15-12 幕間/奴隷マサヨシ・カブラギの独白
俺の名前は、マサヨシ・カブラギ。クロイツ教国が召喚した勇者で……今は、アヴァロン王の奴隷だ。
俺は、クロイツ教国に虚偽の報告をし、クロイツ教国崩壊及びアヴァロン王国襲撃の原因とされた。
その責任を負い、クロイツ教国に課す賠償金の代わりに、アヴァロン王国の奴隷となった。くそっ……何で俺がこんな目に……っ!!
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奴隷の身分にさせられ、ユート・アーカディアとメグミが去った後、俺は幼いメイドの女の子と執事の男の子に案内された。
向かうのは、これから俺が使う部屋。ユート・アーカディアの事だ……狭くて汚い部屋に違いない……。
それに、こんな幼い子供を働かせるなんて、なんてヤツだ……! 今はまだ出来ないが、この子供達も必ず解放してあげないと……!!
案内された部屋に入り、まず俺は驚いた。俺に用意された部屋、とても広いし綺麗だ。
え、ベッドがある……奴隷、なんだよな俺?
トイレがあるのは助かる。 ……ふ、風呂もあるぞ!? しかも露天風呂!?
思わず、渡された魔導通信機とやらで、ユート・アーカディアに連絡してしまう。
「ユート・アーカディア!用意した部屋間違えていないか!?」
『何だ、不服だったのか?』
「ひ、広すぎるだろ! それに、ベッドに風呂まで……!」
ここは王城だから、豪華な部屋があるのは理解できる。 しかし、その部屋を奴隷に使わせるとか、ちょっと意味が解らない。
『ん? あー、まぁ日本の一般家庭からしたら広いもんなぁ。一応、うちの城で一番小さい部屋だ、つべこべ言わずにそこを使え。部屋の設備も好きに使え。あ、あと朝飯は七時だからな、ちゃんと休んで起きて来いよ。じゃあおやすみ』
切られた!
し、しかし……良いのかな、本当に……とりあえず、風呂に入ろう。
……遺失魔道具だろ、これ!? シャワーや給湯水栓を見てまさかとは思ったけど!!
トイレも水洗式(ウォシュレット付き)だし、換気扇まであるし!! 照明もよく見たら調光機能付いてるし!
ベッドは……ベッドは普通だよな!? ……うわぁ、超ふかふかだ。
クロイツ教国でもそれなりの部屋を用意されたけど、正直格が違ったよ……。
その日は色々あって疲れていたから、俺はすぐに眠りに落ちた。
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翌朝の目覚めは、何とも言い難い心境だった。
部屋は非常に快適だった……問題…居心地が悪い、精神的に。
身体の疲れは取れたのだが、俺の扱いはこれで本当に良いのだろうか? と疑問を感じてしまう。 奴隷……だよな、俺?
朝食の時間になり、俺は食堂に向かう。そこでは幼いメイド達が調理し、幼い執事達が料理を運んでいる。
しかし、何だこれ? 机の並びとか、調理場が見えたりとか、何か懐かしい気が……。
って、学食だ!? 高校とかの学食そっくりの配置だこれ!!
おや? 一部、違う料理が用意されている机がある……。 あれは、何でだ? 格差か、格差があるんじゃないか?
卵とかを使っていない料理や、乳製品を使っていない料理が……待てよ?
アレルギーか!? アレルギーがある人用の料理じゃないか!? この世界にアレルギーという概念、あるのか!?
そこで、ちょうどそこに来た桜井に聞いてみた。マナ・エルザ・マリアも一緒だったらしい……たまたまかな?
「あぁ、この子達は同盟国の元孤児や浮浪児です。アヴァロンで引き取って、十歳以上の子達は生活費を稼ぐために使用人として働いているんです」
……そうだったのか。
「十歳未満の子達は、使用人用の別邸で暮らしてるんだよ。そこで勉強や家事とか、その他諸々を学んでいるんだ」
使用人用の別邸=事実上の孤児院らしい。身寄りの無い子供達への、救済措置だったのか……。
「あれるぎー? ってのはユート兄が見付けたんだよね」
「卵とか、牛乳とかね。具合が悪くなった子供達も、それからは元気してるわ」
何でも、ユート・アーカディアが具合の悪い子供を見て判明したらしい。見ただけで解るとか、何なんだアイツは。
朝食は、とても美味しい。しかし……周囲の視線が、気にはなる。何故俺は、中核メンバー席の端で食事をしているんだ!?
