02-10 救国の英雄/四人目
これまでのあらすじ:悪魔族フルボッコ。
僕達が帰還した直後、ようやく獣人兵士達が王都の門からやって来た。兵士だけではなく、住民もいるな。
「陛下ーっ! ご無事ですか!!」
「うむ、問題は無い」
「そ、それで……先程戦っておられたようですが……」
「安心せよ、危機は去った。我々の勝利だ!!」
獣王陛下の宣言。一拍置いて、歓声が沸き起こる。
慕われてるんだな、獣王陛下。
そんな中、兵士達が警戒心を露に僕達を睨み付ける。
「陛下、この人間族達は手配中の……」
「それは事実無根だ。彼等の無実はこの獣王が保証する。手配は即座に取り下げよ、この国を守った英雄達に恥を晒すな」
獣王陛下の言葉に驚きを見せつつも、兵士達は恭しく一礼した。
しかし、空気を読まない者も居る。
「陛下は騙されていらっしゃいます! この人間族が同胞を殺した場に私はいました!」
コイツ、影化した猿獣人の脈取った奴じゃないか。どーれどれ……。
「賞罰、殺人」
ビクッと身体を震わせる兵士。
獣人陛下に、再度メガネを差し出す。メガネを付けた獣王陛下が、深く溜息を吐いた。
「この兵の上司は何処か」
「わ、私でございます! 陛下!」
顔を青褪めさせた、猫獣人のオッサンが進み出て跪く。
「定期的に行っている賞罰の確認、直近の結果は?」
「み、三日前に……その際、賞罰に殺人が付いた者はおりませんでした!」
アウトー。
「わ、私は……!!」
言い逃れようとする兵士だが、そこに幼い闖入者が現れる。
「その兵士のオジさんがナイフを刺したの、見ました……!」
視線が闖入者に集中する。
「あれ、あの時転んだ子?」
焼き菓子をあげた、あの子だ。あの場に居たのか。
「に、人間のお兄さんじゃないです! 刺したの、その人です!」
震えながら、必死で訴えかける獣人の少年。
怖いだろうになぁ、不安だろうになぁ。それでも勇気を出して、証言しようと来てくれたのか。
「こっ……このガキ!」
「させねーよ?」
激高する兵士と少年の間に立ち塞がる。無論、銃剣を兵士に突き付けてだ。この勇敢な少年には、指一本触れさせない。
「その兵士を拘束せよ!」
ブリック殿下が周囲の兵士に命じた。殺人兵士に殺到する、兵士達。
「なっ!? で、殿下!! お待ちを……!!」
殺人兵士は多少抵抗するも、そのまま引き摺られていった。多分処刑だろうなぁ。
「ありがとう、君のお陰で助かったよ」
獣人少年の視線にあわせて屈み込むと、少年は笑顔で頷いてくれた。
「ううん! 焼き菓子のお兄ちゃん、ありがとう!」
親らしき人達が来たので、手を振って見送る。少年も手をブンブン、尻尾をブンブン振ってくれた。
「人間……いや、ユート。今回の件、感謝している。それと……済まなかった、色々と」
ブリック殿下が、そう言って頭を下げて来た。ちょいと、驚きである。
まぁ、礼には礼をだな。
「お気になさらず、ブリック殿下。僕は仲間の為に首を突っ込んで、暴れただけですから」
「うむ、大暴れだったな!」
顔を見合わせて、なんか可笑しくなって同時に笑い声をあげた。
「ユートよ。お前さえ良ければ、俺の友人になってはくれぬか?」
そう言って、手を差し出してくる。その無骨な大きい手を握り返す。
人間と獣人の間にある確執。それを乗り越える一助になれるのかもね。ならば、僕の返答は決まっている。
「えぇ、喜んで」
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【称号】ミリアン獣王国の英雄(NEW)・獣人族の友(NEW)・悪魔を狩る者(NEW)
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王都レオングルの中心部に聳え建つ王宮。獣王陛下より、謁見の間に僕達は招かれた。
「改めて、お主達を歓迎しよう。今宵は王宮に部屋を用意する」
「御厚情を賜り、心より御礼申し上げます、獣王陛下」
鷹揚に頷いて、獣王陛下が一人の男を入室させる。”目”によると、彼は……奴隷商人だ。
「それではお主達の目的を果たそうではないか」
そう、僕達が王都を目指した目的は、獣人達の奴隷契約を解除する為だ。
「お願いします」
順番に、クラウス・ジル・メアリー・アイリの順番で契約を解除する事になった。獣王陛下が呼び出した、王都唯一の奴隷商人がそれを担当する。
奴隷商人が、奴隷の首輪に”契約解除”という魔法をかけて、首輪を外す。
まずは、クラウス。
「ありがとうございます! これで……これで家に帰れる……!!」
このクラウス、ここに来て実は妻子持ちだと発覚した。最初に言っとけよこの野郎!
