02-05 戦闘付与魔導師/異形
これまでのあらすじ:女好きがケンカ売ってきた。
「かかって来いだと? 銅級冒険者のハズレジョブが大きく出るじゃあないか」
僕の態度に気分を害したのか、グレンが眉間に皺を寄せている。
「ご主人様、いくらご主人様でも……」
銀級冒険者っていうのは、銅級と比べると格が違うと言われている。それを知っているらしく、アイリ達が不安そうに僕を引き止めようとする。
「ユーちゃん」
姉さんが、僕の方に歩み寄ってくる。
「どうかした、姉さん」
微笑んで、少し爪先立ちになり……
――ちゅっ。
その唇が、僕の頬に触れた。
「あーっ!!」
「えーっ!?」
「おぉ~!!」
「……はぁ」
「ちょっ、そんな場合かよ!?」
どよめく周囲。突然のほっぺにちゅーである。姉さんはスキンシップ過多だが、キスとかはしない人なんだけどな。
「わっ私も!!」
そう言って、アリスが姉さんとは逆側に突撃してきた。姉さんのそっと触れたキスとは違う、勢いのあるキス。
唐突なご褒美に、僕も呆けてしまったよ。ありがとうございます!! ありがとうございます!!
「貴様っ、私をおちょくっているのか! いいだろう……お望み通り、こちらから行くぞ!」
姉さんやアリス、アイリ達が側に居るにも関わらず、グレンは剣を振り被って走って来る。
「とりあえず離れていろ、そう時間はかけない」
少し前に歩み出て、銃剣を両手に構える。
グレンの走るスピードはそれなりに速く、もう僕に向けて剣を振り下ろす所だ。
「“増幅”」
――キイィン!!
グレンが振り下ろした剣に銃剣の刃が当たり、火花が散った。
「なにっ!?」
グレンがいくら力を篭めても、僕の持つ銃剣は空間に固定されたかのように、ピクリとも動かない。別に特別何かをした訳ではなく、上昇した腕力に物を言わせているだけだ。
「ばかなっ!」
グレンは何度も剣を引き戻し、剣を振るう。しかし、剣の軌道に銃剣を構えてやれば、先の状況が繰り返されるだけ。
さて、十合も付き合ってやれば十分だろう。戦闘付与魔導師の本領ってやつを見せてやる。
「気は済んだか色男。さぁ、そろそろ攻めるぞ?」
すかさず、グレンに向けて銃剣を振るう。
「くっ!?」
慌てて剣を引き戻したグレンは、銃剣の刃を見事受け止める。想像したよりも衝撃が強かったのか、顔を顰めている。
しかし、体勢を立て直す時間等与えない。何せ、銃剣は二丁あるのだから。
逆の銃剣を振るうと、グレンは慌てたように剣を構え直す。
「くうぅっ!!」
それも辛うじて凌ぐが、攻勢に出る余裕は無い。襲い掛かる二丁の銃剣に、グレンは防戦を強いられている。
「どうした銀級冒険者、銅級相手に辛そうな表情だな」
「うっ……くっ、ほざけっ!」
バックステップで距離を空けると、グレンは詠唱を開始した。
「“来たれ火の精霊五柱! 敵を撃て、火の矢!! ”」
「ほぉ、詠唱短縮か?」
詠唱短縮とは、技能の一種。
通常ならば全ての詠唱を正確に発言しなければ、魔法は発動しない。しかし、その詠唱を短縮する技能を修得すれば、三節の詠唱で魔法を行使する事が出来る。
成程、流石は銀級の冒険者。
「いい腕だ、感動的だな。だが無意味だ」
襲い来る“火の矢”を、銃剣で斬る。更に斬る。斬る、斬る、斬る。
「魔法を、斬っただと!?」
「驚いている暇は無いぞ」
距離を詰め、銃剣を振るい、容赦無く攻め立てる。再び十合ほど打ち合うが、グレンは防戦一方だ。
「こんなものか、もう飽きた」
――キイィンッ!!
