02-06 逃亡/ベアトリクス
これまでのあらすじ:影を倒したら、殺人容疑で追われる身となりました。それでも、僕は(実際には)やってない。
馬車は猛スピードで王都を走り抜けていく。
「流石姉さん、ナイスタイミングで来てくれたよ」
「”腕輪”のお陰ですね」
状況は逐一連絡していたからね。
「ご主人様……その、獣人族としてお詫びさせて下さい、申し訳ありません」
悲痛そうな顔で頭を下げるアイリ。獣人達が僕を糾弾したのを、皆も見ていたようだ。
「別に気にするなって、アイリ。この程度の事で獣人族を嫌いになったりしないさ。ただ、人間族との確執は深そうだし、何だかなぁ……」
関係改善を出来ればいいんだが、個人には荷が重いのは確実だ。第一、僕は付与魔法か遺失魔道具製作しか能が無いしな。
そんな時だった。馬車を追い掛けるように迫る赤い光点が、一つ。
「姉さん、そのまま王都を突破するつもりで動いてくれ。何者かが追跡して来ている」
「解りました」
「皆は念の為、戦闘に備えてくれ。出来れば戦わせないつもりだが、物事に絶対は無いからね」
「私達も戦えます!」
アイリが鞘に収まったダガーを手にして言うが、僕は首を振る。
「同族と戦うなんて、悲しいだろ?」
「……ご主人様」
「安心しろって」
アイリの頭を撫でて、箱馬車の後部へ向かう。
「獅子の獣人か?」
迫って来るのは、明るい茶髪をライオンヘアーにした、ガタイのいい筋肉質の男だ。顔立ちも、それに相応しい体育会系って感じか。耳と尻尾から、多分獅子の獣人だろう。
「獅子の獣人……? まさか!」
クラウスが僕の肩口から、背後に迫る男を見る。
「ブリック殿下!! バナード獣王陛下の第一王子、ブリック殿下だ!!」
「殿下が!?」
「そんな~!!」
うん、“真実の目”でも、そう表示されているな。王子が単身で追って来ているって、どういう事だ。
「ブリック殿下は武闘派で、バナード獣王陛下以外には負けた事が無いんです!」
「ほぉー」
どれどれ……うん、ステータスも僕を軽く凌駕してるわ。
「逃がさんぞ人間っ!! この国でっ!! 俺から逃げられると思うなよっ!!」
怒声を上げて、馬車の百メートル後ろまで迫っている。
「かなりキレてるな。どう無力化したもんか……」
一応、色々と方法はあるんだけど、出来れば傷付けずに無力化したい。そうすると……。
「アレで行くか」
銃剣に付与魔法を施している銃弾を篭める。
「悪いなブリック殿下、捕まる気は更々無いんだ」
――パァンッ!!
ブリック殿下の足元に撃ち込まれた銃弾が弾け、地面に魔法陣を広げる。
「“門弾”……亡くなった同胞を、まずは葬ってやってくれ」
落とし穴のように地面に広がった魔法陣に、ブリック殿下はストーンと落ちていく。接続先は、先程念の為に地面に落として放置した門弾だ。ちょっと地面に埋め込んでおいた。
「王都の門が見えました、突破していいんですね?」
「あぁ、頼む」
何事かと慌てて武器を取る兵士達だが、ハイスペック馬車の速度は伊達じゃない。時速六十キロメートルくらいで迫る馬車に轢かれては敵わないと、兵士達は慌てて避ける。
僕達はそのまま、王都を脱出した。
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【称号】逃亡者(NEW)
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王都から五十キロメートル程離れた位置で、僕達は野営をする事にした。
そこで、僕はまずアイリ・クラウス・ジル・メアリーに頭を下げる。
「ごめん。僕の行動の結果、君達を解放する事が出来なかった」
僕の行動に、四人は面食らっている。
「頭を上げてくれ、ご主人様!」
「そうです、ご主人様に落ち度はありません!」
まず、クラウスとジルが駆け寄って、僕の肩に手を置いてくれる。
