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刻印の付与魔導師(エンチャンター)  作者: 大和・J・カナタ
第11章 ラルグリス王国
139/327

11-08 幕間/フリードリヒの活躍

 天空島・アーカディア島に新王国アヴァロンを建国した、十五歳の少年。そんな少年王ユート・アーカディア・アヴァロンに仕える、一人の竜人族の青年が居る。

 その名はフリードリヒ。勇者レオナルドと共に魔王オルバーン討伐を成し遂げた、竜人族の英雄リンドヴァルムの息子である。


 彼は今、ユートの側に控えてある物を見ていた……何やら動き回っている八人の美女・美少女・美幼女の姿である。世界会議で議題に上がっている各国合同の催し、その演目を紹介する為の練習だとユートは言った。

(流石は陛下。実際に舞台まで作り、より一緒に時間を取れるご婚約者様達に、その紹介役を任せるとは……)

 実際の所、ただ単にアイドルしている婚約者や義妹・専属メイドの姿が見たいだけなのだが、フリードリヒは深い考えの元にその配役を決めたと信じていた。

 フリードリヒ……彼は、色々とズレていた。


************************************************************


 翌日、世界会議の前にステージを観覧する出席者達。ステージは盛況の内に幕を閉じ、ユートが演目について解説する。勇者達の世界の文化を、この世界に広める意図だという。

(流石は陛下だ。勇者の世界の文化を取り入れ、それを世界同盟を中心に広めていこうという訳か。素晴らしいお考えだ)


 更に話し合いを続ける中、イングヴァルト王とユートの会話を聞き、フリードリヒは心を躍らせた。

「この舞台の上で歌い踊る演者を、各国一人ずつ出して……アイドルグループを結成するのはどうだろうか!!」

(おぉっ! 陛下の熱の入り様……これは、何か大きな事を成し遂げようとしているのではないか!? )

 この世界にドルオタを生み出そうとしている訳だから、ある意味では大きな事を成し遂げようとしているのかもしれない。


「ちなみに、女性に限らず男性のアイドルも存在する! 女性達を魅了する、イケメン・シブメン・美少年で、女性達のハートを鷲掴みにするのだ!」

(おぉ、流石は陛下! 女性の視点でも物事を考えようとするとは……! )

 “流石は陛下”が、どうやらフリードリヒの中で流行語大賞となりそうである。


 更に、結成したアイドルグループは各国の巡業だけでなく、被災地への支援活動等も任せるという。

(なんと……異世界の文化を広めるだけではなく、被災地への支援活動まで考慮していたとは! 流石です、陛下!! )

 フリードリヒの中で、ユート株が上がっているのだが、ユートは無論気付いていない。


************************************************************


 世界会議が始まり、フリードリヒもその場に出席していた。

 これはユートの意向であり、じきにフリードリヒにはアヴァロン王国の中核として活躍して貰うべく、こういう場にも慣れさせようという配慮である。何気に、こういう所ではマメな少年であった。

 フリードリヒもそれを察しており、進んで従っている。


 世界会議は円滑に進み、前回の議題の確認から今回の議題へ。その間にもユートは進んで発言し、世界同盟の為に尽力している事を誰もが感じている。

 本人は否定するだろうが、世界同盟はユートが居たからこそ発足した。その中心人物として、ユートは確かに大きく貢献している

 各国への訪問や大迷宮攻略。その陰で、人知れず奮闘している。フリードリヒからは、そう見えていた。実際は、遺失魔道具アーティファクト等を用いて、ちょちょいのちょい! とばかりに片付けているのだが。

