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新婚旅行/1日目

 世界中を襲ったモンスターの脅威が退けられてから、一年の月日が流れた地球。

 小さな島国である日本の首都・東京。その観光スポットである某場所に、何やらとても目立つ一団がいた。


「これが東京タワーという建造物ですか……!!」

「す、すごいですね……!!」

 東京タワーを見上げているのは、愛らしさを感じさせる顔立ちのストレートロングの美少女。そして、高貴さを感じさせる三つ編みロングの美少女だった。

 その髪の色は共に金色で、外国人だろうとすぐに察する事が出来る。実際は国どころか世界が違うのだが、文字通りの意味で。


「えぇと、正式名称は日本電波塔? というのね?」

 少し垂れ気味の目を、その手に持っているガイドブックに落とすのは赤毛の美少女。説明文を一読しては、再び聳え立つ巨塔を見上げている。女王らしからぬ様子に、隣に立つ少女がクスリと微笑んだ。

「はい。東京タワーというのは愛称です」

 その声の主もまた、黒髪セミロングの美少女だった。一年程前のおどおどした印象は消え去り、柔らかくも凛々しさを感じさせる。


「ヴェルスフィアには~、こういう建物って無いよねぇ~」

「まぁ、そもそも電波が無いからね」

 早く登ってみたい! と言わんばかりに目を輝かせている茶髪の美少女に対して、隣に立つ金髪の美少女が苦笑している。

 聞き慣れない地名のような単語・電波が無いというツッコミポイントがあるものの、誰一人としてそんなツッコミは出来ずにいる。その美貌に圧倒されているからだ。


「話には聞いていましたが、本当に凄いです……」

「ん……凄く、大きい……」

 吊り目がちの瞳を大きく見開いて、タワーを見上げる金髪ボブカットの美女。その隣に立っている後ろ髪を二つ結びにした金髪の美少女も、同意を示しながらコクコクと頷いている。

 周囲でうっとりと彼女達を眺める者達は、彼女達が義理の姉妹である事を知らない。どうやら義理の姉妹仲は良好な模様だ。


「これ程の物を、五百四十三日で建造するなんて……」

 信じられないと言わんばかりの眼差しで見るのは、素朴かつ可憐な雰囲気を纏う美女。

「獣王陛下が見たら、発狂するのではないでしょうか……」

 その隣で溜息を一つ吐いた美少女は、周囲の視線を気にしている様子である。自分の頭頂部や、お尻のあたりにある”モノ”を見咎められていないか心配らしい。


「さて、十分外観は堪能したでしょうか?」

「うんうん、早く登ろうよ!」

 柔らかく微笑んで女性達に声をかける黒髪ツインテールの美女と、今すぐにでも駆け出しそうな茶髪の美少女。

 そして、彼女達の視線はある一人の少年へと向かった。十二人の美女・美少女からの視線を平然と受け止めて、少年はニッコリ微笑む。

「そうだね、そろそろ行こうか」

 少年の名前はユート。つい先日、十二人のお嫁さんを娶ったアヴァロン王国国王であった。


「やはり、写真で見るよりも圧倒されますね」

「だねぇー! 他の建物もやたら大きいし!」

「最初、何処かの貴族街なのかと思いましたよ」

 談笑しながら一団の最後尾を歩く、ノエル・エイル・ソフィア。そんな彼女達に、チャラそうな格好をした若者集団が近付いていく。そして、声をかけようとした瞬間……。


「……うっ!?」

「ぐ……っ!?」

 若者集団は謎の圧力を感じて立ち止まってしまう。その圧力……殺気は、声をかけようとした女性達から放たれていた。

 女性達は未だに背中を向けており、その表情は見えない。だが絶対に怒っていらっしゃるのが、何故か解る。

 一般人が発狂も気絶もせずに済むレベルまで微調整された殺気に、若者達は怯んで立ち止まったまま動けなくなっていた。少しばかり、股間が湿っている者もいる。

「……程々にね」

 呆れた様子で歩いていくユートに、女性陣からの花の咲くような笑顔が向けられた。

 怯んだ若者集団を一瞥もせずに、少年と十二人の女性達は東京タワーへ向かう。


 もしも、彼女達が若者達に言葉をかけるならば……こう言っていただろう。

 ――私達の新婚旅行に、水を差す真似は許さない……と。


************************************************************


 時は遡り、ユート達の結婚式が終わって数日後。

「さぁ、新婚旅行と洒落こむか!!」

 そんなユートの言葉が、部屋の中に響いた。


 異世界ヴェルスフィアにおいて、新婚旅行という概念はこれまで存在しなかった。当然といえば当然の話で、そもそもヴェルスフィアにおいて旅とは命の危険を伴うものだ。魔物や猛獣・盗賊が牙を研いで、獲物たびびとが通るのを待っているのが世界的な常識。