「むしろご主人様が頑張らなかったら、被害者は増えていたと思いますよ~?」
イヌ耳をペタンッと伏せながら、メアリーが言う。
そして。
「確かに、約束は守られませんでしたね」
「「「アイリ!?」」」
ピシャリと僕に向けて冷たく言い放つアイリ。他の三人は意外だったのか、信じられないものを見たとばかりにアイリに顔を向ける。
アリスは反論したそうだったが、それを姉さんが諌めた。
「キリエさん……!」
「これは彼等とユーちゃんの対話です、アリスさん」
姉さんの言葉に、アリスも渋々引き下がる。
「ですが、ご主人様は王都の人を、そして街を……私達の故郷を守ってくれました。そして今、こうして私達に頭を下げてまで謝罪して下さいました。そこまで気にかけて頂けるなら、奴隷冥利に尽きますね」
屈みながら、僕の顔を覗き込む。冗談めかした台詞ながらも、その表情は笑顔だった。
「ありがとうございます、私達の故郷を守ってくれて。ありがとうございます、私達との約束を大切にしてくれて。ユート様がご主人様で、本当に良かったと思います」
「……こっちこそ、ありがとう」
少し、照れくさくなってしまった。アイリのウサ耳も、ゆらゆら揺れている。獣人達も、アリスも安心したようだ。
「さぁ、ご主人様。続きをお願いします」
謝罪の続きではないだろう。これからの行動を、どうするかだ。
「まず、王都に戻るのは悪手だろう。僕の顔も、皆の顔も大勢が見ていた。橋の検問や入った門でも、だいぶ見られたからね」
「そうですね。私もそう思います」
アリスが首肯する。
「このまま人間族の大陸に戻るのはどうでしょうか?」
「それだと、アイリさん達を奴隷の身分から解放するのに、支障が出ます」
アイリの提案は僕の遺失魔道具を使えば今すぐにでも実現可能だが、姉さんの言う通りデメリットが大きい。
ミリアン獣王国でアイリ達四人を解放する事にしたのは、ここでも問題になっている人間族と獣人族の確執があるからだ。
「ならよぉ、他の獣人の国で奴隷から解放して貰って、ほとぼりが冷めるのを待ったらどうだ?」
「その為には~獣王国の国境を越えないといけないよ~?」
「多分、今頃王都からお触れが出て、厳戒態勢になっていると思います」
クラウスの案は折衷案としては良かったのだが、メアリーとジルが言うようにあちらも対策をしているだろう。
「手詰まりじゃないか?」
「手詰まりですねぇ」
姉さんと顔を見合わせる。
「そうかい? もう一つ手があるじゃないか」
「もう一つ? あぁ、もしかして身の潔白を証明しろって事かな?」
「そうそう、それだよ。逃げ続けるのは性に合わないだろ?」
「まぁね。で、ついでに獣王国のトップに、人間族との関係改善を訴えるチャンスにもなるって考えか」
「相変わらず頭の回転が速いね、ユー坊」
「もう成人したんだ、いつまでもユー坊はやめて欲しいな。それよりいつの間に乱入してきたんだよ、ベアトリクスさん」
――静寂が、訪れた。
「わああぁっ!?」
「えっ!?えっ!?いつの間に!?」
「追っ手ですか~!?」
クラウス、ジル、メアリーが慌てふためくが、アイリは怪訝そうに僕と乱入者……ベアトリクスさんを見る。
「ご主人様、そちらの女性はお知り合いなのですか?」
動揺を必死に抑えながら、アイリは僕に毅然と質問してくる。
「あぁ、前に一度話したの覚えてるかな? 獣人の知り合いがいるって。それが、このベアトリクスさんだよ」
シーン……と場が静まり返る。
皆の視線の先には、乱入して来た狐耳の女性の姿。
亜麻色の耳と尻尾、そして同色の髪の毛は左右で縦巻きにカールしている。そう、縦ロール!! 縦ロールなのである!!
小柄な体型ながら、女性らしい膨らみを備えたトランジスタグラマー。
見た目、十代後半だ!! しかし彼女の実年齢は、既に六十を過ぎている!!
ロリババアで縦ロールでトランジスタグラマー!! 属性のごった煮である!!