 そんな事は露知らず、フリードリヒは”流石は陛下、略してさすへい”を二十回程、心の中で呟かれていた。


 会議の終盤、ヴォルフィード皇帝から切り出された情報。ダークエルフ族の国家・ラルグリス王国が世界同盟に加盟を希望しているという報告。

「……実力至上主義者だな、良くも悪くもだ」

 ヴォルフィード皇帝が評するラルグリス王に、ユートも渋面を作る。

「強い者が正義、弱いものが悪。強い者が略取し、弱い者が略取される。そんな考え方の男だ。剣鬼ローレンがいなければ、停戦協定など結ぶ事は有り得なかっただろうよ」

 アヴァロン王国ならば、あり得ない考えだとフリードリヒは思う。

 アヴァロン王国では強者も弱者も関係なく、分け隔てなく機会が与えられている。腕っぷしだけではなく、知識や生産等、各々の得意分野を活かすような体制を取っているのだ。

 なので、フリードリヒのラルグリス王国に対する第一印象は、好きになれない国である。


 そんな事を考えていると、ユートがある提案をした。

「世界同盟加盟国を代表して、アヴァロン王国がラルグリス王国に出向きその真意を確かめるのはどうか?」

(流石です、陛下! 率先して動き、自分の目でその真意を確かめようとする姿勢……流石は陛下です! )

 フリードリヒの中で、ユートは至高の王とかそんなレベルに達していた。本人が聞いたら、確実に悶絶するであろう。


************************************************************


 世界会議から三日。クエスト王国から箱馬車で移動を開始したのは、ユートと婚約者・エイル・ノエル・ヒルド・ユウキとマナ・エルザ・マリア・そしてフリードだ。

 大所帯での移動の為、箱馬車は二台になっていた。気付けば新しい箱馬車が用意されており、フリードリヒはまたさすへいした。


 そんな道中、ラムレイの引く箱馬車の中。自然と、話題はユートの話になった。

「それにしても、ユートは流石だよね。クロイツ教国の件もそうだけど、今回のラルグリス王国の件もさ」

(流石は勇者ユウキ殿、よくお解りでいらっしゃる)

 心の中で、フリードリヒは何度も首を縦に振った。

「そうだねぇ……ユート君は何でもない事みたいに言ったけど、内容は国を相手にしても問題ないって事だもん」

「本当にユートは規格外よね。頼もしいけど」

「ユート兄が居なかったら大変な事になっていた国は、たくさんあると思うんだよねー」

「はい、私もユートさんの武勇伝は伺っています。流石はユートさんですね」

 フリードリヒは、そんな言葉を聞きながら前方の馬車に視線を向ける。


 ユートの凄い所は、戦闘力でも遺失魔道具アーティファクトを作る能力でもなく、こうして周囲に人が集まって来る、求心力やカリスマ性ではないか。そんな事を思いながら、フリードリヒはユウキ達の話に耳を傾ける。

「フリード、大丈夫?」

「エイル様、委細問題ありません。皆様の会話を聞くのは楽しいですからね」

 これは本音である。和気藹々とした馬車の中に身を置くのは、実に心地の良いものであった。


「それなら良いんだ!」

「何かあったらー、遠慮せずに言ってねー」

「ええ。感謝します、エイル様、ヒルド様」

 それに、こうして気遣ってくれる仲間の存在も、フリードリヒは得難い物だと思っている。


************************************************************


 夜にはアヴァロンに戻り、城で道中の疲れを癒した翌日。

 転移ポイントで馬車移動を再開しようとした際に、リイナレインとエルザからある情報が齎された。それは、この先の領地を治めるブランク伯爵の黒い噂であった。

 噂の内容を聞いたユートは、またもや平然とどうにでもすると言い放ち、馬車での旅を再開した。


 それからはダークエルフ族の視線を受けたり、冒険者らしきダークエルフを撃退したり、門番や巡回兵をやり過ごした。

 ユートはフリーダムに行動し、フリードリヒはさすへいを連発して、ユウキは溜息を連発した。


 そして、街中では宿を取る。ここでフリードリヒは、ユートとユウキが婚約者や恋人と同室にしなかった事を、やたらと感心していた。

 二人としてはフリードリヒが独り身である点、そして城と違って壁が薄そうだからという観点で、男女別に部屋を取ったのであるが、フリードリヒには自制心が強いのだと受け止めていた。さすへいに加えてさすゆうが入った。


