新婚旅行/2日目
とある住宅地。この日は祝日で、人通りや車通りも少ない早朝の時間帯。そんな中……ある一軒の家だけは、お祭り騒ぎとなっていた。
「さぁさぁ、自分の家と思って寛いでね! お城と比べたら犬小屋みたいなものでしょうけど!」
「いやぁ! めちゃくちゃ華やかだなぁ、母さん! 美しい女性が十三人もいるんだからなぁ!」
「しれっと母さんを華と称したか、父さん。新婚旅行中の息子の前で惚気かよ。夫婦仲が良いのは大変よろしいと思うけど」
無論、上谷邸である。
新婚旅行中のユート達は、本来は適当なホテルに宿泊するつもりだった。しかし、それに待ったをかけたのが上谷真司と沙織の二人である。
曰く「世界が違って気軽に会えないのだから、こっちに来ている間は顔を出せ」という事らしい。
なのでユート達は、新婚旅行初日と最終日のみ上谷邸に滞在する事になった。
そんな真司と沙織であるが、これでもかと言わんばかりに生き生きとしている。再会したばかりの時、心労でやつれていたのが嘘のようである。
「さぁさぁ召し上がれ! 沢山作ったから、遠慮しないで食べてね! お城のお料理と比べたら、犬の餌みたいなものでしょうけど!」
「オーケー母上、時に落ち着け。そこまで自分の料理を卑下するなって……まったく、わざわざここまでしなくても。朝から気合入り過ぎじゃないか」
目の前に並ぶ御馳走の山に、ユートは苦笑してしまう。義娘達を歓迎しようと、昨晩から仕込みをしていたらしい。ハイテンションなのは、寝不足によるナチュラルハイもあるのだろう。
さて、机の上に用意された料理の数々。和・洋・中・他と揃えられ、朝っぱらからパーティーの様相を呈していた。
米系はちらし寿司にオムライス、更にはパエリアといった物まで。麺類も定番のソース焼きそばやナポリタン、あんかけ焼きそば。おまけにユート達が中学に入ってからはご無沙汰だった、流しそうめんセットまで持ち出されている。
「食い切れないだろ、これ」
「そういう時の為のお前だろう!! ほら、あの物を収納するヤツ!!」
「宝物庫前提か!?」
なんと真司、息子の遺失魔道具を活用するつもりらしい。使えるものは息子でも遺失魔道具でも使う方針であった。
「ほら、そうすればいつでもあなた達が食べられるでしょう? あっちでもお母さんの料理を食べられるんだから、損は無いじゃない」
沙織のその言葉に、真司は少し物悲しそうな顔をした。どうやら、新婚旅行中は毎日がパーリーナイッ! と思っていた模様だ。そもそも初日と最終日は滞在するという話も、すっかり忘れているらしい。
「あ、宝物庫で思い出した。昨日ドタバタして渡せなかったから、今渡すわ」
そう言って、ユートは宝物庫から用意した土産を取り出す。初日に寿司屋で買った、特上寿司二人前である。宝物庫内では時間が止まる為、鮮度も保たれている。
「なっ!? あの有名店の!?」
「あ、やっぱ有名店だったか。おいしゅうございました」
「お前だけズルいじゃないか!!」
「だからこうして、お土産を買って来たんだろ。特上だぞ、特上」
そんなやり取りをする三人を見て、十二人の嫁達がクスクスと笑った。
「家族仲が、とても良いんですね」
キリエの言葉に、真司がニッと笑ってサムズアップした。
「家族仲良く! それがウチの唯一の家訓だからね!」
「初耳だよ」
ユートのツッコミは聞こえないふりをして、真司は更に捲し立てる。
「そして、君達も私達の家族だ! 気兼ねする事は無い、お義父さんでもパパでも好きに呼びたまえ!!」
「あ、はぁ……」
若干引き攣った愛想笑いしか出来ない、十二人の嫁達。そんな様子に、ユートは早々に最終兵器を投入する。
「母よ、この父をどうにかしてくれ」
「お父さん、義娘達を困らせるならご飯抜きよ?」
「済みませんでした!!」
一発であった。この上谷家の大黒柱、最大の弱点は嫁に弱い事である。
……
「わぁ、この煮物美味しいですね!!」
「何でしょう、素朴だけれどどこか懐かしさを感じさせる味わいという感じでしょうか!」
「あら嬉しい! それはね、肉じゃがっていうのよ。優人と誠也の大好物でね♪」
ノエル・アリシアは肉じゃがを口にして、笑顔満面であった。肉じゃがは、特にユートや誠也の大好物である為、沙織も力を入れていた。そんな事情を知り、二人の嫁はこの味をマスターしようと心に誓う。
「このお肉の串焼き、タレがとても美味しいですね」
「……美味」
「おっ、アイリちゃんとクリスちゃんは焼き鳥が気に入ったのかい?」
アイリ・クリスティーナが焼き鳥を食べて感心していると、真司が表情を緩める。義娘達との仲は良好なのだ……たまに、悪乗りをするだけで。そういう所は、ユートとそっくりである。