次に、ジル。
「あぁ……ありがとうございます!!」
ジルも、ようやく家族の下に帰れると喜んだ。親御さんも心配しているだろう、早く元気な顔を見せてあげて欲しい。
三番目にメアリー。
「やった~! ありがとうございます~!」
メアリーは王都から少し離れた村の出身らしい。村へは獣王陛下達が責任を持って送り届けてくれるとの事だ。
そして、最後にアイリ……なのだが。
「……私は、奴隷からの解放を望みません」
そんな事を、のたまった。
「アイリ、なんでそんな事を?」
流石に理由が解らず、アイリに問いかける。
「私は既に両親も無く、村からも口減らしの為に奴隷に売られました。村に居場所は無いんです」
そうだったのか。
「でも、それなら尚更奴隷から解放して、王都で働き口を探すとかした方がいいんじゃないの?」
「いえ……ご主人様達の旅に、同行したいと思います」
……そう、来たか!!
「成程、これは予想外にいい手です。ユーちゃんの奴隷である以上、着いていく口実になります」
「そのために奴隷解放を拒否するなんて、アイリさんはやり手ですね」
「そこじゃねぇ!?」
何か納得しているような二人だが、論点そこじゃないよ。
「アイリさん、ユーちゃんに同行したい理由は何でしょうか?」
「それ次第では、貴女を受け入れる事が出来ません」
僕のツッコミはスルーですか!?
「いや、待って。そこじゃ……」
「「ちょっと黙ってて下さい」」
「……うっす」
こういう時、男って弱いね。
「お前の姉君と、あちらの女性……怖ぇな」
「普段はメチャクチャ優しいんだけどね」
ブリック殿下に慰められる日が来るとは……!!
そんな中、アイリは僕をチラリと見た後、姉さんとアリスに視線を戻した。
「一言で言えば、ご主人様……いえ、ユート様に身も心も捧げると決心したからです」
THE・爆弾発言。謁見の間でどよめきが起こる。
「獣人を差別しないユート様、仲間を大切にするユート様、仲間の為なら危険な戦いにも赴くユート様……そんな御方に出会ってしまっては、心奪われるなというのは、無理というものだと思います」
やめてー! こっ恥ずかしいからやめてー!!
おい、お前らそんな目で見るな、見せ物じゃねーぞ!!
「解りました、貴女を歓迎します!」
「一緒に頑張りましょう、アイリさん!」
「はいキリエ様、アリス様! 誠心誠意お仕えします!」
「僕不在で話し合いが終わった!?」
三人で完結した話し合い! こういう時、男って弱い!
「いえ、決定権はユーちゃんにありますよ?」
「そうですよ、ユート君」
「ユート様、私頑張りますから、どうか連れて行って下さい」
「この流れで断ったら、僕はとんだKY野郎だよね!? あのさぁ、せめてその話し合いに参加させようよ」
気持ちは同じなんだから。
そうだよ、連れてくに決まってるじゃないか。
彼女はもう僕達の身内で、僕は身内に甘くするって決めてるんだから。
「いいかい、アイリ。僕達は世界を旅する。その行き先によっては、獣人というだけでアイリが不快な思いをする事だってあるはずだ。その覚悟は出来ている?」
「覚悟の上です、ユート様」
アイリの決意は固いようだ。
「そこまで言うなら、もう言わない。君を差別する奴は、”俺”が何も言えなくなるようにしてやるから問題ないな」
「いえ、そこは自重して下さい、ユート様……」
あれっ!?
