16-10 幕間/プリシア・ヴァン・エメアリアの独白
ユートと婚約してから、四日。二日前にエメアリア魔法国で婚約発表をしたので、今日はアヴァロン王国での婚約披露をする。
エメアリアでは大騒ぎになったので、私も少し疲れたかもしれない。最も、疲れた最大の理由は……ユートと、ちょっと夜から朝まで……。
うぅん、他の婚約者ともあんな感じなのかしら……? ずっとユートにされるがままだったわ……そして手慣れている。まぁ、私の前に九人も婚約しているんだから、それは仕方ないのかもしれないけど。
……ダメ、思い出したらダメよプリシア! 今日は大事な日なんだから!
婚約披露が昼からで良かった、午前中は眠れたから。婚約疲労になるところだった。
そういえば、ずっと気になっていた事がある。
「ねぇ、ユート。婚約発表なんだけど、エメアリア魔法国を先にして良かったの? その、立場的にはアヴァロンが先の方が……」
「良いんだよ、どっちが先でも。同盟国なんだし上も下も無い、やる事は変わらないんだから」
そう言うと、ユートは苦笑して頭を撫でてくれた。
「それに、奥さんの故郷を優先するのも良いもんだ」
奥さんと言われて、頬が熱くなってしまう。
「ぷりしー、ユー君はこういう人だから、覚悟した方がいいよー」
「ユートさんの得意技は、不意打ちで私達を喜ばせる、ですから」
ニコニコとしたヒルド、悪戯っぽく笑うリインが私に声をかけてくれる。
アヴァロン王の婚約者は私を含め十人。これだけの女性を娶る王も珍しい。
王は大体、二~三人くらいの女性を妃として迎える。最も側室を持つ王も多く、側室合わせると十人越えは珍しくないんだけれど。
そして、王妃同士や側室同士というのは、結構不仲な事が多いと聞く。しかしアヴァロン王の婚約者は、皆仲が良い。私もそれぞれと仲良くさせて貰っているので、不安はない。
「それにしても、ついに十人越えですね」
「お兄ちゃんの子孫が、世界を埋め尽くす日は近いね」
「おいやめろ、誰がこれ以上娶るか! プリシアとの婚約は、プリシアが命懸けで想ってくれたからだ。皆と同じくらい真剣だって解ったから決心しただけだからな?」
……ユート、早速不意打ちをしてこないで。口元が緩んでしまうでしょ!!
「十人も二十人も変わらないと思いますよ?」
「変わるわ!」
流石に冗談……よね?
「ちなみになんだけど、今日って僕の誕生日なんだ」
……はい?
「誕生日と、プリシアとの婚約発表が同じ日ってなんか縁起が良さそうでしょ?」
「ま、待って! そ、そ、そうなの!? そんな大事な事っ……もっと早く言ってよ! 大変、プレゼント用意してないっ! どうしようっ!?」
「気にしなくていいのに。というか、プリシアとの婚約自体がプレゼントじゃないか」
「ちょっ……!!」
そんな大切な事を、当日に聞かせるなんて! あぁ、どうしようどうしようどうしようっ!!
「え、待って下さい!? 今日がユート君の誕生日なんですか!?」
「ユート様! 何でそんな大切な事を教えて下さらないんですかっ!?」
「ユ、ユ、ユートさんの誕生日って……超重要な日じゃないですかぁっ!!」
「……プ、プレゼント! 用意しないと!」
「先輩の誕生日って……あぁーっ! そういえば先輩は転生しているんだった……!!」
「お兄ちゃん、何でそんな大切な事黙ってるのーっ!?」
「そうだよー! ユー君ー! メーッ!」
「い、今から用意出来るもの……な、何が……っ!!」
あ、これ他の婚約者も知らなかったみたい……いや、違うわね。キリエが苦笑して、私達を見ているもの。
「済みません。知ったら皆さんがプレゼントを用意しようと、色々苦労するだろうってユーちゃんが。なので、口止めされていました」
「キリエさん!? そんな、知っていたんですか!?」
まぁ、それは知っているでしょうね。だって、ユートが生まれた時から側に居たんだもの。
「ユーちゃんへのプレゼントなんですけど、皆で贈る事ができるものを私が代表して用意しておいたんです。皆で一緒に作れるものですね」
そう言ってキリエが差し出したのは……指輪だ。
「私達の魔力を、この指輪に嵌っている魔石に流し込むんです。そうすると、私達にユーちゃんが贈ってくれた指輪と魔力的に繋がります」
……よく、解らないんですが。
「魔力的に……ですか? それは、どういう……?」
「つまり、ユーちゃんに魔力を送ってあげる事なんかが出来るんです。逆も可能ですけどね。無茶ばかりするユーちゃんを、いざという時はこれで助けられます」
な、成程……! でも、それって遺失魔道具なんじゃ……。
「ほら、私これでも天使ですから」
そう……だった。キリエは最高神であらせられる創世神様直属の天使であり、ユートの守護天使なんだった……!!
