12-09 幕間/エミリオとシャルロット
イングヴァルト王国の訓練場で、一人の青年が汗を拭っていた。
彼の名はエミリオ・フォン・メルキセデク。伯爵家長男であり、第一王子アルファルドの護衛を任されている青年である。
「おっと、エミリオ」
声のした方に振り返ると、そこに居たのは白いローブを身に纏った少女だった。
シャルロット・エルナード。エミリオと同じアルファルドの護衛であり、侯爵家の次女である魔導師だ。今は宮廷魔導師のエカテリーナに師事し、魔導師としての鍛錬に励んでいるという。
「シャル、今日の教導は終わったのか?」
「うん。エミリオも今日の鍛錬はお終い?」
「あぁ」
幼い頃からアルファルドの護衛となるべく共に鍛えられてきた幼馴染同士であり、気心知れた仲でもある。
「それじゃあ、これからご飯でも行かない? お腹ぺこぺこでさー」
「良いけど奢らないぞ?」
「ちぇっ、ケチー」
そんな事を言いつつも、互いに笑顔である。普段通りのやり取りが心地良い。
そんな折、アルファルドからの通信が入った。ご飯は後日かな、なんて思った二人が通信に応じる。
『二人共済まない、今は大丈夫か』
「ええ、問題ありません殿下」
「御用でしょうか?」
『あぁ、実はユートからの依頼でな。お前達に用があるので、少し付き合って欲しいそうだ』
ユート……その名前を聞いた二人は顔を見合わせる。
ユート・アーカディア・アヴァロン。
アヴァロン王国の王にして、勇者と聖女の息子。遺失魔道具を創造する、規格外の付与魔導師。世界同盟発足の立役者でもあり、盟主でもある。
そして、アルファルドやエミリオ・シャルロットの友人だ。
「かしこまりました、殿下」
「それじゃあユート君に連絡しますねー」
『うむ、あいつの事だから悪い話ではないだろうし、気負う事は無いだろう。よろしく頼む』
アルファルドからの通信が途絶え、エミリオはすぐにユートへ連絡した。
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連絡を受けたユートが転移魔法陣を展開すると、アリシアとノエルが待っていた。
「急にお呼び立てして済みません、お二人共」
「いいんですよアリシア様、ユート君なら何かあるんでしょうし!」
その言葉に苦笑するアリシアとノエル。二人の先導で、エミリオとシャルロットは応接間へと案内された。
「いらっしゃい、二人共。いきなり呼び出してごめんね」
「構いませんよ、ユート殿。それで、どのような用件なのです?」
穏やかに返すエミリオに、ユートも笑顔で頷いてある物を差し出す。
それは剣と槍、そして盾。シャルロットに差し出されたのは、魔導杖だった。
「アヴァロン王国の正式装備にしようと思っている武器なんだけど、ちょっと困った事になっていてね。ウチの兵士達って元難民とか浮浪民だろ? 武器の良し悪しに頓着していないんだよ」
それは仕方が無い事だ、と二人は思う。これまで剣や杖を握った事が無い者達なのだから。
「それで、二人にテスターになって欲しいんだ。使ってみて、改善点とかがあれば教えて貰えないかな? お礼はするし、それもプレゼントする」
二人はまじまじと渡された武器を見る。
((……これ、相当高価な武器なんですけど……))
悪い話では無かった。無かったのだが、頭が痛くなりそうな話ではあった。
試作品の試用に差し出す物としては、ちょっと高級過ぎるだろう。
しかし、今更感もある。何せ既に遺失魔道具を数点、無償でプレゼントされているのだから……。
「まぁ、そういう事なら」
「私もオッケーだよ」
「ありがとう、二人とも。助かるよー」
そう言うと、ユートは武器に手を当てる。
「折角だから……ほいっと」
ユートの手が離れると、そこにはメルキセデク家の家紋とエルナード家の家紋が彫り込まれていた。
「げ、芸が細かいっ!!」
「いつもながら、ユート殿はびっくり箱ですね……」
呆れたような言葉を返しつつも、表情は緩んでいた。どうやら二人としても嬉しかったらしい。
