21-07 幕間/勇者と勇者
ユートさん達が、ディスマルク討伐に向けて飛んでった直後。
俺達が、天使や勇者との戦闘を終わらせようと動き始めた時だった。
「くそがっ! あの女も、あの野郎も消えやがって! こうなったら、こいつらをぶっ殺してから追い掛けてやるし!」
そんな事を言い出したのは、フミナ・ヌマジリって娘だった。眼が血走っていて、髪はボサボサ、衣服も薄汚れているし、何か臭い。ま、投獄されてたんだから仕方ないけど。
そして、ゴウ・マンダ。
「今なら、あの野郎も居ない……ひひっ、これでアイツを……」
何だかねちっこい視線をマナちゃんに向けている。時折、ノゾミちゃんにも視線を送っているな……こいつ、二人に何かするつもりだな?
「……チッ」
おっと、シノ・トノザキも舌打ちをして、マナちゃんやノゾミちゃんを鋭く睨んでいる。嫉妬の大罪……地味っ子殿崎は、二人に対して嫉妬しているらしいな。ま、メグミさんも含めて、アヴァロンの女性勇者は皆、美人だもんね。
「タイシ君や、沼尻さんは私かタイシ君がやった方が良かないかね?」
変な口調で話しかけて来るマナちゃん。エメアリアに亡命して以降、互いに良好な関係を築けているからね、気心知れて来た感。
さて、確かに沼尻には俺の持つ銃や、マナちゃんの魔法が確かに良いだろうなぁ。だって臭いし……皆近寄りたくないだろう。しかし、敵とはいえ女の子を攻撃するのもなぁ……。
「……ふふっ、良いよ。私が沼尻さんの相手をする」
見透かされた!? マナちゃんはもしかして、ぽやっとして見えて意外と鋭いのか?
「なら、私は殿崎さんの相手をします。彼女も随分と敵意を向けて来ていますから」
ノゾミちゃんが涼しい顔で話に加わった。確かに勇者……それも七つの大罪に目覚めそうな奴は、俺達が相手をするのが良いはずだ。
しかし、懸念事項はまだある……天使だ。
そんな俺の懸念を感じ取ったのか、フリード君とグレンさんが会話に参加した。
「タイシ殿、勇者達はお任せしても? ご安心を、天使一体は竜一匹と同程度の力しかありませぬ」
「竜達も救援に駆け付けてくれたから、制空権を取り戻すのに苦労はしないだろうさ。我々が、空の天使達を引き受けようじゃないか」
確かに……竜の援護に加えて魔導兵騎もあるし、宝物庫にはユートさん作の武器も完全解放されている。それならば、天使達にも引けを取ることは無いだろう。
「解った。勇者達はまーかせて!」
頼れる仲間達に天使を任せる事を決めた。
「なら俺が、ゴウ・マンダを引き受ける」
……
最初に動いたのは、沼尻だった。
「死ねやっ!!」
狩人のジョブらしく、弓を番えて放つ。その動作は流れるような動作だった。
放たれた矢を防ぐべく、マナちゃんが風属性魔法の風の壁を発動する。上から下へと吹き付ける風によって、矢が全て地に落ちた。
「死なせないって。ユート君は仲間を傷付けられるのが、一番嫌いだからね」
涼しい顔で沼尻を挑発するマナちゃん……かっけー。というか無詠唱だったな、今の魔法。うーん、流石はユウキ君の相棒だ。
そんな沼尻の放った矢が、戦闘再開の合図になった。上空に再び集まった天使達が、地上に向けて魔法を放とうとしている。
「いざ、参る!!」
「皆、武運を!!」
フリード君とグレンさん、アヴァロン王国メンバーが魔導兵騎を召喚して飛翔した。
天使達が矛先を変え、急上昇する彼等に向けて魔法を撃つ。魔導兵騎を駆る皆が、守護の首飾りを駆使して聖域を展開して、天使達の魔法攻撃を防御していく。
——馬鹿だなぁ、そのまま地上に撃てば良かったものを。
