フリード編9 殲滅/自業自得
【注意事項】
本文の終盤、ユーリの状況を描いた部分に、下記の描写があります。
・性的な行為を匂わせる描写
・一方的かつ強引な行為の描写
こういった表現を好まない方は、読み進めない事をお勧めします。
その点について、批判や意見は受け付けません。
以上の点、ご了承の程宜しくお願い致します。
ユーリが捕えられているその頃、ヴォルテール王国の上空を飛行するのはフリードリヒだった。その身に纏うのは、魔導装甲・魔導兵騎ジークフリードである。
それはこの世界に存在しない、異質な存在。その姿を目の当たりにしたヴォルテール王国民は、絶望の淵に立たされた気分だった。
しかし、それは決して害を成す存在では無い。己の騎士道精神と、義理人情に溢れた男が駆るそれが齎すものが、絶望であるはずが無いのだ。
「無辜の民をこれ以上傷付けさせはしない……フリードリヒ・ムラーノ、いざ参る!!」
眼下の魔物に照準を定めた魔導兵騎ジークフリードが、魔力を噴射して急降下。地に足を付く事無く、軌道を変えて地面スレスレを滑空する。
「それ以上の狼藉は許さぬ!!」
一人の少年に襲いかかろうとしていた魔物を、その右腕で掴み上げる。
「還るが良い……地竜剛拳!!」
魔導兵騎の豪腕を喰らった魔物は、水平に飛んでいき魔物の群れに突っ込む。その巨躯が凄まじい勢いで突っ込めば、魔物からしても驚異的な衝撃を受ける。
鋼鉄の塊と思しき人型のナニか。その中心には全身鎧に身を包んだ、謎の人物。ヴォルテール王国の民は、敵か味方かも解らない状態だ。
しかし、その姿を見て思う事がある……魔物を殴り飛ばしたあの存在は、少なくとも魔物の敵だろう。ならば……もしかしたら、味方なのではないか? と。
そんな彼等に向けて、フリードリヒは振り返った。
「我が名はフリードリヒ! ウィンドルグ王国より、貴殿等の救援に参った! 戦える者は剣を取れ! 力無き者を、速く安全な場所へ!」
そう言った次の瞬間、フリードリヒの駆る魔導兵騎が動き出す。魔物に向けて、突撃を開始した。
――まずは、魔物の数を減らさなければなるまい。市民や兵士が居ない場所で、広範囲を殲滅する!
彼の主君が施した刻印付与魔法で、フリードリヒの眼には魔物と市民、兵士の位置が俯瞰視点で表示されている。それを頼りに、攻撃すべき方向を選定。
「そこか! 水竜咆哮!!」
水属性の”竜の息吹”が、魔物に向けて放たれる。その攻撃を受けた魔物は呆気なく押し流され、その後に無残な屍を晒す。
魔物の群れの五分の一が、ただの一撃で葬られた。その光景に戦慄を覚えるヴォルテール王国軍の兵士達。
しかしながら、呆けている余裕などある筈もない。
「あ、あの戦士に続けぇーっ!! 我等が国を守るのは、最後には我等自身なのだっ!!」
兵士達を纏め上げる立場であろう、整った装備の男性。そんな彼の声に、兵士達は正気を取り戻した。
「う、うおおぉぉっ!!」
「行くぞおぉっ!!」
思わぬ強力な援軍に、戦意を取り戻した兵士達が武器を手に魔物達へと駆け出す。
「既に手遅れの民は……諦めるしか無いだろう」
本音を言うならば、助けてやりたいとは思う。だがフリードリヒには、蘇生する手段が無い。彼の主君に頼めば、蘇生する事は可能かもしれない……しかし、それを乞い願うのは筋が違うと考えている。
彼の王はヴェルスフィアとアヴァロン王国の為、忙しなく働き続けている。世界の中心として、日夜執務に明け暮れているのだ。それも、この所は休む暇もなく。
主君にとっては守る理由も、救う義理もない世界の話。その話に、安易に彼の王の力を求めるべきではない……それがフリードリヒの判断だった。
フリードリヒは、この世界の人々よりも彼の王を優先する。己の力で実現できる事ならば力を貸すが、王や仲間の力を借りるつもりは無い。
……
飛空挺ラ・ミエールがヴォルテール王国の王都上空に差し掛かると、凄まじい戦いの様子を覗う事が出来た。そしてその視線は、戦闘を繰り広げているフリードリヒ……彼の駆る、ジークフリードに注がれていた。
「何だ、あの鉄の塊は……!?」
「フリードリヒ殿は、一体どこに……!?」
一方、生き残った市民と兵士達が、王城付近の広場に集まっている。彼等の視線も、ジークフリードとラ・ミエールに向けられていた。
「何だ!? 新手の魔物か!?」
「しかし、あの巨人は魔物と戦っているが……」
「一体何だというのだ……っ!!」
そんな混乱を他所に、フリードリヒの攻撃は苛烈さを増していく。ジークフリードもまた、彼の王の魔導兵騎同様に重火器を備えた機体。その機動力と火力を駆使して、鎧袖一触していく。
――そろそろ、魔物も打ち止めか? ならば、一気に殲滅する……!!