「お、俺は……!」
「僕は……その……!」
「ご主人様と一緒~……」
「いや、君達は家族の下に帰りなさい、特にクラウス」
「うぃっす」
妻子持ちが何迷ってんだか。
「別に二度と会えなくなるわけじゃない。また遊びに来るつもりだしさ」
そこで、黙っていたブリック殿下が歩み寄る。
「いつでも来ればいい、お前達は我が国の英雄なのだからな。歓迎するぞ、ユート」
最初の頃の態度は何だったのかと思わせるデレ期である。
場が纏まったのを察した獣王陛下が、一つ咳払いをして話を進める。
「さて、ユートとその仲間達よ。此度の働きに対し報奨を渡そう。それぞれに金貨五十枚と、獣王国で武功をあげた者に授ける”獣王武勲章”を用意した。もし希望があるならば、金級冒険者への昇級も行うが、どうか」
なんという大盤振る舞い!! しかし、金級はまだ早かろう。
「報奨金と叙勲だけでも過分です、陛下。コツコツ依頼をこなして、実力で昇級できれば我々はそれで」
「欲が無いな、しかし余好みの返答だ。よかろう、ではそのようにしようではないか」
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その夜、僕達は王宮前の広場で行われる宴に招かれた。
伝統衣装に身を包んだ踊り子さん達が踊っているのだが、流れてくる音色に心底驚いた……その音色は、間違いなくピアノだったのだ。
ここで登場するのがショウヘイさんである。ショウヘイさんは音楽が好きで、この地でピアノを製作したのだそうだ。
長い苦心の末、地球のピアノと遜色無いピアノを再現した。その熱意、嫌いじゃない。
しかし、流れてくる音楽は、どこか聞き覚えのある音楽だった……アニソンじゃーん。ショウヘイさん、あんたオタクだったんだね……だが、嫌いじゃない。
そこへ立ち寄る獣王陛下。
「ユート殿、楽しんでいるかね」
「はい、このような素晴らしい宴にお招き頂きありがとうございます」
「そう堅くなるな。呑める口か?」
「頂きます」
獣王陛下から直々に注いで貰い、一気に呑み干す。少し辛口だけど呑みやすいお酒だ。しかし後からジワジワ喉が熱くなってきた。
「美味しいお酒ですね。獣人族のお酒ですか?」
「左様、気に入ったかね?」
「えぇ、とても。今度伺う時には、人間族のお酒もご用意しましょう」
「それは楽しみだな! ガハハハ!」
豪快に笑う陛下の盃に、こちらもお酒を注ぐ。
「して、ユート殿。この後はどうするつもりなのだ?」
「しばらくは宿をとって、冒険者稼業をしながら獣王国を見て回ろうかと」
「そうかそうか。獣王国には自然も多いし景色が良い所もある。心ゆくまで堪能するといい」
それは楽しみだな。
「ええ、今から楽しみです」
……
宴は終わり、再び王宮。
僕は自分に割り当てられた部屋のバルコニーから、城下町を眺める。影の大群が攻め込んでいたら、眼下に広がる人々の営みは破壊されていただろう。
そう思うと、少々複雑だ。僕は結局のところ、”自分の為に”戦ったのだから。
獣人族の為でも、この国の為でもなく。姉さんやアリス、アイリ達の為でもない。自分のルールにしたがって、身内を守る為に戦った。自分の都合を押し通す為に戦ったのだ。
「どんな気持ちで戦ったんだろうな、父さんは」
魔王討伐の勇者レオナルド。あの人は、何を思って魔王を討伐したのかな。
世界の為? 仲間の為? 自分の為? それとも、他の何かの為に?
