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新婚旅行/5日目

 ユートは、目前の光景に溜息を吐いた。目には優しい光景だが、周囲の視線を考えると頭痛がして来る。

 上海の往来に突如現れた美女・美少女達は、周囲の視線を一身に集めていた。その原因は……。

「あのさ、チャイナ服って普段着にする人はそうそう居ないと思うんだ」

 アヴァロン王国王妃十二名、チャイナドレスバージョンであった。


 確かに、中国を説明する際に様々な文化について話した。知り得る限りは、簡単な説明だが話せただろう。

 ただ今回の目的は、食べ歩きや雑技団の芸の観覧のつもりだった。しかしどうやら、彼女達が最も興味を示したのはチャイナドレスであったらしい。何故だ。


「確かに、浮いていますね」

「あれぇ~? やらかしちゃったかな?」

 元義姉妹コンビが、口元を引き攣らせている。

 髪の色と同じ濃紺のチャイナドレスを身に纏い、そのスタイルの良さを見せ付けるキリエ。

 幼さに反した発育の良さを強調する、赤いチャイナドレスで着飾ったエイル。

「あ、あの子達……モデルか何かかしら……?」

「あぁ……すげぇ美人だな……ロケか何かなのか? カメラどこだ?」

 天使と神竜故か。その立ち姿も大分サマになっており、老若男女問わずに視線を集めていた。


「だから止めようと……」

「うぅ、素敵な衣装なんですけど……恥ずかしいです……」

 紫のチャイナドレスを身に纏い、恥ずかしそうにヒラヒラした布が風で捲れないように押さえるメグミ。

 同様に緑のチャイナドレスを着たものの、谷間を晒すように不自然に開いた胸元を隠すようにするノエル。

 そんな恥ずかしがる二人に、複数の男性が鼻の下を伸ばしていた。

「堂々と立つチャイナも良い、しかし恥ずかしがる姿もグッド……」

 幸いにして、その発言はユート達の耳には届かなかった。ユートがそれを聞き咎めていたら、彼の息子が大ピンチだったであろう。


「あの、これ本当にこのまま着ているんですか?」

「周囲の視線が気になりますね。着替えた方が良いのでは……」

「あの娘……すげぇスタイル良いな」

 アリシアが着込んでいるのは白いチャイナドレス。その豊満な胸部装甲が強調され、彼女が身動ぎする度に揺れる様は圧巻だ。

「あっちの娘は、めっちゃ肌綺麗だぞ……まるで彫像みたいだ……」

 対するリイナレインは黒いチャイナドレスで、模様がアリシアと左右対称になっている。エルフ族の特性として膨らみが控えめな胸元ながら、晒された白磁の様な美しい肌とのコントラストが眩しい。

 公爵令嬢コンビもまた、周りの男性陣を魅了していた。魅了チャーム技能スキルが追加されるのではなかろうか。


「ん……可愛い、かも」

「思ったよりも動きやすいんですが、やはり下着が見えそうで怖いですね」

 黒い布地に、銀色の刺繍が施されたチャイナドレス。クリスティーナの髪の色が銀色であるから、ソフィアが選んだチャイナドレスだ。

「お、幼げな女の子のチャイナドレス……やばい、これは性癖に突き刺さる……!!」

 日本人観光客の発言に、不可視の腕が伸びた。彼の冥福を祈るほかない。

 逆にクリスティーナがソフィアに選んだのは、黒地に金色の刺繍が施されたチャイナドレスだ。自慢の蹴りを繰り出すその長い脚がスリットから除く度に、野郎共の視線がそこに集中する。

「すげぇ綺麗な脚だ……あの脚になら踏まれてもイイ……」

 瞬間、その男の身体が崩れ落ちた。他にも数名、倒れ込んでいる男が存在する。天空の王は独占欲が強いのだ。

 それにしても魔王の妹……実妹と養妹は、随分と仲が良くなったらしい。普段から一緒に行動する事が多くなり、互いの服を選ぶのも楽しくて仕方がないらしい。


「ヒルド様、凄く見られていますが……」

「ねー! 見て欲しいのは一人だけなんだけどなー」

 白地に黒い縁取りを施したチャイナドレスを纏ったアイリが、周囲の視線に晒されて眉を顰めている。

 それに同意しながら頷くヒルドは、白地に金色の刺繍がなされたチャイナドレスだ。

 共に首元が隠れる代わりに、胸元を大きく露出したデザインとなっている。

「あ、あの健康的な感じの娘……何でだろう、ウサミミを付けて欲しくなる……」

「ド変態か!! 俺は隣のおっとりした感じの子に、ママみを感じる……」

「お前も立派な変態じゃねぇか!」

 リアルバニーガールと聖母神は、ド変態達のねっとりとした視線を感じて顔を背けた。その様子に、嫁溺愛型旦那の遺失魔道具アーティファクトが伸びる。倒れる屍が徐々に増えて来た……命は取っていないが。


