新婚旅行/3日目
新婚旅行、3日目の朝。ユートは目前に広がる景色にテンションを上げていた。
「さぁ、やって来たぞ! イギリスだ!」
そう、3日目の観光地に選んだのは、イギリスだ。
さて、イギリスには様々な観光地がある。ユートが最初の行き先に選んだのは、ケント州にある観光地であった。シシングハースト・キャッスル・ガーデン……ガーデナーの聖地とも呼ばれる名園である。
そんなシシングハーストで、目の前に広がる草花の芸術に嫁達が見惚れていた。
「わぁ……綺麗な庭園ですね!!」
「えぇ、とても素敵だわ!! これは是非、アヴァロン王国でもやりましょう!!」
特にテンションを上げたのは、リイナレインとファルシアムだ。エルフ族やハイエルフ族は、森と共に生きる種族である。芸術的な庭園を見て、心躍るのも無理は無いだろう。
新婚旅行の行き先を探す中で見付けたこの庭園、ユートは存在を秘匿しておいた。写真等で見てしまったら、感動が薄れるであろう。やはり、最大限に喜んで貰いたい……その為、ここに来る事も告げていなかったのだ。
「もー、ユー君ってばー……サプライズ大好きだねー」
「まぁね。それが生き甲斐の一つだから」
サプライズと言うよりは、人を驚かせるのが生き甲斐と言うべきか。それもどうかと思うが。
なんにせよ、ユートのサプライズは成功だった。
「じゃあ歩いてみようよ。ほら、あそこに白いレースみたいなアーチがあるでしょ? あれがホワイト・ガーデンだって。この庭園の象徴だってさ」
ユートに先導されて、十二人の嫁達がウキウキ気分で歩き出す。ホワイト・ガーデンのアーチを潜ってキャッキャとはしゃぐ姿に、ユートの顔にも笑みが零れる。
「こういう文化は、是非広めたいですね」
隣で満面の笑みを見せるアリシアに、ユートも笑顔で首肯する。
アヴァロン王国に、庭師は居ない。大体は孤児だった執事か侍女達が、気が付いたら整えていくのだ。しかし彼等も仕事の合間を縫っての作業になる為、現状維持くらいしかしていない。
宮廷庭師が居る国も勿論あるのだが、このような芸術めいた庭園を造る事はしない。
しかしヴェルスフィアは、大きな転換期を迎えている。世界を発展させる為にも、良い文化は伝えていくべきだろう。
「勿論、やるならとことんだ。アヴァロンだけじゃなくて、他の国にも勧めてみるつもりだよ」
「うんうん! ヴェルスフィアらしい庭園を造りたいなぁ!」
楽しそうにクルッと反転した、前を行くエイルが微笑みと共に宣言する。かつては七つの迷宮核を秘匿する為、何も無かった天空島で孤独な時を過ごしていたエイルだ。誰よりも、庭園造りにかける思いは強いだろう。
「ユートさん、この庭園はどのような方がお造りになったのですか?」
「あ、それは私も気になります!」
ソフィアとノエルの質問に、ユートは一つ頷いた。
「僕もガイドブックで見た程度の知識だけど。ここはね、外交官の旦那さんと芸術家の奥さんが作り上げたんだよ」
妻が廃墟同然だった城に惚れ込み、夫婦は城を買い取った。その後三十年をかけて建物の修復と庭園の作成を成し遂げたのだ。庭園の設計は夫が、植栽は妻が担当したのだとか。
「夫婦で……ロマンチックですね」
「ええ、素敵なお話です……」
うっとりとした表情で、庭園を眺め出す二人。連れて来て良かったと、ユートも笑顔になる。
「この美しい庭園のように、私達も素敵な物を造り上げていきたいわね」
「そうですね。そして、未来にそれを繋げていきたいです」
プリシアとキリエが、微笑み合いながらそんな事を言う。
「いけるよ、僕達なら」
ユートはサラリとそんな事を言う。何でもない、当然の事のように。
それは過信ではなく、信頼だ。彼女達となら……そして仲間達とならば成し遂げられるという、確信。
それに対する返答は、嫁達からの満面の笑みと口付けだった。
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二時間程かけて、ゆっくりとシシングハーストを歩いたユート達。
次なる目的地は、ロンドンだ。ヴェルスフィアにありそうで無かった、ある施設を見に行く為に……それも、世界で三本の指に入るアレである。
