02-08 鍛錬/獣王
これまでのあらすじ:悪魔族に遭遇したが、逃げられてしまった。
ユサユサと、身体を揺すられている感覚。その感覚に、夢のそこに沈んでいた意識が浮上していく。
重い目蓋を開くとぼやけた視界の中に、灰銀の髪と兎の耳が写り込んだ。
「アイリ……?」
「はい。おはようございます、ご主人様」
目元を擦り、気怠い体を起こす。
「起こしに来てくれたのか」
確か、夜明け前にベアトリクスさんの屋敷に帰って来たはずだ。仮眠を取ろうと、宛がわれた部屋で寝たんだっけか。
「はい、ベアトリクス様が朝食の支度が出来たからと」
「それは手間を掛けさせたね、起こしてくれてありがとう」
ベッドから起き上がり、宝物庫から着替えを取り出す。
「それでは、私は外でお待ちしていますね」
「うん、すぐ行くね」
アイリが部屋を出たのを確認し、手早く着替える。用意されていた桶と手ぬぐいで顔を拭き、鏡で寝癖をチェックしたら準備完了。部屋を出ると、アイリが前言通り待っていてくれた。
「お待たせ、行こうか」
「はい、ご主人様」
僕の数歩後ろを歩くアイリ……なんか、メイドさんみたいだなぁ。
……
朝食の席で、ベアトリクスさんが僕達に今後の事を話してきた。
「今日、王都に行ってくるからな。獣王との密会の約束を取り付ける為にな」
元よりベアトリクスさんは商人だ。その為、商品を積んだ馬車で王都に行く事に、違和感は無い。
獣王に会いに行くのも、王都に行ったら恒例行事なのだそうだ。
「お願いね、ベアトリクスさん」
「あぁ、任せな! でだ、お前らはお尋ね者だから外には出られねーだろ? どうするつもりだ?」
この辺りにも、僕達の手配がかかっていると思うべきだ。そうなれば外に出るのは愚の骨頂、匿ってくれているベアトリクスさんにも、迷惑をかける事になる。
その為、僕にも考えがあった。
「日中は、四人の鍛錬に充てるつもりだよ。今日は実践だね」
「実践ってお前……あっ、孤島に行くのか!」
「そのつもり」
そう、僕達が育った孤島なら、周囲の視線を気にせず鍛錬できる。
「私も連れてけよーっ!!」
「獣王に話し付けるんじゃないの!?」
ベアトリクスさんが僕に飛びついてくる。見た目は若いから、いきなり飛びつかれるとびっくりするんだよ。
「レオとアリアに会いたいんだよ、前に会ったのは三カ月くらい前なの!」
「解った解った、この件が片付いたら連れてくか連れてくるから!」
「絶対だな!? 絶対の絶対だからな!?」
子供かっ!!
……
駄々っ子と化したベアトリクスさんを見送った後、僕達は準備を整える。
「それじゃ、これから転移魔法で僕達の生まれた家に行くよ。今日はそこで、遺失魔道具の実践訓練だ」
「「「「はいっ!!」」」」
良い返事だね! よし、それでは門弾先生、お願いします!!