「おい、ユー坊。お前何か失礼な事考えてないか?」
「いや、全然?」
「あの、ベアトリクス様……でよろしいのですよね? まさか、“あの”……?」
遠慮がちに声をかけるアイリ。それに反応し、ベアトリクスさんが歯を剥いて笑う。
「“あの”が“どの”なのかは解らんが、ベアトリクス商会の代表で、獣王バナードの飲み友達で、獣人族の英雄なんて呼ばれてて、魔王討伐の勇者レオナルドの仲間の“拳聖”ベアトリクスなら私だぜ?」
「「「「「ええええぇぇぇぇっ!?」」」」」
アリスと獣人達四人が、ベアトリクスさんの自己紹介に驚愕の叫び声を上げる。
「いい反応サンキュー! いやぁ、いい仲間に恵まれたじゃんか、ユー坊! で? で? どの子が彼女なんだ? もしかしてそっちの三人、全部ヤっちゃったの?」
下品!!
「ハッハッハ、鼻の穴に銃弾ぶち込んでやろうかロリババア」
「おぉっと、相変わらずジョークが通じないのかいチェリーボーイ」
…………僕とロリババアは、見つめ合い。
「「あ゛あ゛!?」」
「はいはい、いつも仲が良いようで何よりですが、現在は緊急事態の真っ只中です。解決してからゆっくりやって下さい」
メンチを切り合う僕とベアトリクスさんの間に割って入ると、姉さんが仲裁してくる。
「お、キリエちゃんじゃん。相変わらず美少女だねぇ、いいおっぱいしてるねぇ」
「揉もうとしないで下さい。どうも、ご無沙汰しています。ベアトリクスさんも、相変わらずお若いですね」
「はは、相変わらず素直でいい子だねぇ、キリエちゃんは! こんなチェリーボーイ捨てて、私のとこでメイドでもしない?」
「おっと~? 何だか無性に、ガトリングガンを撃ちたくなってきたな」
「はいはい、抑えて。残念ですけど、私はユーちゃんから離れるつもりが無いので」
僕の腕を抱き寄せながら、姉さんはそんな事を言う。ふたつの、おやまが。
「ハハハ、相変わらずか」
僕達のやり取りに、アリスと獣人達が呆然としている。しまった、身内トークは切り上げよう。
「話を戻そう、ベアトリクスさん」
「おう、そうだな! そんじゃあユー坊、詳しい話を聞かせな?」
……
「なるほどねぇ、何か変なモノがこの国に入り込んで来たって事だよな、それ」
神妙な表情で、ベアトリクスさんが唸る。
「ユー坊、お前さんの“目”でわかった事は、それだけかい?」
何度も孤島を訪れているので、ベアトリクスさんは僕の事をよく知っている。無論、真実の目の事もだ。
「悪魔憑きという状態表示以外は、全て不明だった。それと、影人間に“解呪”をしてみたら、影が霧散した。被害者は、あの影に取り憑かれたんだろうと思う」
「解呪かぁ、って事はその影の正体は、魔法生物じゃないのか?」
「うん、僕もそう思う」
魔法生物……魂だけの存在が、魔力で形作られた身体で行動する魔物だ。幽霊や生霊がその代表格だな。
「そうなると、影にとってユー坊は天敵だな。最も、ユー坊みたいに解呪を使えない限り、難敵だけどさ」
解呪を使える付与魔導師なんて、そうそういるとは思えない。母さんと、母さんから伝授された僕くらいだ。それ以外にいたとしても、都合よくこの辺りにいるとは思えない。
「身の潔白を証明するなら、その辺の情報を国のお偉いさんに認めさせるしかねーぞ? そして、丁度ここに獣王の飲み友達がいるんだが」
ベアトリクスさんは、手を貸してやろうか? と言っているわけで。しかし……。
「手を借りたら、負けた気がするんだよなぁ……」
両親やその仲間の威光。アリスやアルファ達の権力。それらを使うのは、他人の力を使うという事なのだ。
可能な限り、自分自身の力で何とかしたいと思うのは、無謀なのだろうか?
「……相変わらず頑固だね、お前さん。自分の力で人生を切り開きたいっていう、ユー坊のそういうトコ好きだぜ?」
ニシシと笑いながら、ベアトリクスさんは続ける。
「でも、それだけで済まない事もある。その生き方は否定しないぞ? でも、もう自分で気付いているんだろ。何でも自分で出来るヤツなんて、いねーって」
アイリ達との約束だ、奴隷から解放するのは確定事項。それを成すには、唯一奴隷商のある獣王国の王都でするのが一番良い。
影は脅威だ、放置は出来ない。しかし、僕以外の獣人で対応しきれるとはとても思えない。
猿獣人を殺したのは、あの獣人兵士だ。無実の罪で追い掛け回されるのは、無性に腹が立つ。
ならば、身の潔白を認めさせよう。これらを解決するには、ベアトリクスさんの提案通り……獣王陛下と話すしかない。彼女の力を借りずに、それを成すのは現実的に考えて不可能だ。
優先すべき事は何だ? 大切なものは何だ? 守りたいものは何だ?
