14-01 代表集結/浮遊殿
これまでのあらすじ:勇者討伐について、声明を発表したのだよ。
世界同盟が世界中に発した声明。これに対し、各国の反応は様々だった。
一つは当然、アヴァロン王国やラルグリス王国を批判する声。
「世界の救世主たる勇者を殺害するとは何事か!」
「そんな国に勇者を預けておけるものか、即刻勇者を他国へ移籍させるべきだ!」
「勇者殺しの国の言葉など、信用できるものか!」
だそうです。上から、クロイツ教国・トルメキア王国・ヒルベルト王国だ。
クロイツとヒルベルトは予測済みだったが、トルメキア王国はこれまで絡んだ事の無い国だな。
ヴォルフィード皇帝によると、トルメキア王国は西大陸のエルフ五国の1国で、商売が盛んな商業国家だそうな。
利益に対して貪欲な国家らしく、勇者召喚を試みるも間に合わなかったらしい。つまり、自国に勇者を移籍させるチャンスとか思っているらしいな。
もしかしたら、世界同盟やアヴァロン王国に対して、何かしらのアクションを起こすかもしれない。
逆に、こんな反応もあった。
まずは東大陸から、魔法技術を研究するという中規模国家・エメアリア魔法国。
「新興国とはいえ、一国の王やその臣下、更には同じ勇者を殺害しようとするとは、ホシノ兄弟の行動は理解に苦しむ」
こちらは、声明に対して疑念を感じさせない内容の声明である。
そして西大陸より、エルフ五国の一つであるユエル王国。
「アヴァロン王国・ラルグリス王国・世界同盟の言葉が真実ならば、これは由々しき事態だ。世界同盟加盟国はその多くが大国であり、声明が嘘だと決め付ける事は出来ない」
確かに加盟国は、ウチ以外は大国と言って差し支えない。
イングヴァルト・ファムタール・ミリアン・ヴォルフィード・オーヴァンは、人口や国土面積の双方において大規模国家だし、ジークハルトとクエスト・ラルグリスは国土面積では一歩劣るものの、種族唯一の国家だし。
そして、最後にエルフ五国の一つ、ポーラ公国。
「世の平穏を望む者として、我が国は世界同盟から詳細な話をお聞かせ願いたい」
この声明に、エメアリア魔法国とユエル王国が賛同。更に、事情の説明を求めるという声が複数寄せられる事となった。
そんな声を受けて、三日後。世界同盟加盟国は再び、アヴァロン王国の会議室にて顔を突き合わせる事になった。
「それで、事情の説明を求めるって国は……」
「うむ、東大陸からはクロイツ教国とヒルベルト教国。そしてエメアリア魔法国だな」
その三カ国が来たら、東大陸の国の大半が揃うんじゃないかな?