「部屋も綺麗だし、ここにして正解かな」

「うん、ベッドも寝心地良いや」

「アヴァロンのベッドに慣れると、これで少し劣ると感じてしまうのが何とも……」

 はい、さすへい要素である。

 ユートの開発した寝具は、アヴァロン王城に居を用意された者全てが使用している。ぐっすり朝まで安眠できる優れ物である。


 ロビーに集まったユート達は、宿の事で話に花を咲かせる。

 そんな中、彼等の耳に下で騒ぎ立てる声が聞こえた。どうやら噂のブランク伯爵が居るようである。

「仕方ない、僕達は別の部屋に移るか、別の宿を探そうか」

 そう言って、階下に降りていくユートに従い、フリードリヒ達は荷物を纏め始める。


 しばらくして、ユートが下に移る指示を出しに戻って来たので、荷物を持って皆で下に降りて行く。

 すると、ユートがブランク伯爵に呼ばれた。何やら話しているようで、ユートの雰囲気が途中で変わる。飄々とした冒険者から、一国の王が纏う雰囲気。

 フリードリヒは、ユートの正体をブランク伯爵は知っているのだと察した。その上で、ユートに危害を加えたりしないかを警戒し始める。


************************************************************


 翌朝、ブランク伯爵達に同行して伯爵直轄の地であるレリアナを訪れる一行。

 伯爵の馬車を見るなり平伏する民の姿を見て、フリードリヒは悪感情を募らせる。

(陛下は何故、伯爵の誘いに乗ったのだろうか……陛下の事だから、深いお考えがあるとは思うのだが……)

 ユートの決定に異は唱えずとも、その真意を汲み取りたいと考えるフリードリヒは、昨日以上に黙り込んでは思案に耽る。


 ブランク伯爵邸へ招き入れられたユート達は、伯爵から招待した理由……この国の抱える問題について明かされた。

「この国は、偽りの王に乗っ取られているのです……国王陛下の双子の弟、バルドレイ・デア・ラルグリスに」

 バルドレイの暴挙を聞かされ、フリードリヒはその愚かな振る舞いに怒りを覚える。

 同時に、この国を内心では哀れんだ。王位簒奪を許した王太子に、王位簒奪を実行した王弟……指導者に恵まれない国だと感じたのだ。


 だが、彼が仕える王は違った。

「ちなみに、バルムンク王はどんな人なんだ?」

 バルドレイの人となりは解ったが、バルムンクの人となりはまだ聞いていない。そしてブランク伯爵の語るバルムンクの人格は、それが真実ならば好ましいものだった。

 フリードリヒは、己の浅慮を実感させられた。

(流石です、陛下……それに比べて、私はなんと浅はかなのか)


 そして、話し合いの末……ブランク伯爵に対するユートの質問。

「それは、バルドレイに取り入り、懐に入る……ひいてはバルムンク王を救出する為だな?」

 やはり、とフリードリヒは思った。ユートの目には、ブランク伯爵に対して敬意ともとれる何かが籠められていると感じたのだ。

(やはり、陛下は底知れない御方だ……)

