13-10 幕間/ノエル・アイングラムの独白
私はノエル・アイングラム。
アイングラム子爵家の長女。イングヴァルト王国軍に所属する、一兵卒……でした。
それがまさか……一国の王の、九人目の婚約者となるなんて。しかも、そのお相手が……十五歳の若さで新王国を建国した、勇者様と聖女様の息子さん。
我が事ながら分不相応とは思うのですが……それでも嬉しいと、毎日感じてしまいます。
あれは大迷宮を攻略し、強欲の化身を討伐した直後でした。
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「あ、ノエルさん! ちょっと良いかな?」
声をかけて来たのは、エイル・アーカディア・アヴァロン様。ユートさんの義理の妹であり、神代の竜であり、ユートさんの七人目の婚約者です。
「はい、何でしょうかエイル様?」
「もう、様は要らないよ。これからは同じ、お兄ちゃんの婚約者なんだから!」
そ、そう言われましても……。
「そうだなぁ……エイルちゃんで!」
ちゃん付けですか!?
「そ、そんな恐れ多い……」
「ダメかな、ノエルお姉ちゃん」
可愛らしく、小首を傾げたエイル様がそんな事を言う。
……お姉ちゃん? お姉ちゃん……。
「わ、解りましたエイルちゃん……」
「うん! これからはそれでよろしくね、ノエルお姉ちゃん!」
気が付いたら、そんな風になってしまっていました。
エイル様……いえエイルちゃんは、たまにこういう所があるらしいですが、今実感しました。大国の王達が親戚の叔父さん化するのも、納得です。
「それで、どうしたんですか?」
「あっ、うん! そのね……順番をね、決めたいんだけど……お兄ちゃんと過ごす順番」
……順番、とは?
「今夜、私の番でも良いかなって、相談したくて……」
「……えーと、それはどういう意味ですか?」
「そ、それはホラ……婚約者としての、初めての夜でしょ? 流石に、三人いっぺんにっていうのは、ムード的にどうかと思うし……」
今夜? ユートさんと過ごす? 順番? ムード?
「あ、あのっ! それって、まさか……!!」
つまるところ……男女の、そういう、あれですか!?
「うん、お願い!」
そ、そうですよね……婚約、ですもんね……。
「わ、解りました……! あの、私は最後で、全然! はい!」
「ありがとうお姉ちゃん!」
その後、エイルちゃんと少し話したのですが、会話が全然頭に入ってきません。ユートさんと……そういう、関係に……なる……。
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気付けば、私は王城の廊下でボーっと窓の外を見ていました。頭の中は、ユートさんとのあれこれで一杯です。
わ、私がユートさんのお嫁さんになる……その事を、改めて意識してしまいます。
というか、エイルちゃんはまだ成人前なのですが……あっ、でも私より年上なんですよね。何か色々とこんがらがって……。
「ノエルさん? ノエルさんやーい」
……はっ!? 気付けば、目の前にユートさんが……!?
「す、すみません! な、何か御用でしたか!?」
「あぁいえ、実はですね……この後、一緒にイングヴァルト王国に出向きませんか?」
ユートさんの話は、こうだった。私との婚約の事を、国王陛下やお父様の元に出向いて、しっかり挨拶をしたい……との事でした。
「そっ、そう……ですね。は、はい……大丈夫、です」
ゆ、許して貰えるでしょうか? 私は、今はイングヴァルト王国の親善大使として、アヴァロン王国に出向いている身なのに……それが、アヴァロン王の婚約者になってしまうだなんて……。
いえ、婚約者になりたいと言い出したのは、私なんですけど……。
「大丈夫、ノエルさん?」
ユートさんが、私の頭を優しく撫でてくれた。
……あぁ、やはりこの人が好きだ。もう、覚悟を決めるしかない。
私はユートさんに促されて、イングヴァルト王国に転移した。
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「ほ、本当かノエル! なんと、なんと喜ばしい!」
お父様に話をしたら、両肩を掴まれて満面の笑顔でそんな事を言われました。
「しかし、一度に三人か……いや、その前は一度に五人だったしな。ユート君、モテモテじゃないか」
「こんな奴のどこが良いのやら、自分では解んないんだよねー。でもまぁ、今は開き直って、皆を幸せにすることに全力を尽くすって決めたから」