 故にヴェルスフィアで旅をするのは、他国や国内に用事がある王侯貴族・商人くらいだ。無論、相応の護衛を連れて……である。

 一般的な町民や村人はそもそも旅などしないし、出来ない。唯一の例外が、冒険者や探索者である。


 最も、今回旅をするのはヴェルスフィアではない。

「地球に行くのは二度目ですね」

「はい、先日はディスマルク討伐と地球防衛でしたものね」

 アリシアとリイナレインが、期待に満ちた様子で談話する。

 そう、行先はユート(前世)やメグミ、ファルシアム(前々々世)の生まれ育った地球であった。


「ですがユート様、私の耳は目立ってしまうのでは……?」

 リアルバニーガールであるアイリが、自分のウサ耳に触れながら眉尻を下げる。しかし、ユートからしてみればそれは大した問題ではない。

「心配ないよ、これがあるだろう?」

 取り出したのは、光魔法を駆使して制作した変装用遺失魔道具アーティファクト偽りの顔フェイクフェイス”。

偽りの顔フェイクフェイスを使って外見を変えられるからね。あっちで観光するにはもってこいだ」

「成程……それなら問題はなさそうですね」


 ちなみに、この新婚旅行は六泊七日を予定している。しかしアヴァロン国王やエメアリア女王が、一週間も不在というのはよろしくない。

 その為世界門の鍵ワールドゲートキーを使って出発し、七日間の新婚旅行の後に出発直後に戻る事にしている。最早、何でもありだ。

 余談ではあるが、ヴェルスフィアに週という概念は無い。


「折角だから、観光名所をこれでもかってくらい回りたいね」

 そう言いながら、旅行ガイドブックのページをめくるユート。見ているのは、勿論ヴェルスフィアではなく地球のガイドブックだ。誠也に頼んで持って来て貰ったのである。

「ユートさん、これは……何ですか?」

 ノエルが指差したのは、東京タワーであった。


************************************************************


「高さが日本一というイメージが強いんだけど、実際はスカイツリーに越されちゃったんだよなぁ」

 展望台へと向かうエレベーターの中で、ユートが外を見ながらそう嘯いた。

 尚、他の乗客は居ない。創造神に内定したユートと、その妻たる十二人の女神が放つ存在感に気圧されてしまったのだ。


「すかいつりー? というのは……」

 首を傾げるアリシアに、メグミが微笑みながら解説を始める。

「数年前に建造された似たような建造物です。電波塔としては世界一になります」

「それでも東京タワーに、これだけの人が集まるんだからなぁ。やはり東京の象徴の一つとして、根強い人気を誇っているんだよな」

 エレベーターから外を眺めるユートが感慨深そうにしているので、嫁勢も同じように外を眺める。

 眼下に広がる東京の街は、ヴェルスフィアで生まれ育った面々の目には新鮮に映るらしい。皆が皆、食い入るように街並みを見つめていた。

 そんな愛する嫁達を見て口元を緩ませたユートは、この後の予定に思いを馳せる。東京タワーと言えば、やはりアレだろう。

「東京タワーの展望台で一番人気なのは、やっぱり()()()だろうな」

 ガラス張りになっているアレである。しかし、ユートは重要な点を失念していた。

「でも、ユートさん。このメンツが、あれに一喜一憂すると思いますか……?」

 メグミからの鋭い指摘。ユートはよくよく思い出す。


 ――魔導兵騎で空を駆け、女神化して天を舞う、天空王国の王妃達。


「足元の床材が無いくらいで、テンション上げないか」

「正直、私としても今更感があります……」

「うん、よくよく考えてみたら僕もだわ」

 ユートとメグミのやりとりに、首を傾げるヴェルスフィア出身者達。キリエとファルシアムだけが、二人の会話の内容を理解していた。


 ……


「成程、ユート君が言っていたのはこれの事ですね」

 床面に設えられたガラス張りの床に、アリシアが納得する。尚、彼女の特徴の一つである蒼銀の髪は金色になっている。これは無論、偽りの顔フェイクフェイスの効果だ。

 金髪はまだ外国人観光客で通るが、蒼銀の髪や銀色の髪・桃色の髪はそうそう居ない。画面の向こうには結構居るのだが……。

「ん、浮遊殿と一緒……」

 同じくクリスティーナも、ユートが制作した遺失魔道具アーティファクトの一つである”浮遊殿”の透明床のルーツに思い当たった。

 今ではヴェルスフィアの王達も透明床に慣れて来たのだが、最初の頃は大層驚いていた。その頃の事を思い出して、クリスティーナは口元を緩ませている。


「でも、ヴェルスフィア中の人が飛べるわけではありません」

「そうですね、こういった施設があるのならば、観光スポットとして人気が出るのではないでしょうか」

「入場料と……そうね、展望台に軽食やカフェ等を設置すれば……」

「どうせなら、アヴァロンだけじゃなく他の国にも……ウチとか」

 リイナレイン・アリシア・ファルシアム・プリシアが表情を引き締めながら会議を開始した。地球の良い文明を、ヴェルスフィアで再現する……それは、アヴァロン王国の方針でもある。