 ブランク伯爵はバルドレイの意向に沿う部下を演じ、王を救出する為に自ら汚名を被っていた。


「今回は、どうやら人助けみたいだなぁ」

 軽い調子で呟くユートだが、その言葉に籠められた重みは計り知れない。

 フリードリヒは、そんなユートを見て誇らしい気持ちになる。さすへい。

 その後、現在どういう状況下にあるのかを聞いたユートは、方針を固めた。ユートが告げた内容はあまりにも滅茶苦茶で……かつ、ユートらしい作戦であった。


 その為の準備の中で、ユートはフリードリヒに声をかける。

「それじゃあまずは、各担当かな……よし、フリード」

「はっ、御用命でしょうか」

「だから堅いって……ジルに書いて貰っている親書を受け取ったら、アヴァロンの使者として王城に向かって貰えるかな?」

「王命、承りました」

 更にユートはフリードリヒに、婚約者であるアリス・リイン・クリスと、仲間のクラウス・マルクを付けるよう指示する。

 真っ先に声をかけられ、フリードリヒはユートから役割を託された事に喜びと、緊張を覚えた。

(陛下のご期待に、全力で応じなければならん……! )


************************************************************


 翌日、フリードリヒは使者団の一人として王都ウェルキンへと発った。

「ふん、アヴァロン王国の使者か。わざわざ空の上からご苦労な事だな」

 開口一番、そんなセリフを吐くバルドレイに、六人は怒りを覚える。しかし、事前にユートからは釘を刺されているので、踏み止まった。

「攻撃とかちょっかいとか出されない限り、事を荒立てちゃ駄目だよ?」

 そう言われてしまっては、耐えるしかなかった。


「希望するならば、明日の正午にでも? 何だ、近くまで来て……いや、あのクロイツ教国で使った、空飛ぶ舟か……良いだろう、新王国の王とやらに会ってやる」

 バルドレイの中では、ユートを殺すか傷付けて、アヴァロン王国の不況を買い、バルムンクの国内の評価を更に貶めようという考えが固まった。

 最も、バルドレイ程度の実力では傷一つ付けることが出来ないのだが。


 そして、そうと決めたらバルドレイはその先を考える。

 ラルグリス王国の正式な王として君臨する際には、目の前に居る三人の美少女達を囲おう。そういえば、勇者の集いに居た勇者二人や濃紺の髪の少女も、中々に楽しめそうだ、と。

「まぁ、わざわざ遠路はるばる来たのだ、今夜は部屋を用意してやろう」


 本人は気前の良い王っぷりだと思っているが、使者をそのまま帰らせる国はそうそうない。ファムタール騎士国は一度だけやった事があるが、それは相手がクロイツ教国であるからだ。

 その視線から、厭らしい欲に塗れた内心を見抜いたフリードリヒは、心の中で決意を固める。

(陛下のご婚約者や仲間に手を出させはしない……!! )


 ユートに念話で報告をすると、予定通りに事が進んでいると確信した様子だった。

 次いで、バルドレイの件を伝える。すると、ユートは遺失魔道具アーティファクトを用意すると確約する。

(流石は陛下、ご婚約者や臣下の為に、遺失魔道具アーティファクトを新造するとは……そんな王、他にはいまい)

 実際、そんな事が出来る王は他にはいない。


 夜になり、ユートとユウキが女性陣の元に転移魔法陣で転移した後、フリードリヒやクラウス・マルクにも遺失魔道具アーティファクトが手渡された。

「これは、近寄りたくないって気持ちにさせる精神魔法系の遺失魔道具アーティファクトだ。守護の首飾りタリズマンを持つ者には効果がないけどね。扉付近に置いておくといいよ」

「おぉ……流石です、陛下!」

 ついに口に出しちゃったさすへい。

「さて、それじゃあ行ってくる」

「また後でね」

 気負いも不安も感じさせない自然な様子で、二人は廊下へと出る。

「流石は陛下と勇者だ……」

 なんとなく、フリードリヒは跪いて頭を垂れた。


************************************************************


 ユートとユウキが暗躍している中、フリードリヒは城の礼拝堂へ向かった。

 魔人族の世界神を止めようとして、恐らく敗北したであろう妖精族の世界神の為に、祈りでも捧げようかと思ったのだ。妖精族の世界神は、ヒルド……人間族の世界神ヒュペリオンの仲間でもあったのだから。