皆で魔力を流し込んで、完成した指輪。それをユートに贈るのだけれど、今回の主役という事で、私が代表で贈る事になった。
「それじゃあ……おめでとうユート」
ユートの左手の薬指に、指輪を嵌めてあげる。すると、私の指輪から魔力が放たれた。
「ありがとう、皆。大事にする」
ユートからの魔力だ。温かくて、包み込むような魔力を感じる。
その後、一人ずつユートにお祝いのキスをして、私達は婚約披露の準備に向かった。
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うん、アヴァロン王国で婚約披露をするなら、やはりこうなるわよね。世界同盟加盟国の王族、勢揃いです。
「いやぁ、ユート君は本当に固定概念を破壊してくれるね」
「アンドレイ、ユートの趣味はきっと常識ブレイクだよ」
「普通は選ばない選択肢だからなぁ……」
イングヴァルト王とオーヴァン魔王・ファムタール騎士王が苦笑し合っている。
「ユート殿の世継ぎが生まれるのは、時間の問題かもしれんなぁ」
「王妃十人というのも凄いとしか言いようが無い……保つのか?」
「アヴァロン王、うちの娘もどうかね? 二人とも器量は良いと思うのだが」
同様にミリアン獣王とジークハルト竜王が苦笑し、ケルム獣帝は本気か冗談か解らない発言をしている。多分、獣帝は本気だろうな。
ちなみに、この三カ国と勇者ユウキ・マナ一行は、ニグルス獣聖国とリレック獣皇国へ向かっていた。その途中でまず、ユートの臣下が死者蘇生や欠損回復して復活したと聞き付け、アヴァロン王国に転移したそうだ。曰く、「道程に余裕はあるし、明日から頑張る」とのこと。
更に私との婚約を聞き付け、「新しい婚約者、それも女王との披露会なら出席しなければ! 明日から頑張る! 三倍くらい頑張る!」だそうだ。さっき、本人達が言ってた。
勇者ユウキが「トラ●ザム」とか、勇者マナが「赤くて三倍」とか言っていた。何の事か解らないので、後でユートに聞いてみよう。
「ユート殿とエメアリア女王の子が、次代のエメアリアの王になるか」
「アヴァロンの血がエメアリアに入るというのは、羨ましくもあるな」
ユエル王とシンフォニア王は、うんうんと頷き合ってユートを囲んでいる。
見た目年齢がユートと近いので、同年代の友人に見えてしまうわね。実際、両王はユートと仲が良いみたいだし。
「私も混ぜて貰おうかしら? なんちゃって」
ポーラ大公がそんな冗談を言う。冗談……だよね?
そんなポーラ大公を見て、ヒルベルト王とトルメキア女王が苦笑している。加盟国ではない両国だが、ユートが声をかけて呼んでいた。
そしたら、「行って良いんですか!?」みたいな反応が返ってきたらしい。ユートが苦笑いして「来てくれないと寂しいし」等とのたまっていた。自国を攻められた王の態度ではない。
「しかし婚約者のメンツが凄いな。元義姉に元義妹、人間族の公爵令嬢と子爵令嬢、エルフの公爵令嬢……」
「それに加えて魔王の妹に、獣人族の新英雄とメイド、異世界の勇者……そこについに女王が加わる訳か……」
クエスト王とヴォルフィード皇帝が、何とも疲れた顔をしている。
あれ、もしかして私が婚約者になるのって、そこまで大した問題じゃなかったりする?
