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刻印の付与魔導師(エンチャンター)  作者: 大和・J・カナタ
第15章 クロイツ教国Ⅱ
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15-08 幕間/クロイツ教皇の最期

 我が名はゴルトローゼ・マルクト・クロイツ。クロイツ教国を治めし教皇である。

 現在我がクロイツ教国は、勇者タイシ・タナカによって齎された遺失魔道具アーティファクトを以て、アヴァロン王国を襲撃する為に準備を進めている最中である。

 ここへ来て、神は我々に味方した。遺失魔道具アーティファクトを駆使するアヴァロンの王に対抗する事の出来る力が手に入ったのだからな。


 タイシ・タナカの話では、ギルス帝国はアヴァロン王国を打倒して、世界をあるべき姿に戻すべきと考えているらしい。

 故にギルス帝国に同調した、ヒルベルト王国・トルメキア王国も、襲撃に参加するとの事だ。

 更に、勇者ノブヨシ・ナルカミがトルメキア軍、勇者フミナ・ヌマジリがヒルベルト軍に参加し、タイシ・タナカもギルス帝国を率いると言う。

 四人の勇者と、四つの国が一丸となり、アヴァロン王国を滅ぼす時がついに来たのだ。


************************************************************


 まずは下級の暗殺者を送り込み、最優先である遺失魔道具アーティファクトの設置は滞りなく終わったようだ。暗殺者は捕らえられただろうが……所詮は捨て石だ、一向に構うまい。


 タイシ・タナカから譲り受けた遺失魔道具アーティファクトは三つ。

 偽装の遺失魔道具アーティファクト。転移の遺失魔道具アーティファクト。そして、伝令の遺失魔道具アーティファクトだ。

 偽装の遺失魔道具アーティファクトでアヴァロン王国の転移門を潜り、転移の遺失魔道具アーティファクトを使用して軍を送り込む。

 それらの首尾は、伝令の遺失魔道具アーティファクトで逐一報告が来ている。

 転移の遺失魔道具アーティファクトは、常に魔導師が魔力を流し続けなければならないものの、転移門を介さずにアヴァロン王国へ一瞬で飛べる優れた物だった。


 勇者タイシとギルス帝国が本心では何を企んでいるかは知らぬが、有効活用させて貰おうではないか。

 アヴァロン王国は国民五百人程度の小国だ、勇者四人と万に達する規模の軍の前には、無力だろう。


「聞け、我が親愛なる教国の民よ。我等が神聖な地を不当に占拠する、偽りの国を滅ぼす時が来た」

 ざわめく民を見下ろす。

 愚かな事に、アヴァロンが正しいのではないか、などとぬかす不心得者まで出て来たからな。無論、背信者として捕らえ、既に処刑されている。


「お父様……本当によろしいのですか?」

 我が娘セレナが、不安そうに私を見上げる。

「案ずるでない、セレナ。此度の行軍が終われば、悪の権化たる魔人族を滅ぼし、お前の母と兄の敵を討つ……それで、世界は平和を取り戻すのだ」

「……」

「さぁ、今日はもう休みなさい。明日はゼレフ枢機卿の授業があるのだろう?」

 ゼレフ枢機卿は、ここ二年で頭角を現し出した若い枢機卿だ。信心深い彼は、やがてこの国の枢機卿……そして次期教皇となるだろうセレナの為に、職務の合間に家庭教師を買って出てくれた。