「成程、博物館ですか」
メグミが納得という顔をする。そう、世界三大博物館の一つである大英博物館に来たのだ。
「はくぶつ……かん?」
「それは、どういった施設なのですか?」
そんなクリスティーナとアイリの疑問も最もだ。ヴェルスフィアに博物館は無いのだから。
ユートは博物館の概要を、簡単に説明していく。
「はぁ……高価な物や美術品等を、展示ですか……」
いまいちピンと来ない様子のヴェルスフィア勢に、ユートは今後の展望を話す事にする。
「例えば遺失魔道具とかを、展示するのはどうかと思うんだ。付与魔導師はハズレジョブだって言われているけど、それはもう過去の話だ。なにせ付与魔導師が、神に内定するくらいだからね」
言い終えたユートが「環境に恵まれた部分もあるけれど……」と付け足すと、嫁達は苦笑するしかない。どれだけの努力を積み重ねて、刻印の付与魔導師が誕生したのか……それを彼女達は知っているからだ。
環境に恵まれただけの少年が、そこまで昇り詰める事は到底不可能。相応の努力があったのは、誰の目にも明らかだった。
「それで何故、遺失魔道具の展示なんて考えたんですか?」
リイナレインの質問に、ユートは頷いてみせた。
「付与魔導師は遺失魔道具を製作できる。やり方次第では、世界の発展に大きく貢献するだろう? 武器よりは生活を豊かにする物をメインに展示して、創作意欲を持って貰えたらって思うんだ」
無論、盗難等を防止する為の装置が必要だろう。ユートの中で、構想はいくつか練ってある。解呪対策も万全だ!
「ハズレジョブじゃないって、世間に知らしめる事も出来ますね」
「そうそう。いつまでもその呼称が付き纏うの、そろそろやめにしたいし」
……
展示品を見て、ヴェルスフィア勢は納得した。これは凄い、と。
「こんなに沢山の物が……」
予想を遥かに超える展示量に、アイリが目を丸くする。一般人には見えないが、ウサ耳もひょこひょこと跳ねたりしていた。
「ここってー、どれくらいの展示品があるのー?」
「常設展示は……えーと、十五万点だな」
十五万の展示品。その膨大な数に、数名の表情が凍り付いた。
「ちなみに、常設以外の展示品を含めると八百万点を超えますよ」
キリエの補足に、ヴェルスフィア勢は口元を引き攣らせた。ここはもしかして、相当凄まじい場所なのでは? と。
驚きの時間が過ぎれば、後は鑑賞タイムだ。常設展示だけでも、一日では回り切れない。その為、一つ一つの展示品をじっくり見られなかったのだが……。
「ロゼッタストーン……? 普通の石板だよね?」
「学術的な価値が高いんだよ。古代エジプトの神聖文字を読み解くカギなんだってさ」
「へぇ……凄いんだねぇ」
そういえば、とユートは思い出した。
「竜王国で発見された遺跡……陣野亜沙美が残したのも、ロゼッタストーンみたいなモノになるのかな」
あれ、日本語だったし。あれを解読出来たら、日本語に対する理解が深まる。そうすると、遺失魔道具の謎も解明されていたかもしれない。
「あ、胸像ー! やっぱり、必要だよねー」
エドワード七世の胸像を見て、ヒルドがユートにニッコリ微笑んだ。
「待って待って、やだやだ」
いつになく子供っぽいユートの姿に、嫁達から苦笑が漏れる。
「第一どこに置くのさ。僕の城に置くのは嫌だよ」
「じゃあユートさん、王城の広場に置きますか?」
「もっと嫌だ!」
さて、続いては有名なあの彫像である。
「出たな、モアイ!」
イースター島のモアイ像である。
「これ、何の像? アゴ長くない?」
「これはモアイ像と言って、彫像信仰・鳥人信仰が強くこのような彫像が制作されたのだそうです」
「鳥人……まさか、地球にもかつて獣人が!?」
「あー、神話には出て来るけど……実在したのかなぁ?」
地球にも割とファンタジーが溢れているもので、モアイの前で十数分話し込んでしまうのだった。
次に見に来たのは、ラムセス二世の胸像だ。
「地球って、人間族しか居ないと聞いていたのですが……」
「いやいや、人間だよアレ。アゴのヤツとか、ただの装飾品だから」
不思議そうな顔をするリイナレインに、ユートが苦笑する。確かに、これが顔そのものだったならば、人間族とは思えないだろう。
