13-11 幕間/勇者討伐の後で
勇者の死から六日後、世界中にその情報が拡散されている。
世界中で巻き起こる混乱。そんな中、騒動の中心にいるアヴァロン王国では、三人の勇者が顔を突き合わせていた。
メグミ・ヤグチ、マナ・ミナヅキ、ノゾミ・モチヅキである。
彼女達が何をしているかと言うと、ただの雑談である。その原因は、彼女達が仕える王にあった。
「各国への説明会まで時間あるし、ここの所は皆も頑張ってくれてたし、明日は休み!」
これである。時折、ユートが言い出す休日発言。
アヴァロン王の婚約者達も、それぞれ思い思いに過ごそうという事になり、今日はそれぞれ別行動だ。
そんな中、勇者達はたまにはお茶でもしつつガールズトークをしよう、という事になったのである。ユウキは「たまの休みだし、趣味に走るよ」と言って逃げた。
「良いのかなぁー……」
ほけーっとテラスの下を眺めながら、マナが呟く。
視線の先には、ユートを始めとする創作者勢ご自慢の庭園が広がっている。
「何がですか、マナさん」
「ほら、世界中で混乱が起こっているのに、私達はこんなのんびりしてるでしょ?」
「確かに、それは思うかな」
マナの言葉に、ノゾミが苦笑して同意する。
「ユートさんは、やっぱり大物だよね。世界を揺るがす大事件でも、平然といつも通り」
「……平然、では無いと思いますよ」
婚約者であるメグミの言葉に、二人はおや、と首を傾げる。いつもなら、「はい、先輩ですから」と返答が返ってくるのに、と。
「以前先輩に、勇者についてどう思うか聞いてみたんです」
「ほうほう?」
「どんな返答だったの?」
メグミは、哀しそうな笑顔を浮かべて告げた。
「被害者です」
その言葉に、マナとノゾミは言葉を詰まらせる。
「勇者は、この世界の都合で強引に拉致されたようなもので、この世界に対して何の責任もないんだと」
二人の胸に、その言葉が突き刺さる。
戦いたいわけでも、異世界転移したいわけでもなかった。ただ、気付けば連れて来られていたのだ。そして強要される訓練、魔物との戦い、勇者の重圧。望んで請け負ったものなど、何一つ無かった。
「逆に、先輩はこう言いました。”この世界の人間にこそ、勇者に対して責任がある”って」
ユートが地球からこの世界に転生していることを知るマナは、成程と納得した。地球の日本という比較的平和な国と、命の危機がそこらにあるこの世界の両方を知っているのだから。
しかし、ノゾミはユートの考えを聞いて、驚きを覚えていた。そんな事を言う者は、これまで誰一人として周りに居なかったのだから。
「根源魔法の中に、地球への帰還を実現できる魔法があるなら……家に帰らせてあげたい、とも言っていました。だから……二人の殺害は、先輩の本意では無かったと思います」
マナもノゾミも、言葉を発することが出来なかった。
望んで、好んで彼等の命を奪ったわけではない。
そして不安を覚える。だとしたら、あの暴君的な王様は今、どんな心境なのだろうかと。
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王城の近くに建築された、マルクの鍛冶工房。そこに、アヴァロン王国の中核メンバーであるドワーフ達が集まっていた。
ジョリーンやリリルルの義手・義足のメンテナンスだ。エルザとクラリスが来たのは、なんとなくである。
「で、何でそんな沈んでるんだエルザは」
「……うん、あの強欲の化身……あれが勇者の成れの果てだって考えたら、ちょっと不安でさ」
アヴァロンには、四人の勇者が居る。彼等まであんな事になれば、アヴァロンはどうなってしまうのだろうか。
更に言えば、その内の一人はエルザの恋人。もう一人は同じ男を愛する同志だ。不安になるのも仕方ないだろう。
「……ノゾミさんは、そこまで思い至っていないようでしたね。マナさんは?」
「うん……多分、気付いてない。でも、ユウキは気付いてたと思う……」
クラリスはノゾミの護衛として動くことが多くなり、一緒に雑談したり出かけたりする事が増えて来た。その為、ノゾミの心の機微をある程度は解るようになってきている。