各国の仲間達もそれに続く。そう、彼らが魔導兵騎に搭乗する為に、アヴァロンメンバーが注意を引き付けていたんだ。
さて、沼尻は矢を落とされた事で、マナちゃんをロックオンしたようだ。
「クソが! 大人しく死ねよ!」
激昂する沼尻に対して、マナちゃんは平然としている。再び放たれた矢……それに、石の矢を正確に当てた。流石、お見事だ。
そんなマナちゃんに向けて、雷の球が放たれる。流れるような動作でマナちゃんと雷の球の間に割り込んだノゾミちゃん。鞘から抜き放った刀で、雷の球を斬った。
「不意打ちですか」
日頃はしない鋭い視線。ノゾミちゃんが睨んだのは、殿崎だった。
「チッ!! 魔法を斬るとか……意味が解らない!」
彼女も魔導師の勇者。無詠唱を取得しているらしく、次々と撃ち出される雷の球。それらを、素早い剣捌きで全て斬り捨てるノゾミちゃん……まるで、女サムライだね。
そして、ゴウ・マンダ。
「こいつで、あの女共を……フヒヒッ!」
うわっ、キモッ!! 外見は普通の男子高校生なのに、圧倒的な負のオーラをその身に纏っているように思えてしまう……多分、あの気持ち悪いニヤケ顔のせいだな。
そんな萬田が手にしているのは……首輪。ギルス帝国でも見覚えがある、奴隷に嵌める“隷属の首輪”だ。
「させないぞ?」
瞬動で、彼の目の前に移動する。
「う、うわぁっ!?」
「馬鹿な事は考えない方が良い、アヴァロン王の右腕と左腕に殺されるよ?」
そう言って、両手に握った刀で隷属の首輪を両断する。
「て、てめぇ! 何しやがる!」
「何をしようと良いじゃないか……俺と君は敵同士なんだから、さっ!!」
会話の途中で腹へ蹴りを入れ、彼を吹っ飛ばす。卑怯なんかじゃない、今は戦闘中……そして、戦争中なのだから。
「ぐぇっ……げほっ! ごほっ!」
大して鍛えていない萬田には、今の加減をした蹴りでも痛烈なダメージだったらしいな。蹲って、ゲーゲー吐いてる。
これじゃあ、俺が弱い者イジメしているみたいじゃない?
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戦闘が本格化する中、私は沼尻さん…………勇者フミナ・ヌマジリを相手に立ち回っていた。
「くそっ! くそがっ! このクソアマァッ!!」
そう叫びながら、私に向けて矢を放つ沼尻さん。ハッキリ言って、正気を失っているように見える。そのくせ、矢の狙いはそこそこ正確だね。
最もこれは、スキルの恩恵なんだろうけど……彼女の弓矢スキル、Lv7だし。
とはいえ、リインさんやメアリーちゃん、シャロンの弓矢に比べたら見劣りする。アヴァロン王国の弓矢使いの方が、弓の勇者よりもレベル高いって凄い話だよね。
さて、ユート君的にはどうなのかなぁ?
めぐみんやソフィアさんを侮辱してワンアウト。で、アヴァロンを攻めてツーアウトだったでしょ?
今回の敵対でスリーアウト。それなら、生死問わずってなるはずだよね?
うーん……まぁ、処刑するかしないかはシンフォニア王の判断もあるだろうけど。既に終身刑を受けているんだから、処刑になる可能性は高いよね。
「……ま、いっか」
私は生け捕りにして、その後の事は偉い人に任せよう。その方があと腐れないもんね。
「降伏は無しって事で良いのかな? そろそろこっちからも攻撃するよ?」
そう……今の今まで、私は沼尻さんの攻撃を迎撃しかしていなかった。
「余裕ぶりやがって……てめぇもぶっ殺す!!」
そう言って矢を番えた沼尻さん。でも、もう一本も撃たせないよ?