僕は、まだまだ実力不足の付与魔導師。誰かに頼らなければ、我を通す事すら侭ならない。
それでも一番の我侭、自分の大切なものを守りたいって我侭だけは貫き通したい。その為だったら。
――僕のプライドなんざ、クソ喰らえだ。
「……はぁ、ベアトリクスさんの言う通りだよ。僕達だけじゃお手上げだ。だから今回は信念を曲げる……ただし獣王陛下とは僕が直接話す、そこは譲らない」
「上出来だ、ユート。いいね、いい面構えになった」
ニッと笑って、ベアトリクスさんが立ち上がる。
「準備期間を貰うぞ。バナード獣王陛下に話を通し、こっそり密会させるには、最低でも二日はかかる」
「構わないよ。この通り頼む、ベアトリクスさん」
膝を付き、頭を下げる。協力してもらう身なんだ、誠意は示そう。
「おい、頭なんか下げんな。お前は甥っ子みたいなモンだ。だったら、力になってやるに決まってんじゃねえか、全くよぉ」
そう言いながら、嬉しそうにニヤニヤ笑ってんじゃんか。
「ま、泥舟に乗った気でいな!」
「泥舟は沈むだろうが、縁起でもない!」
締まらないなぁ……。
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翌朝、僕達は馬車にベアトリクスさんを乗せて移動を開始した。
王都から少し離れた場所にある村の、ベアトリクスさんの屋敷に招待されたからだ。獣王陛下との謁見が叶うまで、匿ってくれるとの事だ。
この村にも王都からの達しは来ているだろうが、ベアトリクスさんが御者台に乗って酒を煽っているので、何だあの人かーって感じで見られている。
そして、ついに到着したベアトリクスさんの屋敷。
「でけぇ~」
呆然とするクラウスに、上機嫌にベアトリクスさんが振り返る。
「だろぉ~? これでも獣王国で最大の商会の代表だからな!」
屋敷に馬車で乗り入れると、数名の少年が出迎えてくれる。
「「「お帰りなさいませ、お嬢様」」」
……!?
「おう、ただいまー! こいつらの馬と馬車を預かってやってくれ」
「では、僕が」
……お嬢様?
「とりあえず、客室の用意を頼むわ。部屋は……えーと、どうする? 一人一部屋でもいいぞ?」
「えっと、私達は奴隷の身分ですので……」
……お・嬢・様……。
「はぁ、そんなの気にすんなっての。いいんだぜ、一部屋ドーンと使っても。それとも、ユー坊と同じ部屋にするか? 夜伽か? YOTOGIか?」
「んなっ!?」
「おい、調子に乗るなよベアトリクスお嬢様」
「ぶはっ!! やめろ、お前にそう呼ばれるとサブイボ立つ!!」
また「よと……よと……」と、壊れたレコード状態のアイリを撫でながら、ロリババアを睨む。
「どうしたベアトリクスお嬢様。いいじゃないかベアトリクスお嬢様! 似合っているぞベアトリクスお嬢様!! いつまでもベアトリクスお嬢様!!!」
「やめれー!! 普通に呼べー!!」
「落ち着いて下さい、お嬢様」
「大丈夫ですか、お嬢様」
姉さんとアリスが乗った!?
「地面に座り込んじゃダメですぜ、お嬢様!」
「いかがなさいましたか、お嬢様」
「お嬢様~大丈夫ですか~?」
「お召し物が皺になってしまいますよ、お嬢様」
獣人達まで乗ってきた!? ベアトリクスお嬢様の羞恥がマッハだ!!
「お前らー!! 匿ってやらねーぞ!!」
「「「「「「「ごめんなさい」」」」」」」
弄りすぎたか、涙目になってしまった。
「とりあえず、部屋は四部屋貸して貰えるかな」
姉さんとアリス・獣人男性組・獣人女性組・僕で四部屋がいい。
「お前の部屋、倉庫だからなっ!!」
「悪かったってば」