「ジル〜、これあげる〜」
「人参嫌い直しなよメアリー……」
「ほら〜、あ〜ん」
「……あ、あーん……」
仲の良い獣人の少年少女。この二人、執政院に所属しているらしい。きっとこの幼い子供達を、ユート・アーカディアは政務でこき使っているに違いない。
ユート・アーカディアに対する怒り……しかし、それを表に出す事は許されない。何故、俺がこんな目に……!!
「じゃあお返しにあーん」
「人参〜!?」
……あ、なんか平和だな。
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さて、朝食を終えた俺は、ユート・アーカディアに呼び出された。
執務室は、やけに機能的だな……それに、無駄な装飾とかは一切無い。クロイツ教皇猊下の執務室は、やたら黄金の女神像とか絵画とかが飾られていたな……。
「でだ、とりあえず労働して貰うんだが……どうしても無理! とかいうものはある?」
……まぁ、部屋や食事を提供されている身だ、労働する事に文句は無い。無いんだけど……。
「なぁ……命令して強制するものなんじゃないのか、そういうのは」
「虐待ダメ、ゼッタイ。あと、折角だから午後から騎士団や魔法師団の訓練にも参加してくれ。多分、得るものがあるだろうから」
ふむ……こちらとしても、自分の力に磨きをかけるのは悪くないな。いつか、コイツを倒して自由を勝ち取る為にも……。
「それと、明日は世界同盟加盟国の首脳陣を招いて、今回の騒動の報告会をするから、当事者の1人として同席して貰う」
「……あぁ」
仕方のない事とはいえ、流石に気は進まない。
そんな会話をしていた俺達だったが、ずっと俺に冷たい視線を向けていたクリスが口を開いた。
「……敬語、使う」
……け、敬語?
「まさか、このユート・アーカディアに敬語を使えって言うのか?」
口に出して、これは失言だったと気付いたが……遅かった。
「あなたは自分の立場が分かっていないようですね、マサヨシ・カブラギ。犯罪奴隷の分際で、国王陛下に向かってその口の聞き方は何ですか」
そんな、キツい言葉を浴びせて来たのは、確かノエル・アイングラムという女性騎士だ。彼女は、イングヴァルト王国の貴族で、親善大使でもあるらしい……。
「ユート君は優しいですからあまり厳しい事を言いませんが、私達はあなたの行いに腹を立てています。アヴァロン王国の民が、虐殺されるかもしれなかったのですから」
厳しい視線で、アリスがそんな事を言う。
やはり、ユート・アーカディアに洗脳されているせいか、贔屓が過ぎる。ここは、正論で彼女達の目を覚まさせるしかない。
「ま、待ってくれ。クロイツ教国が戦争を仕掛けた証拠なんて、無いんだろう?」
「ありますよ」
そ、そんな馬鹿な……!!
俺は、モニターにしか見えない遺失魔道具に映し出された映像を見て、愕然とする。
防犯カメラまであったのか!! 過去の勇者が作った物……だよな? 多分そうだ、そのはずだ。
それに映っていたのは、確かにクロイツ教国の神殿騎士達だ……見覚えがある顔も多い。
「転移門を開放する前に、遺失魔道具を使用して攻め込んで来たクロイツ教国です。宣戦布告も無しにですよ?」
そんな……い、いや!! この映像も、ユート・アーカディアが偽造した映像に……そう言いかけて、気付いた。
俺に向けられる視線が、冷めている。ここで、言い合ってしまったら……きっと、何か取り返しのつかない事になる。
「で、あなたは先程からアヴァロン王に対して、無礼ばかりを働いていますが、一体どういうつもりなのか、自身の言葉で説明して貰いましょうか」
……メグミの言葉は、恐ろしい程に冷たい。背筋が凍るような気分だった。
冷え切ったメグミの視線に、俺は悟った。ここは、アウェーなのだと……。
「みんな、そこまでだ」
そんな空気を変えたのは、ユート・アーカディアだった。
「この後の予定もあるし、今更言っても仕方がないだろ? それに人の心はそんな簡単に変わらないさ、奴隷落ちした直後だし。その辺は、時間をかけて追々でいいだろ」
……くっ、まさかコイツにフォローされる日が来るとは……!! しかし、不本意ながら助かった事は助かった……。
「とりあえず……そうだな、政務の書類を運んで貰おうか? いつもジルやメアリーがやってくれているけど、正直数が多くて大変だから」
幼い二人になんてことをさせているんだ、コイツは!
