00-02 姉/弟
これまでのあらすじ:死んで神様と天使様に会って転生しました。
――いつからそうしていたのだろうか。
気が付くと、僕は柔らかい何かの上で眠っていたようだ。
目を開けて周りを確認しようとしたのだが……明るいという事は解るのだが、視界がぼやけていて状況が何も解らない。そして、腕や足に力は入らない。
「あー」
あっ、声は出た……んだけど、うまく喋る事は出来ない。
今の状況を察するに、僕はどうやら……赤ちゃんらしい。そうか、赤ちゃんって生まれた直後、よく目が見えていないんだって聞いた事がある。
こんな風になっているのかぁ……多分、視力が未発達なんだろうな。
……って、何で記憶があるんだ!?
僕の名前は上谷優人(だった)。二十歳の大学生(だった)。
……あるぇー!? 創世神様、輪廻転生したのはいいんですけど、元の記憶残ってますよー!? あっ、でもこの状況で記憶失うのは怖い、何か怖い。
「お母様、ユートが起きましたよ」
幼さの残る少女の声が聞こえた。誰だろう……と思ったが、もしかして家族なのだろうか? 姉か、そしたら。
「■■■■■■■■■■■■■」
「様をつけるのはやめましょう、私はあなた達の娘なのですから」
「■■■■■■■■■」
カラカラと笑う男性の声……だが、何を言っているのかが理解できない。
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■」
「天使様じゃありません、キリエです。それよりユートにご飯を」
天使様……? あ、もしかしてあの天使さん?
天使さんの言葉だけは、何故か理解できるんだけど……でも、他二人と会話は成立している。
「■■■■■■■■■■■■■」
「お手伝いしますよ、お母様」
女性(多分母)と少女(多分天使さん)の話す声が遠ざかっていく……お母様?
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で、状況がイマイチ解らないんですけど。説明ってしてもらえるものなんですか? あと、天使さんだけはハッキリくっきり見えるのはなぜ?
「ええ、説明自体は問題無く。見えるのは私が天使だからですね」
どうやら、僕の心の声みたいなモノを、天使さんは汲み取る事が出来るようだ。これ幸いと、僕は天使さんに質問をする事にした。
それじゃあ天使さん、最初の質問は僕の記憶についてです。
「……」
……あの、天使さん? え、えーと……?
「キリエです。キリエお姉ちゃんです」
……キ、キリエお姉ちゃん……?
「はい、キリエお姉ちゃんですよ、ユートさん。いえ、姉らしく愛称がいいですかね……ユーちゃん? うん、ユーちゃんでいきましょう」
そう言って、彼女が僕を抱き上げる。
キリエお姉ちゃん、そんなキャラだったんですか?
「余計な事は言わなくていいんですよ、ユーちゃん?」
アッハイ。
「ユーちゃんに記憶が残っているのは私にも想定外です。でもユーちゃんとこうして意思の疎通が出来るので、結果的には良い方向であると思いますよ」
姉さんにも解らないのか、なら仕方ないですね。
それで、何で天使さんはお姉ちゃんになったんですか?
まさか僕が生まれる先は、天使さんもといお姉ちゃんのご両親の家庭だったとか?
「いえ、私達は血の繋がらない姉弟です。私は天使としての力を抑えてこの世界に降り立ち、ユーちゃんのご両親に無理を言って養子にして貰ったわけですね」
何してんの、この天使様!?
「天使様じゃありません、お姉ちゃんです」
何なの、そのこだわり!!
「これはですね、言わば緊急措置です。私はユーちゃんの守護天使になったわけですし、これなら側にいられますしね」
守護天使になったってのも、何でそうなったのか解んないんですけど!?
「あっ、ユートって名前にしようと提言したのも私ですよ?」
生前と同じ名前なのは、偶然じゃ無かったのか!
「良い名前だと思いますよ、ユーちゃん。呼びやすく覚えやすく、優しい人と書いてユート。あなたにピッタリです」
恥ずかしいんで、勘弁してくれませんか!!