「……はい、お父様……」


 勇者マサヨシは、クロイツ教国の大迷宮で鍛錬をしている最中だ。聞いた所では三十層の内、十五層まで踏破したと聞く。

 戦闘が始まった後で教都へ戻らせ、そのままアヴァロン王国へ攻め入らせれば良い。

 無駄に正義感の強いあの男は、アヴァロンの民を襲撃するのを躊躇するだろう。しかし、戦闘が始まればどちらが侵略を仕掛けたかなど判別できぬ。

 面倒な事に、勇者としての力を奮う為にも、一々膳立てが必要なのだ。


************************************************************


 翌朝、アヴァロン王国への第一陣が出兵し始めた。その数、二千五百人。

 一時間後、第二陣が出ることになっているが、第一陣で片が付く可能性もある。アヴァロン王国が滅ぶ様をこの目で見る事ができないのは残念だが、我慢するしかあるまい。

 神殿の大会議室に集まった枢機卿や神殿騎士の表情は明るい。これで、我々の苦労が報われるのだから当たり前だろう。


「後は、勇者マサヨシを転移させ送り込めば……」

「盗賊や犯罪者を処分させ、殺人への忌避感はもう無いだろう」

「うむ、これで万事上手くいく」

 戦況の予想やこの後の勇者出兵について話し合う中、扉が開いた。

 勇者フミナからもたらされた情報を元に、アヴァロン王と親交のあるギルド職員の娘を拉致してきた神殿騎士達が帰還する。

 暗殺者を使って設置した転移の遺失魔道具アーティファクトを使えば、この程度は容易い。


「よく参られた、アヴァロン王と親交のある者よ。貴殿には、アヴァロン王に対する切り札となって貰う」

 私の言葉に、娘が視線を吊り上げる。

「ふざけないで下さい、こんな事をして恥ずかしくないのですか!」

「貴様、教皇猊下に無礼だぞっ!!」

「きゃぁっ!!」

 騎士に叩かれ、崩れ落ちる娘。


 全ては悲願を達成する為だ。辱められ、蹂躙されたこの娘の姿を見れば、アヴァロン王も冷静ではいられまい。

「娘よ、そなたにはまず……躾が必要なようだな。お前達、犯せ」

 私の言葉に、神殿騎士達が娘に近付く。

「ひひ……中々そそる身体だな」

「初モノだと良いんだがな。おい、お前処女か?」

「まずは引ん剝くか」

 ニタニタと嗤いながら娘に近付く騎士達に、娘の顔が蒼白になった。


「……くっ!!」

「いでぇっ!?」

 組み伏せようとする騎士の腕に齧りついた娘。見苦しい事この上無いな。

「このアマァッ!!」

 顔を殴ろうと手を振り翳した騎士だったが、娘はその細腕で騎士の拳を掴んで止めた。更に、娘は騎士を片腕で放り投げる。

「何だと……ただの小娘に、何故こんな力が……!!」

 ユラリと立ち上がった娘の眼が、紅く輝いているように見える。

「……やむを得ません、覚悟しなさい」

 娘は先程の様子が嘘のように、神殿騎士の攻撃を躱しては蹴りを繰り出し、その意識を奪っていく。

 バカな、ただの小娘では無いのか……?


 小娘に殺到する騎士達の喧騒に紛れて、扉が開かれる音がした。

「ほぉ? 吸血鬼族は滅びたと思っていたが……」

 勇者の登場か……と思いきや、現れたのはゼレフ枢機卿であった。

 吸血鬼族だと? 伝承にある、ヴァンパイアの種族……あの娘がそうだと言うのか?


「ゼレフ枢機卿、セレナの授業は終わったのか」

「ええ、終わりましたよ教皇猊下。この世の地獄という授業がね」

 歪んだ笑みを浮かべたゼレフ枢機卿の身体が……左右に裂けていく……!? 中から現れたのは、異形の人型……ま、まさか……!?

「貴様……悪魔族か!? セレナを、娘をどうした!!」

「いかにも。我が名は悪魔族四天王が一人、魔剣のゼルバイン。貴様の娘なら、ほれこの通り」

 どこからともなく、セレナの姿が現れた。その身体は血に塗れ、顔は苦悶の表情を浮かべたまま事切れている。

「苗床にしてやろうと思ったのだが、大した力も無いただの小娘だったからな。楽にしてやったよ」

「き、貴様ぁっ!! おい、やれっ!!」

 神殿騎士達が剣を抜き、悪魔族へ斬り掛かる。しかし、全く効いていない様子だ。

「えぇい、勇者はまだかっ!!」


 ――その瞬間だった。白い魔法陣が宙に現れ、四人の人影が現れた。

 濃紺の髪の娘は見覚えがある、あり過ぎる。茶髪の神官服を着込んだ娘と、金髪の騎士鎧を着た娘も、ほんの一月前程に……。

 そして、金の縁取りがされた黒いコートを身に纏う男。

 ユート・アーカディア・アヴァロン……!! 悪魔族を何体も屠って来た、アヴァロンの王!!