エルザとマナは言わずもがな。
「ユウキの奴は、何か言っていたか?」
「……七つの大罪、とか何とか……でも、大罪って何かな。七つって事は、あと五つもあるんでしょ?」
体育座りで視線を落とすエルザに、ジョリーンが苦笑する。
「ならば、勇者の半分だな。十四人の勇者の内、七人は大罪を抱えているのかも知れない。では、残り7人は?」
「あー、逆かもしれないわね。大罪の逆、つまり良い事なんじゃない?」
その言葉に、エルザが顔を上げる。
「本当にそう思う?」
「思うな」
「思うわ」
ジョリーンとリリルルが、自信ありげに頷く。
「……根拠は?」
「そんな可能性があれば、ユート殿が手を打つはずだろう」
「それに、マナさんやメグミさんに固有技能っていうのが発現したんでしょ? 確か、愛と知恵だっけ。大罪と正反対じゃない」
それらの説明に、エルザは意表を突かれた気分になった。
確かに、身内に甘いあのユートが、何の対応もしていないのは不自然。そしてホシノ兄弟の”強欲”と”色欲”に比べ、マナの”愛”とメグミの”知恵”は大罪に程遠い。
「……ユート兄は、何か知っているのかな……」
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練兵場では、兵士達の自主訓練を見ながら、クラウスはぼんやりと先の戦いについて考えていた。
対峙した強欲の化身と呼称された怪物、その異形の巨体。もし十四人の勇者の中で、アレになる者が現れたらどうする?
アヴァロンに居る勇者が、怪物になる等とは考えていない。
彼等が強欲や色欲にとらわれるか? 答えは否。むしろ正反対だと考えている。
ならば、クラウスは何を思っているか。
答えは簡単、あの異形が再び現れた際に、もしユートが不在なら? 国の守護を預かる者として、どう戦うのかを考えていた。
すると、クラウスにかけられた声。
「やはりこちらでしたか、クラウスさん」
「おぉ? アイリにジル、それにメアリーまで。どうしたんだ?」
「こっちの台詞〜」
「ご主人様が今日は休みと言っていたのに、練兵場から掛け声が聞こえたから来たんですよ」
成程、とクラウスは納得した。
「いや何、この前の戦いで思う所があってな。またあんなのが現れたら……って思ったらよ」
その言葉に、三人はクラウスの胸中の不安を理解した。だが、それはそれ。
「クラウスさんは考えるの苦手でしょう? なら、考える事はやめて暴れた方が良いのでは?」
「そうそう〜! 考えるのはジルにお任せ〜!」
「暗に馬鹿にされてないか、俺!?」
「現に馬鹿じゃないですか。考えるのはこっちでやるんで、思う存分突っ込んで下さい。僕達はチームなんですから」
その言葉に、クラウスは言葉を詰まらせる。
一人で思い悩む時点で、確かにらしくない。足りないなら補い合えばいい。自分達はそうやって、力を合わせて来たではないか。
「頭脳担当のジル、技能担当のメアリー、力担当のクラウスさん、ユート様担当の私。それが、私達四人のチームワークでしょう?」
そうだ。別行動は多いものの、アイリだって自分達と同じ元・奴隷仲間なのだ。
吹っ切れた顔になったクラウスは、頷いて返す。
「では、兵士達は私達が訓練をやめさせるので、クラウスさんは戻って下さい」
「折角のおやすみ〜!」
「家族サービスは大事ですよ」
……その言葉に、しまったと苦笑してしまう。
「悪い、頼むわ!」
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思い思いに過ごす、アヴァロン王国の中核メンバー達。だが、夜になれば自然と皆の足は謁見の間に向かう。
天空王の玉座がこの場に無いということは、ユートは部屋に居るのだろう。
「皆、ここでしたか」
「どうかしたの?」
「全員集合ー?」
そして、キリエとエイル・ヒルドが最後にやって来て、ユートを除く全員が集まった。
すると、上から音がした。天井を見上げれば、天空王の玉座が下降して来たのだ。
「どうしたんだ、皆勢揃いで?」
苦笑するユートは、いつも通りに見える。
