

 そんな通信の魔道具で報告されて来たのは、考えうる限り最悪の事態。既に周辺各国が壊滅し、ウィンドルグ王国が瘴気と邪人に包囲されたという事実だった。

 それを信じたくない思いはあるが、瘴気を撒き散らすユーリの存在が関与しているとすれば有り得なくない。判断を誤り、国や民を失うのは愚の骨頂。ウィンドルグ王はそう判断し、全てが事実だと考えて対策を練る。


 それに、希望はまだ失われていない。フリードリヒが、ユーリを追っているのだ。彼がユーリを討伐すれば、まだ何とかなるかもしれない。

「民を王都に避難させる手筈は?」

「最大限急がせています。しかし、手が足りないのが実情です」

「一人でも多くの民を守らせよ。それが国を背負う者の義務だ」

「無論です」


 自分達に、フリードリヒの様な力があれば……そう考えてしまう。召喚竜と同等の力を望むなど、身に余ると理解している。

 しかしそれでも、ラ・ミエールの様な飛空艇があれば……そう考えてしまうのも、無理のない事だった。


 そんな時だった。一人の兵士が、顔を真っ青にさせて駆け込んで来たのだ。

「ご、ごほ……ご報告……!!」

 ただならぬ様子に、エディは嫌な予感がしていた。しかしながら、聞かないという選択肢は無い。

「落ち着け、何があった」

 そう言われてすぐに、落ち着けるはずも無い。それは解っているが、言わずにはいられなかった。


 兵士は必死そうに、呼吸を整え……そして、強張った表情で口を開く。

「お、王都上空に……巨大な竜が出現しました……!! それも、瘴気を身に纏った竜です……!!」

 瘴気を身に纏った、巨大な竜。そう告げられて、ウィンドルグ王は絶句してしまった。


――まさか……フリードリヒ殿……? いや、そんなはずは……彼は瘴気の中でも、戦えると……。


 あのフリードリヒが、そう断言したのだ。それを信じるべきだと、頭では理解している。

 しかしこの異常事態において、最悪の事態が起きたとすれば……間違いなく、この国は滅びるだろう。


「陛下、私も様子を見て参ります」

 エディがそう告げて一礼すると、足早に玉座の前から去って行く。エディも本来ならば、いち早く駆け出したいところであった。だが主君の前でその様な無様な姿は晒せないと、己を律しているのである。


 残されたウィンドルグ王と、宰相であるダリウス。二人はこの事態に対し、有効な手段を見出だせず……ひたすらに、フリードリヒを信じて祈る事しか出来ない。


……


 一方フランドールは、外が唐突に暗いモノに覆われたのに気付いた。窓に近寄り、外を見て……。

「ひっ……!?」

 彼女は思わず、悲鳴を洩らしてしまった。


 空は暗雲に覆われ、日の光が遮られていた。そんな曇天の中を、黒い何かが飛翔している。

 大きく広げられた翼の先まで、漆黒。しかも、その上に瘴気と思われるモノを纏った姿。

「黒い……竜……!!」


 一目見て、フランドールは実感した。アレは、邪悪な竜だと。世界に破滅を齎す、滅びの象徴だと。


――フリード様……!! どうか、どうかご無事で……!!


 フランドールは、アレがフリードリヒだとは欠片も疑わない。

 竜の巫女である彼女は、紋章を通じてフリードリヒと繋がっているのもある。しかし、紋章など無くとも彼女は確信を得ただろう。

 フリードリヒが瘴気などに、侵されるはずがない。彼ならば、それを跳ね除けてみせるはず……と。


 そんな時だった。


『殺す』


 頭に直接響く、怨嗟の声。どこかで聞き覚えのある女の声と、得体の知れない声が重なっている様に感じ取れる。

 フランドールは室内に視線を巡らせると、控えていた侍女達も同様に困惑していた。これは自分だけではなく、周囲の皆にも聞こえているのだろう……それが、フランドールには分かった。