 気に食わないが、あの男ならば悪魔族を討伐できよう。ここは一つ、譲歩を……。

「ア、アヴァロンの王! 私を助ければ、これまでの事は不もガァ……ッ!!」

 肩に、焼けるような痛みと衝撃。奴の持つ銃で、撃たれたという事か。

「アヴァロン王国に散々ちょっかいを出し、挙句の果てには攻め込んで来た事を忘れたとは言わせないぞ? お前らは俺の敵だ。邪魔だから、お前達から死ね」

 何の躊躇いもなしに、アヴァロンの王が神殿騎士達を撃ち殺す。


 その眼を見て悟った……奴は、私達など眼中に無かったのだ。殺そうと思えばいつでも殺せる……ただの路傍の石同然の存在。

 その証拠にあの男の眼からは、何の感情も伺い知れなかった……。


************************************************************


 悪魔族とアヴァロン王の戦闘は、終始アヴァロン王が圧倒していた。次々と剣を持ち替える悪魔族だったが、そのどれもがアヴァロン王に触れる事は叶わない。

 追い詰められた悪魔族を尋問し始めるアヴァロンの王は、修羅と呼ぶに相応しい残虐さを見せる。苦痛に呻きながら地べたを這う悪魔族に、同情の念すら浮かぶというもの。

 しかし、尋問を終えたアヴァロン王の言葉に耳を疑った。

「本来、悪魔族は全員殺すのが俺の方針なんだが、今回お前は情報を提供するという形で役に立ってくれたからな……大人しく地底に帰れ」

 何を言い出すのか、あの愚か者は!! さっさとそいつを殺せば良いものを……!!

「み……見逃して、くれるのか……!」

「あぁ、だから行くといい」

 ヨロヨロと立ち上がった悪魔族は……やはり魔剣を取り出してアヴァロン王に投げ付けた。更に、奴は娘達の方へ走り出し……。


 ――ドゴオォォン!!


 爆発した。

「う……ぐ……」

 あ、生きていた。

「ゼルバインのくせに生意気だ、こうしてやる」

 ドゥルルルルルルル……ズダダダダダダダダダッ!!

「ギャアァァァァッ!?」

 大型の奇形の銃で、悪魔族を撃つアヴァロン王……よ、予想の内だったという事か……?

「さて、これで終わりかな」

 傷一つ負わずに、奴は悪魔族を殺し尽くしてしまった……私は、とんでもない存在を敵に回してしまったのではないか……? 


************************************************************


 攫ってきた娘とアヴァロン王が、何事かを話し出す。

 やはり、あの娘は滅んだはずの吸血の種族らしい。それを知りながら、アヴァロン王は娘を受け入れるつもりか。

 ここで恩を売る事で、命を拾えるやもしれぬ。魔人族への復讐……それを果たすまでは、死ねぬ……!!

「きゅ、吸血鬼の言葉に耳を貸すな……!!」

 痛みを堪えながら、私は注意を促す。

「吸血鬼は、他の種族を食料としかみなしておらぬ……! その娘は、必ず世界に災いをもたらす……!」

 しかし、アヴァロンの王は首を横に振って、銃を手にした。

「ソフィアさんの事を何も知らないくせに、決め付けるなよ。さて、そろそろ終わりにしようか」

 馬鹿な……私を、私を殺す気か!?


「……私を手にかける気か!? やめろ、私を殺したら神の裁きが……!」

「聖母神ヒュペリオンなら、俺と婚約したよ」

 馬鹿な事を言うアヴァロン王。

 脇に立つ小娘が、手を振っているのは何だ?まさか、自分がヒュペリオン神だとでも言う気か?

「世迷い言を!! や、やめろ!! 私が死んだら、クロイツ教国の全てが貴様を……!!」

「あ? 喧嘩を売って来たのはお前達だろう。俺達はその喧嘩を買っただけ。そして、お前達は負けた。だから死ぬ」

 駄目だ、この男に話は通じない……!! やむを得ん、ここは逃げる他ない……!!


 痛みに堪えつつ逃走を試みる中、神殿の扉が開かれた。

 ようやく、勇者マサヨシが到着した!! 勇者よ、早くこの愚かな男を……!!

 ――瞬間、後頭部に衝撃を受ける。

 これまでに感じた事の無い、激痛。徐々に無くなっていく感覚。

 死にたくない、死にたくない、死にたくない……!! 妻と子の……私の家族の敵を討つまでは……!!


 死にたく……ない……死に……たく……。

 死……。

 ……。

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