国王同士の会話としては、何かおかしいですよね。私の感性が間違っているわけではないと思いたいです。
「アヴァロン国王陛下……どうか、どうか娘を宜しくお願い致します!」
「ええ、アイングラム子爵。いえ、今後はお義父さんとお呼びした方がいいでしょうか?」
あっ、お父様がニヤけています。普段は厳格なお父様なのに……。
「お、恐れ多くはないですかね!?」
「そんな事ありませんよ。そういえば、ノエルさんって長女なんですよね? 家督とかの問題は大丈夫そうですか?」
「あっ、はい! 弟が家を継ぐので、問題はありません」
そのまま、お母様や弟、妹も交えての昼食会になりました。
アルファルド第一王子殿下やシルビア王女殿下、アクセル第二王子殿下まで来たのは何でなんでしょう……緊張しました。いえ、私よりもうちの家族の方がガチガチでしたが。
少しイングヴァルト王国を歩いて、私はユートさんと一緒にアヴァロン王国へ戻ります。
ちなみに私の扱いですが、正式な婚姻を結ぶまでは親善大使を継続して務め、イングヴァルト王国籍のままになる事になりました。婚姻を結ぶ段階で新たな親善大使を送るそうです。
「あの、ユートさん……何故、わざわざ転移門を使用したんですか?」
そう、イングヴァルト王国から帰る際、ユートさんは転移魔法陣ではなくイングヴァルト王国の転移門を使った。今はもう夕方です。
「折角だから王都までドライブしませんか?」
笑顔で、手を差し出すユートさん。今は二人きりで、つまり……デート、という事でしょうか。
「はい、その……喜んで」
ユートさんの手を取って、私はユートさんに一歩踏み出す……と、石に躓きました。
「きゃっ!?」
「おっと!」
ユートさんが、私を支えるように抱き止めてくれたので、転ばずに済んだのですが……ユートさんの顔、近い……。
「ノエルさん、大丈夫ですか?」
笑顔で私にそう言ってくれるユートさん。
……まだ、少し幼さを感じさせる少年。なのに……アヴァロン王国の国王で、世界同盟の盟主なんだ。
ユートさんは、多くの物を背負っている……。
私は、この人の為に何が出来るんだろう? 何かをしてあげたい、この人を支えたい……。
「ノエルさん?」
「ユートさん……私、何をすればいいでしょうか……。ユートさんの為に、何が出来るんでしょうか……」
うまく言葉にならなくて、我ながら情けない。そんな私の言葉に、ユートさんは一瞬目を丸くして……そして、私を抱き寄せた。
「焦らなくていいんですよ。ノエルさんが、こうして側に居てくれるだけでも幸せを感じているんですから」
……この人は、多くを望まない。
誰かがユートさんを無欲な人だと言っていた。何を求めているのか見えないから……何が出来るのかを見つけなきゃ。私は、貴方の力になりたい。
「……んっ」
気付けば、私はユートさんに口付けていた。
どれくらい口付けを交わしていたか、解りません。
どちらともなく、唇を離し……私は、今更ながらに自分のした事に気付きました。わ、私からこんな……はしたなかったですよね!?
「ノエルさん、今度はこっちの番だから」
身体を離して謝罪しようとした私でしたが、ユートさんからの口付けによって謝罪の言葉は声になりませんでした。
夕日が照らす二人きりの場所で捧げたファーストキス……ちょっと、ロマンチックな気もします。
それから、魔力駆動二輪を運転するユートさんの後ろに座って、王都へ向かっていました。そうだ……折角だから、お願いしてみよう。
「ユートさん、私の事……敬語もさん付けも、無しでお願い出来ますか?」
「……ノエル、でいいんだね?」
「はい……」
そんなやり取りですら、私は幸せを噛み締めている。
ユートさんの背中は、見た目以上に大きく感じます。その背中に、この人は多くの物を背負っている。
私は……この人の為に、生きていこう。この人を幸せにする為に、頑張ろう。
背負った物を肩代わりは出来ずとも、一緒に背負えるようになろう。そして……自分に何が出来るのか、それを探していこう。
私は、ユートさんの背中にくっつきながら、そう心に誓いました。
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「ユーちゃんの為に出来る事、ですか」
そんなわけで、同じ婚約者の皆さんに聞いてみました。
「そうですね、まずノエルさんがユーちゃんを大切に思っているのが解って、同じ婚約者として嬉しいです。その上で言う事は……」
「……はい」
「まず、ユーちゃんは完全無欲ではありません、むしろちょっと欲望丸出しの事があります」
……ん、んー?