「西大陸からはトルメキア、ユエル、ポーラ……そして、シンフォニア王国もだそうだ」
こちらもエルフ五国……更に言えば、西大陸の全国家が揃っちゃうんですけど。
「南大陸は音沙汰が無い。批判も賛同も無く、沈黙しているぞ」
逆に静かなのが南大陸か。確か、リレック獣皇国・ニグルス獣聖国だったか。この二カ国は勇者を擁する国なのにねぇ。
「問題は批判的なクロイツ・ヒルベルト・トルメキアだな。何か騒ぎを起こそう等と考えてはいないだろうか?」
「特にクロイツはあり得るよねー」
アマダムのウンザリとした感じの言葉に、思わず素で返してしまった。
「そういえば、ギルス帝国も静かだな。あそこも勇者が居るんだよね」
それに反応してくれたのは、ファムタール騎士王だ。
「あの国は我が国とイングヴァルト王国、そしてクロイツ教国に並ぶ東大陸の四大国なのだが、秘密主義の軍事国家だな。先日までのラルグリスではないが、力で問題を解決するのがあの国のやり方だ。それによって、三つの国が滅びギルス帝国に吸収されたんだ」
うわぁ、そういう国か。確かにそんな国が、わざわざ表立って動くとは思えない。
だとしたら、水面下で動く可能性がある訳で……これは、警戒だけはしておくべきかもしれないね。
「で、どうするかね?」
これらの国は意見こそ違うものの、言って来ているのは「事情を詳細に説明しろ」って事なんだよね。
「面倒だし、全部の国をアヴァロンに招いて話をするか!」
その言葉に、加盟国の王達がギョッとした顔をする。
「肯定的な国はまだしも、敵対心丸出しの国をも招くのか!?」
「ユート殿、相手は何をするか解らぬのだぞ!」
皆、僕がどんな存在か忘れているようだね。
「そんな事をすれば、どうなるかを解らせてやる良い機会じゃない?」
その言葉に、会議に出席している全員が言葉を失った。
「場合によっては、だから。何もしない国を脅すような真似はしないよ。将来の友好国になるかもしれないんだし」
まだ観光の旅に訪れていない国もあるからね。その国と喧嘩して、訪問出来ない状況になってしまったら、僕の方が困ってしまう。
「う、うぅむ……」
「アヴァロン王、本気……だよな?」
「やり過ぎるなよユート、いいか! 絶対やり過ぎるなよ!」
「アマダム、それはフリか!?」
「違うわ!!」
とりあえず、アヴァロン王国で事情の説明をする事にしましょうかね。平和に事が運べばいいんだけどねぇ。
「しかし、本当にアヴァロンで良いのかユート君。クロイツあたりが何をしでかすかわからんぞ?」
「そうだな。それに他の国家もアヴァロンや世界同盟に対して、何のアクションも起こしてこなかっただろう?」
「何か悪巧みをしていてもおかしくないのではないか?」
未だにアンドレイ叔父さんやヴォルフィード皇帝、ケルム獣帝が、そんな心配をしてくれている。しかし、アヴァロンでやるのが都合良いのだ。
「大丈夫、考えがあるから。ついでに、折角だからやりたい事があってね。連中、きっとびっくりするよー」
そう言うと、加盟国のトップ達は「あぁ、またか」という表情だ。散々遺失魔道具やら何やらで、驚かせてるもんなぁ。
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それから五日後。再度、世界同盟加盟国の主要メンバーが一堂に会していた。
理由は簡単、僕がお招きしたからだ。大事な報告をするのを、三日前に忘れていたからね。
非加盟の各国に送ったのはお馴染みの遺失魔道具。転移魔法を付与した姿見だ。
これは加盟国に贈っている物と同様に、アヴァロン側に対となる鏡がある。加盟国のとは違い、こちらを起動しないと繋がらなくしているけどね。
今回の件が終わったら、こちらの鏡を破棄してしまえば良いので、事後処理が楽だ。クロイツ・ヒルベルト・トルメキアは面倒事を起こしてくれそうだから、警戒しとかないとね。
会場は、王城の会議室ではない。あそこは世界会議……世界をより良くする為の話し合いの為に作った場だからだ。今回は世界の為の会談ではないので、会議室を使う気は無い。
「ふむ、余は賛成だな」
「グハハハ、その台詞だけでユート殿が世界同盟を重んじている事が解るな!」
「そりゃそうだよ、皆で作り上げていく平和の為の同盟だもん」
僕の返答に、獣王や竜王がまた笑う。
そして、寄って来たクエスト王が肩を叩いてくる。
「ハハハ、流石だユート殿。しかし、良いものだなぁ、こういう月を見ながら飲む酒というのも」
クエスト王がそう言って、グラスに注がれた酒を飲み干した。
というのも、現在僕達は国のトップで集まり……酒を飲んでいるのだ。場所は僕の部屋の上、空中庭園。
何故って、加盟国の面々にエイルとヒルド、ノエルとの婚約を伝えたからだよ。
そしたら、もうこれはシラフではやってられん! って話になった。どうしてそうなった。
それで、先程まではパーティールームで晩餐会してたんだけど、その後も王様達が飲み足りないと言うので、庭園に招待したのである。
「話の内容が、酒を飲みながらするような内容では無いんだけどねー……まぁ今更か」
「今更だな。しかしユート、こうして見るとアヴァロンも随分と形になって来たのではないか?」
ワイングラス片手に眼下の城下町を見るアマダム……様にはなっているんだが、見た目十歳ちょっとくらいのコイツが酒飲むのに、未だに違和感。
「アヴァロンの国民達も、加盟国の協力者達も、皆頑張ってくれてるからね。貴重な人材を派遣してくれた加盟国には心から感謝しているよ」
「ハハハ、なんのなんの! 我等だってアヴァロンには色々と助けられているのだ!」
大分酔ってない、騎士王。
「というか、皆大分酔ってるよね? 守護の首飾りどうした」
「いやぁ、アレがあると酩酊しないだろう?」
「酩酊すること前提!?」
この王連中はもう! 本当にもう!