「うーん……不躾な視線を浴びるのは、気分が悪いわね」

「まぁ貴女は王として、私は大公として生きて来たからねぇ」

 ショッキングピンクのチャイナドレスを着て、シニヨンまで装備するノリノリっぷり。しかし女王プリシア様、その声色は不快感を露にしていた。

 これまでの来歴上、仕方ないと苦笑する元大公ファルシアム様。彼女はユートと同じ転生者であり、地球の一般人的な価値観は解らなくもない。とはいえ、見られて不快なのは彼女も同様らしい。

 そんなファルシアムのチャイナドレスは、まさかの臍出しチャイナドレスだった。高貴な出自らしい気品を感じさせる彼女、全力の冒険である。

 そんな女王・元大公の国家元首コンビ、周囲の男性に与える圧力は想像を絶する。

「何か、あの二人に命令されたい……」

「ドMかよ。俺、お前と友達止めるわ……」

 本気か冗談か解らない青年の呟きに、その隣にいる友人が全力引きしていた。


「……これは凄いな、人だかりが」

 ユートの言う通り、彼らを取り囲む人だかりは既に百人にも届きそうになっていた。どうしてこうなった……いや、彼のお嫁様達のせいなのだが。

「とりあえず、移動して着替えようか。君達のその姿を、他のヤツに見られるのは嫌だ」

 その言葉に、嫁勢は一瞬きょとんとした顔になり……すぐに満面の笑みを浮かべた。


 さて、チャイナドレスを着た美女・美少女・美幼女集団。そんな彼女達が、愛しい旦那様ユートに向ける満面の笑み。それを直視した野次馬達がどうなるかは、言うに及ばないだろう。

「ぐはっ……!! な、なんだ……!? 心臓が鷲摑みにされたみたいな……!!」

心臓鷲摑みハートキャッチされたか」

「なんてプリティでキュアな女性達だ!!」

「それ以上はいけない」

「私はっ!! 彼女達という存在に心奪われた男だっ!!」

「一体、何ハムなんだ……」

 訳の分からない事を叫んでくる男達……のみならず、女達もだった。

「あぁ、お待ちになってお姉様!!」

「勝手に姉妹スールになるな」

「誰よあの男! ジャッジメント! ジャッジメントですの!」

「モロな台詞やめてくれないかなぁ」

「どこの誰なのか! 話はベッドで聞かせて貰う!」

「させるかド阿呆」

 次々に襲い掛かって来る(ネタ)発言に、的確に返していくユート。ズンズンとホテルの方へ向かって歩を進める。

 その歩みに迷いはなく、行く先を塞ぐ群衆にも物怖じした様子はない。それはそうだろう……完全武装の兵士や、今にも襲い掛かろうとする魔物の群れにも何ら恐怖心を抱かない男なのだから。

 別に睨みを利かせているわけでも、殺気を放っているわけでもない。自然体で歩いている……のだが、平凡な見た目に反して彼の放つ存在感は群衆を圧倒した。何も言わずとも、人の群れが割れて道を譲る。それはまるで、海を割るモーゼの様だった。


 先程の喧騒が嘘だったかのように、ユート達がホテルに入って行くまで野次馬達は無言だった。ホテルに入って行くユート達を黙って見送り、その姿が見えなくなった所で……ようやく、彼等の肩に入っていた力が抜けた。