「これはトマトのソースなのかしら? 麺によく絡んでいて、とても美味しいわ!」
「はい、それはナポリタンという名称のパスタですね。パスタ料理は色々な種類がありますが、ナポリタンは特に人気がありますね」
初めてナポリタンを食べるプリシア。恐らく、宮廷料理のような物ばかりを食べてきたであろうプリシアだ。地球の料理に興味津々であった。そんな彼女に、メグミは一つ一つ笑顔で解説していく。
「沙織ママ、これは何ていう料理?」
「何だかー、中毒性があるー!」
「それは、ソース焼きそばね。ユートも好きで、よく休みの日に作ったわー」
エイル・ヒルドが美味しそうに焼きそばを食べると、沙織の頬が自然と緩む。これだけ喜んで食べてくれるのならば、夜通し料理した甲斐があると言わんばかりの表情だった。
「この葉物野菜の中にお肉が入っている料理……こんな美味しいもの、初めてです!」
「ふふ、リインはロールキャベツが気に入ったのね。これなら他のエルフ族も気に入るんじゃないかしら?」
感激するリイナレインに、ファルシアムが微笑む。エルフ族は肉料理よりも菜食が中心だが、ロールキャベツの様な物ならば喜んで食べるだろう。
「はぁ……とても美味しいです。こんなに見知らぬ料理があっただなんて……」
「地球の料理は、まだまだ沢山あるんですよ。私も味わった事が無い物もあるので、今回の旅行で色々と食べてみたいですね」
一口一口を、噛み締めるように味わうソフィア。それも無理はない。過去の勇者が地球から伝えた料理もあるが、実現できた物や伝わっている物ばかりではない。一ギルド職員だったソフィアは、ユート達と出会って初めて地球の食事という物を体験したくらいだ。
そんなソフィアに、キリエも同意する。知識はあるものの、地球で生活した事があるわけではないのだ。初めて口にする料理が多いので、キリエもこの食卓を大いに楽しんでいた。
そんな両親と嫁達を見ながら、ユートは口元を緩める。やはり団欒は良いものだ、と。
……
「それで、今日から六日目までの予定はどうするの?」
「今日からは海外。六日目に京都に寄って、こっちに戻って来るつもり。七日目の夕方にはヴェルスフィアに帰るよ」
「世界一周の旅でもする気かしら?」
「当然。折角の旅行だからね」
七日で世界一周かぁ……と、両親が遠い目をする。息子の規格外さは解ったつもりだったが、まだまだ認識が甘かったらしい。
その時、テレビから何やら軽快な歌が流れて来た。随分と某合衆国をリスペクトしたフレーズに、ユートは今日の行き先を決める。
「……そうだ、アメリカに行こう」
「京都行くノリで言うなぁ……いや、まぁ解るけどな」
誰しも一度は聞いた事があるコマーシャルの様な雰囲気で言うユートに、真司が苦笑した。
「そういえば、このグループ人数増えたの? 昔は四人だった気がするんだけど」
「みたいだな。最近また人気が出て来たみたいだぞ」
「ふぅん……」
腕を振る独特の振り付けを真似る真司をスルーしつつ、ユートは「やっぱり男性アイドルの育成も進めないとな……」なんて呟いていた。流された真司が寂しそうにしているが、ユートは努めてスルーした。
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さしたる問題もなく、アメリカに上陸した新婚夫婦(嫁多め)。
さて、アメリカの何処かというと……それは、ハワイであった。アメリカならば他にも観光地が……とは思ったものの、ユートは自分の心に素直であった。
「ハネムーンでハワイは定番だからなぁ」
ハワイ……それは日本において、海外旅行や新婚旅行の定番スポット。白い砂浜、青い海が広がっている観光リゾートである。
「折角だし、泳ごうか!」
ユートとその嫁達は、水着姿に着替えて砂浜に立つ。その存在感と外見で、ビーチの視線を独り占めならぬ一団占めしていた。
「流石はハワイ、人が多いですね」
ニコニコしながら周囲を見回すキリエのツインテールが揺れる度、遠巻きに見つめている男達の心も揺れる。更には同性である女達まで。
創世神直属の天使にして、創造神の妻であるキリエ。その存在感に加えて、均整の取れたプロポーション。加えてあどけなさを残す顔立ちで、異性のみならず同性の心まで掴む十七歳(設定年齢)である。
「んー、日射しが気持ち良いー!」
ふにゃっと笑いながら、ユートが膨らませたビーチボールを抱えるヒルド。ユートの妻の中でも、特定部位における最高戦力。
その豊かなバストに目を奪われる男女が多い。無理もないだろう、その胸元に抱えているビーチボールが良い仕事をしている。
ビーチボールにより胸が潰れ、その柔らかさを視覚的に訴えているのだ。
「あの、空飛んでるやつ? セーリングだっけ、やりたいやりたい!」
