13-02 大迷宮へⅣ/真の試練
これまでのあらすじ:エイルから大迷宮攻略について、忠告されました。
一抹の不安を感じつつ、僕達は朝を迎えた。
今回の大迷宮攻略は、厳しい戦いになるかもしれない。その為、仲間達の装備も一番いいのにしておいた。
頭の中で、”そんな装備で大丈夫か”って言われた気がしたんだよ。
大迷宮には馬車で向かう事にした。マーカーを仕込んではいるのだが、あまり公にしない方が良いかと思ったのだ。
馬車に揺られて四時間程経ち、いよいよ大迷宮入口に到着した。
「さて、ここからは大迷宮攻略なんだが……今回、ちょっと厳しい戦いになるかもしれない。皆、決して油断しないようにしてくれ」
僕の言葉に、エイルを除く全員が目を見開き……そして、その視線がエイルに集中する。
「……大迷宮攻略に対する私のスタンスは変わらないよ。でも、今回は……一番危険なのはお兄ちゃんだから、一つだけアドバイスをあげる」
エイルが、僕に向けて厳しい視線を向ける。
「大迷宮では一人になっちゃダメ。お兄ちゃんじゃ、すぐに死ぬかもしれないから」
恐らく、僕の予想は的外れでは無さそうだ。加護や強化を無力化する、そんな罠がかけられた試練なんじゃないのか。
「解った」
短く、しかし真剣に返事を返し、視線を大迷宮の入口に向ける。
僕は死なないし、仲間も死なせない。やる事が、やりたい事が、まだまだ山程あるんだ。
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大迷宮に足を踏み入れ、警戒しながら先へと進む。感覚的に、異常はまだ無いな。
「ユート、大丈夫?」
不安そうな顔で問い掛けてくるユウキ。
「あぁ、大丈夫だ。皆は?」
視線を巡らせるが、特に問題は無いようだ。
「何かあれば、すぐに自己申告するんだ。決して無理はしないように」
僕の言葉に、皆は真剣な表情で首肯する。
「……ユートも、だよ」
心配そうな表情のクリス。周囲の皆も、同じような表情だ。僕の身を案じてくれているのが、伝わって来る。
「解ってる、一番危ないのは僕らしいからね」
皆を心配させない為にも、重々注意しなければならないな。
歩みを進めていき、やがて開けた場所に辿り着く。
「……いよいよ、何かありそうですね」
「警戒して行きましょう」
アリスとリインの言葉に頷いて、僕達は広間に足を踏み入れる。今の所、何も起きないな。
……いや、何か嫌な予感がする。
視線を巡らせ、地面を見た瞬間に気付いた。部屋全体の床に描かれているのは……魔法陣か!!
その魔法陣を解析して、サーッと血の気が引く感覚を久々に感じる。
「まずい……っ! 全員、隣のヤツと手を繋げ!!」
地面に施されているのは、案の定の強化を無力化する魔法。それに加えて……“転移”の魔法陣だった。
一人でこの大迷宮に放り出されたら、流石に溜まったものではない。僕も急いで、誰かの手を……!!
その瞬間、地面の魔法陣が光り輝いた。その直後に、襲い掛かる倦怠感。
「……うっ!?」
……ステータスが、変動したのか!
成程、確かにこれは僕が一番やばい。まさか、自分の身体がこんなに重く感じるとは……!