力を篭めて右手の銃剣を振るい、グレンの剣を弾き飛ばす。散々僕の攻撃を受けていたせいで、腕も痺れていただろう。そのまま、喉元に銃剣の切っ先を突き付ける。
「チェックメイトだ、色男」
銀級冒険者グレンは、銃剣を突き付ける僕を、驚愕の表情で凝視している。
「馬鹿な……何をしたんだ」
「見て解らないなら、言っても解らんよ」
折角、実力差が実感出来るように“見えるようにして”戦ってやったんだ。それで理解できないなら、何を言っても無駄だ。
……
「この私が……銅級冒険者に……」
銃剣を引き、踵を返す。もうコイツには用は無い。
「……っ!!」
剣に力を篭めるグレンだが、斬り掛かるような無様な真似はしないようだ。銀級の冒険者としての矜持だろうか? 大変よろしいと思います。
「くっ、何かの間違いだ! もう一度私と勝負しろ! 今度は手加減はしない!」
と思いきや、負け犬お決まりの遠吠えだ。
「やってもいいけど……面倒臭いから今度はこっちも手加減出来ないぞ?」
――パパパァンッ!!
すぐ近くまでにじり寄って、襲いかかる隙を窺っていた狼の魔物、その数三匹。その眉間に、それぞれ一発ずつ銃弾をブチ込む。銃弾を受けた狼は、揃って倒れ伏した。
「それでもいいんだな?」
「……くっ」
悔しそうに歯噛みしながら、グレンは剣を収めた。
「……覚えておくんだな」
「気が向いたらな」
射殺すような視線で僕を睨んだ後、グレンは王都の方へと歩いて行った。慌てて、二人の女性冒険者も続く。
「ご、ご主人様……こんなに強い方だったんですか……」
「銀級の冒険者が、子供扱いじゃねぇですか……」
呆然とする獣人達、そしてアリス。
「付与魔導師だからって舐めてもらっちゃ困るな。むしろ僕からしたら、付与魔導師ほど実戦に向いているジョブは無いとさえ思ってるよ」
そう、僕は先程の戦闘では遺失魔道具の力を、ほんの少ししか使っていない。それは銃剣の刃に付与した“硬化”と、グレンの魔法を斬った“解呪”だ。
そして、僕が使用した付与魔法“増幅”。
これはステータス向上の魔法で、常時魔力を消費する代わりにステータスを引き上げる事が出来る。
銀級冒険者相手となると、今の僕の魔力量では五分が限界だ。飽きたなんて言って勝負を終わらせたが、実は魔力が枯渇しそうだったから切り上げただけだったりする。
無論、母さんから教わったもので、一般には知られていない付与魔法である。
これは獣人達に教えるわけにはいかない。
この先の王都で、僕達は彼等と別れる。その後で、彼らがうっかり僕の秘密を漏らさないとも限らない。
信じていないわけではないが、強制的に言わされたりとか、魔法的な手段で漏洩する可能性だってあるのだ。それが彼等に対し、不幸な結果を齎すかもしれない……だから、教えるわけにはいかない。
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【名前】ユート
【職業/レベル】付与魔導師/15→17
【称号】クラウスの主(NEW)・ジルの主(NEW)・アイリの主(NEW)・メアリーの主(NEW)・決闘者(NEW)
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翌朝、僕達はついに王都レオングルに辿り着いた。
レオングルの門でまたゴタゴタになりそうだったのだが、奴隷契約を解除する為だという事を何とか信じて貰い、門を潜っていく。今回は無事、実力行使は無しで済んだ。
箱馬車で王都を進むが、僕達に集中する、視線、視線、視線。様々な特徴を持つ獣人達が、僕達を睥睨する。中には憎々しげに見てくるものまでいる始末。
「まっ、解っていたけどね! 実害が無いなら気にする事は無いさ」
申し訳なさそうな表情の獣人四人に、務めて明るく振る舞う。
どうせ来る予定だったのだし、彼等のせいではないのだし。なので、気にするだけ損なのだ。
あっ、子供が転んだ!