「それでユート君。大会議室を使わないなら、何処でやるのかね?」
「ん? ノアだけど」
……沈黙。
「ノアって、あの空飛ぶ船か?」
「そうそう」
何で皆、真顔でこっち見んの?
「ユート、何でわざわざそんな真似をするんだ?」
訝しげなアマダムに、僕は一つ頷いて答える。
「建前は”アヴァロン王国から、歓迎の印として空の遊覧会を催します”だね」
「本音は?」
「”貴様らの命は預かっている、下手な真似をすると突き落とす”」
「質が悪い!?」
そう?
「だから、建造途中だったノア2号機を改装して、空中会議場にしてる最中でねー。あぁ、5日後にはバッチリ間に合うよ!」
ちなみに、大会議室ほど豪華にするつもりはない。一つ地球の文化を取り入れるけどね。
そして、更に三日後。作り出した”それ”を、皆に先行体験して貰ったのだが……。
「だっ……大丈夫なのか!? ほ、本当に落ちないんだな!?」
「ユート! これは趣味が悪いにも程があるぞぉっ!?」
「失敬な、れっきとした地球の文化なんだぞ?」
まぁ、この世界の人には馴染みがないだろうけどさ。
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そして、いよいよ各国が集まる日になった。
円形の建造物は、ちょっとした神殿っぽいデザインにしてみた。作りは……いわば、スタジアムっぽい感じかな。
階段と同時に、段を利用した座席がある。転移の姿見がある場所から、下に降りていくと円卓があるのだ。
今回同席するのは、まず婚約者九名。
第一王妃予定者、キリエ・アーカディア。
第二王妃予定者、アリシア・クラウディア・アークヴァルド。
第三王妃予定者、アイリ。
第四王妃予定者、リイナレイン・デア・ヴォークリンデ。
第五王妃予定者、クリスティーナ・ガルバドス・ド・オーヴァン。
第六王妃予定者、メグミ・ヤグチ。
第七王妃予定者、エイル・アーカディア・アヴァロン。
第八王妃予定者、ヒルド。
第九王妃予定者、ノエル・アイングラム。
そして召喚された勇者達。
錬成魔導師の勇者ユウキ・サクライ。
魔導師の勇者マナ・ミナヅキ。
尚、ノゾミはラルグリス王国に一度転移させ、ラルグリス王達と一緒に来る。
一応、フリード・エルザ・マリア・クラリスには、王城の方を守って貰うように指示しておいた。僕達が不在の間に、何かやらかそうとする者が居ないとも限らないので、念の為にね。
今更だが、総じて若年層によって率いられている新王国なんだよね。フレッシュさが、ウリです。
「さて、そろそろ時間か……」
僕の言葉に、婚約者達や勇者達が頷く。
「それじゃあ、ポチっとな」
スイッチを押して転移の姿見を起動したので、あちらに転移可能の文字が表示されているはずだ。
最初に姿を見せたのは、ヒルベルト王国。兵士達が最初に出てきて、その後で小太りのオッサンが姿を見せた。これが現ヒルベルト王……か。
グレン情報では確か、クーデターで先王を処刑したんじゃなかったっけ。
王族特有の、オーラみたいなのを一切感じない。小物感が半端ないね。
続いては、ポーラ公国の姿見だった。現れたのは白い法衣のようなヒラヒラした服を身に纏った、プラチナブロンドの女性。ポーラ公国の大公だ……ポーラって女大公だったのか。
その後から現れる兵士達も、粛々と付き従っており、物々しさを感じさせない。