「こ、これは……っ!?」
「力が、抜けて……!!」
マナの固有技能、大迷宮踏破ボーナスが無くなり、仲間達も突然のステータス強化の喪失に戸惑っている。
特に勇者はそれが顕著で、神から与えられた加護を失った影響でうまく動けないようだ。
そして、僕……大迷宮踏破で+150、マナから+30、世界神ヒュペリオンの加護で+50、神竜の加護で+200、守護天使の加護で魔力に+30。
それが、一気に失われた事により、身体に一気に負荷がかかったような錯覚。
僕や勇者達に駆け寄ろうとする仲間達……だが、遅かった。
全員の身体が光に包まれ……消えていった。
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転移された場所は、真っ暗闇だった。右手に銃剣を握り締めながら、僕は発光の遺失魔道具を起動する。
「……まるで洞窟だな。皆は……」
左目のマップは……使えるは使えるけど、範囲が狭まっている。せいぜい半径十メートルくらいか。
竜眼の技能も、神竜の加護によって付加されたものらしく、使用不能になっている。
そうだ、自分のステータスを確認しておかないと……。
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【名前】ユート・アーカディア・アヴァロン
【職業/レベル】付与魔導師/43
【ステータス】
体力:55
魔力:53
筋力:52
耐性:56
敏捷:51
精神:54
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ブートキャンプでレベルアップを果たした皆なら、問題は無いと思う。エイルは最後尾に居たから多分一人なんだろうが、あの娘が大迷宮程度でどうこうなるとは思えない。
つまり……。
「最大の懸念事項は、僕か……」
今の僕は加護を失って銀級冒険者になりたてレベルのステータス。
しかも、魔力量も並レベル……これじゃあ、遺失魔道具乱発は危険すぎる。考え無しにいつもの調子で遺失魔道具の乱発なんてしたら、すぐに魔力が枯渇するだろう。
疑似魔石や魔力回復魔法薬も用意してはいるが、こちらの大量消費もよろしくない。
宝物庫には各種兵器や魔導兵騎も入れているが、これは手も足も出ない場合の緊急手段にすべきだろう。
ならば、やる事は一つしかない。
「……真っ当に攻略、だな」
差し当たっては右手に銃剣を、左手に遺失魔道具照明を手に進む事にする。
ここで、魔物との戦闘を避けて仲間達と合流するのを待つ……という手もあるにはある。
しかし僕にとって、その選択肢はあり得ない。
大事なのは生き延びる事だと解っているけれど、その為に背を向けて逃げるのは僕の矜持が許さない。
僕は、勇者レオナルドと聖女アリアの息子だ。英雄達に鍛えられた弟子みたいなものだ。そして、アヴァロン王国の王様だ。
皆に向けて、自力で大迷宮を攻略したと胸を張って言う為にも、他力本願な歩き方は絶対にしたくない。
常々、自戒していた事じゃないか。加護で底上げされたステータスは、僕自身の力じゃない。
大迷宮攻略ボーナスは、彼女達の加護と遺失魔道具頼りで得られたものだ。
ワイズマンの大迷宮は、試練の場。ならばこれはきっと、避けて通る事は出来ない僕の試練だ。
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過去三箇所の大迷宮では、マップを確認しながら闊歩してきた大迷宮攻略。
しかし今回はマップも半径十メートル程度で、全体を把握するのも罠を看破するのも、そして正規ルートを導き出すのも正直厳しい。
なので、僕は地道にマッピングしながら迷宮の通路を歩く。
そして、いよいよ試練の時が来たようだ。
前方に魔物の表示が現れた。曲がり角で見えない姿が、マップに表示されているだけでも助かるね。
相手はゴブリン。お馴染みのゴブリン。今までは、瞬殺してきたゴブリン。
それが、八体。
「……うし、覚悟を決めるか」
先程、遺失魔道具の検証も済ませた。
いくつかの遺失魔道具は魔力の出力がガタ落ちで使えない。しかし、振動剣や、魔導銃による初級程度の魔法弾は実用レベルだ。
レールガンは魔力を食うので、あまり多様は出来ない。
銃剣に籠められた弾は六発。
八体の内の六体を銃弾で仕留め、残り二体を剣で倒すのが良いだろうか。それとも可能な限り剣で倒し、銃弾は温存すべきか?
