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フリード編6 破滅の足音/飛空艇

 フリードリヒが異世界に召喚され、はや数日。王城に用意されたフリードリヒ達が宿泊する区画での事。

「フリード様、ご一緒にお茶でもいかがですか?」

「これはフラン殿、かたじけない」

 フリードリヒとフランドールは、午後のお茶を供にする事が多い。互いに愛称で呼び合うくらいに、距離を縮めていっていた。


「フリード様、天空の国でのお話をもっと聞きたいのですが……」

「ふむ、昨日は世界同盟の話をしたのだったか。では本日は……勇者殿達についてお話ししよう」

「ありがとうございます。では、私からはバディスン王国のお話をしますね」

 フランドールはヴィルヘルムの話を、フリードリヒはヴェルスフィアの話をする。互いの世界に対する理解を深めるのが目的だ。


 当初のフリードリヒは、キースナイトとの婚約破棄で傷ついているだろうフランドールを気遣っていた。しかし翳りを感じさせないフランドールの様子に、フリードリヒは認識を改めていっていた。


――彼女は見目麗しく気立ても良い、魅力的な女性だ。しかし、彼女の最大の魅力を挙げるならば……その心の強さと気高さだろう。


 理不尽な婚約破棄の騒動から数日経った程度なのに、彼女は前を見据えて歩んでいた。

 自分に出来る事を成し遂げるべく、フリードリヒとのコミュニケーションも積極的にとっている。フリードリヒもそれに応え、互いに尊重し合える間柄を維持するべく行動していた。

 周囲から向けられる自分への期待と、彼女が召喚したフリードリヒに対する期待。それらを受け止めた上で、今の己に出来る最善を尽くそうと動いていたのだった。

 その姿に、ウィンドルグ王や一部を除く首脳陣は感心しきりだった。


 フリードリヒは、そんな彼女と行動を共にする事が多くなっていった。

 召喚主と、召喚対象の関係……その関係性は変化していき、フランドールをパートナーとして認識するようになった。前向きな彼女の姿勢に、フリードリヒなりに感じ入るところがあったのだろう。

 互いに隣に立つのが自然な事だと思うようになり、心の距離はたった数日でグッと近付いた。


 そして、フランドール。彼女はフリードリヒについて、ある事に気付いていた。

 彼から聞いた、ヴェルスフィアという世界での暮らし。その話の中でフリードリヒは国に仕官し、領主を務めているという。フリードリヒの周囲にいる者が召喚された勇者や、エルフや獣人等だと聞かされたフランドール。彼女は、一つの考えに思い至った。


――フリード様は、人化した姿で働いていらっしゃるのではないかしら?


 領主の仕事……それは竜の姿で行える事ではない。だから、王に仕える為に日頃を人化して過ごしていると思ったのだ。

 それは、自分達とそう大きな違いが無いのではないか? 彼の世界は、竜であっても人として生きる事が出来る世界なのではないか?

 フランドールは、そう考えた。本質が竜であるという事を、フランドールは疑っていなかったのである。


 フランドールのキースナイトに対する想いは、転生前の記憶が目覚めてしばらくすると冷え切った。それ以降、フランドールは二度と恋をする事は無いだろうと思っていた。

 だが……いずれフリードリヒは代わりの遺失魔道具アーティファクト人形オートマタを置いて、自分の世界に帰ってしまう。二度と、彼に会う事が出来なくなる。それを考えると、胸が締め付けられるようだった。


――殿下にしろ、フリード様にしろ……報われない恋ばかりね、私。


……


 そんな二人を見て、揶揄する貴族達の声が出ている。

「クロスロード家の令嬢は、召喚竜にご執心の様だ」

「王太子殿下に婚約破棄を突き付けられて、相当にショックだったのでは?」

「しかし、まさか竜に懸想するとはな」

「尻が軽いにも程があるのでは?」

 これらの噂を流したのは、ユーリであった。ユーリは貴族達にこれらの噂話を流し、フランドールの評価を下げようとしていた。全てはフランドールを排除する為に、だ。


 ユーリにとって、この世界はゲームの世界。主人公である自分の為に作られた世界なのだ。

 だから、ゲームのシナリオ通りにならないフランドールは邪魔者。何としてでも排除しなければならない、主人公(ユーリ)の敵。

 独り善がりな悪意は肥大化していき、ユーリの心を黒く塗り潰していった。



 一方、その噂を聞いて、キースナイトは荒れていた。

「フランめ!! この俺の婚約者でありながら、竜などに現を抜かすとは!! 婚約を破棄して正解だった!!」

 そんな事を喚き散らすキースナイトだが、彼女がフリードリヒとの交流を深めたのは婚約破棄後だ。それも、キースナイトからの罵声付き。婚約破棄が成立して正解だった……それは、フランドール側の台詞であろう。