自力で飛ぶ事を禁止されている為、代わりにアクティビティで空を楽しみたい。そんなエイルは、十二人の妻の中で最も外見が幼い。外見年齢は十三歳くらいだが、肉体年齢は一歳……精神年齢は一万八千を超える。
見た目と雰囲気の違い……それが絶妙なバランスを生み出し、エイルという少女の魅力となっていた。
愛らしいのにどこか妖艶さを感じさせる彼女に、見ているだけで惹き込まれそうな者が相当数。
「そう言えば、生前に海外旅行とか行った事が無いのよね。初海外旅行だわ……それも、新婚旅行。ちょっとテンション上がってくるんだけど」
長い髪を風に靡かせて、うっすらと微笑むハイエルフ。ポーラ公国先代大公にして、大賢者集団ワイズマンの首魁……ファルシアム。
その気品溢れる仕草は淑女らしさを感じさせるのだが、その実は早く遊びたくてウズウズしているのが隠し切れていない。そんな姿に、ユート達だけでなく無関係のギャラリーまでほっこりしてしまう。
永い年月を使命の為に費やし、同時にポーラ公国を守って来た彼女。前前前世と併せても初の新婚旅行。テンションが上がるのも、致し方あるまい。
「……バナナの、ボート。ユート、乗りたい……」
口元を緩めながらバナナボートに目が釘付けになっている、トランジスタグラマーな少女・クリスティーナ。
赤紫のビキニ姿によって際立つ白い素肌に、豊かに実った胸元の果実。そして期待にキラキラと輝く瞳によって、周囲の者達を魅了していく。
最も彼女は、周囲で野次馬根性を見せているその他大勢など眼中にない。旦那様と嫁仲間達にしか、意識を向けていなかった。氷を種族特性とする魔人族らしく、クールである。
「果実の盛り合わせですか……これは何の果実でしょうか?」
初めて見るマンゴーに興味津々の、エルフ族の貴族令嬢。いつになく楽しそうな、年相応の笑顔を見せるリイナレインである。
恐る恐る一口、マンゴーを口に運び……その味に頬を綻ばせてみせる。そんな彼女の様子に、ギャラリーの表情が緩み切っていく。美しい少女の満面の笑顔には、どうやら人の心を弛緩させる効果があるらしい。
彼女達は、長命種だ。長命の種族は、長い時を生きるので新しいモノには目が無いのである。常に新しい刺激を求めているのだ。
ヴェルスフィアに無いものを体験できるこの新婚旅行、常日頃とは一線を画す程にテンションが上がっている。
「奥さんが楽しそうで何よりです」
愛おしげに、ハイテンションの嫁達を見るユート。そんなユートに振り返って、穏やかに微笑むキリエ・ファム・リイン。対して満面の笑みを向けるヒルド・エイル・クリスはというと……。
「うんー! テンションマックスー!」
「アゲアゲー!」
「……アゲぽよー」
「うん、待った。ヒルドはまだ解るんだが、エイルとクリス?」
アゲアゲやアゲぽよは、随分前に女子の間で流行った表現だったとユートは記憶していた。確か中学時代、クラスの女子がやたらアゲアゲだのアゲぽよだの言っているのを聞いた記憶がある。
また、過去の勇者が? と思いきや。
「……マナに、習った」
「あれ、普通に使う言葉じゃないんだ?」
ユートは思わず、天を仰いでしまう。どうやら勇者によってヴェルスフィアに伝えられた文化というのは、毒にも薬にもなるらしい。
そんな彼の感想も、ぶっちゃけブーメランなのだが。
そんなこんなで、ユート達はハワイアンビーチを大いに堪能した。
ビーチボールで遊ぶと誰も落とさないので、延々とラリーが続いたり。
パラセーリングを体験すると、自力飛行や魔導兵騎とはまた違った心地良さがあったり。
バナナボートに乗って、やたらはしゃいでみたり。
フライボードを体験したユートが、ヴェルスフィアで再現すると心に誓ったり。
ハワイでの食事に舌鼓を打ったりと、ハワイを堪能し尽くした。
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日が落ちる前。ユート達は転移魔法で、グランドキャニオンを訪れていた。
「わぁ……綺麗……」
グランドキャニオンを照らす夕日は、その渓谷を一層美しく際立たせる。
うっとりとした様子でその景色を眺めるアリシア。普段は貴族令嬢として……そしてアヴァロン王妃の一人として表情を引き締める様に心掛けていたのだが、今はただの十六歳の少女の顔である。
「あ、さっきと変わって見えます……太陽の照らし方が変わったから……でしょうか」
今は遺失魔道具で特徴を隠している兎人族の少女、アイリ。
生真面目な彼女は、この新婚旅行の思い出……その一つ一つを目に焼き付けようと、じーっと見入っていた。
それだけユートや他の嫁達と過ごす七日間を、重要視しているのだろう。一生に一度の思い出として、ずっと忘れない為に。