 しかしユートとしては、それに苦笑して待ったをかけざるをえない。

「……折角の新婚旅行だ。公務の事は置いておいて、純粋に旅行を楽しんだらどうかな?」

 その言葉に、四人がウッ……と小さく呻く。そう、今回の旅行は新婚旅行なのだ。地球を視察しに来たわけではない。

「そうですね、会議はアヴァロンに戻ってからいくらでも出来ます。今は純粋に楽しみましょう?」

 愛すべき旦那様と嫁筆頭であるキリエの言葉に、四人は苦笑しつつ頷き返した。


「お兄ちゃん、この後の予定はどうなってるの?」

「折角だから色々な文化を体験して貰いたいんだよね。だから、次は水族館に行くよ」

 尚、エイルのユートに対する呼称は“お兄ちゃん”のままである。神竜な嫁曰く、それが一番しっくり来るのだそうな。

「すいぞく……かん~? って何~?」

 首を傾げるヒルドに、ユートが苦笑する。ヴェルスフィアに水族館が無いのは、既に確認済みである。

 ユートやキリエ・メグミ・ファルシアムは、折角だから現地まで詳細を明かすのは控えよう……と思っていたのだが。

「すいぞく……? 水賊!? 海賊みたいなものですか!?」

 ソフィアが素敵な勘違いを始め出した。

 そういえば海賊には会った事が無いな等と、暢気な事を考えつつも訂正を入れるユート。

「いやいやいや、水に住む生き物の動物園みたいなモノだよ」

 しかし、ヴェルスフィア生まれの面々はピンと来ない様子だ。

「どうぶつ……えん?」

「あ、これも通じないのか!!」

 地球では動物園や水族館はメジャーな施設なのだが、やはり異世界では存在しないらしい。


************************************************************


 そして、水族館に向かう道中。ユート達に水族館や動物園について教わったヴェルスフィア勢なのだが……。

「つまり……稀少な生き物や凶暴な生き物を、安全に観察できる施設なのね?」

 プリシアの身も蓋もない言い方に、他の面々も頷いている。そんな淡白な感じではないと思いつつも、ザックリ言うとそんな感じなのでユートはコメントを差し控えた。


「それって、楽しいんでしょうか……?」

 動物園や水族館で何を楽しめばいいのか解らないアリシア。

「ですが稀少な生き物を見られるのは、良いと思います」

 見た事もない生物を間近で見る事を少し楽しみにしているアイリ。

「学術的好奇心は満たされると思いますが……」

 難しい顔で首を捻っているリイナレイン。

「ですが、デートする場所としても最適というくらいですし……」

 デートスポットである事に価値を見出しているソフィア。

「そうですね。人気の施設らしいですから、それ相応の魅力があるのではないでしょうか」

 未知の施設に心を躍らせている様子のノエル。

 彼女達はどちらかというと理論派というか、動く前に考えるタイプである。


「ねーねー、私も稀少な生き物かな?」

「ヴェルスフィアでもー、唯一の神竜だしねー!」

「……地球、竜は居ない……」

 己が身の稀少さをアピールするエイルに、それに乗っかるヒルド。そんな二人に呆れ顔を向けるクリスティーナ。

 そのやり取りを見て、ユート・キリエ・メグミは動物園の檻に閉じ込められた神竜バハムートを想像して……瞬時に檻を破壊する姿が脳裏に浮かんだ。

 理論派と言い難い彼女達は、あえて言うならば直感タイプとでもいうべき面々だ。


「まぁ、見て体験するのが一番でしょうね」

「見てみれば印象も変わると思いますよ」

「そうそう、まずは実際体験してからにしましょう?」