「な、何だあの男……すげぇ存在感だったぞ……」

「ていうか……あいつ、どっかで見た事が無かったか……?」

 数カ月前に起こった魔物の大量発生と、月面決戦。彼等がそこに思い至る事は、何故か出来なかった。


************************************************************


 普通の服に着替えた嫁達を連れて、ユートは繁華街へと繰り出した。

「よしよし、間に合ったな」

 腕時計を確認しながら、ユートはホッと一息吐く。

「まだ、予約まで時間があるんじゃないですか?」

 そう、アリシアの言う通り。まだ予約した時間まで二十分ある。しかしユートは首を横に振った。

「ここ、広東料理の有名店でね。十五分前に居なかったら、予約取り消しになるらしいんだよ。あと、予約前日の電話を取らないと予約解消とか」

 それ程までに大人気の料理店らしい。

「はぁ……それはパネェです」

「うんー、パネェー」

「王妃として、その表現はどうかと思うの」


 ……


 予約の時間になり、店員に案内されるユート達。

「おぉ~……」

「とても、お洒落ですね」

 案内された席を見て、思わずエイルとアイリが声を上げた。

 食器の置き方やナプキンの置き方等、テーブルのセッティングにまでこだわりを感じさせた。


 早速、人気だというメニューを注文するユート。すると……。

「この人数ですと、こちらはもう一籠ご注文を頂けますと丁度よろしいかと。一籠が六人分程度になります」

 笑顔でそんな風にアドバイスをする店員に、ユートは笑顔で頷いた。

「では、もう一籠お願いします」

「かしこまりました、少々お待ち下さい」

 颯爽とオーダーを伝えに行く店員に、ユートはふむ……と頷いた。

「サービスが行き届いているのも、人気の秘訣か」

「……良い人、良いお店」

 ユートの感想に、クリスティーナが首を縦に振って同意する。


 注文してから料理を作る為、料理が届くまでは時間がかかる。その間、ユート達はお茶を飲みつつ談笑していた。

「そう言えばー、点心と飲茶って何が違うのかなー?」

 中国の伝統的な文化である、点心や飲茶。ヒルドも未知の文化には興味があるらしく、ユートに視線を向けた。

「ライバルだよ」

「ユートさん、それは某アニメですから!」

 メグミの鋭いツッコミ! 大人しい彼女にしては珍しい。余程、そのネタ元に触れさせたくないのだろう。仕方あるまい、ユートがつい先日製作してしまった遺失魔道具アーティファクト、そのネタ元という疑いが濃厚なのだから。

「そもそも点心と天津飯は、別の物ですよ」

「キリエさん、論点はそこじゃないです……」


 さて、ユートが頼りにならない以上は……と解説に入ったのはファルシアムだ。

「点心は中国語で、軽食や間食の事を呼ぶの。お菓子類の事も、点心と呼ぶそうよ?」

「へぇ、そうなの?」

 お菓子も点心に含まれると聞いて、ユートも初耳と解説に耳を傾ける。

「ええ。主菜とスープ以外は、殆ど点心なんだそうよ。ちなみに時間帯で、点心も分類されるらしいわ」

「あ、それは私も聞いた事があります。早点・午点・晩点ですよね?」

 ここで、メグミも解説に加わった。学生時代に読んだ小説で、それについて説明されていたのだという。

 朝に食べるのが早点、午後三時以降に食べるおやつが午点、夜に食べる場合が晩点なのだそうだ。

「で、飲茶ってのは点心と一緒にお茶を飲む事だね」

 そして、核心に触れるのはユートだ。流石にボケっぱなしでは無かったらしい。

「ちゃんと知っているんじゃないですか、ユーちゃん……」

 呆れ顔のキリエを努めてスルーし、ユートはカップに口を付ける。

「この烏龍茶は、日本でもポピュラーなお茶だよ。しかし、本場は違うな……少し甘みがある?」

「そうですね、点心との相性も良いお茶だそうですよ」

 へぇ~という表情で、ヴェルスフィア勢もカップに口を付けた。


 ……


 談笑していると、運ばれて来た点心がテーブルに並べられる。出来立ての証拠として、湯気がもうもうと上がっている。

「おぉ……流石本場だ。彩りも凄いな」

「本当ですね!」

「ええ、とても綺麗です!」

 ユートの感想に、ノエルとソフィアも目を輝かせる。


 エビ蒸し餃子や春巻き、肉シュウマイは定番中の定番。更にはホタテの焼売や、アワビのタルトまで。

 念の為と思って、炒飯も頼んでいしまったのだが……頼みすぎたかもしれない、とユートは苦笑した。

「さて、それじゃあいただきます」

『いただきます!』


「……あつ、あつ」

「肉汁が凄い~!」

「ホタテの焼売って初めて食べましたけど、美味しいです!」

 一品ずつ点心を堪能する嫁達に、ユートは笑顔を浮かべる。楽しんでくれているのが伝わってきて、ユートまで幸せな気持ちになるのだ。

(この先もずっと、こんな笑顔を見せてくれるように頑張らないとな)

 ユート一人に対し、嫁の数は十二人だ。一人一人と共に過ごせる時間に、制限が出来てしまうのは解っていた。可能な限り、寂しい思いをさせないようにしよう……なんて、ユートは考えている。