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孤島に辿り着いた時、四人は呆然としていた。
「ほ、本当に一瞬で転移したんですか……」
あぁ、頭で理解するのと体験するのは、別物だからなぁ。実際に転移を体験して、びっくりしたのか。
周囲をキョロキョロと見回す獣人達に苦笑していると、声がかかった。
「おっ、ユート! また随分と仲間を連れて来たんだな?」
「やっ、父さん。釣れた?」
父さんは釣り竿片手、釣り籠片手に海の方から歩いて来た。朝釣りでもしていたようだ。
「まぁまぁだなー、キリエみたいには釣れねぇわ」
「姉さんの場合、何もしなくても魚が寄ってくるからね」
魚に好かれる天使って……。
「おっ、アリスもいるな!」
「ご無沙汰しています、レオナルド様」
「堅いって、もっと気楽でいいんだぜ? それで、そっちの獣人は仲間か?」
「うん、仲間だよ」
そう返答して、これまでの経緯を踏まえて四人を紹介していく。
彼等には僕の父親=勇者レオナルドだと教えているので、大分緊張している様子だった。しかし、そんな事は露知らず……。
「そうかそうか、何かトラブルに巻き込まれてるみたいだが……まぁ、ユートが何とかするだろ!」
そうのたまった父さんが、僕の肩をバシバシ叩いて来る。痛いからやめろよぅ……。
その後、洗濯をしていた母さんにも四人を紹介し、何だかんだで昼飯を皆で食べる事になった。
……
昼飯の後で、僕達は動き回るのに丁度良い広い草原に来ていた。
「さぁ、鍛錬だ! それじゃあ、全員準備はいいかな?」
「「「「はいっ!」」」」
よしよし、良い返事だ。
「それじゃ、屋敷に戻るまでの残り時間は五時間。その内四時間を、君達の鍛錬に充てるよ」
内容は簡単、僕達との模擬戦である。
模擬戦を開始すると、獣人達はその身体能力を駆使して攻撃を繰り出して来る。しかし、身体能力だけでは意味が無い。そこを指摘していく。
「クラウス、魔力を節約しないとすぐに枯渇するぞ? 攻撃の瞬間だけ魔力を流すようにやってみるんだ」
「うす!!」
「ジル、盾で正面から力比べしても、君の体格では押し負ける。盾を利用して攻撃を受け流すんだ」
「はいっ!!」
僕はクラウスとジルの相手をしている。
獣人族というのは、元々のスペックが高いお陰か、すぐに順応していくな。あるいは元々、彼等に戦闘適正があったのかもしれない。
「アイリさん、二刀流の持ち味は手数の多さです。しかし振り回せばいいというものではありません、片方に気を取られている隙に、もう片方を死角から……というように意識して下さい」
「はい! 手数を多く……無駄を省いて……隙を突く様に!!」
「そう、いいですよ。その調子です」
アイリの相手は姉さんだ。流石に銃の方は使ってない。
兎獣人は足腰が強いらしく、アイリは動き回っても息切れしていないようだ。ヒット&アウェイの戦法が合うようで、今はその練習中みたいだな。
「撃つです〜!」
ショートボウの射撃訓練をしているメアリーには、アリスが付き合っている。
「魔導師も弓使いも、狙っている時や攻撃の瞬間に足が止まりがちですから、注意が必要です。また、狙う相手にも優先順位がありますから、味方と敵の戦力を把握する必要があります」
「覚える事いっぱいです〜!」
そう言いながら、実際に銃や矢を撃ち合っている二人。勿論、アリスはペイント弾だし、メアリーも先端がゴムの矢だ。
その後、各自に僕が持つ銃を使った射撃訓練もさせる。
ハンドガン、ショットガン、マシンガン、バズーカ砲等、一通りの銃を撃たせていく。消費する弾を補充する為、同時並行で”自動生産工場”フル稼働だ。
更に魔力を使う事を身体に覚えさせるように、遺失魔道具を連続使用させてみる。魔力枯渇の辛さは、結構身に染みて解ったようだ。
うまく身体に力が入らず、動かそうとしても重い感覚……あれ、インフルエンザにかかった時みたいな感覚なんだよなぁ。
最後に、体力と魔力を回復させた後で、四人での魔物討伐訓練。教えた事をしっかり実践できた四人は、苦もなく猪や熊の魔物を狩っていた。
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鍛錬を積んだ翌日。ベアトリクスさんの屋敷で待機していると、一台の馬車が門を潜って来た。屋敷の主、ベアトリクスさんの馬車だ。
僕達は馬車に向け一列に並び、そこで跪く。一国の王を呼び付けたのだ、これくらいはしないとね。
馬車から降りて来たベアトリクスさんが、同じように地に膝を付いて跪く。
「お主がユートか」
その男は……マッチョだった。
赤い鬣の様な髪型に、揉み上げと一体化した顎鬚。ブリック王子と同じライオンの耳と尻尾がある。そこまでは良いのだが、目の前の男は身長が二メートル程もある巨漢だ。
そして、鍛えに鍛えられた筋肉!! 着ている服を押し上げるような筋肉!! その服、サイズ直した方が良くないでしょうか!! ぱっつんぱっつんですぞ、王よ!!