「解った、俺がやる」
あの二人にそんな重労働、させられるか!
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……何がどうなっているんだ? ジルとメアリーは、普通に書類を運んでいる。幼い少年少女なのに、俺とたいして変わらない量の書類を運んでいるのだ……。
執政官というくらいだから、そんなにステータスも高くないのだろうに……。
「失礼します。ご主人様、書類をお持ちしました」
「今日も~いっぱい~!」
二人を出迎えるユート・アーカディアは、笑顔だった。
「いつもありがとう、二人とも」
「いえ、これくらい構いませんよ」
「どうってことない~!」
随分と、気心知れた仲のように見える……。
「マサヨシも、二人の手伝いご苦労さん。今日の書類はこれで全部なのかな?」
……なんか、普通に接してくるんだが。
「あ、あぁ……今日はこれだけ……なんだよな?」
「ええ、今日はこれで全部です。珍しく、書類が少ないですね」
ジルの言葉に、思わず首を傾げる。
これでか? 机の上に積まれた書類は、かなりの量があるんだが……。
「そうだな、これなら午後の訓練までには終わるだろうし、今日は参加しようかな?」
あぁ、朝に話があった騎士団と魔導師団の訓練か。俺も参加するんだったな……。
「さぁて、そうと決まればお仕事しますかね!」
執務机についたユート・アーカディアは、一枚の書類を手に取った。その書類をサッと読むと、何事かを書き込んでいき印を押す……。
あれ、どう見てもボールペンと印鑑なんだが、つっこんだらいけないヤツだよな……? そして、机の端に置かれた書類をジルが手に取ると、中央の机に置かれた箱の中に入れていく。
「仕分け……なのか?」
「ええ、机で他国への文書と国内の文書を分けています。箱で、国内だったら冒険者ギルドだったり職人ギルドだったり、各開拓村の長宛だったりと分別します」
成程、効率的だな。
「では、私達も始めましょうか」
「そうですね、頑張りましょう!」
どうやら、メグミやキリエ達も執務を手伝うらしい。
文書の確認と押印はユート・アーカディア、キリエとアリス、リイン、クリス、エイル。仕分けはジルとメアリーに、アイリとメグミ、ノエル、ヒルドが加わるようだ。
最も、この人数でもこの量は流石に……この仕事、思ったよりきつそうだな。
「ボサッと突っ立っていないで、あなたも手を動かして下さい。最初は時間が掛かっても良いですから」
アイリの冷たい言葉に、他の面々の視線が集中する……つらい。
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書類が、凄いスピードで減っていく。しかも会話をしながらだ。
「魔導列車の路線計画関連の書類あるか?」
「はい、既に確認したモノがここに」
「キリエさん、移民受け入れ要請の書類って何カ国分あるか解ります?」
「加盟国の数ですね」
「やっぱり……」
「リイン……これ、どうする?」
「……親善大使駐在の陳情書ですか。これは、後で会議に回しましょう」
「ジル君ー、新しい箱あるー?」
「はい、ただいま!」
「アイリちゃん、これはもう持って行っていいのかな?」
「あ、まだ少し待って下さい」
目まぐるしく、動き回っている。
「マサヨシ、この書類を、そこの応接机の上に置いておいてくれるか」
「あ、あぁ……」
受け取った書類には、要望に対する返答が事細かに記載されていた。
こ、この短時間で……? コイツ、もしかして有能なのか?