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政務が残っているユート達から、折角だからと教えられた食堂へ向かう二人。どうやら、異世界……勇者の故郷である地球の日本料理を再現した食堂らしい。
折角なので、二人はそこで食事を済ませてからイングヴァルトに戻る事にしたのだ。
店に入ってすぐに、二人は驚いた。小綺麗な店の中は、満員だったのだ。どうやら繁盛している店らしい。
「いらっしゃいませ、二名様ですか?」
「え、ええ……ですが、満員のようですね」
「あの、もしかしてエミリオ様とシャルロット様でしょうか?」
食堂の従業員にまで名前が浸透しているはずもない。ともなれば……。
「えっと、ユート君から何か聞いてたり?」
「やはりそうでしたか! お二人がいらっしゃっるとの事で、席の方を用意するようにとご連絡を頂いておりましたので! ささ、こちらへどうぞ!」
手回ししていたらしい。
「もう、ユート君ってば……」
「まぁ折角の厚意だ、ありがたく受け取っておくとしよう」
お堅いエミリオらしくない、とシャルロットは思って……理解した。どうやら、ユートの人柄はエミリオも徐々に変えていたようだ。
アルファルドも以前はもう少し取っ付きにくかったのだが、今では会話の中で冗談を言い合ったりする事もある。シルビアもユートをお兄ちゃんと慕い、彼の周囲にいる女性陣に憧れて女を磨いている。そしてアクセルも、様々な事に挑戦して兄アルファルドや従兄ユートのようになりたいと、日々努力しているのだ。
どうやらユートは知らず知らずのうちに、多くの人を変えていっているようだ。
向かい合うエミリオとシャルロットは、ユートがお勧めするというハンバーグステーキを頼んでみた。訓練後の空腹も相俟って、運ばれて来たハンバーグステーキは瞬く間に量を減らしていく。
「いやぁ……美味しいねぇ」
「あぁ、このソースがまたなんとも……」
シャルロットはデミグラスソース、エミリオは大根おろしに大葉をかけた物にした。
「エミリオ、そっちのも一口ちょうだい? 私のも食べて良いからさ」
そう言って、シャルロットが自分のハンバーグをフォークで刺して、差し出す。
「……んっ!?」
「……? どうかした?」
シャルロットが、先程まで使っていたフォークに刺さったハンバーグ。それを差し出しているという事は……つまり、間接キスである。
エミリオは何気に女性に対する免疫が無いので、ドギマギしてしまった。
「ん? あー、私が使ったヤツだと嫌だよね。ごめんごめん!」
そう言って、フォークを引くシャルロット。
「い、嫌な訳じゃないんだ!」
思わず、声を張ってしまった。しまったとばかりにエミリオが周囲を見回すが、ここは個室である。
「そう?」
「あ……あぁ。その、間接キスになるだろう? シャルが嫌じゃないかと思ってな……」
その言葉に面食らったシャルロットが、思わず吹き出して笑う。
「あははは、エミリオってばそんな事考えてたのー?」
「そ、そんな事ってお前……」
すると、笑いを堪えながらシャルロットがもう一度フォークを差し出す。
「良いんだよ、エミリオなら」
その言葉に、エミリオは思わず真顔になってしまった。
「そ、それは……どういう……」
「さぁ? それは答えを聞いちゃダメじゃない?」
思わず、まじまじとシャルロットを見てしまう。目を細めて笑いながらフォークを差し出すシャルロットが、ちょっと大人っぽく思えてしまった。
「ほら、食べてみて?」
エミリオは、意を決してそのハンバーグを口にした。
(デミグラスソースというのは、甘いものなのだろうか? 味がよく解らない気がするぞ? )
エミリオは人生初の事態に混乱していた。
「それじゃ、エミリオのも一口ちょうだい?」
そういって、あーんと口を開けるシャルロット。もう、エミリオは成すがままになっていた。
それから先の事をエミリオはよく覚えていない。しかし、この夜からシャルロットの事をどうしても意識してしまうようになっていた。
