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フリード編1 主人公/悪役令嬢

 魔法が存在し、遥か昔に竜と人が共存していた世界【ヴィルフェルム】。その世界に存在するとある大国【ウィンドルグ王国】が、物語の舞台である。


 この国の王太子、【キースナイト・バリウス・ウィンドルグ】。彼は、幼い頃に【フランドール・アイリーン・クロスロード】と婚約者となった。

 フランドールは公爵令嬢で、実家であるクロスロード公爵家は王国筆頭貴族。キースナイト第一王子の派閥であり、彼が王太子となる際にも尽力した。


 キースナイトは行動力があり、街へ出かけては市街地で買い食いするなど、庶民派な王子。王宮では良い顔をされないが、市民からは人気がある。

 そんなキースナイトに苦言を呈しながらも、フランドールはキースナイトの婚約者として過ごしていた。


 ……


 そんな二人と同じ年の、とある少女【ユーリ】。彼女は、貧民街で生まれ育った少女だ。容姿も性格も良い彼女は、貧民街では皆に可愛がられて来た。


 そんな中、占い師に突然「貴女は大きな力を宿している」と言われる。その場にキースナイトが居た事で、彼女は教会で鑑定魔法を受ける。鑑定の結果、彼女には竜の巫女の適性がある事が判明した。


 キースナイトの勧めで、王立アルンデル学園に編入する事になったユーリ。

 学園に入学したユーリは、右も左も解らずに右往左往してしまう。その様子を見た貴族達は、ユーリに嫌がらせをし始める。その筆頭だったのが、フランドールの取り巻き達だった。


 しかしユーリをキースナイトが助けた事で、事態は思わぬ方向へ転がる。

 いじめの首謀者が誰か問い質すキースナイトは、フランドールの取り巻き達を詰問する。そこで、取り巻き達はフランドールの名前を出してしまった。


 キースナイトはフランドールに事の次第を説明しろと迫るが、フランドールは寝耳に水。ユーリが偽りをキースナイトに吹き込んだと思い込んでしまう。

 以降、フランドールはユーリに身の程を弁えるように口出しするようになった。それに対し、キースナイトはユーリに自分を頼れと言われる。しかしユーリは、婚約者を取られそうで面白くないフランドールの心情を理解し、嫌がらせに堪える。