「グランドキャニオンは、”地球の宝物”と呼ばれているそうです……確かにこの景色は、宝物と称するのに相応しいですね……」
地球出身ながら初めてこの景色を目の当たりにするメグミは、グランドキャニオンの通称を皆に聞かせる。
実を言うと、メグミもその呼称を知ったのはつい数日前だ。グランドキャニオンに行くと聞かされて、その情報をガイドブックで熟読していたのである。
それだけ、この旅行……新婚旅行に向ける思いが強かった。
日が完全に落ちるまでの間、様々な姿を見せるグランドキャニオン。その美しさと雄大さで、新婚夫婦達を大いに楽しませる。
天候に恵まれたのも、もしかしたら”地球の宝物”からのささやかなプレゼントだったのかもしれない。
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グランドキャニオンを後にしたユート達は、ライトアップされた”あの有名な像”を見上げていた。
「これ、確か正式な名称があった気がするんだけど……なんだっけ。メグミは覚えている?」
「済みません、私も自由の女神像としか……」
そう、アメリカの象徴ともされるあの像だ。しかしユートとメグミは、その正式名称を思い出せないらしい。そして、視線を向けられたのは頼れる天使様。
「“世界を照らす自由”ですね」
地球で暮らしていたわけではないが、天使故に世界の知識等は十二分に備えているキリエ。故に、こういう時には解説役となるパターンが多かったりするのだ。
さて、ヴェルスフィア出身の面々は興味津々の顔でキリエを見る。そんな様子に苦笑して、キリエ先生は解説を続ける事にした。面倒見の良い天使である。
「この像は、全ての弾圧・抑圧からの解放……そして、人類は皆自由であり平等であるという事を象徴しているそうです」
その解説に、ヴェルスフィア出身者が感心する。
「独立百周年記念の像だったっけ?」
「ええ、そうです」
ユートの言葉に、キリエは笑顔で頷く。
「それだけ、歴史ある物なのですね」
「世界的に有名な像なんですか?」
「そうですね、アメリカの象徴と言っても過言ではないかと」
そこまで聞くと、ソフィア・プリシア・ノエルが難しい顔をする。
「となると、やはりアヴァロン王国にもユートさんの像を……」
「それはやめて下さい」
「良いんじゃない、ユート。ヴェルスフィアと地球を救った英雄の像なんだから」
「そうですね、平和と進歩を象徴する像というのはどうでしょうか?」
「お願い、やめて! 後生だから!」
必死に考え直させようとするユートと、それを見て笑う嫁達。容姿の事もあり、随分と目立っていた。
彼らが周囲の注目を集めていると気付くまで、少し時間がかかるのであった。
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アメリカ観光を終えたユート達は、ホテルへ向かう。
「十三人で一部屋」
「は、はぁ……そうなりますと、ロイヤルルームしか……」
ロイヤルルーム……それは高貴な身分の者が宿泊する際にしようされる部屋である。ロイヤルルームを切り出された訳だが……折角の新婚旅行だ、少しくらいの贅沢は良いだろうと自問自答。
「じゃあそれで」
受付で怪訝そうな顔をされたものの、前金を支払ったユート。少年があっさりと大金をキャッシュで支払う様子に、周囲の者達がざわめく。しかしユート達にとっては心からどうでも良い事で、全く気にせずチェックインを済ませた。
「傍から見たら、やっぱり異様に見えるんでしょうか」
苦笑するメグミに、ユートも苦笑いしてしまう。美しい絶世の美女・美少女達に対して、男一人……それも、未成年と思しき一団だ。どんな集団なのかと勘繰られるのは、ある程度覚悟はしていた。
「まぁ余計な口出しをされない限りは、流しておけばいいさ。やましい事があるわけじゃないんだし」
「……それで、どうするんですか? 後ろから着いて来ている人達は」
リイナレインがそう言うと、ユートの表情から笑顔が消えた。
「さて、ね。後を着いて来る程度でどうこうするのはなぁ……勿論、手を出して来たら承知しないけど」
折角の新婚旅行に水を差されるのは、ユートとしても看過できない。行動に移そうとした場合、不幸な目に遭って貰うつもりである。
ちなみにユート達は現地人との会話以外は、ヴェルスフィアの共通言語で会話している。壁に耳あり障子に目あり、誰が聞いているか解らないのだ。ただでさえ目立つのだから、余計な火種は極力減らしていきたい。
その為、案内しているボーイ(世界五カ国語をマスター)は心底戸惑っていた。
(い、一体どこの国の子達なんだ……? 何語で喋っているのか解らない……!!)