バチィッ!! という音と共に、沼尻さんの右腕に雷の矢を放つ。
一般的な火・水・風・地属性の中では、最も射速が早いと言われているのは風の矢。それを超える雷速の矢が、生成した直後に沼尻さんの右腕を射抜く。
「ぎゃあぁぁぁっ!?」
右腕が麻痺して、番えようとしていた矢を落とした。それにしても、凄い叫び声だなぁ。
「ご……のっ……!!」
血走った目を見開いて、私を睨む沼尻さんだけど……全然怖くない。こちとら、大迷宮攻略や悪魔族退治のエキスパートだからね。
「あなたを捕縛して、後の事はユート君やシンフォニア王に任せるよ。大人しくする気なんて無いんでしょ? 実力行使で行かせて貰うからね」
「ふざ……げんなっ!!」
私の身体が、少し重く感じる……そうか、これが憤怒の魂の効果なんだ。怒りを感じた相手へのステータスダウンと、自分のステータスアップ。
「ふぅん……でも、そこまで脅威じゃないね」
風の玉を放って、彼女を吹き飛ばす。
「んなぁっ!?」
地面を転がって、未だに目を灼かれて呻いている兵士達の所まで吹き飛ぶ。すると、ステータスが戻って来た。
さっきの距離が多分二十メートルくらいだったわけで、今の距離が百メートル。吹き飛び始めて、割と早くにステータスが戻って来たから……多分五十メートルくらいが効果範囲かな。
「こ、この距離ならあぁっ!!」
無限収納庫から矢を出して番えようとする沼尻さんだけど、それは出来ない相談だなぁ。だって、私は魔導師の勇者……この距離を最も得意としているんだからね。
無詠唱で放つ雷の矢。雷速の矢が、沼尻さんの左手を襲う。
「ぎゃあぁぁぁっ!!」
……
弓も取り落とした沼尻さんが、麻痺状態のまま私をガン睨みして来る。
「さぁて、そろそろ体力も危険域だろうし……お仕置きはこれくらいにして、拘束しようかな」
私はユート君が新開発した、新しい銃を取り出す。大きさはそれなりで、私が持つとより大きく見えるかもね。
狙いを定めて、私は躊躇なく引き金を引いた。どこか間の抜けた音と共に放たれたのは、ユート君が敵を拘束する時に使用する封印の縛鎖。
「ぎゃあぁっ!? いってぇな、何だコレは! くそっ!」
よし、命中!
これは、ユート君が私用に新作してくれた捕縛専用兵器・ボーラランチャーだよ!
相手の動きを封じるボーラは、投げないとぶつけられない。私はコントロールには定評がある……悪い方にね! なので、まだ自信がある銃のAIM力に頼るべく、お願いして作って貰ったんだ!
「これで捕縛完了! 魔力も吸収で抜かれていくし、逃げられないでしょ! さて、そしたら他の皆を……あれ?」
バキンッ! という音と共に、ボーラが砕け散った? 嘘、あれ相当に硬い奴だよ?
「……殺す」
見ると、沼尻さんの目が赤くなっていた。血走り過ぎて、目の血管がやられちゃった? いやいや、そんな馬鹿な。
……それに、これはほぼ確実に間違いないと思う。沼尻さんの周囲の兵士達(敵)が、息も絶え絶えの状態になっている。
“怒り”を、味方に向けてパワーアップかぁ。中々にエグい事するね。
「殺す……殺してやる……」
それにさ? もしかしてだけど……臨界を突破しちゃってない?
「殺そう、殺せ、殺したい、殺されない、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
円卓の絆を使用して、カメラを通して解析。“憤怒の化身”……やっぱり、至っちゃったか。
「お仕置きのつもりで、追い詰めたのがダメだったか……」
責任を取って、私が何とかしよう。
戦闘には加わらないで、傍観しているセツナ・セイジョウインとクイナ・バンノが、その様子を見て目を剥いている。仕方ないよね、勇者があんなモノになりかねないという、真実を知ってしまったんだから。
私は愛用の魔導杖を構えて、憤怒の化身となった沼尻さんに相対した。
さぁて……どうしようかな。早くしないと、被害が出ちゃうぞっと。
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魔法を駆使して攻撃して来た殿崎さんに対して、私はユートさんが製作した刀の遺失魔道具で魔法を斬って戦っていた。正確には斬るじゃなくて、解呪の効果でかき消す。
フーさん達は空で天使達と戦っていて、マナは沼尻さんと戦闘中。そして萬田さんと大志君が動き回りながら戦っていた。
異変は、唐突だった。
「う……っ!?ぐぅ……う、うあああぁぁぁぁっ!?」
突然、殿崎さんが苦しみ出したのだ。別に私は殿崎さんを攻撃したりはしていない。ただ、彼女の放つ魔法を片端から斬り捨てていっただけ。そうすれば、魔力枯渇状態で捕縛が容易になるから。
これは、嫌な予感がする……。
「あっ……まさか!!」
視線を巡らせる。予想通り、異変は殿崎さんだけではなかった。沼尻さんは何か危うい感じで、マナと対峙している。萬田さんは、高笑いをしているみたいだ……気持ち悪い。
そして、殿崎さんと同じように苦しんでいる正上院さんと板野さんの姿が入った事で、私は何が起きているのかを察した。
――彼女達は、ディスマルクによって強引に七つの大罪の化身に変貌させられたんじゃないか?