というのもユートと婚約した直後に、私は色々と教えて貰っているのだ。
元義姉(ユートの守護天使)に、元義妹(神竜)、メイド(人間族の世界神ヒュペリオン様)、勇者(異世界でのユートの後輩)。
アリスとリイン、ノエルは貴族の令嬢で、クリスは魔王の妹でアイリは元獣人奴隷。
しかし、これにも注釈がつく。それぞれ魔導姫・精霊姫・騎士姫・魔剣姫・獣剣姫と呼ばれる存在であり、高位の冒険者であり、数々の叙勲を受けた存在である。
……濃い、メンツが濃い……成程、道理で婚約者になった後、彼女達の態度が「今度は現役女王が入ったよ、やったね!」みたいな空気だったわけだ。普通の女王でごめんなさい。
「しかし、十人目か。モテモテじゃないか、我が息子!」
「ふふっ、プリシアちゃんも義娘になるのね。宜しくお願いね?」
内心で意味も無く凹んでいると、そんなお声をかけられた。
ゆ、勇者レオナルド様と聖女アリア様……!! そうだった……! ユートのお父さんとお母さんなんだから、居て当然だった……!!
「ふ、不束者ですが! 宜しくお願い致しますっ!」
「そんな緊張するなって、これからは親子なんだからさ」
「そうよー、気楽に接してね」
こ、このお二人が私の義理のお父様とお母様に……!!
「そんなワケだから、アタシらも親戚みたいに思ってくれよ?」
背後から、更にかけられた声……!! 振り返ると、そこには英雄が居た。
拳聖ベアトリクス様に、剣鬼ローレン様と大魔導師エメリア様……!! 特級鍛冶職人ガンツ様、竜騎士リンドヴァルム様も……!! 魔王アマダム様と聖女アリア様を含め、七人の英雄が集結している!!
「は、は、はいっ! ありがとうございますっ!!」
なんとか、返事の言葉を口に出来たのだけれど……婚約発表前に、めちゃくちゃ疲れてしまった気がするわ。
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先代勇者のパーティと、各国の王族・主要貴族は貴賓席へと向かい、私は他の婚約者と一緒に王城の屋上に来た。ユートの部屋の上、天空庭園だ。
「じゃあ、婚約披露会と行こうか!」
……何か、東の空に変なのが現れた。ちょうど、転移門の真上あたり。
もしやと思って視線を北に向ける! 北にもある!! 西もだ!! 南にもあった!!
「ユート、アレ、ナニ」
「何でカタコト?」
「アレ! ナニ!?」
思わず詰め寄ってしまう。でも、それも仕方の無い事……だって、あんなの見た事も聞いた事も無い!
「お、おう……落ち着いて? あれは新作の遺失魔道具だよ。”天空を染める星”って言って、空に映像を投影するんだ。うちの城の構造だと広場に民を集められないから、苦肉の策だね」
苦肉の策で遺失魔道具を作っちゃう旦那様……かぁ……。すると、両肩をポン、と叩かれる。
「諦めましょう」
「慣れましょう」
アリスとノエルの言葉に、私は乾いた笑いしか出来なかった。
そして、婚約披露が始まった。
『アヴァロン王国に住む諸君!少々耳を貸してくれ!』
そこらにある”もにたー”というモノに、天空を染める星が撮影した映像が映し出されている。
あー、国民達が「何だ? 何だ?」とキョロキョロしている。ユート、何やっているの?
『突然済まない、僕だよ!!』
『ユーちゃん、ちゃんと名乗って下さい』
そうだよユート、ちゃんと名乗って。
『このアヴァロン王国を治める……そう、僕だよ!!』
『名乗ってない!! ユート、それは名乗ってない!!』
あれ、私の声も拡散しているみたい。
『じゃあ、王だよ!!』
『あ、うん……もうそれで良いです』
そんなやり取りに、もにたーに映る民達は「なんだ、陛下かー」とか「またやってるよ、陛下」とか言っている。この国、ゆるっ!!