……
ボーイに多めのチップを渡してその背中を見送ったユートは、窓で夜景を眺めている嫁達の元へと向かう。
「凄いですね……キラキラ輝いています」
「うんうん! やっぱりヴェルスフィアとは違うんだねぇ」
少し興奮気味のノエルとエイル。そんな二人の頭を軽く撫で、ユートも夜景に目を向けた。ネオンライトや部屋明かりにより、夜でも明るく感じるアメリカの街並み。ヴェルスフィアの夜は、光源が月や民家の明かり位だ。地球に馴染みのない面々がテンションを上げるのも、無理はない。
「ねぇ、ユート。ユートは地球の文化をヴェルスフィアに伝えているでしょう? そうしたら……ヴェルスフィアも、こういう景色に変わっていくのかしら?」
プリシアの言葉。それは、どことなく寂しさを滲ませる声色だった。
「いいや、そうはならないと思うよ。伝える文化は選んでいるつもりだしね」
地球の文化を伝えるにしても、それはヴェルスフィアを発展させる為だ。地球とヴェルスフィアを全く同じにしたいわけではない。
何でもかんでも地球の文化を取り入れるだけではいけないと、ユートは自戒しているのだ……こう見えても、だ。
実はユート、正直なところ魔力駆動四輪とかはやり過ぎかな? とも思っていた。馬車で生計を立てている者達もいる……彼らの生活を脅かす訳にはいくまい。
だから世界同盟加盟国への魔力駆動四輪等は、数台に限定している。最初は各国の元首達も渋ったのだが、馬車等の既得権益の事を説明した事で納得をして貰えた。代わりにハイスペック馬車の構造を教えたのも、納得させる事ができた一因である。
ユートはアヴァロン建国の際、東西南北の開発地区にマンションを建造した。多数の難民や浮浪者が暮らせて、その動向を見守る体制として優れていたから。しかし、東西南北の開発地区に建造されたマンションは二、三棟程度である。
理由としては、それだけあれば移民対策としては十分だった事。そして、各大陸の様式を取り入れた家屋を多く建てたかったからである。アヴァロン王国は全ての大陸に寄り添う、中立国家である事を示す為に。
「アヴァロン王国から発信する地球の文化は、ヴェルスフィアを地球にする為じゃなく……ヴェルスフィアをより良い世界にする為のものじゃないとね」
「そうね、ヴェルスフィアに高層ビル群は似合わないもの」
ユートの言葉に、ファルシアムが率直な感想を告げる。地球での生を終えた後、永きに渡りヴェルスフィアを見守って来た彼女だ。その短い言葉に込められた思いは、重く深い。
「これからは逆に、ヴェルスフィアらしい文化を創り出していく事に力を注いでいきたいんだ。地球を真似るだけじゃなく、ね」
「あ、それは賛成!」
「はい、素晴らしいと思います!」
「……ん! ユート、やろう」
これからは模倣ではなく、創造する……創造神となる前に、人間としてユートが成し遂げたい事はそれだった。
容易な事ではないのは百も承知だが、ユートに不安や焦りは無い。彼には頼れる友人や仲間……そして、最愛の女性達が居るのだから。
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尚、ユート達が宿泊した部屋に向かおうとする者達が居たのだが……総じて意識を失い、その場で倒れてしまっていた。
ユートが仕掛けたトラップだ。害意のある者に、付与魔法・睡眠をかける遺失魔道具である。
愛妻達との新婚旅行を邪魔する者には、容赦のないユートであった。