フリードリヒはジークフリードに魔力を流し込み、機体の各部に備え付けられた砲口を展開。更に、付与された刻印に魔力を込めて【雷属性付与】を発動する。
「意思無き魔物よ、果てろ!!」
放たれるは、六発のレールガン。銃弾よりも口径の大きな砲弾によるそれは、発生した衝撃だけで魔物の身体を吹き飛ばしてみせた。
その光景を目の当たりにし、残されたわずかな魔物達は恐怖に駆られた。本能が警鐘を鳴らし、目の前の鋼鉄の巨人から逃走する事を決意させる。
しかしながら、その判断を下すのが遅すぎた。
「飛竜拳!!」
飛ぶ拳撃が、背中を向けようとする魔物の頭部に叩き付けられる。その衝撃による破壊力は、銃弾のそれに匹敵する。頭部を粉砕された魔物達は、脳漿をまき散らしながら生命活動を停止させ……一国を襲った魔物の群れは、全滅の憂き目に逢うのだった。
************************************************************
ラ・ミエールが着陸すると、ヴォルテール王国の騎士団が警戒を顕にする。しかし、ラ・ミエールから降りて来たのは何度か見た覚えのある鎧姿の騎士達だった。
「……ウィンドルグ王国騎士団……!? まさか、こんなに早く……」
ヴォルテール王国の騎士達は、確かにウィンドルグ王国騎士団が救援に訪れたという報せを耳にした。しかしながら、その報せが届いたのはつい先程……鋼鉄の塊で形成された人型が降臨する、数十分前の事なのだ。
瘴気の魔物が襲来してから、立て続けに発生した混乱……その中でも、これは流石に極め付けだった。
「ヴォルテール王国の騎士達だな。我が名は……」
「ぞ、存じている!! ウィンドルグ王国騎士団団長、エディ・フォン・バルカス殿……」
隣国の、それも騎士団を束ねる大騎士。そんな武勇轟く大騎士の名が、一国の騎士団に届かない訳が無かった。
「それは重畳」
そう言うと、エディは未だに魔導兵騎搭乗モードのフリードリヒを見て意を決する。
内心では「何あれ、ゴツイんですけど!」とか「あんな鉄の塊が浮いてるのは何で!? えぇ、何で!?」と思いつつも、それを一切表情に出さない。
まずは、フリードリヒが警戒されないようにしなければ。よろしい、ならばデモンストレーションだ!!