だとしたら……同時に五人の大罪の化身と戦う羽目になるのでは?
「うぐうぅ……お、お腹が……!!」
お腹を押さえて蹲っている板野さんに、正上院さんが這いずるように近寄る。
「ば、板野君……」
彼女を心配しているのかと思ったけど……違う!!
「「……お腹が、減った……」」
断固阻止!!
私は宝物庫から封印の縛鎖を取り出して、二人に向けて投げ付ける!!
「うぐぅっ!?」
「ぬうぅっ!!」
急いで、私は円卓の絆を通して二人を解析する。
「……ふ、二人共……“暴食の化身”!?」
そんな……だって、正上院さんは節制の元徳なんじゃ……!! そこまで考えて、ようやく気付いた。
——暴食と節制……それは、相反する。
——色欲と純潔。
——強欲と救恤。
——憤怒と慈悲。
——怠惰と勤勉。
——嫉妬と忍耐。
——傲慢と謙譲。
待って、だとしたら私やマナ、大志君は!? 視線を二人に向けるけど、二人はどうにもなっていない……? それに、私も変化は全然ない。
「これって……もしかして!!」
円卓の絆の自己解析で確認する。
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【状態】創造神の加護(NEW)
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これだあぁーっ!? 絶対、ユートさんの加護を受けているからだよ!!
いやでもよかった、絶望の化身とかにならなくて良かった……名前からしてラスボスみたいだし……。
『はーい、作戦会議~!』
ゆるっとしたマナの念話。
『これ、ディスマルクの仕業だよね』
『そうだと思います。私達はユートさんの加護で守られているみたいです』
手短に、要点だけを話す。
『成程ね、流石ユート君だ。それならユウキやめぐみんも大丈夫だね』
『ユートさんにゃ、足向けて寝れないな』
普段通りの様子な二人に、少し体に籠められていた不必要な力が抜ける。そうだよ、少し落ち着こう……。
『で、どうする?』
大志君の言葉に、私は思案する。
『殲滅するのは簡単ですけど……』
『うん、私としては最後の結論は、ユート君達が決めるべきだと思う』
私もマナの意見に同意だ。
『よし、全会一致。あいつらを無力化するしかないな!』
事も無げに言う大志君……つい最近までは敵だったけど、味方だと結構頼もしいな。
『でも、無力化するとしても……一体どうすれば?』
『……あの、一つ思い付いた事があるんですけど』
私は、思い付いた提案を二人に話す。
……
『……成程、そりゃ確かに良いかも』
『凄いじゃん、のぞみん!』
二人はあっさりと、その提案を受け入れてくれた。
『う、うまくいく保証は無いんだけどね?』
『やる前から諦めるより、やって失敗したら次の方法を探せばいいさ!』
『そうそう! 片っ端から、試していけばいいんだよ!』
……強いなぁ、二人共。そうだよね……どんな時でも、希望を捨てちゃダメなんだ。
だって、私は”希望”の勇者らしいからね!!
――ドクン!!
「え?」
思わず、念話ではなく口から声が漏れた。私の中で、何かが目覚めたような感覚。
……頭の中に入って来るのは、知識だった。
“希望の魂”……私の固有技能が、覚醒した。
ディスマルク神の干渉は、ユートさんの加護が防いでくれている。つまり、これは……私が希望を捨てないと決心したから?
『……二人共、聞いて。勝率が上がったよ』