 彼は坂道を転げ落ちるようにその立場を失っていった。既に、王宮内で彼に与する者は僅かである。

 王太子の立場を剥奪され、王から見放されたキースナイト。既に聡い貴族達は、第二王子や第三王子の派閥に鞍替えするべく行動を開始していた。

 その上、ユーリもキースナイトとの接触を避けるようにしていた。フリードリヒに憤慨したあの夜以降、キースナイトはユーリの顔も見る事が出来ていない。


 本来のキースナイトは、もう少し理性的な人物だった。それがおかしくなり始めたのは、ユーリと出会ってからだ。

 フランドールが傍らでフォローしていた頃のキースナイトは、視野が狭いきらいはあった。そんな彼が突っ走りそうになった際には、すかさずフランドールが諫めていたのだ。そんなフランドールの支えもあって、本来の彼は王太子に相応しい青年だった。


 しかしユーリと出会った後のキースナイトは、何でも肯定してくれるユーリにのめり込んでいき、自らを省みる事が出来なくなっていった。

 独り善がりな考えを肯定され、感情の赴くままに発言。それが周囲に不快感を与え、人の心を遠ざけて行く。これは、王太子として致命的である。


************************************************************


 その報告が入ったのは、フリードリヒ達が召喚されてから六日後の事だった。異変発生の報告が、ウィンドルグ王国に届いたのだ。

 ウィンドルグ王国の北方面にある、ヴォルテール王国。その地に潜入した諜報兵から、突然変異した魔物の群れが確認されたらしい。ヴォルテール王国はそれを討伐しようと行動を開始。しかし大敗を喫してしまい、戦力が激減して王都に攻め込まれているという。


 謁見の間に集まったフリードリヒ達に、ウィンドルグ王国の上層部からその情報が齎された。

「状況の説明は、以上となります。如何致しますか、陛下」

 宰相であるダリウスの言葉に、ウィンドルグ王は眉根を潜める。隣国が壊滅の危機に遭っている現状……それに対し、どう動くべきか。

 フリードリヒ達を召喚した際、彼は「自国の守護を優先する」と口にした。しかし実際にその事態が発生し、王としてどうすべきかを問われているのだ。


 そして、ウィンドルグ王は決断を下した。

「ヴォルテール王国を蹂躙すれば、次は我が国かもしれぬ。今の内に叩いておくべきであろう。ついでにヴォルテール王国の民を救い、恩を売るのも悪くはあるまい」

 素直に「隣国に住まう無辜の民を捨て置けない」とは言わなかった。しかし、その在り方にフリードリヒとヴォルガノスは口元を少し緩める。


「フリードリヒ殿、ヴォルガノス殿。貴殿等の力を借りたいと思うのだが、如何だろうか」

 その言葉に、先に返答したのはヴォルガノスだ。

「その決断はこの国、ひいては無辜の民を守る事に繋がる。ウィンドルグ王を、我は支持しよう」

 ヴォルガノスの言葉に、ウィンドルグ王国の面々は表情を和らげた……一人を除いて。


――何を勝手に決めてんのよ、この駄竜!!


 無論、その一人とはユーリだ。自分に伺いも立てず勝手に発言し、勝手にウィンドルグ王を支持する旨を表明したヴォルガノス。それに腹を立てていた。

 しかしユーリの憤りは、お門違いも良い所である。巫女は竜をぶ力を持つが、竜を従える力など無いのだ。

 ヴォルガノスが温厚な竜であるが故に問題になっていないが、これが気性の荒い竜であればどうだっただろうか? 既に召し上がられていても、不思議ではないのだ。無論、食物連鎖的な意味で。


 そして、フリードリヒ。

「……ふむ、私も協力をするには吝かではない。ただ、気になる点があるな」

 フリードリヒも、ウィンドルグ王の本心に気付いている。罪なき人々に救いの手を差し伸べるウィンドルグ王の決断は、彼としても好ましく思えた。だからこそ、一つ気になった点があるのだ。