「おっと、ユウキからか。もしもし、ユートだけど……あぁ、お疲れさん」
魔導通信機を取り出し、耳元に持っていきながらユート・アーカディアは、書類を確認している。相手は桜井か。朝食の時にはいたが、この政務には参加していないんだな。
「相談? あぁ、西エリアの開拓か。宿泊施設……まぁ、確かに必要だよな。うーん、サクライ領のある西地区だから、西大陸の建築職人に依頼したい所だね……あぁ、その分、東地区の建築は東大陸、北地区は北大陸と、仕事を振り分ければいい」
アヴァロン王国の開発には、世界同盟に加盟している国々の援助がされているらしい。腕のいい職人達が、こぞって参加しているそうだ。お陰で、王都の街並みは多種多様な建物でありながら、どこか統一感があって見応えがある。
「うん、解った。それじゃあ、各国に親書を送るから。そうだね、最初は僕が一緒に依頼に付いて行って、その内ユウキや周囲の人に任せるようにしていこうか。うん、それじゃあよろしく」
話だけ聞いていると、若手の部下に同行する上司みたいだな。
「マサヨシ、そこの棚から紙と封筒を出して貰っていいかな」
「解った……これで良いのか?」
「あぁ、それで大丈夫。あ、ゴメン七通分を頼む」
「いや、構わない」
桜井は侯爵として、西地区の開発に携わっていると聞いた。同じ勇者として、桜井の手助けになるならば手伝う事に否は無い。
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それからしばらく政務を続け、書類の山は綺麗さっぱり片付いた。しかし、まだまだ政務は終わらないらしい。
「それじゃあ、封をしていくか」
山のような封筒に宛名を記入し、キレイに折り畳んだ書類を入れていく。そして、封筒に印章を押して送る準備が完了した。そんな作業を、全員で黙々と続ける……内職をしている気分だ。
全ての作業が終わったのは、昼前だった。
「よし、終わったな。それじゃあ昼までは自由時間だ」
何か、俺が居ても居なくても変わらなかった気がする……ま、まぁ最初はそんなものだよな。
昼食には桜井達も戻って来て、朝と同様に全員で食事をとる。
それにしても、使用人も奴隷も皆同じ場所で(一部を除いて)同じ物を食べるんだな。
クロイツ教国では、こんな事は無かった。俺は勇者として厚遇されていたから、教皇猊下や枢機卿に晩餐に招かれる事はあったが、使用人達は付き従うだけだった。
この世界の常識ではありえないが、どちらが良いかと聞かれたらこちらの方が好きかもしれない。
しかし……やはり思ってしまう。学食にしか見えない。
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午後になり、俺はユート・アーカディアに同行して王都から出る。確か、こっちは東地区だな。
「やぁ、陛下君! 今日は訓練に参加するのかい?」
「よっ、グレン。午前中で政務が終わったからね」
……銀級冒険者グレン。オーヴァン魔王国で俺達と出会い、行動を共にした男だ。彼は、アヴァロン王国に仕官したらしい……。
「ご無沙汰しています、マサヨシ様」
俺に気付いたグレンが、そう声をかけてくれる。
「あ、あぁ。久し振りだ、グレン」
そう言うと、グレンの側に居た兵士達が殺気立つ。
「様を付けろよ、このデコスケ野郎!!」
「奴隷の分際で、ブライントン伯爵閣下に対してその口の利き方は何だ!!」
「勇者だからって調子に乗るなよ!!」
……ここもアウェーらしい。
「やめたまえ諸君」
兵士達を諫めてくれたのは、グレンだった。
「勇者マサヨシ様は、クロイツ教国から世界情勢や事実関係を知らされずに、情報操作を受けていたに違いない。奴隷の身分である現状は本意では無いだろうが、今も君達の言葉を正面から受け止めておられた。マサヨシ様は罪を償う心構えを持つ、気高き精神をお持ちなのだよ。流石の一言に尽きる、そうだろう?」
そう言うと、グレンは俺に向き直る。
「私の部下達が失礼しました。今のお立場はお辛いかと存じますが、私は再び困難に対して勇敢に立ち向かうマサヨシ様のお姿が拝見できると確信しております。どうぞご自愛を」
……この国で初めて優しくされた気がする。
「マサヨシ・カブラギのあれ……素ですよね?」
「罪を償うなら、ユート様にあの態度は無いでしょう……」
「そもそも、困難に対して勇敢に立ち向かった事がありましたっけ?」
「……グレン、おバカ……」
聞こえているぞ、アリス、アイリ、リイン、クリス!!
そこへ、狼獣人の男性がやって来た。
「おっし、揃ってるな……おぉ、ご主人!」
「よっ! 政務が午前中に終わったから、参加するわ」
「そりゃあ、俺らも身が入るってもんです!」
確か、彼は軍務局長だったはずだ。名前はクラウス・グランツ伯爵だったか。
やって来たのは、彼だけでは無かった。職人ギルドのギルドマスターである、ドワーフ族のマルク・ヴィーン伯爵。そして竜人族のフリードリヒ・ムラーノ侯爵……桜井と並ぶアヴァロン王国最高位の貴族だ。
フリードリヒ侯爵と一緒に勇者であるノゾミと、ドワーフ族のクラリスもいる。更には、ジルとメアリーまで……って、待てよ!?