『殺す……殺す、殺す……』


 殺意を込めた声が、またも頭に響く。その声を聞いただけで、背筋に冷たいモノが駆け抜けるような感覚を覚える。


『全て、殺す……人も、家畜も、竜も殺す……』


 ここで初めて、殺すという言葉以外が聞き取れた。しかし込められた殺意は衰えず、逆に増している様に思えてならない。


『平民も、貴族も、王も殺す……』


 この竜には、明確な目的があるらしい。狂気的な意思を感じ取れるが……その反面、理性的な”何か”を感じる。


 次の瞬間、その理由がフランドールには解った。


『キースナイト……フランドール……殺す、殺す、殺す殺すころすコロスコロスコロスころすころすコロスころす殺す……!!』


 ゾワリと、怖気が走る。あの邪竜は、自分の名を告げた。

 そしてフランドールは理解する……あれは、ユーリだ。瘴気に侵されながら自我を保ち、邪悪な存在として変質した彼女だ。


 この世界を救うはずの主人公は、堕ちてこの世界を破壊する存在になってしまったのだ。


 そうしていると、邪竜が王城に向けて飛来する。その巨大な体躯は、王城よりも大きい。

 邪竜は目と鼻の先にまで迫り、その血の様に赤い目が自分を射抜いた様に思えたフランドール。その赤は、彼女が瘴気に呑み込まれた直後のそれと同じ色に思えた。


――そこまで私が憎いのね、ユーリ……。


 しかし、それはお互い様だとフランドールは思う。


 彼女も現代日本の知識を持つ、転生者なのは察しが付いている。フリードリヒの遺失魔道具アーティファクトをスマホと言ったのだから、間違いないだろう。

 そして彼女はシナリオ通りに、悪役令嬢である自分を破滅させようとした。それも事実を捻じ曲げ、冤罪を被せて。


 彼女にとって、フランドールはゲームのキャラクターにしか見えていないのだろう。破滅する事が運命付けられている、哀れな存在なのだと。

 そして、彼女はゲームの主人公だ。だから、何をしても許される、全て正しいと思ったのだろう。

 何故ならこの世界は、自分ユーリの為に存在するのだから。


 こうなったのは、彼女が勘違いしているからだ。

 震える身体を抑えようと、フランドールは自分の身体を抱く。

 ユーリはフランドール達を、ゲームのキャラクターとしか認識していない。プログラミングされた存在、作られた都合の良いモノ、そんな風に見ているのだ。

 だが、それは大きな間違いだ。


――私達は、人間よ……!!


『違う……!!』


――実際に、この世界で生きている。自分の意思が、人生が、未来がある……!!


『五月蠅い……!!』


――私達一人一人が、貴女と同じ人間なのよ……!!


『黙れ!!』


 フランドールの心の声を、邪竜となったユーリは感じ取っているらしい。強い意志が込められたフランドールの言葉を否定しながら、邪竜は翼をはためかせて上空へと浮かび上がった。


『殺す……殺す!! 殺してやるわ、フランドール!!』


 王城を上空から見下ろしながら、邪竜が瘴気を収束させていく。

 その瘴気は、徐々に肥大化していく。


『死ねシネしね死ねシネしねッ!!』


 平民の家一軒を飲み込む程度の大きさから、あっという間にクロスロード公爵家の屋敷すら吞み込めるであろう大きさへ。更に膨れ上がり、王城すら呑み込むであろうサイズになった。