 キリエ・メグミ・ファルシアムの言葉に、他の九人が頷く。


 ……


「……ふわぁぁ……」

「これは、壮観ー!!」

「海の生き物が、こんなに近くに……」

「まるで海の中に居るようです!!」

「ね!! ね!! これすっごいね!!」

「成程、これは確かに見事です……!!」

「海に潜らないで、海中の生き物を見られるのですね……」

「泳げなくても、大丈夫……」

「確かに凄い……とっても綺麗……」

 口々に感想を漏らす嫁達に口元を緩ませるユート。地球に縁のあるメグミ・ファルシアムや、天使故に地球の知識も持ち合わせているキリエも微笑みながら九人を見ていた。


「これをうちの国で実現する事は……コストが掛かりそうだけど、観光名所になれば元は取れるかしら……?」

 つい先程まで「ふわぁぁ……」といった感嘆の声を漏らしていたはずのプリシアが、女王の目になっていた。

「今は純粋に楽しみな、プリシア。その件については、後でいくらでも相談に乗ってあげるから」

「あ……そ、そうね! 今は新婚旅行中だものね!」


 ……


「ユーちゃん、新婚旅行でこれを見に来るのはどうかと思います」

「そう言わないでよ、キリエ。それにほら、見てみなよ」

 とある巨大な像を見て、テンションを上げるヴェルスフィア勢+ファルシアム。

「巨大な魔導兵騎ですか、これ!?」

「ま、まさか乗れるの!?」

「……緑の光、綺麗」

「変形した! 変形しましたよ!」

「ほ、本当に魔法を使っていないんですよね!?」

「私が生きていた時には、こんなの無かったはずよ……流石、クールJAPAN……」

 そう、見に来たのは某機動する戦士のオブジェである。

「いやぁ……生前に見たい見たいと思っていたんだけど、後回しにしててね? その結果、見れずに転生しちゃった訳だからさ。未練を一つ晴らしておこうかと」

「ガン〇ム見るのが未練だったんですか!?」

 ユートの言葉に、流石のキリエもツッコミを禁じえなかった。


 ……


「それにしても、凄い人だかりですね……」

「流石、都市だよね。こんなに人がいるなんてさ」

 ウィンドウショッピングでもするかと、のんびり街並みを歩くユート達。

 道行く人が立ち止まり、擦れ違う人が呆気に取られ、離れた場所で十三人の一行を視線に収めた人が食い入るように見つめる。それだけ、目立つ一行なのだが……決して、声を掛けるような勇者は居ない。

 理由は簡単、女性陣から漏れ出る幸せ全開オーラ……そしてユートが身に纏う、強者のオーラとでもいうべきモノ。要するに、近寄り難いのだ。


「すげぇ美人集団じゃね……?」

「やべぇ、美し過ぎる……」

「あの娘達、モデルか何かかな……」

「もしかしてお忍びで来日した芸能人かしら……」

「あの男、何者だ……?」

「ハーレムか? まさかハーレムなのか!?」


 そんな周囲の声を聞き流し、ユートは周囲に視線を巡らせる。

「そろそろ、食事にしたい所なんだけど……何か食べてみたい物とかはある?」

 ユートの言葉に、女性陣は考えを巡らせるのだが……コレ! という物が思い浮かばないようだ。

「ユート、任せる……」

 クリスティーナの丸投げに、ウンウンと同意する女性陣。そんな嫁達に苦笑しつつ、ユートは考えを巡らせる。

 折角の新婚旅行だ。愛する彼女達に喜んで貰いたいと思うユートとしては、美味しくて楽しめる場所に連れて行ってあげたいと思う。


 まず、フードコートの様な場所は無理だろう。今の状況を鑑みると、無関係な者達の視線が常に付き纏うだろう。王妃となった彼女達は見られる事も仕事の内ではあるが、現在はただの旅行者だ。そんな責務、今は忘れて欲しい。