「ちなみに、ラムセス二世ってオジマンディアスとも呼ばれるのだとか」
「ファラオ!?」
どうやらユート、生前は某スマホゲームのプレイヤーだったらしい。
続いては、ファラオの棺桶……偉大な王の眠る棺である。ただ、エジプトの棺桶は少々趣が異なるデザインで、ヴェルスフィア勢もポカーンとしていた。
「え、死んだらここに入るの……?」
地球に縁のある面々からすると、予想通りの反応であった。
そこでふと、ユートがある事を思い出す。
「そういえば、ヴェルスフィアって土葬じゃなくて火葬だよね?」
それを知ったのは六年前、初めて孤島の外に旅に出た時だ。アルファルドと出会った、魔物の大群との戦闘で惜しくも戦死した者達を弔った時である。
「はい。疫病防止の為に、勇者シンタローが広めたんです」
ソフィアの言葉に、ユートは顔を顰めた。そんなシンタローは、ディスマルクの悪意によって破滅したからだ。しかも、その原因が疫病だったらしい。ディスマルクに対する怒りが再燃しそうになる。
やりきれない思いは胸にしまっておき、ユートは嫁達を次の展示品の下へ案内する。手にしたガイドブックには「日本人必見! 大英博物館で見るべき展示物!」と手書きで書かれている。用意したのは、最愛の弟である。実によく出来た、兄大好きっ子だ。
さて、到着したのはルイス島のチェス駒のエリアである。
「これ、あの魔法少年の映画に出てたんですよね」
「え、そうだったの!? 道理で見覚えがあるはずだよ」
額に傷跡のある、眼鏡の魔法少年の映画だ。ユートも何作か見た。
「魔法の物語なの? ちょっと気になる!」
「そうだなぁ、今度上映会でもしようか」
勿論、上谷邸でだ。嫁達を連れて行けば、両親も誠也も喜ぶだろう。
……
膨大な展示品の中から、オススメとされる物を中心に見て回ったユート達。
大英博物館を出ると、既に昼時を過ぎていた。
「折角だし、アフタヌーンティーにでもするか」
「アフタヌーン?」
「午後の事ですね。イギリスの喫茶習慣なんですよ」
アフタヌーンという英語までは、流石にヴェルスフィアにも伝わっていなかった模様。それも仕方あるまい、召喚されたのは全員日本人なのだから。
「つまり、お茶会ですか?」
「成程ー、でもお昼ご飯を食べてないよー?」
流石にお菓子だけだと……という顔のヒルドに、ユートは苦笑する。
「心配は要らないさ」
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ロンドンのアフタヌーンティーと一言でいっても、店によって雰囲気は異なるらしい。
内装の豪華さが売りのお店や、長年続く伝統ある老舗店。他にも、若者や女性に人気のアフタヌーンティーの可愛さがウリの店等があるそうだ。
そんな中、ユートが選んだのはホテルの一階にあるティーラウンジだ。
店内は図書館をイメージした内装で、静かでゆったりとした時間が流れている。窓からはビックベンが見える、絶景と言って良い店だ。
テーブルの上に用意された三段重ねのティースタンド。三段目がサンドイッチ、二段目がスコーン、一段目にスイーツが乗っている。
「アフタヌーンティーのマナーとしては、下から順に食べて行くらしいよ」
ユートの解説に、女性陣は興味津々の様子だ。
本式のアフタヌーンティーはサンドイッチ等もあり、食事並みのボリュームだった。これなら昼食の代わりにもなるだろう。
そこで、キリエが補足に入る。
「サンドイッチも手掴みで食べるのではなく、ナイフとフォークを使って食べるんです。スコーンは手で食べて良いそうですよ」
「成程、色々なマナーがあるのですね」
そこへ、店員が紅茶のオーダーにやって来た。
「色々な種類があるんですね……」
「うーん、迷うなぁ」
散々迷うユート達は、店員の女性が勧めてくれた一番人気のオリジナル・アールグレイを選んだ。
……
窓から見えるテムズ川とビックベンを見ながら、ユート達はここまでの旅行について話していた。
「水族館や博物館……ヴェルスフィアには無い、凄い施設があるのですね」
「やっぱりー、文明のレベルは地球の方が上だねー」
ソフィアとヒルドが苦笑するが、ユートはそうは思っていなかった。