どうやら、この大公は大物っぽいね。そんなポーラ大公は、僕を見てニッコリと微笑む……美人だな。
続いてユエル王国。こちらも、堂々と現れたのは国王からだ。
その後に付き従うのは、兵士ではなく騎士団長と宰相の二名のみ。
随分と少人数だな……こちらを警戒していないのか、それとも余程腕に自信があるのか。
こちらを確認すると、軽く会釈をしてくる……僕も笑顔で会釈し返しておこう。ユエル王とは、良い関係が築けるかもしれないね。
そして、同時に現れたのがクロイツ教国だ。大勢の神殿騎士・ゴルトローゼ・マサヨシの順で姿を見せた。
どいつもこいつも、僕を見ると睨み付けてくる。
「……ふっ」
「……っ!!」
鼻で笑ってやったら、マサヨシの顔が真っ赤になった。目の前でメグミと抱き締めあってやろうかとも思ったが、マサヨシの当て付けに利用するのはメグミに対して失礼なので自重する事にした。
続いてはトルメキア王国だ。先に兵士や側近が出て来て、トルメキア王が最後に現れる。
尊大な様子で出て来るわけだが、値踏みをする様に周囲を観察している所とか、こちらも小物感が凄いな。
一応は王族らしさを感じるのだが、正直アヴァロンがこれまで接して来た国の王の中では、偽王バルドレイとそこに居るヒルベルト王を除けば一番小物臭い。
その後で、現れたのがエメアリア魔法国。現れたのは初老の女性だ。白と金を基調とした、ローブ風の装束は成程、確かに魔法王を名乗るに相応しい外見かもしれない。
が、魔法国と名付けてはいるものの、エルフほど魔法技術が発展しているわけでもなく、魔法への造詣が深いわけでもない。
魔法技術を極めましょうっていう人が、寄り集まって建国した国家なのだそうだ……が、既に七百年くらいの歴史があるらしいので、一応侮らないでおこう。
最後に現れたのが、エルフ五国最後の国であるシンフォニア王国。シンフォニア王の脇を固めるように、勇者二名……ノブヨシ・ナルカミとフミナ・ヌマジリが一歩後ろに立つ。
その後ろに少数精鋭らしい兵士達が続いている。
シンフォニア王の視線は鋭く、こちらを見極めようという感情の色が見える……のだが、敵意まではいっていない。
既に揃っていたいつもの加盟国の面々が、先導するかのように転移の姿見がある場所から歩き出した。
それを見て、各国家の代表者達が負けじと続く。別に競争じゃないのにね。
各国家の代表達が円卓に辿り着いた所で、僕は声をかける。
「アヴァロン王国国王、ユート・アーカディア・アヴァロンだ。多忙であろう各国家の代表者達に、貴重な時間を割いて頂き感謝する。どうぞ席に掛けて頂きたい」
そう促し、加盟国から席に着いていく。全国家のトップが席に座ったので、僕も自分の椅子に腰を落とす。
「それでは、今回集まって頂いた内容に入るとしよう」
「まぁ待ちたまえ、アヴァロン王」
早速本題に入ろうとした僕に、待ったをかける人物。ユエル王国の国王だ。
「本題に入る前に、折角なのだから自己紹介でもしてはどうだろうか? 余も初めてお目に掛かる面々が多いのでな、この知己を得る機会を逃す手はあるまい」
成程、このチャンスを活かすという考えは、国を治める王として当然の事だね。
「ユエル王の言葉は最もだ。各々方、異論は無いか?」
視線を巡らせると、特に異論は無いようだ。
「では折角だ、ユエル王から順番に時計回りで自己紹介をして頂きたい。ユエル王、よろしいか?」
僕の言葉に、ユエル王が首肯する。