すると、民が一斉に視線を空の一点に向けた。ちらりと視線を映すと、私達の姿が空に投影されている。成程、これは便利かもしれないわ。
『さて、今日は一つ発表がある。新しい婚約者の紹介だ』
ユートの宣言に、民は「おぉー!」とか「ついに二桁か!」とか「今度はどんな人なんだ?」とか言ってる。何となく、一つの単語が頭に浮かんだ……。
——よ く 訓 練 さ れ た 国 民。
『先日僕は、プリシア・ヴァン・エメアリア……エメアリア魔法国の女王と婚約した』
最初は、きっと「はぁ!?」とか「えっ!?」とか「なんじゃそりゃあ!!」みたいな反応なんだろうなと思っていた。しかし、もにたーに映る民達は……予想を尽く裏切ってくれた。
「女王様と結婚とは、流石は陛下だ! さすへい!」
「むしろ、今まで女王と婚約していない事の方が不思議だったんじゃないか?」
「じょおうさまがじゅうにんめのおうひさまになるのー?」
「すげー! へいかすげー!」
「わたしもへいかのおよめさんになるー!」
「という事は、アヴァロン王国はエメアリア魔法国と結婚したという事になるな!」
「新婚国ってか?」
拍手と共に、そんな声が聞こえてくる。
何この国、ちょっと怖い。何が怖いかって、私もこんな風に染まっちゃうんじゃないかって思うと怖い!!
『プリシア様、諦めが肝心です』
『本人いわく、アヴァロン王からは逃げられないそうです』
わざわざ念話でそんなアドバイスをくれるアイリとリイン!! 何の解決にもならないけど!!
頑張れ私、笑顔を崩しては駄目!! 特に頑張れ表情筋!!
『さて、それじゃあプリシア。一言、挨拶を頼む』
あ、はい……そうね。でも、何言えば良いんですかね? 私がさっきまで考えていた挨拶の言葉、エメアリア流王族の挨拶なんで。アヴァロン王国でやったら、逆に浮くんじゃないかな。
えぇい、もうどうにでもな〜れ☆
『プリシア・ヴァン・エメアリアです。エメアリア魔法国の女王です。今日からアヴァロンとエメアリア両方に住みます、よろしくお願いします』
もう、これでいいよ。多分どう言っても変わらないと思うもん。
しかし、不意打ちは突然やってくる。
「女王様ー! よろしくなー!」
「アヴァロン王国へようこそー!」
「歓迎しますよ、王妃様ー!」
「陛下とお幸せにっ! おめでとー!」
「アヴァロンとエメアリア、ばんざーい!」
「今日からアヴァロン王国の仲間っすね!」
「うちの店に食べに来て下さいな、王妃様! サービスしますよー!」
「困った事があったら言って下さいねー!」
「ようこそ、プリシア様ー!」
「陛下ー! 女王様ー! おめでとー!」
口々に投げ掛けられる、歓迎と祝福の言葉。何でもないこと……でも、それはとても大切で尊いこと……嬉しくて、涙が溢れてしまった。
『おっと、プリシア……ほれ、涙拭いて』
そう言って、ユートが私の涙をハンカチで拭ってくれる。もう、あなたはこういう場でそういう事を……いえ、そもそも私が泣いたせいなんだけど。
アヴァロン王国の民、そして同じ婚約者や中核メンバー達に私は暖かく迎え入れられた。
その後、王城が開放されてパーティーが催された。私とユートの婚約祝いと、ユートの誕生祝いだ。
今日が誕生日だという事を初めて知った各国の王達は慌てていた。
盛大なパーティーで、私はアヴァロンの民とも顔を合わせて話したりした。ユートが普段から城下や開拓地に顔を見せているので、アヴァロン王国民は皆、親しみをもって接してくれる。
エメアリアでは出来ないけれど、たまに城下にも行ってみようかしら? 勿論、旦那様や同志達と一緒に。
ユートの左手の薬指に嵌められた指輪を見て、私はそんな事を考えていた。