「お、おいユート・アーカディア! ジルとメアリーまで訓練に参加させるのか!?」
「そうだけど? 二人も腕が訛るのは嫌だって言ってたしな」
馬鹿な、こんな幼い子供になんて事を……!!
更に言ってやろうとしたのだが、後ろから頭を叩かれた。
「いたっ……!! な、何を……!!」
振り返った先に居たのは、マナだ。
「マナ、何をするんだ!!」
「何をするじゃないでしょうが。いい、ジル君は伯爵だからね?ジル・ウィンカー伯爵!」
……マジか。ウィンカー伯爵……執政院のトップじゃないか!? 何やっているんだ、ユート・アーカディア!?
「まぁまぁ、マナ。鏑木さんの様子だと、知らなかったみたいだし」
「うー……ユウキは甘いよぉ……しゅきぃ」
……え、何? この二人、そういう関係になったのか?
「おっと、エルザちゃんを忘れて貰っちゃ困るよ!」
「ふふ、年上の魅力ならマナより上よ?」
ドワーフ族のエルザと、竜人族のマリアまで!?
「ま、まさか三股かけているのか!?」
「阿呆、うちの国も一夫多妻制が認められているんだよ」
答えたのはユート・アーカディアだった。
「お前、また自分の都合のいいような法律を……!!」
「この世界、大半が一夫多妻制らしいぞ。あぁ、クロイツ教国は一夫一妻制だったか」
そんな口から出任せには、騙されないぞ!!
「あのー、ご主人? そろそろ始めて良いっすかね?」
「ん? あぁ、そうだな」
くそっ、後で絶対に追及してやる……!!
さて、騎士達と魔導師達が整列して、表情を引き締めている。俺は騎士団の最後尾に並ぶように言われた。
……おい、メグミやキリエ達まで参加させるのか? 何を考えているんだ、ユート・アーカディアは……。
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……ちょっと、おかしくないかアヴァロン王国!?
まず、ウォーミングアップっていうのは、軽いジョギング等の事だ。決して訓練場の外周を全速力で50周するのは、ウォーミングアップとは言わない!!
そして、ユート・アーカディアVS騎士団+魔導師団全員とか、頭がおかしいとか思えない!! で、最後まで一撃も喰らわずに平然としているユート・アーカディアは本気でありえない!! ぶっちゃけありえない!!
しかも全員が全員、模擬戦を2時間程続けているのに、最後までユート・アーカディアに全力攻撃しているのに、バテていない!!
絶対に遺失魔道具を使ってズルしているに決まっている……んだけど、そしたら騎士達はおかしくないか?
何でこんなデスマーチやった後で、普通に笑って素振りしてんの? ユート・アーカディア、騎士達に一体何をしたんだ!?
その後、騎士達は各々相手を見付けて訓練を始めた。魔導師団は魔法の訓練をやるみたいだ。
メグミ達女性陣は、女性同士で組んで訓練をやるらしい。そして俺達は……。
「ぐはぁっ!?」
「ホラホラ、攻撃は剣で受ける! 刃が立っていれば、相手にダメージを与える事もあるかもしれないし無いかもしれないからな!」
対ユート・アーカディア、再び。しかも、桜井・フリードリヒ・グレン・俺の一対四だ。
「く……っ!!」
「陛下君、本気で行かせて貰うぞ!」
「陛下、参ります」
「前衛は任せた!!行くぞユート!!」
何か、背後からめっちゃ剣が飛んでるんだけど? なにこれ怖い。
「おー、コレコレ! ユウキのオリジナル!! マナ達から聞いてたけど、見るのは初めてだな!」
飛んでくる剣を、片っ端から銃で破壊しているユート・アーカディア。正確な狙いもさる事ながら、アイツの銃は弾切れしないのか? いや気付けば、使う銃が変わっている……あれは、無限収納庫じゃないのか?
「陛下君、後がお留守だ!!」
「ふんっ!!」
「ぬぐぅっ!?」
グレンの奇襲は完璧だった……相手の隙を突ける速度で迫ったのに、ユート・アーカディアは完璧に見切っていたように、カウンターを食らわせていた。う、後ろに目でも付いているのか、アイツは……。
「ふんっ!!」
離れた場所で腕を振るうフリードリヒ、何をしているのか……?