沈黙が続く中、最初に切り出したのはエルザ。
「ユート兄。あのさ……七つの大罪って何?」
その言葉に、仲間達の視線がエルザとユートに集まる。
「よく知ってたな、その言葉」
「ユウキが、独り言で呟いていてさ」
しまったという顔のユウキと、成程という顔のユート。
「ふむ、そうだなぁ……そしたら、少し話をしようか。ついでだ、あいつらも呼ぼう」
そう言って、ユートは円卓の座を取り出す。
「あぁ、グレンか? 今、少し重要な話をする所でさ。うん、解った。それじゃあ転移魔法陣を開くよ」
円卓の座を仕舞いながら、ユートは銃剣を取り出し門弾を放つ。一連の動作は、流れるように遅滞なく行われた。
「やぁ、またせたね陛下君。皆さんもお揃いでしたか」
グレンの挨拶に続いて、その仲間達は跪く。
「あぁ、楽にしてくれ。それで、ホシノ兄弟の件はどうだった」
「今、我々がいるベルデス市国ではあちこちで話題になっているね。陛下君から詳細は聞いているけれど、それを知らなければ悪感情が向けられるのも仕方がないかとは思うが……扇動者が居るのではないかと、疑っているんだよ」
アヴァロンや世界同盟を排除するか、支配したい者の存在を示唆するグレン。
ユートはそれに首肯し、新たに指示を出す。
「その場合、深入りは危険だな。グレン、ベルデス市国での活動を中断し、クロイツ教国に向って欲しい。詳細は後で協議しよう」
「任せたまえ、陛下君」
胸を叩いて首肯するグレンと、その返答に頷くパーティメンバー達。ユートも連絡を取り合う頻度故か、グレン達との関係はだいぶ円滑になっている様だ。
「さて、それでは本題だ」
すると、ユートはどこからともなく……とはいえ、宝物庫から取り出しただけなのだが、白い板を出した。
骨組みで支えられて自立する板……それを見た勇者達が、深い溜息を吐いた。何故、異世界に来てまでホワイトボードを見る羽目になるのか、と。
「それではこれより、ユート・アーカディア・アヴァロンによる日本語講座〜大罪と善徳と心強さと〜を始める!」
何故か、ノリノリになるユートであった。
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アヴァロン王の日本語講座により、魔人族の世界神の言葉遊びについて知った一同は、唖然としていた。
「えっ、じゃあ私は希望の徳を司るとか、そういう事ですか!?」
「そういうことです、多分ね」
証拠はないからね、と付け加えるユート。しかし、勇者達の顔は真剣だ。
「私やマナさん、ホシノ兄弟だけでも偶然にしては出来過ぎですし、他の人達にも法則として当てはまるということは……」
「ユートの予測、信憑性が高いって事だよね」
「ハズレていたら、これで僕の尻を一発ずつ叩く権利をやろう」
例の黒バットを取り出すユートだが、勇者達はスルーした。
「そうしたら、ユウキは勇気の徳……になるんだね」
「それなら、ユウキ達があんなのになることは無いって事だよね!」
喜色を浮かべるエルザだが、ユートはバッサリ切って捨てる。
「可能性は無いわけじゃない。善徳は一転してしまえば悪徳だからね」
その言葉に、全員の表情が沈みかける。しまった、と思ったらしく、ユートは続けてフォローに入った。
「まぁ、今のままだったら問題ないだろう。変質するとしたら、良い方向に働くと思う」
ユートの予想では、神格を得る・天使化する・神の使徒になる等の可能性を考えている。そうなる前に、魔人族の世界神を排除する必要があるが、すぐにそんな変化は起こらないとも考えていた。
「なので、僕達がやる事は変わらない。世界同盟として、世界各国の種族間・国家間の溝を埋め、皆がより良い未来に進めるように尽力する。そして、悪魔族の思惑や魔人族の世界神の思惑をブチ壊して、プークスクスしてやる。んで、アヴァロン王国としてはみんな仲良く、いのちだいじに、明日は今日より一歩前へ! だね」
自信満々に言い放つユート。その言葉に、不思議と皆の気持ちは軽くなっていた。
「フワッとしてますね……」
「天空島だけにね!」
「ユート、それは別にうまくないから」