「貴様、先日の人間族!!」
頭の中で変な事考えているのがバレたわけではないだろうが、馬車に同乗していたらしいブリック王子が僕を見て怒りを露わにする。
「私がユートでございます。お目にかかれて光栄です、獣王陛下。先日は大変ご無礼を致しました、王子殿下」
僕の態度に、ブリック王子は歯軋りが聞こえそうなほど歯を食いしばっている。
「ふむ、ベアトリクスから聞いている。余に話があるとの事だが?」
「はい。獣王国で起こった影の事件、その背後にいる悪魔族なる存在と、奴らが目論んでいる計画をお伝えしたく、無礼を承知でお越し頂いた次第です」
「父上を呼び付ける無礼に加え、己の罪を逃れる為に嘘を吐くか! だから人間族は信用ならんのだ!」
一々、割って入ってこないで欲しいなぁ。僕が話をしたいのは、獣王陛下なんだけど。
「余の耳には、お主が我らの同胞を殺したと届いている。違うと申すのだな?」
「父上、そのような戯言に耳を貸す必要はない! この人間族を、この場で処断しましょう!」
ふぅ、ここまで喧嘩腰で来るなら、遠慮しなくてもいいか。
「王子殿下、僕が獣人を殺害したという確たる証拠があるような物言いですね。なら、こっちも身の潔白を証明する為に、容赦なく言わせて貰いますが」
立ち上がって、獣王陛下とブリック王子を真っ直ぐ見る。姉さんを除く全員が、「何してんのお前!?」という顔をしている。姉さんは笑顔である……ブレないな。
「誰が立って良いと言った、人間!!」
「誰が許可を求めたよ、ライオン王子」
鋭い眼光を向けるブリック王子だが、その程度の眼力でうろたえる僕ではない。
「お主が殺したのでなければ、国の兵士の証言は偽りだと言うのか」
「いえ、結果を見ると僕が殺したように思われる状況だったのです」
「口から出まかせを! お前が影を操って王都の民を襲わせたのだろう!」
「影に襲われていた王都民を助けたつもりが犯人扱いか、笑えないね。というか、獣王陛下と話しているんだ。黙っててくれよライオン王子」
「口を慎め、人間!!」
「態度がでけぇんだよ、ドラ猫が」
互いの視線がぶつかりあい、火花が散りそうだ。これがマンガやアニメなら、確実に散っている場面だろう。獣人達がアワアワしている。アリスは既に諦めた表情だ。
「悪魔族とやらが黒幕と言ったが、その証拠はあるのか」
「ございます」
ニヤリと笑い、左手の人差し指に嵌めた指輪を翳す。
「証拠となる“悪魔の果実”という物品を、この遺失魔道具の中に回収してあります。悪魔族には逃げられましたが、追う手段も用意致しました」
「貴様がそれを使って影を生み出していないと何故言える!!」
「察しが悪いな、やっぱり脳筋か? それを確認する手立ても用意してあるって事だよ、単細胞ネコ」
「愚弄するか、人間!!」
「ちょっと黙れよ、脳味噌筋肉」
宝物庫から銃剣を取り出す。
「さっきから人を犯人扱いして、ゴチャゴチャとうるせぇんだよ。俺が話をしてるのは獣王陛下だって言っているだろ。ケンカなら買ってやるぞ、図体ばかりでかいバカ猫を厳しく躾けてやる」
「吠えたな人間族! 身の程と言うものを思い知らせてやろう!」
一触即発とはこの事か。互いにいつでも動けるように腰を落とす。
しかし、そんな空気は払拭された……鉄拳で。
――ゴンッ!!
「あだぁっ!!」
――ゴンッ!!
「ぐぬぅっ!!」
「いい加減にしろテメーら! 話をする為に来たんじゃねぇのか!」
脳の芯に響いたんじゃないかと思うほどの、強烈な拳骨。これが“拳聖”の拳か!