(柄じゃないんだけどなぁ……とはいえ()()()()()を作ってしまう時点で、僕も彼女達無しじゃあ生きていけないようになってしまったか)


 ()()()()()……とは、時空の部屋クロノスペースの事である。

 彼女達と一緒にいる時間を、少しでも長く作れるように……そんな思いから創り出した遺失魔道具アーティファクト。ユートらしい、彼女達への愛の形の一つだ。


************************************************************


 飲茶を堪能したユート達は、街並みを歩く。

「流石に、食べ過ぎてしまいましたね」

「そうね、お腹いっぱいだわ」

 リイナレインとプリシアの言葉が、全てだ。腹ごなしの散歩である。

「それじゃあ折角だし、あそこに行こうか」

 ニッコリ微笑むユートが向かった先は……。


 ――某世界的に名が知られている遊園地であった。


「ここを選んでしまうとは……」

「……だ、大丈夫ですか? ユートさん?」

「ユート君、ある意味ディスマルクより厄介な相手を敵に回す気なの!?」

 キリエが表情を曇らせ、メグミがその身を震わせ、ファルシアムが信じられないモノを見るような視線でユートに掴み掛かる。

「僕達は、上海の遊園地に遊びに来ただけだよ……そう、大丈夫。名前さえ出さなければ……あと、具体的な名称さえ出さなければ! いける!」


「ここは、そんなに凄い場所なんですか?」

「ええ、凄い場所なんです……主に、著作権関係で」

 ヴェルスフィアに著作権は無い。まだ。

「ちなみに世界各地に、同じ名前を冠する遊園地があるんだけれど……ここにしか無いアトラクションもあるのよね?」

「海賊のヤツだっけ?」

「世界各地に! へぇ……」

「アメリカと日本・パリに複数箇所、香港に二箇所とココでしたね」

「アメリカなんぞ、九箇所あるぞ」

「そんなに!?」

 そこで、エイルが思い出した。ユートとユウキがかつて、アヴァロン王国に設立するテーマパークに付けようとしていた名前の元ネタ。

「あぁ、もしかしてディ……」

「ノー! エイルちゃん、ノー!」

「それ以上はいけません!」

「エイル、やめなさい!」

「僕達の努力を水の泡にしてくれるな!」

「「「元は誰のせいでしたっけ?」」」

「すんませんっした!!」


 ……


 老若男女問わずに夢の時間を過ごせるテーマパーク……そのアトラクションを、一通り楽しんだユート達。

「成程、これが本場のテーマパーク!!」

「いろいろなアトラクションがあって、凄かったですね」

「ん! これは、凄い」

 エイルとアイリ、クリスティーナが興奮気味に感想を言い合う。外見年齢が低い神竜と魔王妹、実際に十五歳という若さのアイリだ。周りからの視線も、微笑まし気なものである。