「うむ、構わぬとも。では改めて、エルフ五国が一国・ユエル王国国王のクライン・デア・ユエルだ」
「同じくエルフ五国がヴォルフィード皇国の皇帝、メイトリクス・デア・ヴォルフィードだ」
「同じく、ポーラ公国の大公、ファルシアム・デア・ポーラと申します、どうぞお見知りおきを」
「我はエルフ五国が一、シンフォニア王国国王、ヴェルデ・デア・シンフォニアだ」
「トルメキア王国国王、ガウディ・デア・トルメキアだ」
「ドワーフ族の国・クエスト王国国王、ドルガだ」
「ダークエルフ族がラルグリス王国国王、バルムンク・デア・ラルグリスだ」
西大陸は勢揃いだね。そして、エルフ勢とダークエルフ勢は総じて若々しい。クエスト王は髭が長いから、年相応に見えるんだよね。
「オーヴァン魔王国を治める魔王、アマダム・ガルバドス・ド・オーヴァンだ」
アマダムの自己紹介に、クロイツ教皇から怨念染みた感情が見え隠れする。よっぽど魔人族を恨んでいるらしいな。まぁ、どうでも良いけど。
この場で事を荒立てるならば、ホストとして丁重にお帰り願うだけだ……土に還る的な意味で。
「イングヴァルト王国国王、アンドレイ・フォルトゥナ・イングヴァルトだ」
「ファムタール騎士国が王、コーバッツ・フォン・ファムタールだ」
「エメアリア魔法国国王、ジェニー・ヴァン・エメアリアと申す」
「ヒルベルト王国国王、ギルバート・ライオネス・ヒルベルトだ」
「クロイツ教国教皇、ゴルトローゼ・マルクト・クロイツである」
東大陸も半数以上が揃っている。残るはギルス帝国・ベルデス市国・ドラグニル王国だったかな?
「ジークハルト竜王国が竜王、フレズヴェルグだ」
「ケルム獣帝国の国家元首、獣帝ケビンと申す」
「余が最後か? ミリアン獣王国を治める獣王、バナードだ」
南大陸はリレック獣皇国と、ニグルス獣聖国が不参加である。
つまりここに、十七カ国が揃っている訳だ。これが全員王って考えると、いやはや中々に壮観だね。
同じことを考えたのか、ユエル王が満足そうに頷く。
「エルフ五国が一堂に会するのも久しいのではないかな?」
「それを言えば、西大陸の国家全てが集うのは初めてではないか」
ユエル王の言葉に、クエスト王が苦笑しながら返答する。
「南大陸は加盟国しかおらなんだ」
「声は掛けたんだけどなぁ」
獣帝と獣王が、苦笑し合いながらそんな風に話し出す。
「ふん、勇者を擁する国までが参加しないなど、事の重大さが解っていないと見える。これだから獣風情は好かんのだ!」
そんな事を言い放つのは、ギルバート・ライオネス・ヒルベルト。ヒルベルト王国の国王……なのだが、クーデターで先王を処刑して王位に就いたので、ヒルベルト王族の血を引いている訳ではない。
その物言いに獣王と獣帝は顔を顰めかけるが、すぐに余裕の表情で受け流す。
獣人族と人間族の間には、深い溝があった。その為、これまでだったら一触即発の空気になっていただろう。
しかし今の彼等は、人間との和解の為に奮闘する賢王である。口には出さないが「やれやれ。仕方ないな、この青二才は」って顔で無視している。
それがお気に召さなかったようで、ヒルベルト王が眉尻を上げ何事かを言おうとするのだが、それを遮るようにしてポーラ大公が口を開く。
「ところでアヴァロン陛下? 世界同盟とやらは、この部屋で集まっていらっしゃるのかしら?」
ナイスである、ポーラ大公。空気を察して話題を転換するとは、やり手だね。