「我等はウィンドルグ国王陛下の命に従い、隣国の危地に助力すべく参った次第!! 竜の巫女、フランドール・アイリーン・クロスロード嬢が召喚した偉大なる竜、フリードリヒ殿と共に!!」
これはフリードリヒが敵では無い事を、ヴォルテールの騎士団や民に印象付ける為だ。エディが出世できたのは実力がある事も当然だが、この気配りが出来る点も一因なのだろう。上に立つ者は、下に着いてくる者達への配慮が出来なくてはならない。それは、どんな世界においても共通している。
「しょ、召喚竜……なのか!? あ、あの鉄の塊が!?」
流石に、有機的なドラゴンならば耐性はある。しかし、この様な無機質な姿のドラゴンなど想像だにしなかったヴォルテール王国の騎士達は、フリードリヒに視線を向け……逸らす。そしてまた見る。何故か二度見、三度見である。
「う、うむ!! フリードリヒ殿、状況は落ち着いたものと思われる。再び、人の姿を取って頂いても宜しいか?」
「了解した」
フリードリヒは腹部に装着している円卓の絆を外し、魔導装甲と魔導兵騎を送還。元の姿へと戻る。
変身を解除した事により、その素顔を目の当たりにするヴォルテール王国の面々。美丈夫といって差し支えないフリードリヒの素顔に、驚きを禁じ得ない。
「ひ、人の姿とはそういう事なのか? 人間と同じ姿を取ることが出来る……と?」
ヴォルテールの騎士団長が、恐ろしい物を見る様な視線でフリードリヒを見て呟く。
そんな騎士団長に、フリードリヒは向き直り頷いた。
「私の名はフリ-ドリヒ、天空の王に仕える者だ。此度はこの世界の危地と聞き、助力に参った次第。貴国の為に馳せ参じたのは、ウィンドルグ王からの嘆願あっての事。それを貴殿等の王に伝えて貰いたい」
国と国とのやり取りは、トップ同士でやって貰うのが良いだろう。騎士団達にはあまだ、負傷者の救護等の仕事が残っている。
しかしながら、フリードリヒは忘れていた。この場には仮にも……王太子位から廃嫡されていても、まだ一応は第一王子である男が居たのだ。
「ヴォルテール王は何処に居る? 我が名はウィンドルグ王国が第一王子、キースナイト・バリウス・ウィンドルグだ。今後の事について話がしたい」
未だにキースナイトは、ウィンドルグ王国の次期王が自分だと信じていた。ユーリの醜態を目の当たりにした彼は、自分の立場の危うさにようやく気が付いたのだ。
甘い甘い夢から覚めて、目の当たりにしたのは苦い苦い現実。このままでは、王家に自分の居場所は無い……今更、本当に今更ながら、ようやくその事に気付けたのだった。
「お、王太子殿下でしたか! これはご挨拶が遅くなり、誠に失礼を……!!」
慌てて首を垂れるヴォルテール騎士団長だが、キースナイトは顔を顰めた。彼が未だに、自分が王太子であると思っているからである。
「いや、それは構わん。それよりも事態は一刻を争うだろう、早急にヴォルテール王にお目通り願いたい」
「す、すぐに伺いを立てて参ります! そこのお前、今の内容をすぐに王城に報せろ!」
「は、はいっ!」
そんな様子に、エディ達は内心で安堵した。ユーリと出会って以降のキースナイトは、王太子としての重責を蔑ろにしている様な素振りばかりが目立っていたのだ。
ユーリが捕らわれ、その悪辣な本性を目の当たりにした今ようやく、キースナイトの目が覚めたのだと感じたのだった。
しかし、それを冷めた目で見る女性が居た。フランドールである。
というのも、彼女はキースナイトの元・婚約者。彼の内心が透けて見えている。
――未だに、玉座に座るのは自分だと信じて疑わないのね……一度失った信用を回復するのは、並大抵の努力では適わないのに。
自分の立場が危うくなって、ようやく本腰を入れる様では王として不適格。それに保身の為に躍起になっている事自体、王には相応しくない。
彼女も筆頭貴族の娘であり、王侯貴族がどうあるべきかという事を、幼少の頃より叩き込まれてきている。王侯貴族は国の為に、ひいては民の為に存在する。自分達が平民より優遇されているのは、平民の為に先に立って導くからである。
これまで民を顧みず、己の情愛の為に様々なものを切り捨ててきた彼が、玉座に座る日は来ない……フランドールは、そう確信していた。
************************************************************
一方その頃、ラ・ミエールのある一室。拘束され猿轡をされたユーリは、床に転がされ呻いていた。
その心中に湧き上がるのが、後悔や贖罪の念であるはずがない。一方的な怒りと憎悪が、その胸中を支配していた。
――何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ……!! 私は主人公なのに……!!
未だに彼女は、この世界がゲームの世界だと信じて疑わない。何せ顔も名前も、性格や生い立ちまでもが一致した世界。それをイコールと判断するのも、無理はないだろう。
しかし、それは大きな勘違いである。これはプログラミングされたゲームではなく、固定化されたルートなどない。目の前に立つ人物は独立した思考を持ち、意志を持ち、価値観を持つ。
ゲームではなく、現実。キャラクターではなく、人間。それを受け入れない限り、彼女はこの世界の存在と心から解り合う事は出来ない。
そんな彼女の軟禁された部屋に、一人の男がやって来た。
「ユーリ……」
その男の名は、ドランバルド。騎士団長を勤めるエディの息子、ドランバルド・フォン・ビリアムだ。
――バルド!? もしかして、私を助けに……!!