「えー……」
何気ないいつものやりとり。それが、何よりも心地良いと皆が感じていた。
「あのさ、ユート君」
マナとノゾミが、ユートに歩み寄る。
「ん、どうした?」
「……ユートさんは、勇者は被害者だと考えていると、メグミから聞いたんです」
「だとしたら、双子を倒した事も……気に病んでるんじゃないかなって思ってさ」
ユートがメグミに視線を向けると、申し訳無さそうな表情だ。しかし三人共、自分の事を心配してくれたのだという事が伝わってくるので、ユートは笑顔を向ける。
「多少はね。でも、そんなのは敵対した時点で、心の整理はしているからさ」
そして、その笑顔は不敵なものに変わった。
「元より、敵には容赦しないのが僕だ。僕の身内を傷付けた時点で、かけてやる温情など無い」
「あっ、暴君だ」
「暴君モードだ……」
「ノゾミにまでその呼称が浸透してた!?」
そんなやりとりに、仲間達から笑いが起こる。
「陛下君は身内に甘い……成程、ユウキ様から聞いていた通りだな」
「そうね、グレン」
朗らかに笑うグレンとその仲間達。アヴァロン王国の王城に、笑い声が満ちる。
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仲間達に自分の考察を話した後、ユートは庭園に来ていた。
勇者に問い掛けられた、ホシノ兄弟を殺した事を気に病んでいるか、という言葉。
……彼等は被害者でもあった。いきなりファンタジーな世界に連れて来られて、「YOU、勇者だから」なんて言われて、それに見合う力がある。調子に乗ってしまうもの、まぁ解らないでもない。
それでも彼等がやった事は許される事ではない。殺すべきだから殺した、その考えは今も変わっていない。
しかし……心にしこりは残っているのは、確かだ。
「ここでしたか」
振り返るそこには婚約者であり、元義姉であり、自分の守護天使であるキリエ・アーカディアの姿があった。
「どうしたんだ、キリエ?」
「いえ、多分思う所があるだろうと思いまして。あと、夜這いです」
「夜這いって、おまっ……」
そんなユートに苦笑しつつ、キリエは優しくユートを抱き締める。
「……なんぞ?」
「色々と考え込んでるかと思って」
どうやら、彼女にはお見通しらしい。しかし、弱音を吐くわけにはいかない。
「いや、まぁ考えてはいるけど、僕のスタンスは知ってるでしょ? 味方にダダ甘、敵には容赦無し、その他大勢はまぁお好きにどうぞ、だし」
「でも、心の底では……彼等も、地球に帰らせてあげたかったのでは?」
その言葉に、ユートは言葉を詰まらせた。誤魔化すように、無言でキリエを抱き寄せる。
どれだけそうしていたのか、解らない。一分程度にも、一時間程にも感じられる短くて長い体感時間。
ただただ優しく自分に寄り添う、彼女の温もりに、ユートはようやく本音を吐露した。
「……帰らせてやりたかったよ、家に」
「はい」
「平和なあの世界なら、それなりに頑張って生きられるはずだと思うんだ」
「はい」
「でも、殺した」
「……はい」
帰らせてやりたい。確かに……そう思っていた。
それでも、結局は彼等を殺した。大切なものの為に。
「俺は、間違っているか?」
その言葉に、キリエはユートを強く抱きしめた。
「正解なんて、全てが終わった時じゃないと解らないものですよ。ただ……私はユーちゃんを肯定します」
自分の欲望の為に人を害するホシノ兄弟。大切な物の為に彼らを殺したユート。その在り方は、明らかに違う。
「あなたはあなたの思うままに歩んで下さい。悩んだり苦しんだりしても良いんです。今までもこれからも私が……私達があなたの側に居ます」
その言葉に瞑目し、ユートは頷いた。
「改めて、決めるよ。どれだけ血に塗れても、泥を啜る事になっても……大切なものを守る為に戦う」
それは歪な……しかし鋭く強固な決意。
「これからも、今まで通りに。例え、大勢の命を奪う事になっても。君達を……大切なものを守るためなら、神も悪魔もブチ殺す」
ユートの言葉に頷き、キリエは口付けでそれに応えた。
次回から新章に入ります。
 