「いや、この部屋は今回の為に特別に用意した部屋だ」
ふーむ、早速驚いて貰うか? 五月蠅い連中も、少しは大人しくなるかもしれないしね。
「そうだな……本題の後にでもしようと思ったのだが、折角だし先にお見せしようか」
僕の言葉に、苦笑する加盟国の面々。
そんな様子を見て、ポーラ大公は小首を傾げる。随分とコケティッシュな仕草で、その美貌と相まって女性としての魅力を感じさせる。リインも年嵩を重ねたらこんな女性になるのかな、なんてちょっと楽しみな気分になるね。
さて、それでは驚いて頂こう。
「それでは、ささやかながら歓待の印として……空の上へご招待しよう」
魔力を流して、遺失飛空艇二号機を起動させる。身体にかかる浮遊感、そして上昇する事によって離れていく床石に、国家元首達が驚く。
「な、な、なんだ!?」
「床!! 床が離れているのに、床があるぞ!?」
「か、壁が無くなって……外が見える!?」
「アヴァロン王、これは何の真似だ!?」
「うん? だからさっき言った通り、歓待の催しだ」
驚いてくれたようで何より。地球の文化である。そう、ガラス張りの床でござーい!
「これが、今回の会談会場だ。名付けて浮遊殿って所かな」
加盟国の面々は苦笑いして、慌てふためく非加盟国の人達を見ている。二日前に、先行体験させた甲斐があったね!!
「あぁ、折角だし窓際にも行ってみると良い。我が国だからこそ見られる景色なので、是非堪能してくれ。それでは折角なので、解説させて貰おうかな。えー、僕から見て右手をご覧下さーい。右手に見えますのが、アヴァロン王国王城でございまーす」
徐々に浮上していく浮遊殿を置いていたのは、アヴァロン王城の真横だ。
「王城の屋上は空中庭園になっており、アヴァロン王国の王都アーカディアを一望できる。婚約者のヒルドが中心となって花等を育ててくれているな。今夜はあそこで晩餐会を催すので、そちらも楽しみにして頂きたい」
「は、はぁ~……でも確かに綺麗な庭園……それに、空飛ぶ会議場だなんてまるで御伽噺のようだわ」
ポーラ大公はどうやら浮遊殿がお気に召したらしいな。
「あ、遺失魔道具……」
ボソッと呟くトルメキア王。その表情は、驚愕の中に歓喜の色が見えるね。あげないよ?
「情報は既に得ていると思うが、僕は複数の遺失魔道具を所有している……出処は内緒だが、何処かの国の妄想与太話は否定しておくよ」
視線をクロイツ教国勢に向けて言っておく。
「妄想だと? 貴様はこの島に遺された先代勇者の遺産を、不当に略取したに過ぎん! その事実を……」
「へぇ、で? 証拠は?」
僕の言葉に、クロイツ教皇が目を細める。
「そんな物、必要ない!!」
「必要だろ。僕の言葉が嘘だという証拠を提示してくれないか、クロイツ教皇。でなければ相手にする価値が無いな」
「ぬぅ……っ!!」
クロイツ教皇がウザいので、適当に論破しておく。
何かを言おうとしているマサヨシも、先手を打って黙らせるか。
「なぁ、マサヨシ・カブラギ」
「っ!!」
こいつは正しさに拘っているようだし、正論で論破してやろう。
「地球の司法制度では、物的証拠の無い言い掛かりは認められないはずだよな? で、僕がこの島の遺産とやらを手に入れたという証拠は何処にある? 不当だと言う根拠は何だ?」
「ぐ……っ!!」
僕の言葉に、マサヨシは恨めし気に睨んで来る。ガン飛ばしてんじゃねーよ。