「文明と言っても、一言では括れないと思うよ」
地球には電力や燃料、それに機械が溢れている。夜であっても外灯が道を照らし、歩けるだけの照度が確保されている。
確かにヴェルスフィアには無い物である。しかし、それは有るが故に無いのだ。
「地球の様な科学文明が無いのは、魔法で賄える物が多いからだろう。魔法文明においては、地球はヴェルスフィアの足元にも及ばないよ」
魔法と言う存在は、地球においては神秘の類。実在するかしないかすら、不明瞭なものだ。
そんな魔法……地球が科学的文明レベルで勝る代わりに、ヴェルスフィアは魔法的文明レベルで勝っている。魔法技術が……魔道具や遺失魔道具が一般に、広く普及したならば? きっと、地球に劣らない利便性を得られるだろう。
「最も、文明の普及率では地球に軍配が上がるね」
「普及率……ですか」
「そう。ヴェルスフィアは、文明を学ぶ機会が少ないからね」
村人の子は、大半が家業を継いで生を全うする。商人の子は商人に、冒険者の子もまた冒険者を目指す事が多い。貴族や王族は言うに及ばずだ。
「親や先祖の積み上げてきたものや、歩いた道を引き継ぐのがヴェルスフィアのほとんどだ。それを否定するつもりじゃないけど、新しい道に踏み出そうとする者は意外と少ないんだよ」
だから、ユートは考えていた。
「そこで、学校を造りたいんだ」
テムズ川を行き交うクルーズ船を眺めながら、ユートは己の展望を嫁達に聞かせる。
「学校の良い所は、社会で働く前に基礎的かつ平均的な教養と技能を教育できる部分。それと、人と人の繋がりを構築できる部分なんだ」
最も、そればかりではないのが実情だが。差別やイジメ、体罰……そういった社会問題がある点は否定できない。
それに、子供を労働力としている家庭も少なからずある。農家や宿屋・飲食店等だ。子供達が教育を受けるとなれば、労働力の補填だって必要になるだろう。
だが、それに対する対策に労力を割いてでもやる価値がある……ユートはそう考えていた。
「子供達に未来の選択肢を用意してあげるのも、僕達の役割だと思うんだ」
理想論だという自覚はある。それでもユートは、理想を実現する事に熱意を燃やしていた。
子供が夢を語れる未来、子供が夢を実現できる世界にしたい。自分の代で実現出来なくとも、次の世代の為に種を撒きたい。
「僕の世代でダメでも、キリト達なら上手くやってくれそうだし」
数カ月前に来訪した、未来の息子……自分の後継者を思い出して、ユートは笑った。そんな彼の笑顔に、嫁達も息子・娘達に思いを馳せる。
「……難しい、問題」
クリスティーナの言葉に、他の面々の視線が集まる。
「……でも、やる……でしょ?」
どんな無理難題でも、ユートがやるならば自分も……自分達も一緒に。そんな意思を表明するかのように、クリスティーナはいつになく挑戦的な目をしていた。
「当然」
軽い調子のユートだが、その表情は“暴君”モードになっていた。
「ユートさんがその表情をすると、絶対に曲げないですよね」
「よくご存じで……苦労をかけるだろうけど、付き合ってくれないかな」
ユートの言葉に、嫁達は微笑んだ。
「地獄の底でも、世界の果てでも付いていくつもりですから」
「ユート君の夢は、私達の夢でもあるんですよ」
キリエとアリシアの言葉に、他の面々も頷く。
「じゃあ、この話は後でユウキ達も巻き込んでやろうか。ごめんね、新婚旅行中に仕事の話をして」
そう言って話題を模索するユートだが、プリシアがそれを窘めた。
「良いじゃない、夫婦で共有する夢の話だもの」
プリシアの言葉に、ユートが穏やかに微笑み返した。こういう所で、婚約者から夫婦になったのだと改めて実感する。
……
さて、そんな十三人の夫婦なのだが……やはり、目立っていた。店中が露骨にならない程度に視線をチラチラと向けて、若い美男美女に注目している。最も、会話内容は理解出来ないが。
しかし男一人に女が十二人という、偏りのある大所帯。ほとんどの客が、学生達が同級生と旅行でもしているのでは……なんて考えていた。
ある一人を除いては。
(な、何語で話しているか解らないけれど……何だかすごくいい雰囲気だわ……ハーレムなのかしら? もしかして、ハネムーン中?)