ユート・アーカディアは身体能力が高いのか、バック宙をして何かを回避したようだ。瞬間、ユート・アーカディアが立っていた付近の地面が爆ぜた。
な、何だ!? まさか、フリードリヒが何かしたのか!?
バック宙の最中、ユート・アーカディアはグレンとフリードリヒに銃撃する。
「ぐぁっ!?」
その時、左肩に激痛が走る。お、俺にも撃ったらしい……全然見えなかった。
左肩は、痛みこそあるものの出血等は無い。地面に落ちた弾を見ると、先端が金属では無かった。ゴ、ゴム弾……なのか?
「鏑木さん、ボーッとしていると滅多打ちにされます。動き回って撹乱して下さい」
努めて冷静な桜井の言葉と同時に、背筋を寒いものが駆け抜けた。
慌てて飛び退くと、俺がいた場所を何かが通り抜ける。じゅ、銃撃……ユート・アーカディアか!!
そのまま、射線を切ろうと駆け抜けるが、途中で銃撃を喰らう。しかも、一発じゃなく何発もだ。
「相手の裏をかく動きを覚えろ! でないとすぐに捕捉されて、痛い目見るぞ!」
見てる、今見ているんだよ! く、くそっ!
結局、その日は何発もの銃撃を受けてボコボコにされた。
「うーん、まだ調整が必要かな……」
「まだまだ、私も鍛錬が足りていません……」
桜井とフリードリヒは数発、ユート・アーカディアに攻撃が通っていた。
「あぁ、こんなに早く陛下君に一撃を与える事が出来るとは思わなかった……愛する人達よ、私はやったぞ……!!」
グレンは一撃、ユート・アーカディアの隙を突いた攻撃が通っていた。掠り傷レベルだったが、一撃は一撃だ。
……俺は、銃でメタメタにされて終わった。
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夕食も、朝昼同様に学食……じゃない、食堂でとる。
「いやぁ、派手にやってましたね?」
「ユートにガトリングガンを使わせられたのは初めてでしたけど、あれ使われるとかなり辛いです」
「手数と威力、共に一級品でした……また、対抗策を練らなければなりませんな」
「私は、今度は掠り傷ではなく明確な一撃を与えられるようにせねば!」
桜井・フリードリヒ・グレンの表情は真剣だ。なるほど……あんな化物相手に訓練していれば、そりゃあ強くもなるか。
夕食を終えた俺に、メグミが皿洗いを命じて来た。
「使用人の子供達は、孤児院……もとい、使用人邸で幼い子供達のお世話もあります。日中はオフの子達が面倒を見ていますが、手が多くて困る事はありませんから」
言い方がそっけない……しかし、内容は納得できる。
そもそも、彼等は成人前の子供なのだ。自由な時間も欲しいだろうしな。数十人分の食器を洗うのは骨が折れそうだが、子供達の為にも頑張るとするか。
……何で、全自動食器洗い機があるんだ!? しかも、入れられる容量が頭おかしい、夕食の食器を100組入れても余裕があるんじゃないか!?
……ありました。
「……倍近く入るだろ、これ……」
し、しかし……これ程の大きさだ。しっかり洗えるとは限らないよな……。
ピッカピカになりました。
「……これも、奴が作ったのか?」
以前、教皇猊下に付いて来たホシノ兄弟討伐の説明会。あの時の話では……ユート・アーカディアは、遺失魔道具を作れるような事を仄めかしていた。もしかして……本当に?
「あ、あの……」
厨房の入り口に、侍女の女の子が居た。
「あぁ、どうしたんだ?」
「こ、これ……」
おっかなびっくりといった様子で、女の子が紙を差し出してくる。ラブレター……なワケないな。
「……食器棚の……振り分けです……困ると思ったから……」
あぁ、なんてありがたい。
「済まない、とても助かるよ」
「は、はい……それじゃあ」
女の子は、サッと走り去って行った。人見知りするのか、それとも俺が余所者だからなのか、女の子はずっとオドオドした感じだった。
「……ありがとう」
棚の振り分けメモを見てみる。
ボールペンっぽい物で書いた文字。見覚えがある字だった。
……くそ、余計な気を回しやがって……。
でも、助かるのは事実だ。一応、一言くらい礼を言っておくか……。