「サクライ領のテーマパークも凄いですが、こちらも凄いですね」

「はい。あちらは乗り物を楽しむのが多いですが、こちらは乗り物に加えて映像や内装が凝っていますね」

 ノエルとソフィアの言う通り、アヴァロン王国のテーマパークは純粋に乗り物を楽しむスタイルだ。ジェットコースターに観覧車、メリーゴーランド・フリーフォール等である。


 これはユートとユウキ、地球出身の勇者達で話し合った結果だ。

 曰く「いきなりそこまですると、ただの模倣になる。ヴェルスフィアらしいテーマパークを作るなら、最初は基本を押さえるだけでいいだろう」という判断だ。

 ヴェルスフィアらしいテーマパークを目指して、進化させていく。アヴァロンだけでなく、世界同盟を巻き込んで……それが、ユート達と世界同盟の方針だ。


「この前、シルビアが面白い案を出してたよね」

「あ、魔法を使ったアトラクションですよね。ハングライダーの様な物に乗って、テーマパークの上空を飛ぶっていう」

「それを聞いて、ジルベールからも意見があったわよ? 魔導兵騎型の乗り物にしたらどうかって」

「……それ、良いな」

 量産機も、もうそれ程の数は必要無い。大型の魔物討伐や、災害時の支援活動で貸与するくらいだろう。

 それなら戦闘用の機構を除外して、ガワだけの魔導兵騎に作り変えてしまえば良い。


 そんな雑談をしながら、ユート達は次の目的地へ向かう。

「次は、伝統芸能だよ」

「伝統芸能……ですか?」

 不思議そうに小首を傾げるアリシアに、ユートは笑顔で頷く。

「開演までもう少しだし、少し急ごうか」


************************************************************


 上海で見られる雑技団の舞台。これは巷で“人間の限界に挑んだ超人技サーカスグループ”と呼ばれている。いるのだが……。

「……うん、凄いよね」

「凄いですね」

「凄いと言えば凄いんですけどね」

 ユート達の感想を一言で言うと、地球人の限界とヴェルスフィア人の限界は別……である。

「まぁ、自力で空中浮遊できますもんね……魔法で」

「身体能力についても……アヴァロンの兵士なら、あれとか出来そうですよね」

「出来そうですね。今後、訓練内容に盛り込んでみては?」

 嫁勢が真顔で、ユートとしては何だか居た堪れない。ヴェルスフィアの一般市民や、普通の兵士レベルなら感動しそうだろう。ただ、アヴァロン王国の兵士達はちょっとおかしいのだ。主にユートの訓練のせいで。


 アクロバットは確かに見事なのだが、ユートや嫁勢ならば同じ事が楽々出来てしまう。金級冒険者は伊達ではないのだ。

「あっ、ジャグリング! これはやっぱり凄いですね!」

「本当! こっちは実際に訓練を積まないと無理ですよ!」

「そうだね! あれ凄いよ! 手元を全然見ていないし!」

 嫁達が純粋な笑顔を見せ始めた。うん、雑技団の面目躍如である。

(あっぶねー、チョイスミスになるところだった……ありがとう雑技団)

 自分達の身体能力を鑑みていなかったユート、真顔の嫁に囲まれる事態を避けられてホッとしていた。


 そんな中、次の演目に移るのだが……。

「そこのお兄さん、随分と美人さんを連れているね! ここは一つ、格好良い所を見せてみないかい?」

 雑技団のメンバーが、ユートに声を掛ける。どうやら観客参加型の、投げナイフ芸らしい。

「それは良いね、是非ともやらせてくれるかな」

 思い切りの良い返事に、雑技団員はおぉ! と大袈裟なリアクションをする。スポットライトを浴びるユートに、観客の視線が集まった。同時に、その視界に収まるのはユートの妻達。ユートに声援を送る女性陣に、観客男性達の心が一つになろうとしていた。


 ――もげろ。


 そんな視線を浴びながら、ユートは堂々とステージに向かう。気負いなど一切無い様子に、観客から声援やら野次やらが飛ぶ。無論、ユートは動じない。

 そして、ステージにある丸太の様な物に磔にされ……頭に風船が固定された帽子を被せられた。

 まずは雑技団員が、恐怖心を煽ろうとわざと覚束ない様子でナイフを投げる。観客席からあがる悲鳴や歓声。無論、動じるユートではない。


 そんなユートの態度に、雑技団員が視線を鋭くした。全く無反応なユートが、どうやら面白くなかったらしい。

 この雑技団のルールで、動揺する場合は目隠しをさせる。そして押さえている団員が隠し持ったナイフで風船を割り、笑いを誘うのだ。暴れてうっかりナイフが刺さったら、大事故である。

 しかし、動揺しない場合はそのまま本番に移行する。団員達は血の滲むような訓練を積み重ね、投げナイフで的を外す事は無い……はずだった。


 ナイフを投げる団員は、スローイングの瞬間にユートと目が合ってしまった。一般人であれば、こんな事にはならなかっただろう……だがユートは外見は普通の少年でも、その実態は神にして王だ。早く終わんないかな~などと考えていたとしても、雑技団員を圧倒する存在感。

 故に、雑技団員は無駄な力が入ってしまう……その投げたナイフは、ユートの顔面に向かって飛んだ。


(あ、しまった。気配を抑えておけば良かったわ)

 無論、これでもユートは動じない。彼等の職を奪うわけにもいかないし、わざとではない……助けてあげようじゃないか、と内心で嘯く。

 不可視の腕ゴッドハンド発動、ナイフの軌道を不自然にならない程度に変える。顔面に真っ直ぐ飛んだナイフは、重力に反発するかのように浮き上がり……そして、風船のド真ん中を貫いた。


 ――パァンッ!!


「うおっ!!」

 風船が破裂する音に、ユートはわざとビックリしたようなリアクションをする。

「……馬鹿な」

 投げた本人が、大事故を確信していた……だが、実際は見事風船に命中したのだった。歓声と拍手が会場に響き渡る。

 ユートが何をしたのか、知るのは本人とその妻達だけだ。

「勇敢な少年に、今一度盛大な拍手をーっ!!」

 抑え役の団員の台詞に、再び歓声と拍手が巻き起こるのだった。



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