「ベアトリクス、お前な、これでも俺は王子だぞ!?」
「王子ならちゃんとしやがれ! どうしてもっていうから連れて来たんだぞ! それに、コイツは私の身内だって言ったよな! 忘れたかこのウスラ馬鹿!」
王子に対して、容赦ねぇな。
「お前もだよバカユート! 一応こんなでも王子だぞ! 王族だぞ! アンドレイみたいにユルいと思うなよ! 何で挑発してんだよお前は!」
矛先がこっちに来たわ。
「喧嘩腰で来たら喧嘩腰で返すのが、俺の主義だ!」
「捨てろ、そんな主義! いいか、話をするっていうから、私が無理言ってバナードを連れて来てやったんだぞ! なのにその息子を挑発してんじゃねえよ!」
「実力行使するつもりだったんだよ!」
「貴様、それ絶対に腕っ節でモノを言おうとしていただろう!」
「よく解ったな? やっぱり得意か、肉体言語」
「チマチマとした会話を続けるよりはな!」
「だよね〜、わかる〜!」
「何で意気投合し始めてんだ、お前ら……」
深く溜息を吐いて、ベアトリクスさんが間に座る。
「いいか、これはミリアン獣王国の未来と、ユート達の未来。双方にとって大事なもんがかかっているって事を理解しろ。その上で、冷静に! 穏やかに! 相手の言う事を聞いて! 話し合え! わかったか!!」
「「イエス、マム」」
一呼吸置いて、僕達は向かい合って立つ。とりあえず、宝物庫から“悪魔の果実”を取り出す。
「獣王陛下、コレが先程話しに出た“悪魔の果実”です。これ自体は僕の左目で解析しても、詳細が解らない特殊なモノのようですが」
「左目? どういう意味だ、お主には何か特別な力でもあるのか」
あ、そこからね。
「この左目は義眼で、僕が作った遺失魔道具です。ちなみに、僕の話の信憑性を信じさせる為に、こちらを用意しました」
続けて宝物庫から取り出したのは、眼鏡である。それを獣王に差し出す。
「ガラスか? これをどうしろと言うのだ」
「こう、目を覆うようにかけて見て下さい。僕の左目に付与した“解析”を、その眼鏡にもかけてあります」
恐る恐る僕のジェスチャー通りに眼鏡をかける獣王。すると、目が見開かれた。
「す、凄いなこれは! この、表示されている情報は、そういう事なのか!?」
「えぇ、そういう事ですね」
「ふむぅ……しかし、詳細の殆どが“不明”となっている。コレは何なのだ」
「詳細は知らないから、不明の理由も解らないのです。僕も解析を使って長いのですが、こんな表示を見るのは初めてですね」
続けて、獣王は僕、そして姉さんやアリス、獣人達を見る。
「……ふむ」
恐らく、賞罰を確認したんだろうな。本当に僕達が獣人を殺害したならば、賞罰に“殺人”がつくからね。
「お主達は無実だ。この獣王が、お主達の手配を即座に解除する事を約束しよう」
「父上!?」
おっ、あっさり認めたな。確かに、高潔な武人って感じだね。
「お主の話はよく解った、改めて話の続きを聞かせて貰えぬか」
ようやく、話が進む。だからこっち睨むなよ、単細胞ネコ。
……
僕は一通りの経緯を説明する。最期に、遭遇した悪魔族についても話しておく。
「悪魔の果実をバラ撒いていた悪魔族とは一度交戦しましたが、隙を突かれて逃がしてしまいました」
「ふむ、それは残念だな」
「それについては弁解のしようもございません。ですが、情報は得られました。そいつは獣人達に悪魔の果実を喰わせ、人型の影にした後で東と南を繋ぐ大橋から、人間族の大陸に攻め込もうと企んでいるらしいのです」
情報ソースは鼠獣人だけど、怒りそうだから言わないよ!
「……人間族の大陸に、か」
「大橋の先はイングヴァルト王国……そこにいるアリスの故郷ですし、僕達の友人や親戚も住んでいます。とても看過出来ません」
そこで、更に宝物庫から製作してた物を取り出した。
「そこでコレです。これがミリアン獣王国の地図、魔力を流せば果実を持っている者を白い光点で表示できる。影になってしまったヤツは黒い光点です。理想としては、影になる前に果実を回収し、悪魔族を捕らえる……ですね」
「成程。そういう事であれば、獣王国としても異論は無い。我が国の民を扇動し、殺し合いの道具にするなぞ看過できぬ」
これなら、話はまとまりそうだな。
「その遺失魔道具だが、実際に使ってみても良いだろうか?」
「ええ、勿論」
やはり王ともなれば、遺失魔道具を使った事があるのかな。獣王はスムーズに魔力を流し、遺失魔道具を起動させた。
「おぉ……む? これは……」
「……何だ、何故こんな事になっている?」
黒い光点が、ある。既に、影と化した連中が現れたようだ。
しかし数が非常に多い……百人どころか、千人はいくんじゃないか?
その全てが、ある場所に向けて移動しているのだ……ミリアン獣王国の王都、レオングルに。