「眠れませんか?」
気が付けば、アイリが部屋の入り口に立っていた。
「すみません、ノックはしたのですが、気付かれなかったようで」
「いや、構わないよ。アイリこそどうしたんだい?」
バルコニーの扉を閉め、アイリに椅子を勧める。しかし、アイリは首を横に振った。
「ユート様、何か考え事ですか?」
「大したことじゃないんだけどね。城下町を眺めていたら、色々考えちゃってさ」
僕の返答に、アイリはしばらく黙り込む。
「……アイリ? どうかし……」
「ユート様は……」
僕の言葉を遮るように、アイリが視線を真っ直ぐに向けて口を開く。
「ユート様は、自分の信じる道を行けばいいと思います」
何を思っての言葉なのか、何故その言葉なのか。
「答えが今見つからなくても、すぐに見つかりますよ。だって……ユート様ですから」
「……僕だから?」
「はい、ユート様ですから」
彼女に何の根拠があるのか、僕の事をどこまで理解できているのか……そんな思考が沸き起こる。
しかし、それも一瞬にして消える。他ならぬ、アイリの言葉によって。
「私が知っているユート様は、自分を貫く人です」
自分を貫く、か。彼女の目に映る僕は、そんな奴なんだな。
それじゃあ……幻滅されるわけにはいかないじゃないか。
「そうだな、アイリの言う通りかもしれない」
「はい!」
可憐な花の微笑みが向けられる。この笑顔だけでも、気張った甲斐はあったかもしれないな……なんてね。柄じゃないや。
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翌朝、僕達は再び謁見の間を訪れていた。
「もう行くのか、ユート殿」
「ジッとしていられない性分でしてね。早くこの国を見て回りたいんです」
そう、冒険者稼業をしながら、獣王国を見て回る旅に出るのだ。やる事が無いと、色々考えそうだからね。
折角アイリが元気付けてくれたんだ、このテンションを下げずに行きたい。
「そうか。もっともてなしたかったのだがな」
「十分もてなして頂きましたよ」
王宮に泊めてもらい、宴まで開いて貰ったのだ。VIP待遇だったよ。
「ユート」
そこへ、ブリック殿下が歩み寄る。
「ミリアン獣王国は実力主義だ。高潔な精神と強い武力を持つ者を歓迎する。ユート、この国に仕える気はないか?」
殿下直々の勧誘か。そう言えば、イングヴァルト王国でもアンドレイ叔父さんやアルファに勧誘されたな。
しかし、僕の答えは決まっている。
「お言葉はありがたいのですが、僕達は世界を巡る旅の途中です。一度始めた旅を、中途半端に終わらせたくは無いのです」
「残念だ。ならば旅が終わってからならどうだ?」
「今はまだ、としか」
尚も言い募ろうとするブリック殿下だが、僕の目を見て肩の力を抜いた。
「お前達の旅が終わったら、再度勧誘させて貰おう」
「その時には、必ず返事をします」
話は纏まった……と思うのだが、ブリック殿下が突如暴言を吐く。
「おい、お前のその喋り方は気持ち悪い」
ひどい言い草!
「それともそっちが地か? どっちにしろ似合わんぞ!」
「失礼すぎる! 僕を何だと思ってるんだ、脳筋のくせに!」
「それだ、その不敬さ! 友なら言いたい事を言ってみせろ、ムッツリが!」
「誰がムッツリだ、ドラ猫! やっぱり躾が必要か?」
「あっ、それは勘弁してくれ。目の当たりにしたから、マジで勘弁してくれ」
そんなやり取りをしていたら、周囲から小さな笑い声が聞こえてくる。そんな笑い声に、獣王陛下の豪快な笑い声が起爆剤となり、一斉に賑やかな笑い声に変わった。
「ユート、俺の事はブリックと呼べ。それと、敬語なんぞ使うなよ?」
「わかったよブリック。後、俺はムッツリじゃない」
念を、押しておくの。
笑い声が下火になったところで、佇まいを直した獣王陛下がある人物を名指しした。
「さて……アイリ!」
「は、はいっ!!」
突然の、国王からの指名。ビクリと肩を震わせて、アイリは立ち上がった。
「そう怯えるな。この度の働き、誠に大義であった。旅に出るお前に、餞別を用意しておる。おい、例の物を!」
「はっ!!」
側仕えの獣人兵士が、お盆みたいな物を持って歩いて来る。上に乗っているものは、クロスで隠されていた。
「アイリ、ユート殿達との旅が実り多きものとなるよう、用意した。これからの旅に役立てると良い」
獣王陛下がクロスを取る。
クロスに隠されていた物を、”目”で確認する。
一つは、僕達の物に勝るとも劣らない、アイリの髪の色と似た色合いの革鎧だ。そして。
「ライセンス……カード」
銅級冒険者のライセンスカード。そのカードに刻印されているのは、アイリの名前だ。
金級までは、各国やギルドの裁量で昇級や授与が出来る。今回の働きを認められ、アイリに僕達と同じ……国外への旅が可能な銅級ライセンスを発行してくれたらしい。
流石は獣王陛下、粋な計らいだ。
「……ありがとうございます、陛下」
跪き、アイリはそう返答するのがやっとだったようだ。その目から落ちた雫が、絨毯に落ち染みを作る。
しかし、誰も咎める者はいなかった。
これにて第2章本編は終了です。
幕間を3つ掲載し、その後第3章に入ります。