 ……


 次第にキースナイトの心はフランドールから離れ、ユーリに傾いていった。

 キースナイトの奔放な性格を諫めるフランドールよりも、可憐で愛らしいユーリに心惹かれていくキースナイト。


 そんな日々が続き、学園卒業パーティーの後。卒業する女子生徒達は、ウィンドルグ王国初代国王の相棒であった真祖の竜“ウィンガード”の牙に触れる。


 そこでユーリは竜の巫女として覚醒し、竜を召喚する力を得る。そして、守護竜ヴォルガノスを召喚する事に成功した。


 一方フランドールも竜の巫女と認められ、騎士竜リンドヴァルムを召喚。しかしユーリを追い落とそうとする歪んだ心に、騎士竜は失望。

 盟友であるヴォルガノスを召喚したユーリを認め、ユーリは二匹の竜を従える史上初の巫女となった。


 リンドヴァルムにその内心を暴露されたフランドールに対し、キースナイトは失望。ユーリに対する嫌がらせや、竜から見放された醜い心を指摘される。

 結果、キースナイトはフランドールとの婚約破棄を宣言。婚約者であったよしみとして命までは取らず、国外へ追放する事にした。


 その後、二匹の竜はウィンドルグ王国を守る竜として、末永く仕える事となった。キースナイトとユーリは正式に婚約し、盛大な結婚式を挙げる。


 ……


 これが【竜の巫女】という女性向け恋愛ゲームの、メインキャラクターであるキースナイトルートのストーリーである。


 無論、ゲームには他のルートも存在する。

 まず、騎士団長の息子【ドランバルト・フォン・ビリアム】。彼は熱血漢キャラだ。

 次いで大神官の息子【アクアフォード・ライオネス】。こちらは不思議系のキャラである。

 そして、公には隠しているが隣国の皇子である【ブランディッシュ・クレア・アドモン】。こちらはクールで大人っぽいキャラである。


 物語の序盤に、取り巻きに売られたフランドール。彼女がその後も深く関わるのは、キースナイトのルートだけだ。

 そしてどのエンディングを迎えた後でも、彼女については語られない。


************************************************************



 私の名は、【フランドール・アイリーン・クロスロード】。ウィンドルグ王国の貴族である、クロスロード公爵家の娘だ。

 お父様は国王陛下の側近、宰相を務めている。お母様は現国王の妹、元お姫様だ。伯爵家だったクロスロード家は、王の妹を娶って公爵の爵位を賜った。

 そんな両親の間に生まれた私は長女で、この国の王太子殿下の婚約者。幼い頃から、次期王妃になるべく厳しい教育を施されて来た。


 十五歳の誕生日を迎えた私は、国王陛下に呼び出された。目前には、この国の建国王である【ハルトナイツ・ガルガンティア・ウィンドルグ】初代陛下の相棒であった、真祖竜【ウィンガード】の牙が用意された。

 十五歳の誕生日を迎えた貴族令嬢は、国王陛下の御前で牙に触れる仕来しきたり。それは、この国において伝説とされる存在を探す為だ。


 ウィンガードの牙に触れて、竜の紋章が現れる者を【巫女】と呼ぶ。巫女となった者の中には、竜を召喚する事が出来る【竜の巫女】が稀に現れるのだ。

 竜の巫女となった者は、ウィンドルグ王国において王族に次ぐ重要人物となる。


 その牙に触れた右手を見ると、竜の紋章が現れていた。

 竜の巫女の素質を持つ者として、私は喜んだ。宰相であるお父様もその場に居て、心底嬉しそうに笑顔を浮かべて下さっていた。

 陛下の御前を辞した直後から、私は眩暈を覚えていた。頭痛もしている。

 そして、帰りの馬車に揺られる中で……私は意識を失った。


 ――これって、ゲームの前日談!?


 薄れゆく意識の中で、“私”の中に居る“別の私”の叫び声が聞こえた気がした。


 ……


 その日の夜、意識を取り戻した私。心配そうにするお母様に勧められて、自室のベッドに横たわっている。


 ――私の名前はフランドール。そうね、私はフランドールだわ。


 そんな解り切った自問自答をする。馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、今の私に必要な事なのよ。

 何故ならば……私には現代日本で生活していた記憶があるのだから。

 花も恥じらうアラサー女子の記憶が!!


 OLだった私は、乙女ゲーをやっていた。良いじゃない、乙女ゲーしたって!! アラサーでもときめきが欲しいのよ!!

 そんな私の、最後にプレイした作品。それが【竜の巫女】だ。随分と物々しいタイトルだと思ったけれど、メイン攻略キャラの王子様に惹かれて買った。


 そのゲームに出て来るのよ、フランドールっていう女の子が。フランドール・アイリーン・クロスロードという女の子が出て来る。よりにもよって、悪役令嬢として。

 つまり私だ。私イコール悪役令嬢。


 ――結論、詰んだ。


 どうやら、私は悪役令嬢に転生してしまったらしい。私が何をしたって言うの、神様。


 この乙女ゲーは、一平民の少女が繰り広げるシンデレラ・ラヴ・ストーリーだ。ありふれている。乙女ゲー、大体そういう感じ。

 攻略対象は、貴族社会のトップクラスに位置する男性。王子様・騎士団長の息子・大神官の息子・身分を隠した隣国の王子。


 ……あぁそうだ、どんどん思い出して来たわ。

 竜の巫女としての適性がある主人公は、特例で学園に編入して来る。そして、それに対して私の取り巻きが嫌がらせをするのだ。その現場を抑えられた取り巻きは、キース様に私の名前を出すんだった。そのせいで詰問されて、ユーリを憎むようになるのよね。


 ……あれ? フランドールわたしって無実じゃない?


 許すまじ、取り巻き達。でも、取り巻き達を抑えられなかったのか。なら全く罪が無いとは言えないのかしら?

 でも平民が貴族社会にしゃしゃり出て、王太子殿下や身分の高い男性達に擦り寄るのを見たら? 普通の貴族令嬢ならば、面白くは無いわね。


 その後、悪役令嬢わたしはユーリに直接嫌みを言うようになるんだったかしら。厳しい口調で。

 例えば『貴女は平民で、特例で編入を許されているのよ。身分に相応しい振る舞いをなさい』

 だったかしら?