「何であろうか、フリードリヒ殿。遠慮は要らぬ、何なりと申してくれ」

「では、その言葉に甘えるとしよう。ヴォルテール王国への道程と、派遣される人員は?」

「ふむ……道程は陸路で四日程か。貴殿等には馬車を出すが、歩兵は徒歩となるからな。人員は貴殿等と巫女、そして王国軍がおよそ一万を想定している」


 一万程の人員を派遣するのであれば、当然ながら糧食等の必需品の準備にも時間が掛かる。恐らく一日、二日では足りないだろう。

 更にそこから四日をかけて進軍し、魔物との戦い。無事に魔物討伐が成れば、四日かけて帰還する事になる。そうすると、どんなに早くとも十日以上は時間を掛ける事になる。

 そこまで判断したフリードリヒは、彼の王に言われた事を反芻する。


――宝物庫ストレージに入っているモノは、フリードの判断で好きに使って良いからねー。ちなみに、新作も用意しておいたから! 後で感想聞かせてね!


 何とも緩い口調で、彼の王はそうのたまった。

 宝物庫ストレージに入っているアイテムは、フリードリヒも一通りチェックしている。その中にある“ある遺失魔道具アーティファクト”を使用すれば……十日以上かかる行程を、半分以下に抑えられるだろう。


 メリットとデメリットを、フリードリヒは考える。

 遺失魔道具アーティファクトを衆目に晒す事は、この世界にどのような影響を与えるか? フランドールからこの世界の文化レベルや、魔法文明等について情報収集しているが、全てを把握し切れていない。


 ウィンドルグ王国においては、現状では問題が無い。国王の勅命で、フリードリヒへの過干渉を禁じている為だ。この過干渉とは、勧誘や遺失魔道具アーティファクトの譲渡を乞う等の行為である。

 これはフリードリヒとフランドールの存在を、ウィンドルグ王国が重視しているが故だ。しかし、それも絶対ではない。


 対して、メリットは確かに存在する。行程の短縮は、その中でも最たるものだ。

 フリードリヒにとっては、この世界の為に力を貸すかどうか? それを見極める事が最優先である。

 ヴェルスフィアへの帰還を、延期する事は出来ない。何故ならば……。


――怒っているだろうか、彼女達は……。


 ヴェルスフィアで帰りを待っているであろう、婚約者達の事が脳裏に浮かぶ。帰還後、宥めるのに相当な労力を割く事になるだろう。

 気が滅入りそうになるフリードリヒだが、何とか思考を軌道修正。目前の問題に向け直す。


 少々考え込んでしまったが、考えをまとめたフリードリヒはウィンドルグ王に視線を向けた。目前の問題を放棄してヴェルスフィアに帰還するという選択肢は、フリードリヒには無い。

「私から一つ、提案がある」

「もしや貴殿の王が創ったとされる、遺失魔道具アーティファクトとやらの話だろうか?」

 真剣な表情を浮かべるウィンドルグ王、その口元は緩んでいた。

「左様だ」

「ふむ……続けてくれ、フリードリヒ殿」

「我が王の制作した遺失魔道具アーティファクト、その中に移動手段がある。それは、空を飛ぶ船だ」


 その言葉を受けて、謁見の間に居る者達全員が驚愕する。空を飛ぶ船など、この世界には存在しないのだ。

「空を飛ぶ船だと!?」

「そんな物が存在するというのか!?」

「有り得ん!! 陛下、そんな戯言に耳を傾けてはなりませんぞ!!」

 口々に否定的な言葉が飛び出すが、フリードリヒとウィンドルグ王は意に介さない。


「……どうだ、ダリウス」

「フリードリヒ殿の事です、虚言と切って捨てる事は出来ないでしょう」

 ダリウスの言葉に、ウィンドルグ王は力強く頷く。

「フリードリヒ殿。実際に、見せて貰う事は出来るかね」

「無論だ」

 そのやり取りに、怪訝そうな顔をする貴族達も押し黙った。


************************************************************


「うおおおぉぉっ!? 浮いっ、浮いているぞぉ!?」

 王、発狂。

 フリードリヒが手を翳して、練兵場の中央に突如現れた飛空艇。目の前にどこからともなく現れた、未知の物体を見たウィンドルグ王。顎が外れそうなほどに大口を開け、絶叫していた。


 その形状は正八面体で、ピラミッドを二つくっ付けた様な形をしている。そして、色が空の様な青。余計な装飾が一切無い、純粋な青。真っ青な正八面体のクリスタル。

 フランドールとユーリ……地球の記憶を持つ二人は……。

((何かやたらと見覚えがある――ッ!!))