どちらの戦術にするかを決める前に、曲がり角からゴブリンの内の一匹がひょっこり出て来た。
「ギャギャッ?」
気付かれたわ、まぁ……ですよねー。
「ギャエッ!」
「ギャギャッ!」
獲物を見つけて我先にと駆け出すゴブリンに対し、僕は銃剣を構えて狙いを定める。
「ハッ!!」
棍棒を握るゴブリンの手元を狙い、まずは武器を振らせない。そして、そのまま返す刀でゴブリンの首を両断する。
「くそっ、魔力消費がやはりネックか!」
首と胴体が泣き別れしたゴブリンだが、残りはまだ七匹もいる。実に厄介。
「おらっ!!」
目前に迫ったゴブリンに向けて銃剣を横薙ぎに振るう。しかし、棍棒で銃剣をガードされた。
魔力消費をケチって振動剣を使っていないせいで、受け止められてしまう。
なら、これだ! 一瞬だけ振動剣を発動し、棍棒ごとゴブリンを斬り裂く。
「よし……じゃないっ!?」
斬り捨てたゴブリンの陰から、更にゴブリンが迫る……しかも、手に持っているのは槍だ。
「……くっ!!」
身を捩って突き出された槍を躱すが、左腕を少し切られてしまう。更に、残るゴブリン達が剣や棍棒を持って接近して来た。
「このっ!!」
右手の銃剣、その銃口をゴブリン達に向けて引き金を引く。
二匹は眉間に、もう二匹は心臓に命中した。
しかし一匹は避けようとして肩口に命中し、痛みで素っ転んでいる。更に最後の一匹は仲間を盾に、銃弾から逃げ遂せていた。
「チィッ!!」
リロードする時間は無い。
右手に剣を持って襲い掛かるゴブリンに対し、僕は銃剣で迎えうつ。
剣と銃剣の刃が衝突し、火花を散らす。
今の一合で分かった、力負けしている。僕が想像以上に弱いのか、この大迷宮に生息するゴブリンが予想外に強いのか、判断に迷う。
しかし、そんな事を悠長に考えている暇は無い。
更に剣を振り回すゴブリンなのだが、意外と形になっている。外に生息するゴブリンは、剣術のイロハも知らないド素人のチンピラみたいに考え無しに振り回すんだけどね。
それなりの剣技を振るうゴブリンだが、剣を合わせていく内に僕は冷静さを取り戻していった。
剣の軌道を予測しろ、力負けするなら受け流せ。
確かにこのゴブリンはそれなりの剣技を身に着けているが、それはこちらも同じだ。しかも、剣技を教えてくれたのは、勇者レオナルドや剣鬼ローレンだったのだ。
落ち着いて一つ一つの動作に気を配れば、降せない相手では無い。
僕を刺そうと剣を突き出したゴブリンの剣を避け、仲間の死体に命中させる。
突き刺さった剣を引き抜こうとする、一瞬の隙。瞬間的に振動剣を発動し、左肩から右腰にかけて振り抜く。
「ギョアアアアアアアアアアッ!?」
一刀両断したゴブリンはもう終わりだ。
残る一匹は……こちらに向けて棍棒を手に駆け出して来ている。
しかし、鈍い。肩に受けた銃弾による傷を庇って、全力疾走が出来ないらしい。
「終わりだっ!!」
銃剣を突き出し、眉間に刀身を突き刺す。
「ギャアアアアアアアアッ!!」
激痛を受けて暴れようとするゴブリンの身体を全力で蹴り、刀身を引き抜いて距離を取る。
地面を転がりのたうち回るゴブリンだったが、やがてその動きが弱くなっていき……そして、ピクリとも動かなくなる。
「……ふぅ、とりあえず初戦は……」
勝てた、と思ったのだが……。
「ギョアァッ!」
「ギャギーッ!」
おかわりが来た!? わんこそばじゃないんだからさぁ!!