 また新婚旅行で、ファミレスやファーストフード店というのは無いだろう。流石に安い店で済ませるのは、彼女達に申し訳ない。

 しかしヴェルスフィアに無く地球にある物となると……そこまで考えて、ユートは閃いた。

 やはり日本の代表的な文化であり、ヴェルスフィアに無いある習慣を味わって貰うのが良いだろう。


 ……


「ご主人、ウニの軍艦をお願いします」

「はあぁ……このマグロというお魚、美味しいですね!」

「美味しい……これがスシという物なのですね」

「最初は疑ってしまいましたが、成程……これはとても美味です」

「日本の、伝統……凄い」

「クリスさん、この鰤のお寿司も美味しいですよ」

「色々なネタ? があるんだね。えっと、エビお願いしまーす!」

「んー! このイクラっていうの面白いー! プチプチってするー!」

「お魚は煮るか焼くという考えが強かったんですが……」

「これは新食感……あっちで再現出来るのかしら」

「ヴェルスフィアでも食べられたら、とても嬉しいですね」

「そこのとこ、どうなのユート君?」

「僕も考えたんだけどね。魚の鮮度を保つ必要があるし、やはり寿司職人さんみたいに専門的な技量が無いと難しいよ」

 そう、日本人がこよなく愛するジャパニーズフード”SUSHI”である。ヴェルスフィアでは生魚をそのまま食べる習慣は無いので、折角だから未知の体験をして貰おうと寿司屋を選んだのだった。


 ちなみにユートは、過去に握り寿司を再現しようとした事がある。結果は失敗だったが。

 鮮度については問題ない。宝物庫の指輪ストレージは収納した物の時間を止めるので、鮮度抜群で保存が可能なのだ。

 つまり、失敗したのは技量である。それなりに料理をした事があるユートだが、やはり寿司は一筋縄ではいかなかった。魚の美味しい部分を綺麗に捌いたり、シャリを絶妙な力加減で握ったりという点で躓いたのだ。

 そんな珍しいユートの失敗、唯一キリエだけが知っている。その為、眉間に少しだけ皺を寄せるユートを見て口元が緩んでいた。


 そんな賑やかかつ和やかに、寿司を堪能する十三人の客。店主や板さん達は表面上は何ともない風を装っているが、疑り深い目を向けている。

 それも仕方のない事だろう。何せ、未成年と思しき少年一人。更に、同年代か少し若いくらいの少女達……それもとびきりの美女・美少女が、十二人。

 すなわち……お勘定、大丈夫? と言いたいのだ。


 さて……寿司に夢中になっているエイルは置いておくとして。元日本人、そして感情を色で視抜く竜眼を持つユートである。店主や板さんの内心などお見通しだ。

「そうだ、父さん達にもお土産を買っていってあげたいな。大将、持ち帰りで寿司特上を二人前お願いします」

「……あいよ。五万二千円ね」

 徐に鞄から財布を取り出したユートは、その中からお札を取り出す。明らかに、大量の札束である。信じられない……という表情の店主に、ユートがニッコリと笑う。

「お勘定の時にお土産を受け取る形で良いですか? あ、料金は先払いで」

「あ、あぁ……構わないが……」

 明らかに、未成年の少年が持つ金額ではない。故に、店主は一層疑いの目を向けるのだが……。

「まだ食べれそうだな。大将、大トロお願いします」

 店主の視線を受け流し、平然と寿司を注文する少年。とりあえず、レジの方に居る奥さんにこっそり偽札じゃないか確認するように言っておいた。

 尚、この大量の札束は勿論ニセモノでは無い。こっそりと地球に渡り、上谷優人としてヴェルスフィア産の金塊等を売却したのだ。

 最もその金塊、採掘した物ではない……ゴールド・ゴーレムの残骸である。尚、ゴールド・ゴーレムの残骸は素材としての価値は非常に高い。ヴェルスフィアでも高値で売れる、純度の高い黄金だったりする。


 ……


「うぅん、やっぱお寿司は職人さんが作るのが一番だね!」

 たっぷりお寿司を堪能したユート達。支払いはかなりの額だったのだが、ユートはそれをポンと支払った。

 そして土産の特上寿司二人前を入れた袋を差し出す店主に、ユートが小さな声で告げる。

「実は彼女達の内、数名は遠い国の要人なんです。チップをお支払いするので、彼女達がここに来た事はどうか内密に……」

 ユートが少しだけ戦闘時の様な雰囲気を纏いつつ、そんな事をのたまった。


 確かに遠い国だ……異世界だし。要人と言えば要人だろう……王と王妃な訳だから。数名という所だけ嘘で、実際はユート含めて全員である。

 しかしユートの雰囲気と、少女達の内数名の雰囲気に……店主は納得した。してしまった。何せ、その視線の先には元・貴族令嬢(現王妃)や現役の女王(兼王妃)が居るのだから。


「素晴らしい食事でした。また来日する際は、是非立ち寄らせて下さい……では」

 颯爽と歩き出すユートに、店主はポツリと呟いた。

「……あの兄ちゃん、どっかで見た覚えがある気が……?」

 まさか一年前……邪悪な神を討伐した張本人であるとは思いもしない店主は、しきりに首を傾げる事しか出来なかった。

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