 これの製作者の意図を的確に察していた。


 尚、この飛空艇を見た某勇者達の反応がこちら。

 第六王妃・知恵の勇者曰く。

「これは、ド直球ですね……」

 王の右腕・勇気の勇者曰く。

「加粒子砲とか撃てそうだよね」

 ムードメーカー・愛の勇者曰く。

「新劇場版では変形するんだよね。これも変形するのかな?」

 北領の領主・正義の勇者曰く。

「ユート、著作権って知ってるか? おい、ちゃんとこっち向け。目を見ろ!!」

 東領主とやたら良い感じ・嫉妬の勇者曰く。

「……こ、これがアヴァロンクオリティ……」

 アヴァロン王とエメアリア女王の懐刀・怠惰の勇者曰く。

「どこからどう見てもラミ〇ルです、本当にありがとうございました」


――つまり、外観がまんま第五●徒。


 無論ウィンドルグ王国の面々が、某新世紀なアニメを視聴しているはずもない。単純にその威容に驚いていた。

「フ、フリードリヒ殿? こ、これは本当に安全なのか?」

「安全性については、問題は無い。形は異なるが、同一性能を持った飛空艇が既にヴェルスフィアには存在する。何度も運用されているが、何ら異常は発生していない」

 ノアと名付けられた飛空艇も、浮遊殿と名付けられた飛空艇も、故障や事故は一度も無い。


「この飛空艇ラ・ミエールは、一度に百人は搭乗が可能だ」

「ネーミングからして完全に確信犯……」

 ユーリの呟きは、誰の耳にも届かなかった。彼女はどうやら、旧世紀版を視聴済みの様だ。フランドールさんは新劇場版しか視聴していない。

「このラ・ミエールならば、ヴォルテール王国まで半日もかからないだろう。ラ・ミエールで先行し、転移魔法陣を開く事で後続の軍も瞬時に合流が可能だ」

 その説明に、ウィンドルグ王達は納得しつつあった。


「信じられん!! 転移魔法だと!? そ、そんな事が可能なのか!?」

 動揺しながらも、気に喰わない相手であるフリードリヒに噛み付くキースナイト。


――あ、居たんだ……。


 すっかり存在そのものを忘れていたが、キースナイトも同席していた。さて、それに対するフリードリヒの返答はあっさりしたものだった。

「可能だ。証拠は私が召喚された際に、貴殿以外は目の当たりにしている」

 それは、エイルと王竜達が世界すら超えて派遣された時の事だ。最もその場に、キースナイトは居なかった。納得顔の周囲に、キースナイトは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「流石に世界を超える程の転移魔法陣は、我が王にしか開けぬが……私は王より、これを下賜されている」

 フリードリヒが差し出したのは、天空の王が制作した遺失魔道具アーティファクト門弾ゲートバレット”だ。

「フリードリヒ殿、この弾丸は何だ? 随分と小さいが……」

 どうやら、この世界に銃という武器は存在するらしい。最もそれは、地球の物よりも大きい代物なのだろう。フリードリヒはそう推察して、説明を進める。

「これが、転移を可能とする遺失魔道具アーティファクトだ。ふむ、一度実演しておこうか」


 ユートは自分の魔力を込めた物を起点として、転移魔法陣を開く事が可能である。しかし、それは魔力を込めたユート本人にしか出来ない。故に、フリードリヒ達は門弾ゲートバレット宝物庫ストレージ内に相当数保管している。


 フリードリヒは、双銃甲ジークフリードを使って、それを実演して見せた。

「……何という力か」

「人化の道具や飛空艇のみならず、そんな物まで……」

「全ては、我が王の力だ」

 人もヴォルガノスも揃って驚いている様子に、フリードリヒは内心誇らしかった。忠誠を捧げる王の力は、異世界でもこうして畏怖を集めている……と。


 飛空艇ラ・ミエール門弾ゲートバレット、この二つを使えばヴォルテール王国への進軍はあっという間に済む。そんなフリードリヒの提案を、ウィンドルグ王は受け入れる。

「我が国は偉大なる竜の力を借り受け、隣国に現れた魔物の討伐に向かう!」

 ウィンドルグ王は、高らかにそう宣言。すぐさま竜と巫女、そして王国軍五十名に飛空艇による先行を命じたのだった。

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