ユーリを優しく抱き起こし、ドランバルドは彼女の猿轡を取り除く。
「あぁ、バルド様……私、私……っ!!」
ユーリはドランバルドを使ってこの窮地から逃れるべく、必死に考えを巡らせる。その結果、思い付いたのは……彼を甘い言葉で唆し、自分をここから連れ出させるというものだった。
しかし、ドランバルドの思惑は別だった。
「ユーリ……君はきっと、極刑を免れないだろう」
極刑……つまりは死罪か、それとも幽閉か。ドランバルドの言葉には、冷酷な冷たさが宿っていた。
「ま、待って……バルド様、私は……!!」
慌てて取り繕おうとするユーリだが、ドランバルドの思い詰めたような表情は変わらない。それどころか、目が血走っている。
「君が俺を理解してくれた、初めての人だった……最期に、俺に思い出をくれないか」
そう言うと、ドランバルドはユーリの身体を押し倒す。
「きゃあっ!? ま、待って……!! バルド様、私を助けて!! 死にたくないっ!! ここから連れ出して!!」
「そんな事が出来るはずがない。君を永遠に失う前に……君の温もりを俺にくれ」
喚くユーリに構う事なく、ドランバルドは彼女の衣服に手をかける。抵抗するユーリだが、騎士見習いとして鍛え上げて来たドランバルドに敵うはずもない。
「あぁ、綺麗だよユーリ……美しい君のまま、俺の思い出の中で生きてくれ……」
「嫌! やめて! い、痛いっ!! 嫌っ……嫌ぁぁぁぁっ!!」
遠慮を知らないドランバルドの行為に、叫び声を上げるユーリ。しかし彼女の声を聞き咎め、助けに来る者は居ない。
というのも、ラ・ミエールの個室は防音性に長けている。防音の刻印付与が為されているのだ。これはラ・ミエールが遊覧艇として建造されており、個室はプライベートルームとして用意された物だからである。
さて、ドランバルドは騎士団長の息子であり、れっきとした騎士見習い。己を律し、弱き平民を助け、王に仕える騎士を志す存在だ。
そんな彼が、何故にこの様な暴挙に及んだのか? それは単純に、純朴だった彼を過剰に誘惑した存在が居たからだ。
騎士を目指し、色恋沙汰に疎く、女性に免疫の無かったドランバルド。そんな彼に、女としての魅力を武器に迫ったのはユーリだった。
「女性を苦手としているとの事ですが、ドランバルド様は騎士になられるのですよね? 傷付いた女性を助ける事もありましょう。今の内に慣れておく必要があるのではありませんか?」
女性が苦手な彼に、自分と触れ合って慣れるのが良い。そんな提案をして、ドランバルドとの特訓が始まる。
そんな特訓の日々の中で、互いに惹かれ合って結ばれる……それが、ドランバルドルートのシナリオ。
ユーリはその導入部分たる特訓までは、実際に行動を起こしている。しかしながら、最終的にユーリはキースナイトの下へ擦り寄った。
一時は騎士として仕えるべき王妃となるならば、自分の想いは胸に秘める。そう誓っていたドランバルド。
しかしユーリはキースナイトから見放され、更にはヴォルガノスとの契約を破棄された。まず間違いなく、彼女は極刑に科せられる。
そんな中、心の中に秘めていた彼女への想いが……そして一度は手が届かない場所に行った彼女に、今この瞬間だけは手が届く。中途半端に近付かれ、唐突に距離を取られた事で、ドランバルドの理性が崩壊させられていたのだ。
つまる所、ドランバルドの暴走……これは元はといえば、ユーリのせいなのであった。
とはいえ、ドランバルドのしている事は許される事ではない。彼のやっている事はあまりにも自分勝手で、愚かな行為。強引に組み伏せられ、欲望の捌け口にされたユーリの自業自得とはいえ。
しかし残念ながら、彼を止める者は居ない。彼の気が収まるまで、ユーリは泣き叫ぶ事となるのだった。