 後は『ここは貴族の通う学園よ。無事に卒業するつもりなら、最低限のマナーを勉強する事ね』だったわ。

 あぁそうだ。あと『その方には、婚約者がいらっしゃるわ。その目の前でボディタッチをするなんて、何を考えているのかしら』だ。


 ……あれ、これって当たり前の忠告よね?


 貴族社会にとっては、当たり前の忠告よ。彼女が平民で、貴族社会の中で生活するなら尚更に重要事項だわ。

 それなのに、主人公は言動や態度を改めなかった気がする。

 大体、モノローグで『やっぱり、私の事が気に入らないのかな……』とか『私がキース様に気に入られているから……』とか流れていたわ。


 ……あれ? 主人公って本気で何様?


 よくよく考えたら、主人公は婚約者がいる男に擦り寄った訳よね。横恋慕した上、婚約者から謂れの無い罪を糾弾されるのだ。そりゃあ、主人公を憎むわね。

 それで直接、悪役令嬢わたしに貴族社会の忠告をされたら、悲劇のヒロインぶるのよね。うん、正直ドン引きだわ。


 オーケー、私。時に落ち着け。

 冷静に判断し、慎重に行動し、対処しなければならないわ。その為にも、まずは考えをまとめるの。

 悪役令嬢に転生した私は、何をまず目指すべきか? キース様の婚約者という立ち位置を、私は死守したいか?


 ――私はキース様の妻になる為に、次期王を支える為に人生を捧げて来たのよ!!

 ――ぶっちゃけ、もう良いや。


 ……二人の私が鬩ぎ合っている気がする。

 いや、完全に悪役令嬢わたし転生者わたしの魂は融合している。別々に物事を考えている訳では無いので、気がしているだけなのだけれど。


 ユーリに関わる様になると、キース様は彼女にのめり込むようになる。婚約者を他所に、彼女と絆を深めるのだ。それも、堂々と。

 恐らく、その未来は不可避だろう。ならば、きっぱり諦めてしまうのが一番だ。

 後は、自分のダメージを最小限に抑えるのが良い。取り巻きの暴挙を阻止するのだ。そうすれば、私に非は無い。


 婚約破棄がどうなるかは解らないけれど……もしかしたら私を正妻にして、ユーリを側室とかも有り得るかもしれない。むしろ、それが一番現実的。

 愛の無い正妻と、溺愛する側室。良くある話だろう、ならば問題ないかもしれない。


 それならば、ユーリに少し優しく接しておくのも良いかもしれない。

 例えば、彼女が編入した後とかに『慣れない貴族社会に入る事になってしまって大変でしょう? 困った事があったら、キース様や私に相談して下さいね』とかかしら。良いじゃない、これで行きましょうか。

 悪役令嬢わたしのプライドが悲鳴を上げそうだけれど。耐えるしかない。


 方向性は決まったわ。

 後は……実行あるのみ、ね。


************************************************************


 私の名前はユーリ。ただの、ユーリだ。

 貧民街で生活する、何処にでもいる平凡な少女だ。

 でも、私は知っている。


 ――この世界は、私を中心に回っている!!


【竜の巫女】のプレイヤーだった私は、未来を知っている。王太子に見初められ、巫女の適性を認められ、学園に入学し、最後には竜召喚に成功する。あぁ、私の未来はバラ色だ。

 来月、私は十五歳の誕生日を迎える。その日、私は運命の人と出会うのだ。


 まずは、学園でのイベントね。攻略対象はキース様だけど、他の攻略対象キャラとも関わっておいた方が良いわね。いっその事、逆ハーレムでも作っちゃう? 私なら出来る! 絶対出来るはずよ!

 それと同時に、悪役令嬢フランドールの評判を落とさなきゃ。哀れな公爵令嬢が、婚約破棄を告げられて国外追放されるのよ。クライマックスのイベントを、この目でリアルに見られるなんて本当に最高!!


 その為にも、チャンスは決して逃さない。まずはキース様と巡り合う場所で、偶然を装って待つのよ。


 ――早く来て、キース様。あなたの未来の妃は、ここよ。


 ……


「待たれよ、そこの少女!!」

 市街地の中で、私は黒いローブを着込んだ老婆に呼び止められた。

 そう、この人!! この占い師よ!! この人、実は神様の使いっていう裏設定あるのよ!! ファンブックに書いてあったもん!!