「つまり、ユーちゃんはちょっとエッチなので、スキンシップをすると喜びます」
ス、スキンシップ……!?
「……ど、どの程度のスキンシップが良いんでしょうか?」
「肩に頭を乗せるとかですかね?」
「腕に腕を絡めるのも好きですよね」
「手を繋ぐとかは何気に喜びますね」
良かったです、思ったよりまだソフトでした……。
「後は……ユート君、自分の事には無頓着ですから、政務の時に軽食やお茶を用意してあげると喜びますよ」
アリシア様の言う通り、ユートさんは自分の事より人の事を優先する傾向がある。
「……私達がいると、喜ぶ」
「そうですね、こちらで出来る政務なんかは、率先して手伝ってあげると良いかも知れません」
「そしたら政務が早く終わって、お兄ちゃんとの時間も増えるからね」
成程、とても合理的です!
「それから、先輩はお風呂好きなので、背中を流してあげたりでしょうか」
お風呂ですか。そうですよね、各部屋に露天風呂を作るくらいですし。
屋外に面したお風呂というのは最初は戸惑いましたが、ユートさんの付与魔法で外から見えないそうですし、もう今では慣れてしまいました。
それにしても……貴族でも毎日は入らないお風呂に、気軽に入れるなんて……アヴァロン王国、流石です。
「背中ですか」
「はい。密着して、やってあげると……元気になります」
密着して? 元気? あっ、これ男女のアレコレの話だ。
……明後日、頑張ってみようかな。
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色々な事を考えながら、私はついにその時を迎えた。
「ふっ! 不束者ですが、末永くよろしくお願いします!」
ユートさんの部屋の入口で、私は頭を下げる。
「ノエルは真面目だよね。こちらこそ、末永くよろしくお願いします」
ユートさんも私の前まで来て、頭を下げた。王様が軽々しく頭を下げるものじゃないですよ、と言ったら、こんな答えが返ってくる。
「ノエルと一緒に生きていく為の挨拶だから、軽くないでしょ」
この人は、本当にもう……不意打ちが多くて、困ります。
ユートさんが私の左手を取り、薬指に指輪を嵌めてくれます。
「今更だけど、本当にこのタイミングで良かったの? もっと早く渡したかったんだけど」
「今夜が良かったんです……その……」
ス、スキンシップ……いきます!
「ユートさんに、全て捧げる時で……」
ユートさんに正面から抱き着き、その胸板に手を添えます。意外と、筋肉あるんだなぁ……。
「……成程。ノエルがそれでいいのなら、いいか」
ユートさんが、ぎゅっと私を抱き締めてくれます。至福の一時とは、これの事ですか。
さて……それじゃあ、教わった通り……頑張ってみます!
「あっあの! ユートさん!」
「なにかな、ノエル?」
優しい微笑みで返すユートさん。あっ、この表情好き。
それでは……皆さんが教えてくれた、あれを実行します! 覚悟、完了!
「お、お風呂に入りませんか!?」
私の言葉に、ユートさんが首を傾げる。
「えーと、一緒に?」
「はいっ! ユートさんの、お背中を流そうかとっ!」
政務でお疲れのユートさんへの、いわゆるサービス的なものをしようと思います。
「う、うん。それは構わないけど……何か、力篭ってるね?」
「気合十分なので!」
「そ、そうかぁ。じゃあ、お風呂行こうか」
そう言って、ユートさんが私にキスをした。ふ、不意打ちはずるいですっ!
あ、あれ? 何故、ブラウスのボタンを外されているのでしょう!? あっ、スカートは……! じ、自分で脱げますからっ!? ま、待っ……!?
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その後、ユートさんにお姫様抱っこされてお風呂に向かいました。そこで、メグミ様が言っていた事を実行したら……何か、色々凄い事になりました。
そのままお風呂で凄くなり、ベッドに戻っても凄くて、朝まで凄かったです。
恥ずかしかったですけど……あ、あんなになってしまうなんて。未だにふわふわしたような感覚のまま、私を抱き締めて眠るユートさんを見つめて……。
「よろしくお願いします……最強の旦那様」
そっと、ユートさんにキスをしました。