それから再びゴブリン相手に良い勝負をしてしまい、ちょっと凹んでしまった。
キリエやエイル・ヒルドに感謝すると同時に、やはり加護により底上げされた力に頼り切っていたのだと猛省する。
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恐らく十時間ぐらい経過したが、魔物以外とは出会わない。
あれから出会うのは、ゴブリン・コボルト・オークといった、人型の魔物ばかりだ。一匹だけミノタウロスがいたけど
あの牛人間の肉が、あんなに美味いんだよなぁ……。
ちなみにオークは豚人間なのだが、うん……豚肉味なのよね、これが。しかも地味に美味い。
というわけで、これらの肉は剥ぎ取っておいた。最近は宝物庫の剥ぎ取り機能頼りで、自分で剥いでいなかったので時間がかかってしまった。
人間、便利に慣れると駄目になるのだなぁと実感したよ。
マッピングしつつ魔物と良い勝負を繰り広げているせいで、僕の進行速度は遅いはずだ。
しかも、ぶっちゃけ対集団戦が多いので被弾もしている。
流石に回復薬を使用した方がいい怪我には、チマチマと使用して凌いでいる。
他の面々は大丈夫だろうか。皆は心配しているだろうか。それとも、僕なら大丈夫だと信じてくれているだろうか。
何にしても、進んだ先に仲間達が待っていると信じて歩いて行くしかない。
しかし、腹も減ってきたな。
宝物庫からパンを取り出し、手早く食べておく。水も限りがあるし、少し口にして仕舞っておく。普通の冒険者っぽいな、こういうの。
……宝物庫を使う時点で、普通じゃないよね!
一人だと、ツッコミを入れてくれる人も居なくて寂しい。
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それから更に六時間ほど経過した頃に、ちょっとした広さの小部屋に差し掛かった。
例によって待ち構えるようにしていたのは、五体程のオークだ。ここはこのオーク達の住処らしく、あちこちに様々な物が散乱している。
血のこびり付いた布の切れ端や、引き千切られたペンダントの様な物。こいつらも、ゴブリン同様に女性を犯して孕ませて繁殖する、女性の敵系魔物だ。
多分、大迷宮を攻略しに来た女性の兵士や冒険者を期待していたのだろう。オーク達は僕に気付くと、明らかに落胆したような様子を見せてきた。よし、その喧嘩買った!
右手に手にした銃剣を肩に担ぐようにして、左手の手の甲を向け”かかってこいや”と言わんばかりのジェスチャーをする。
「ブグァァッ!」
「ブギイィッ!」
ははは、怒ったか。
しかしオークは力はあるものの動きが鈍い。手足の腱を斬って、首を落としてやろう。
襲い掛かってくるオーク達に向けて、僕も銃剣を構える。
流石にここまで連戦で戦って来たのだ、疲労も溜まってはいる。
しかし、こちとら父さん達にしごかれて来たのだ。自分の体力の限界くらい、ちゃんと把握している。まだまだ、オークごときなら遅れは取らない!
「はぁっ!!」
武器を持つ手を優先して狙い、その後で逆の手、更に足と狙って、銃剣を振り抜く。
流石に加護や踏破ボーナス完備の時と比べると倍以上の時間は掛かるが、オーク共を倒せた。
「先へ急ぐか、回復するか……どっちが良いかな……」
そんな事を考えていた矢先だった。
部屋の中央に光が発生し……光は人の形を成していった。
僕はすっかり失念していた。大迷宮に用があるのは、僕達だけでは無かったのだ。
「あぁ? もしかして……アヴァロンの王か?」
「あらら、随分とボロボロだねぇ」
恐らくたった今、彼等は大迷宮に到着したのだろう。そして、あの最初の部屋からここに、直接転移して来たんじゃないかね。
「ははは、いいザマだな。この前の借りを返させて貰うぜぇ?」
「ラッキーな事にお一人様みたいだし? リベンジさせて貰おうかなぁ!」
一人で行動し、ボロボロの相手に情け容赦無いにも程がある。双子の勇者達は無限収納庫から、聖なる武器を取り出した。
やっぱ、見逃してはくれないよなぁ。
どうやら、僕の試練はここからが本番らしいね。