「何か、私に御用でしょうか?」

「あぁ、私は占い師でね。貴女、何か強い力を感じるんだよ……もしかしたら、巫女様の力を持っているんじゃないかね」

 キタ! キタキタキタキタキタァーッ!!

 居ます!? キース様、聞いてます!? ほら、貴女の未来の妃よ!! 史上最高の竜の巫女は、ここよ!!


「そこの占い師、それは本当か?」

 居たーっ!! キタコレ!! 最高ね!!

「あぁ、本当だとも。私の占いは、今まで外れた事なんて一度も無いさね」

 流石は神の使いだわ!! いいわよ、もっと言ってやって!!

「ふむ……そこの娘、教会で鑑定を受けた事は?」

「いえ、ありません……その、うちは貧乏なので……」

 教会で鑑定魔法を受けるのは、お金がかかる。平民の生活費、およそ一か月分だ。

「そうか。なら、鑑定費用は私が出してやろう」

 あは、流石キース様、太っ腹!!


 キース様に連れられて、私は教会で鑑定魔法を受けた。結果は当然……竜の巫女の適性があり、と判定された。

 赤貧生活よ、さようなら!! この後は、国のお金で学園の寮生活よ!!

「もしかしたら君は将来、竜の巫女になるかもしれないな。期待している」

 そう言って、キース様は立ち去ろうとする。

「お、お待ち下さい!! せめて、お名前を……!!」

「なに、またすぐに会える。その時を、楽しみにしているよ」

 颯爽と立ち去っていくキース様。うふふ、次に会うのは学園ね。


 ……


 ついに、この日が訪れた。主人公であるこの私が、王立学園に入るこの日が!! 今日から始まる、私の逆ハーレム!!

 すると騎士団長令息を伴ったキース様が、校門で私を待ち構えていた!! 見た見た、このイベントスチル!!

「よく来たな。私の名はキースナイト……と言えば、解るだろう?」

「まさか、王太子殿下でしたとは!! 先日は大変ご無礼を……!!」

「構わないさ、あれはお忍びだ」

 ここまでは、ゲーム通り。あぁ、最高の気分だわ……でも、ここで出て来るのよね。あの女が。


「公の場では、少々口うるさい者も居るが……」

「それは大変ですわね、キース様」

 後ろから歩いて来た悪役令嬢の言葉に、キース様がビクッと震えた。

「フラン? 何故ここに?」

 そう言って振り返るキース様の表情は、引き攣っていた。全く、王太子に何て事を言う気なのかしら。


「今日から、編入なさる平民とは……あなたの事かしら?」

 ……あれ? キース様に文句をタラタラと言うんじゃないの?

「え、えぇ? あ、はい……何で、フランドール様がここに……?」

 困惑する私に対して、悪役令嬢は歩み出る。

「お初にお目にかかります。私はクロスロード公爵家の長女で、フランドールと申します」

「は、初めまして……ユーリです……」

 あれぇ? こんなに普通に接して来たっけ……?


「キース様、お忍びで町に出られたのですね? いつも申しておりますのに……」

 ……何よ、その”貴方の事を心配していますよ”アピール。

「わ、私はいずれ王となるのだ。下々の生活に目を向けられる王となるならば、こうした散策も決して無意味ではないのだ!!」

「もう……お父様や陛下の耳に入らない様にしますが、お気を付け下さい。キース様の身に何かあればと思うと、私は居ても立っても居られないのですから」

 続け様の”貴方を理解していますよ”アピール!? ゲームと違うじゃない!!

「……善処する」

 そう言ってそっぽを向くキース様。何よ、その解り合っていますよって感じは!!


「それでユーリさん」

「ふぁっ!? ふぁい!!」

 やばい、テンパって変な声出た。

「巫女の素質があるという事で、平民の貴女がこの学園に編入するという事情は聴いています。慣れない事も多くあると思いますが、頑張って下さいね」

 そう言って、ニッコリ。何よ、その優しい感じは!?

「あ、はい……」

「何か困った事があれば、キース様や私に相談して下さい。貴女の学園生活が、実りあるものである事を祈ります。それでは、遅刻しない様に教室に向かいますので、これで失礼致しますね」

 颯爽と立ち去っていく悪役令嬢……一体、何が起こっているの!?