「ごめん、ちょっと待ってて」
馬車から飛び降り、泣きそうな鼠族の男の子を助け起こす。
「大丈夫?」
「ひぃっ……人間……!!」
うん、傷付くな、その反応。
「大丈夫だよ、何もしない。石とかに気を付けるんだよ」
そう言って立ち去ろうとすると、きゅるる~っというお腹が鳴る音。
「お腹減ってるのか……そうだ、これをどうぞ」
宝物庫から、焼き菓子を差し出した。警戒心を見せる男の子に、半ば強制的に焼き菓子を握らせる。
そのまま僕は、姉さんが停めてくれていた馬車に戻った。捨てるも食うも、彼の好きにすればいいさ。
さて、まずは目的地である奴隷商館を探そう。真実の目で検索をしようとしたところ……またもや、厄介事にブチ当たった。
「……全員、警戒態勢」
馬車の外に漏れないように、程々の声量で声をかける。
アリスと獣人達が一瞬固まる……が、慣れたのか、即座に動けるように武器を手元に用意する。姉さんも御者台で馬を操りながら、視線をこちらに向ける。
マップには、赤い光点が表示されているのだが、敵意を向けて来る獣人達も赤い光点になってしまう。その為、表示をささっと弄って状況を確認するのだが……。
「何だこのスピード、めちゃくちゃ速い……それにこいつ、王都民を襲っていやがる!」
その言葉に、全員の顔が強張った。
「どうしますか、ユーちゃん」
「放ってはおけない! 対象の方角は北北西、二時の方向!」
「解りました!」
姉さんは即座に馬を操り、馬車を走らせる。
……
馬車を急行させるも、対象は既に移動した後だ。そして、その場には無残な亡骸を晒す人々の姿があった。
「動かれた、一時の方向……くそっ、早すぎる!」
どうすべきだろうか? そう思って周囲を見渡す。
この辺は平民街なのか、高くて二階建ての家しかない。グレン戦で消費した魔力も、回復しているようだ。
よし、やるか。
そのまま御者台に移動すると、対象の方向に視線を向ける。
「姉さん達は馬車で追ってくれ、僕は急行する!」
「ユーちゃん、気をつけて!」
御者台から民家の屋根に飛び上がり、マップを確認。対象までの距離は二キロメートル前後。
遺失魔道具ブーツに魔力を流し、跳躍力を強化。民家の屋根から屋根へと飛び移りながら、対象に接近する。こうしている間にも、犠牲者が増えている。
「……これ以上、させるか」
一度、地面に降り立つ。大地を踏み締め、ブーツに魔力を流し……。
――ドンッ!!
大きく跳躍すれば、一気に五百メートルくらいは稼げる。
「……あれか!!」
対象を補足した。外観は黒い靄? 影? を纏った人影。
脅威度は不明。現在……犠牲者を捕食中だ。人食いの怪物だ、敵と判定していいだろう。
「よし、ぶっころ」
すかさず、宝物庫からライフルを取り出し、構える。跳躍後の最高到達点からの自由落下中、姿勢制御し狙いを定める。
「喰らえ!!」
――ドンッ! ドンッ! ドンッ!
肩、手、足に一発ずつ撃ち込む。
「グウウオオオオオオオオオ!!」
悶えるように、黒い影が身体を捩る。
地面に着地と同時に、勢いを殺す為に一度前転。そのまま起き上がって、銃口を影に向ける。
「おかわりだ!!」
――ドンッ!
今度は、腹に一撃。どうだ、この野郎!
「グガアアアアアアアアツ!」
痛そうにしてますが、元気です。
「死なないし!? 何、コイツ!?」
“真実の目”の情報は……んんん?
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【名前】不明
【種族/性別/年齢】不明/不明/不明
【職業/レベル】不明/不明
【状態】悪魔憑き
【ステータス】不明
体力:不明
魔力:不明
筋力:不明
耐性:不明
敏捷:不明
精神:不明
【技能】不明
【称号】不明
【賞罰】不明
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「舐めてんのか!?」
ぽーん……ズドォンッ!! グレネードランチャーによる過激なツッコミ!!
迸る怒り、弾けるグレネード!! しかし影はちょっと後ろに飛ばされて、ゴロゴロ転がって壁にぶつかっただけ!! なんて頑丈!!