「根拠のない妄言で、人を貶める事はやめてもらおうか。まぁ、別にクロイツがどう思おうと自由だけど……国としての程度が知れるぞ」
少しだけ威圧しておいた。延々と噛みつかれるのは勘弁だし、話が進まないもんね。
「アヴァロン王、遺失魔道具は世界の宝。それを独占するのは、どうかと思うが?」
今度はトルメキアか。
「と言われてもな。僕の物を僕が所有する事の、何がおかしいのかな? それとも貴殿は、自分の所有物を世界の為に差し出せるとでも?」
「無論だとも」
嘘の色。わっかりやすーい。周囲の人達の視線も、僕と同じ考えみたいね。
「ふぅん……まあ、それは貴殿の人柄だ。僕も同じ考えという訳ではないのでね」
「それこそ、貴殿やアヴァロン王国の程度が知れるのではないかな」
「はいはい、そうかもね……貴方の頭の中では」
僕の物言いに、険しい視線を向けてくるトルメキア王。しかし、その程度の眼力で僕が怯むと思っているのかね? 喧嘩腰で来る奴に、容赦してやる義理はないね。
「ふーむ、アヴァロン王よ。あれは何だ?」
そんな空気を払拭させるかのように、僕に声を掛けてくるシンフォニア王。探るような視線だが、その中に興味の色が見えるね。
「あれ、とは……あぁ、アレか。アレは魔導列車……魔力を動力源とする、十両からなる自走式の移動手段だ」
その言葉に、勇者達が目を丸くして窓へ駆け寄る。
「で、電車だ……」
「線路……ね」
「……こ、これも天空島の遺産ではないのか!?」
食ってかかってくるマサヨシだが、数分前のやり取りを忘れたのかコイツは。
「ちなみにこの魔導列車は、各大陸で現在も建造が進んでいる」
僕のフォローの為か、アンドレイ叔父さんが笑顔でそう告げる。
「な……っ!?」
「それは真かい、イングヴァルト王!」
驚愕のトルメキア、目を輝かせるエメアリア女王。
「各大陸に架かる勇者シンタローの遺した橋にレールを敷き、その上を走らせるってぇモンだ」
「うむ。各国の国交に役立つと言って、ユート殿が提案してくれたのだよ。お陰で、国家間の交流が活性化するだろうな」
ミリアン獣王やヴォルフィード皇帝の言葉に、クロイツやトルメキアは眉間に皺を寄せる。
「遺失魔道具を独占……とは、何処の誰の言葉だったかな?」
「アヴァロン王は、友好的な国家に対しての支援を惜しまぬ人徳者。そんな本質も見抜けず、良くもまぁ言いたい放題言うものだ」
やれやれ、というジェスチャーと共に言うアマダムに、腕を組みながら威厳たっぷりに言う竜王。
そろそろ、喧嘩になりそうだな。
「さて、それでは本題に移るとするか?」
僕が話を中断させるとは思わなかったようで、各国の代表達が訝しげな顔をする。
「……ユート、ここで他国に対するアドバンテージが取れれば、アヴァロンとしてプラスになるんだが?」
「素に戻っているぞ、アマダム? 僕はそんな些事はどうでもいい。僕のことを知っていて、信頼してくれている人達が居る。それ以上を望むのは贅沢だよ」
「……馬鹿だな、それは無欲というのだ」
苦笑するアマダムだが、アンドレイ叔父さんがその肩を叩く。
「しかしユート君らしい。国同士の駆け引きを些事と斬って捨てる王が居るとは思ってもみなかったが」
いやぁ……だって、喧嘩売ってきたら高く買うだけだし。
「では、席にお戻り願おうか。今回の本題……勇者ホシノ兄弟が死んだ経緯を聞きに来たのだろう?」
僕の発言に、空気が張り詰める。さぁて……ここからが本番だ。
 