 その絶望の光景を前にして尚、フランドールは揺らがない。窓扉を開けてバルコニーに踏み出すと、彼女は邪竜ユーリを見上げてみせる。


「この世界は、貴女の為の箱庭じゃない」


『死寝シネ死音しね死ネ死ねシネ死ね……』


「例えここで私が死んでも、貴女の思い通りになるものは何一つない!」


『黙れだまれダマレ黙れだまレッ!!』


「私は、フランドール・アイリーン・クロスロード! クロスロード家の長女であり、フリードリヒ様の巫女たる私は……!」


『死になさいよおぉッ!! フランドールウゥッ!!』


「絶望に膝を折ったりしない!!」


 上空から放たれた瘴気の塊……それは数瞬の内に、王城に落ちるだろう。それでも、フランドールの瞳には希望の光は消えなかった。


『フラン殿!!』


 邪竜ユーリとは違う、脳裏に響くその声。その声が頭に響いた瞬間、フランドールの口元が緩んだ。


 フランドールの居る王城と、邪竜ユーリが放った瘴気の塊。そこに割り込む様に、巨大な影が立ち塞がった。

 それは竜……邪竜に匹敵する程の巨躯を持つ、黄金色の竜だった。その竜が、王城を守るようにして背に瘴気の塊を晒す。


 そうしていると、王城の兵士達が感嘆の声を漏らす。

「巨大な……竜……!!」

「この竜は……まさか!!」

 己の身体で瘴気を受け、城を……フランドールを守った竜。その眼には理性の光が宿っており、召喚された竜である事が察せられる。


「フリード様!!」

 瘴気からフランドールを守ったその竜が、彼女の呼び掛けに応える。

『遅くなり申し訳無い……』

 竜化……それはヴェルスフィアに住む種族、竜人族の失われし秘儀である。己の中に流れる竜の血を覚醒させ、その身を竜のそれに変化させる。

 悪神の策略によって忘れ去られたその秘儀は、長い歳月を経て英雄に伝承された。それを成したのは、悪神によって迫害を受けながらも未来に希望を残した賢者ワイズマンの一人だ。


『ここは危険、下がっておられよ』

 そう言って邪竜に向き直るフリードリヒだが、それによって彼の背中が王城の者達に晒された。黄金色に輝き艶々とした鱗が、どす黒い瘴気によって腐食していた。見るからに、看過できないダメージである。

「フリード様……そのお身体では……!!」

『案ずる事は無い……』

 そうは言うものの、フリードリヒの声はいつもの様な力強さを感じさせない。無理をしているのは、一目瞭然だ。

『私は、アヴァロン王の左腕……これしきの事で、倒れるほど……やわでは……!!』

 それは、自分に言い聞かせる様な言葉だった。それに対して、フランドールは何も言えなくなってしまう。

 彼が忠義を捧げるその王に、文句を言ってやりたい気持ちだった。自分をここまで慕う臣下の危機だというのに、その王は一体何をしているのか……と。


「無理をするのは、君の悪い癖だ」


 何をしているのか? その答えが、フランドールの背後にあった。

「だ、誰!?」

 慌ててフランドールが振り返ると、そこには黒いコートを身に纏った青年の姿があった。音も無く姿を現したその青年は、フリードリヒの背を見て溜め息を一つ吐く。

「なに、通りすがりの天空王だ。うちのフリードが、世話になったみたいだね」

 ”天空王”に”うちのフリード”という言葉……その言葉が、フランドールの心を揺らす。無理もあるまい。それはまるで、自分の苦言を聞き咎めて来たのだろうか? などと思わせる、絶妙なタイミングだったのだ。


「さて、僕の左腕を召喚した異世界の諸君……フリードはまだ、諦めていない様だ。なので、僕達も力になろうかと思ってね」

 その言葉は穏やかで、語り掛ける様な優しい口調。だというのに、ウィンドルグ王国全土にまで響き渡っていた。

 それは絶望を塗り替える、希望の言葉。

「あ、貴方は……」

 フランドールの呼び掛けに、青年は不敵な笑みを浮かべてみせた。


「”俺”はアヴァロン王国国王、ユート・アーカディア・アヴァロン。フリードリヒ・ムラーノの主君として、異世界から助太刀に来た」


 そう言って、頭上に右腕を掲げる天空の王。すると暗雲に覆われた空に、白い光の線によって描かれる魔法陣が浮かび上がった。それは一つ、二つ、三つ……瞬く間に数を増やしていき、すぐに数えるのが億劫になってしまう。

「さぁフリード、聞かせてくれ……俺()に何を望む?」

 その呼び掛けに対し、巨竜の姿のフリードリヒは動きを止める。


『……あの瘴気の竜は、私が止めます』

 フリードリヒは、自分から何かを求める事は無い。特に主君である、ユートに対しては。

 そんなフリードリヒだが、理解している……自分一人では、全てを救う事など出来ないと。だからこそ……。

『だから、どうか……無辜の民を……』

 だからこそ、自分の力だけでは……一人の力だけでは守り切る事が出来ない、その力を求める。


「よろしい……聞こえたな、お前ら!!」

 その言葉と同時に、上空の白い魔法陣から人影が姿を現す。彼等は皆、フリードリヒの危機を知り応援の為に駆け付けた者達だ。

「アヴァロン王国軍、総員出撃。さぁ、人助けの時間だ!!」

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