 取り残された私と、キース様と、騎士団長の息子であるドランバルト(攻略対象)。

 信じられないモノを見たと、呆然としてしまっていた。


************************************************************


 私、ユーリが学園に編入して一年。悪役令嬢(フランドール)はどうやら、私を敵に回したく無いらしい。

 ま、そりゃそうよね。だって私、主人公だもん!!


 フランドールが余計なちょっかいを出さないお陰で、私は順風満帆に生活しているわ。女子生徒からのいじめも無いし、男子生徒も普通に接して来る。

 それに何より、攻略キャラ全員と親密になれたし!!

 ふふふ、キャバ嬢生活二十年のベテランな私よ? 男心を掴むなんて、お茶の子サイサイってね!!

 イケメンに囲まれ、チヤホヤされる生活!! うーん、マンダム!!


 それにしても、あの悪役令嬢はどうしちゃったのかしら? もしかして、キース様を諦めた?

 まさか!! 私に魅力があり過ぎて、敵わないって悟った!?

 いやぁ、参っちゃうなぁ。主人公(ユーリ)の魅力を、私は凌駕しちゃったわけ?

 なるほどね、私は異世界で輝く女だったわけね!!


「ユーリ、最近はどうだ? 何か困った事は無いか?」

 イケメン王子が、私に微笑みかけている。この世の春だわ、ビバ!!

「はい。キース様のおかげです!!」

 見よ、この満面の美少女スマイルを!! どうよ、グッと来た!?

「そうか。フランもお前を気遣っていたよ、何かあればお前の力になってやれとな」

 ……は? キース様、そりゃ無いっすわぁ……あなたの嫁の前で、他の女の話をするなんて。

 しかも、それはフランドールってのも無いわ。悪役令嬢よ、あの女。あと半年で、このストーリーからサヨナラしちゃうのよ?

 そんな女を、しかも持ち上げちゃって……駄目駄目。


 そこで、私は気付いた。

 ……あれ? イジメられてなくね?


 まずい、このままでは悪役令嬢(フランドール)は退場しない。

 そしたら、キース様はフランドールと婚約破棄しない。

 そうなると、私はキース様の正妻になれない。


 そうか、そういう事か!! 自分が退場しなければ、それは自分の勝ちだってわけ?

 そりゃそうよ、あいつは公爵令嬢だもの。世間体や貴族の事情を考えたら、答えは一つ。フランドールよりも、平民の私と結婚なんて出来やしない。


 やりやがったな、あのアマ!!


 良いわ。そっちがそう来るなら、考えがある。

 覚悟してなさい、悪役令嬢。あんたの化けの皮を剥いで、真のヒロインたる私の前に跪かせてやるから!!


「ユーリ、どうかしたか?」

 まずはキース様から絆して、その後に他の攻略キャラね。ふふん、私はこのゲームを死ぬほどやり込んでんのよ。キース様達が欲しい言葉や仕草なんて、手に取る様に解るんだから!!

「キース様……あの……私、フラン様の事が少し……怖いんです」

 私の言葉に、キース様は面食らっていた。


************************************************************


 主人公ユーリが編入して、一年が経った。私ことフランドールはこの一年を、神経を擦り減らして生活して来た。それはもう、細部まで気を配って。


 ユーリはキースナイトと、順調に距離を縮めつつある。昼食を共にする事もあれば、放課後にキースナイトがユーリを寮に送り届ける事もある。そして、一緒に放課後に出掛ける事もある。

「キース様、今日はどちらへ?」

「何処へでも良いぞ。ユーリが行きたい所へ行けば良いさ」

 キースナイトは、今日はユーリの案内で町へ出るようだ。婚約者を放っておいて。


「ねぇ、フラン。良いの? 殿下はフランの婚約者なのに……」

 キースナイトとユーリが教室を出て行くのを見送っていた私に、そう問い掛けて来た少女。私の親友で、幼馴染の【レティシア】だった。

 その周囲には、他の貴族令嬢も居る。また同じクラスの貴族令息も、遠巻きに私とレティシアの会話に耳を傾けようとしていた。


「キース様は、日頃から王太子としての重圧に耐えていらっしゃるのよ。だから時には、息抜きをしたいのでしょう」

「頻繁に息抜きしてるじゃない、フランを放っておいて! しかも、あの娘を連れて!」

 鼻息荒く顔を近付けるレティシア。私は苦笑してしまう。


「ありがとう、レティ。私の事を心配してくれるのね」

「当たり前でしょう! フランは私の大切な親友よ!」

「嬉しいわ、レティ。あなたは私の最高の親友よ」

 これは本音であった。だからこそ、私は彼女に釘を刺す。こんなに友達想いの彼女だ、自分の為に何か行動を起こしかねない……そう思って。


「お忍びの件は諦める外無いわ。私が何度言っても、キース様はお忍びで町に出るのを止めて下さらないのだもの。陛下のお耳にも届いているでしょう、陰ながら護衛の方がいらっしゃるはずよ」