そこで、ふと気が付いた。
「悪魔憑きって、もしかして状態変化か?」
状態変化、それはその人の状態の変化を示す、読んで字の通りの意味合い。
つまり状態異常や、支援付与や弱体付与を示すものである。
と言うことは、コイツは状態異常か付与状態なのではないか?
「それなら……」
そこへ、闖入者が現れた。
「何の騒ぎだ、これは!!」
「人間族っ……と、何だあれは!?」
何人かの獣人が、戦闘区域に入り込んで来た。鎧を着ているから、兵士だろうか?
「ガウアアアアアアアアアアッ!!」
黒い影が、獣人兵達に向けて走り出す。
「させるかっ!!」
影に向けて駆け出しつつ、宝物庫からショットガンを取り出す。
――ドパァンッ!!
僕の横を抜けようとした影の進路を塞ぐ位置取りにし、至近距離から散弾を喰らわせる。
散弾による面の攻撃に、影の勢いが殺された。更にもう一発だ!!
――ドパァンッ!!
二度目の散弾攻撃に、影が蹈鞴を踏み後退する。
そして、影の動きが止まった瞬間。僕は滑り込むように接近し、影に掌を当てる。
「“解呪”」
銃剣の刃にも施していた“解呪”。これは、魔法効果を解除する付与魔法だ。
「ギャアアアオウウウウウウアアアアアアッ!!」
悶えるように、腕を振り回し出す影。それをかわしてバックステップすると、人型を成していた影が徐々に綻んでいく。
「……これは」
徐々に影が霧散していくと、その場に残ったのは……猿の獣人だった。
「ア、アァ……ァ……………………」
声がか細くなっていき、やがて途切れる。
叫ぶのを止めた猿獣人は、そのまま仰向けで地面に倒れ伏した。
……
後からやって来た獣人兵が、慌てた様子で猿獣人に近付き脈を取る。すると、獣人兵は僕を嫌悪の表情で睨み付けた。
「殺したな!!」
……ん? いや、彼は確かに衰弱していたが、ギリギリ生きていたはずだぞ?
そう思って猿獣人を見ると……腹にナイフが突き立っている、だと!?
「殺された!! 我々の同胞が、人間に殺されたぞ!!」
扇動するように叫ぶ獣人兵。周囲に隠れていただろう獣人達が顔を出して、僕を睨み出す。
「殺された?」
「人間が獣人を殺しただって?」
「人間が!!」
「何故人間がここにいる!?」
「あの影もあの人間族か!!」
「殺した!!」
「殺された!!」
「同胞の恨みを晴らせ!!」
「殺せ!!」
「あの人間族を殺せ!!」
口々に叫びながら、周囲の獣人が手頃な武器を持って、物陰から出て来た。
マップを確認し、溜息を吐く。光点が全部、赤だ。
「人間、貴様を殺人の現行犯で捕縛する。処刑は確実だ」
「逃げられると思うな、獣人族の誇りに賭けて貴様を処断する」
兵士達も、武器を抜いた。
つまり、人間族に恨みを抱いたあの獣人兵士に、ハメられたという事か。あーあ……仕方ないな。
「悪いが付き合ってやる義理が無い、お暇させて貰うよ」
――それじゃあ、よろしく。
「その前に、お前にだけは一発入れとく」
――パァンッ!
「ふほぁっ!?」
猿獣人にトドメを刺したっぽい獣人兵の息子さんは、犠牲となったのだ。
「貴様っ!!」
――ガラガラガラガラ……という、地面を転がる車輪の音に、馬の蹄の音。
獣人達の注意が音に向かった瞬間、トンッと地面を蹴り、獣人達を跳び越える。獣人達の包囲を抜け出して着地すると、ちょうどその場所を目掛けて走って来る馬車。
「ユート君!!」
「ご主人様!!」
箱馬車から顔を出すアリスと獣人達。
「ユーちゃん、飛び乗って下さい!!」
御者台の姉さんが声を張り上げた。
「さすが」
作って良かった”腕輪型携帯念話”。今度は軽く跳び、箱馬車の天井に着地する。唖然とする獣人達に振り返り、とりあえず挨拶だけしとく。
「あばよぉ~、とっつぁ~ん」
「そのネタはどうかと思います」