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「という事で、作戦は成功したと思うんだ!」
『ふふっ、良かったですねシャルロットさん』
『ええ、これは朗報が聞ける日も近そうですね!』
アヴァロンから帰ったシャルロットは、円卓の座でアリシアとノエルに連絡を取っていた。
「アリシア様、ノエルさんが相談に乗ってくれたお陰だよー!」
そう、ここのところのエミリオは数々の経験を経て、より男らしくなっていた。
ヴォルフィード皇国での事件以降、ユートの行く先々でのトラブルに協力する事が多く、レベルやステータスと同様に精神的にも成長しているのだ。外見も精悍な顔付きになり、陰から慕う女性も増えていた。
それを見たシャルロットは、自分のエミリオに対する恋心を自覚したのだ。他の女に取られてなるものかと、シャルロットは決意を固め……アリシアとノエルに相談を持ち掛けていたのだ。
その話を聞いた二人は婚約者会議を開いた。更にそこに通りかかったユートが話を聞いて、作戦を立案。アルファルドに事の次第を話し、二人のデートをセッティング。満を持して、作戦を実行に移した訳である。
感触は上々だったようで、アヴァロン王とその婚約者達はガッツポーズ。ユートから話を聞いたアルファも、幼馴染でもある二人の進展にガッツポーズ。シャルロットもエミリオに自分を意識させる事が出来たので、一歩前進とガッツポーズ。
知らぬはエミリオばかりであった。
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数日後、エミリオは訓練後に汗を拭っていた。
ここ数日、シャルロットの事が頭から離れなかった。幼い頃から側に居た幼馴染であり、シャルロットの事はよく知っていたつもりだった。
しかし、あの夜に見たシャルロットの表情は“幼馴染の少女”ではなく“一人の女”の顔だった。
事ここに至って、エミリオはシャルロットを初めて異性として意識した。そして……自分がシャルロットに好意を抱いていると理解した。
しかしここからどうしたら良いのか……それが解らない。
何せこれまで、立派な騎士となるべく訓練漬けの日々だったのだ。色恋沙汰に頓着していなかったツケが回って来た。
「はぁ……どうすれば良いのだ」
「ん? 何が?」
ビクッと肩が跳ねる。今、一番会いたいけど会いたくない少女の声に、反射的に驚いてしまったのだ。
「シャ、シャル!? いつからそこに!?」
「たった今だよ? 丁度今、教導が終わったんだ」
「そ、そうか……」
シャルロットの顔が見られない。自分がどんな顔をしているか解らない。
「何か、悩み?」
お前の事だよ、とは言いたくても言えなかった。
「悩んでいる時はさ、誰かに聞いて貰うのが一番だと思うよ。話している内に、自分の中でも整理が出来るし、アドバイスも貰えるかもしれないじゃん」
……誰かに、か。確かにそれは良いかもしれない。しかし、そんな相手は……。
エミリオは思考の渦に飲み込まれかけていた。
「だから、私で良かったら聞くけど?」
「お前が好きなんだ、どうしたらいい? なんて聞けるか!」
「そうかあ、それは確かに聞けないねぇ」
エミリオは、シャルロットの冷静な返事に頭が真っ白になった。混乱している所に追い打ちをかけられて、思わず漏れ出てしまった本音。それを、よりにもよってシャルロットに言ってしまった。
エミリオの今の心境は「穴があったら入りたい」である。しかし、そのエミリオの告白にも近い言葉はすんなりシャルロットに肯定された。
「じゃあ、どうしたらいいか決まったら言ってね?」
満面の笑顔で、シャルロットがエミリオの前で屈みこみ……エミリオの唇を奪った。
エミリオにとって、初めてのキスである。更にエミリオの頭は真っ白になった。
「じゃ、そういう事で! ちゃんと待っているけど、あんまり待たせないでね?」
満面の笑顔で立ち去っていくシャルロット。
エミリオは唇に触れた感触に思考が停止したままで、シャルロットを見送る事しか出来なかった。
次回から新章に入ります。