「それは……そうかもしれないけど。だからってあの娘と!!」

「駄目よ、レティ。ユーリさんの事も、仕方がないわ。彼女に巫女の適性があると見出したのは、キース様だもの。きっと、期待をかけていらっしゃるのよ」

「……フラン」

「ユーリさんを責めないでね? 彼女は悪くないわ。彼女は一生懸命、この学園で頑張っているの。私達が幼い頃から学んで来た貴族のルールやマナーを、短期間で覚えろだなんて厳し過ぎるでしょう?」


 更に、念を押しておく。私はユーリを排斥する気はない。少なくとも、上辺では。

「それに、彼女はキース様が特別に目をかけていらっしゃるのよ。もしかしたら、本当に竜を召喚する巫女として目覚めるかも知れないじゃない」

「そんな伝説の存在が、平民から出るかしら……」

「人の可能性は、無限よ」

 彼女が竜の巫女となる事は、私以外は誰も知らない。


************************************************************


 ユーリが編入して、もう二年か。

「キース様? どうなさったのですか、私の顔をそんなにジッと見て」

「何でもないよ、ユーリ」

 どうしても信じられない。半年前、ユーリから聞かされた不安。それは、私の婚約者であるフランの事だ。


 ――私、フラン様に嫌われているみたいなんです。


 私が見た限り、その様な事実は無いように見受けられる。だがユーリが言うには、私が居ない場ではフランは冷たい態度を取るのだそうだ。

 ユーリはある日、偶然にも貴族令嬢が会話をしている場に出くわしたらしい。


 曰く、私や他の男子生徒に色目を使っている。

 曰く、平民風情が身の程を知らない。

 曰く、学園に相応しくない。

 曰く、竜の巫女の適性も疑わしい。

 その場で、彼女はフランの声も聴いたという。陰でフランが自分を貶していたと知ったユーリは、その場から逃げるように立ち去ったそうだ。


 私は、目に涙を浮かべて俯いているユーリの表情を見た。彼女が嘘をついているとは考えにくかった。

 ユーリに、私からフランに話をするから心配するなと告げた。しかし、ユーリは首を横に振ったのだ。

「いけません、キース様。フラン様はキース様の婚約者なのですから……こうしてキース様のお時間を頂き、お側に居る私が疎ましいのでしょう……もう、お出掛けにご一緒するのも控えた方が……」

 不安そうなユーリの姿を見て、私はその肩を抱き締めていた。いじらしい彼女を、私が守らなければと決意したのだ。

 彼女を今の境遇に立たせたのは、この私なのだから。


 ……


 それから、私はフランとユーリを比べるようになっていた。


 フランは事あるごとに、私に苦言を呈する。

 ――町へ繰り出すなら、最低でも二人は護衛を付けなければなりません。

 ――勉強の時間に抜け出すのは、王太子としての自覚が足りないと言われても仕方がない事です。

 ――王太子たる者、常に見られている事を意識して姿勢を正すべきですよ。

 彼女は、王太子としての私しか見ていないのだ。


 本当の私を、王太子でも何でもない素の私を見てくれているのは、ユーリだ。

 ――キース様と歩いていると、何だかウキウキしてしまいます!!

 ――キース様には、白よりも黒い御召し物が似合うと思います!

 ――男性で甘い物が好きって、珍しいですね。私は一緒に甘い物を食べられるので、嬉しいですけど!!

 彼女の、太陽のような笑顔を思い浮かべる。心の奥底から、温かいものが溢れて来るようだ。

 ユーリの言葉は、私が欲しい言葉ばかりだった。彼女と過ごす時間は、私にとってかけがえのないものになっている。

 快活で可憐な彼女は、その明るさで私の心に温もりを与えてくれる。彼女の側に居る時だけは、私は王太子としての重責から逃れられる……そんな気がしていた。


 ……そうか、これが恋というものなのか。

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