このティーラウンジを営む女性店長は、ユート達の表情や雰囲気からそんな推測を立てた。
一見するとユート達は年若く、結婚を考える年には見えない……だが長年の経験から、女性店長は彼らが相思相愛の仲だと見抜いていた。それに、地球にだって一夫多妻の国が無いわけではない。
……
「この度はご予約ありがとうございます。こちら、ささやかですがサービスですわ」
女性店長が、にこやかな笑顔を浮かべながらユート達のテーブルにショートケーキを持ってくる。
「……あれ? これって……」
十三個のショートケーキに乗せられた砂糖菓子のプレート。それを一つにすると、“ハッピーウェディング”という文字になる事にユートが気付いた。
「……お心遣い、ありがとうございます」
その言葉に、女性店長はにっこり微笑んで下がっていった。
「……先輩、これって?」
「お店からの粋な計らい、かな」
今夜、宿泊するホテルで説明しようとユートは心に決める。ここで話すと、彼女達の表情から学生旅行と思っているであろう周囲の客が勘付くだろうから。
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ティーラウンジの店長に、支払いに加えて多めのチップを渡して店を出たユート達。
定番スポットであるバッキンガム宮殿やウェストミンスター寺院、国会議事堂を観光した後に、ホテルへと向かう。
「予約したホテルはここだね」
先導したユートがそう言うと、キリエが首を傾げた。
「そういえば、先程のティーラウンジもですが……いつの間に予約を?」
そう……目の前のホテルも先程のティーラウンジも、ユートは事前予約をしていたらしい。しかしキリエは、その様な素振りは無かったと記憶している。ユートとは朝から晩、おはようからおやすみまでずっと一緒だ。予約しているならば、キリエ達が気付きそうなのだが……。
「予約? アヴァロンで政務している時にだよ」
……沈黙。
「え、ちょっと何言っているか解んないです」
チェックインを済ませ、案内された部屋の中で嫁勢が深々と溜息を吐いた。というのも、ユートのトンデモ行動がまた発揮されたのだ。
「つまり過去の自分にメールを送って、店の予約を事前にしたと……しかも世界間通信で、関係者じゃなく民間のホテルやティーラウンジに……」
つまりそういう事であった。
ちなみに使用した端末は円卓の絆ではなく、事前に地球で用意しておいた普通の携帯端末であった。その理由を尋ねてみると……。
「円卓の絆同士なら別段気にする事はないけど、地球の施設とかに連絡するならちゃんと電話料金とかをさ……」
妙なところでマメであった。
「それじゃあ明日の行き先や利用する施設を、ユート君は知っているのね?」
少しむくれた様な表情を見せるファルシアムだが、ユートは笑って首を横に振る。
「いや。予約をした後に魂魄の根源魔法で、記憶にロックかけているからね」
「そこまでする!?」
「だって、折角の新婚旅行だよ? 同じ条件で楽しみたいじゃない」
この新婚旅行の為には、ユートはとことんやる腹積もりだ。基本的には常識やマナーの範疇内で、場合によってはアウトラインすれすれまで。
それを察したファルシアム、流石の彼女も表情が引き攣っていた。
「さて、それじゃあ誤魔化させて貰おうかな!」
「え、ちょ……っ!!」
ニヤリと口元を歪めるユートに、嫁達が後退る。いつもだと迫るのは嫁側からで、ユートからはそうそう無い。
「ユートさん、たまに獣になりますよね」
諦めた表情のノエルに、嫁達が頷く。どうやら諦めの境地に至ったらしい。
……三日目の夜は、まだ長い。
 