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要するにだ。
この世界は、創世神様の配下である世界神が管理する世界……なのだが。その世界神が、創世神様の目を盗んでは色々と弄り回して、暇潰しと言う名の享楽に勤しんでいるらしい。
解雇しろよ、そんな世界神。
「そうも出来ない事情があるんです。世界というのは根っこから枝分かれして誕生しているものなんですが……」
アレか、俗にいう世界樹的な感じのヤツですか?
「ユグドラシルですか? 確かにその表現が適していますね。九つの世界どころではないですけど。そしてこの世界は、大樹の枝の根元に当たる世界……といえば、想像出来ますか?」
……あー。もしかして、その管理者である世界神が居なくなったら、この世界は混乱して滅びてしまう可能性がある。
そしたら、この世界から枝分かれした他の世界も一緒に潰れて消滅してしまう。それは創世神様の本意ではない……ってことですか?
「驚きました、少しのヒントでそこまで理解するなんて、ユーちゃんは頭がいいですね」
ファンタジー小説とかね、大好きでしたから。
それで、僕は何をどうしたらいいんですか?
「……?」
いや、そこで首を傾げられても。
「別にユーちゃんには義務も責任もありませんよ? 創世神様が私を遣わしたのは、ユーちゃんへのお詫びのはずなのに、ユーちゃんが面倒事に巻き込まれそうだったからです」
まぁ、そりゃそうですけど。
「ユーちゃんを守り、幸せな人生を全うさせる為に、私が守護天使になったんですから」
天使的に、それでいいんですか?
「私、世界神でも女神でもありません、ただの使いっ走りです。それに、創世神様の勅命ですし、世界よりユーちゃんを優先しますよ、私」
ふ、ふむ……? じゃあ、僕が世界を救いたいって言ったら、どうします?
「ユーちゃんを守る為に、一緒に頑張りますけど? お姉ちゃんですから」
いいドヤ顔しないで下さい……あっ、腕まくりしないで!! 例え!! 例えばの話!!
そんなことをしようとか、思って無いですから!! そもそも赤ん坊がそんな事出来るわけ無いでしょ!?
「そうですか? まぁ、とりあえずユーちゃんは元気にすくすく育ちましょう。大丈夫、お姉ちゃんが付いていますから」
僕の姉、マジ天使。
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姉さん、キリエ姉さん。
「何ですか、ユーちゃん? お姉ちゃんですよ?」
天使さん、すげぇ嬉しそうな顔で寄って来るんですが。
僕には姉とか居なかったし、新鮮ではあるかもしれない。
ちなみに、姉さんの言葉が僕にも、両親にも理解できるのは、天使の持つ能力の一つだそうだ。姉さんのお陰で、僕がお腹空いているのとか、オムツ変えて欲しいとかが解るのが、両親は凄く助かっているのだとか。
天使という存在は、翻訳の仕事で食っていけるんじゃなかろうか。
「そんな俗っぽい天使は、どうかと思いますけど……」
僕もそう思います。
「それで、どうしたんですかユーちゃん? お姉ちゃんに何かお願いですか? お父様やお母様に伝言ですか?」
姉さん、この世界について教えて欲しいんです。あと、目が見えるようになったらこの世界の言語と、読み書きも。
「勤勉ですねぇ、ユーちゃんは」
そんなんじゃなくてね、早く父さんと母さんの言葉が理解できるようになりたいのです。
「ふふっ、いいですよユーちゃん。まぁ赤ちゃんは寝て泣いて食べて出して寝るのが仕事なんですけどね」
いやぁ、早く両親と会話したいんですよ。姉さんに頼り切りは良くないと思うし。
「立派です、ユーちゃん。それならお姉ちゃんは喜んで力になりましょう」
天使による英才教育、これはある意味チートになるんじゃないでしょうか。
……そんな風に思っていた時期が、僕にもありました。