 しかし、礼拝堂には先客が居た。それもちょっと尋常ならざる雰囲気の先客が。

「ノゾミ、いい加減に観念しろよ」

「最初は怖いかもしれねぇけど、すぐに気持ちよくなるからさぁ」

 乱暴そうな男の声と、軽薄そうな男の声。

「本気なの!? 二人で寄ってたかって私を……あなた達、それでも勇者!?」

 そして、強張った少女の声だった。


「お前と同じ勇者だぜ?」

「ほら、よく言うじゃん? 英雄、色を好むって」

 成程、この国の召喚した三人の勇者が揉めているようだ。それも、かなりどうしようもない方向性で揉めている。

 勇者ノゾミ・モチヅキ……彼女は今、貞操の危機らしい。それも相手は、同じ勇者のツヨシ・ホシノとシキ・ホシノ。

(……申し訳ございません、陛下。私は彼女を見捨てる事は……出来そうにありません! )


 礼拝堂の中に入り、ツヨシとシキを睨むフリードリヒ。視界に飛び込む光景に、フリードリヒは強い怒りが沸き起こるのを自覚した。

 というのも、ツヨシやシキは兵士を数名連れて来ていたのだ。多人数で、一人の少女を嬲ろうという魂胆であろう。

(……これでは流石に、彼女一人では逃れるのは困難だろう)

「何だお前……見た事が無い顔だな」

「なに、そのメッシュ。染めたの?」

 悪びれずに声を掛けてくる二人に、フリードリヒの怒りは募る。だが、一つ溜息を吐いて、怒りを飲み込んだフリードリヒ。


 まずは、ノゾミに声を掛けるべきだろう。そう判断したフリードリヒは、二人や兵士を無視してノゾミに視線を向ける。

「勇者ノゾミ殿、私の名はフリードリヒ。ラルグリス国王陛下にアヴァロン王の親書をお届けに上がった使者です」

 とりあえず、怪しい者ではないと説明する。


「あ、はぁ……」

「何、いきなり自己紹介始めてんだお前」

「アヴァロンってアレか、あの黒髪の若いヤツの国なんだろ?」

 シキのユートに対する物言いに怒りを更に溜めて、フリードリヒはノゾミに声をかける。

「それで……お困りのようですが、手助けは必要でしょうか?」


 フリードリヒの言葉に、ノゾミは目を見開く。”助けに来た”と、フリードリヒは言ったのだ。

「お、お願いしますっ!」

 ノゾミは藁も掴む思いで、そう返答する。

「かしこまりました……では」

 瞬間、フリードリヒの姿が掻き消える。

「消え……ガァッ!?」

「おい、だい……ぐっ!?」

 相手は八人。その背後に一瞬で回り込み、その首に手刀を叩き付ける。それで、兵士達はあっという間にダウンした。


「結構やるじゃねぇか」

「でもまぁ、勇者である俺達の敵じゃないな」

 そう言って、無限収納庫イベントリから武器を取り出す双子勇者に、フリードは内心で思った。

(勇者ではなく愚者と呼ぶ方が、こやつらにはお似合いではないか? )

 そんな事を考えつつ、勇者の背後を取る。

「ふざけっ……ぐぁっ!!」

「おい、ツヨシ……ギャァッ!!」

 あっさりと勇者すら無力化したフリードリヒは、拍子抜けしたような表情であった。

 ――アヴァロンの勇者に比べて、なんと弱い事か……。


 そんな苦言を口にしたくなるが、ノゾミも居る手前それは踏み止まる。その上、この場に留まるのはまずいだろう。

「お怪我はありませんか、勇者ノゾミ殿」

「あ、ありがとう……とても、強いんですね」

「いえ、大事無かったようで何よりです。今夜は部屋に戻った方がよろしいでしょう」

 そう言って、フリードリヒはノゾミを部屋の前まで送り届ける事にする。その最中のノゾミの視線には、熱が込められていた。


************************************************************


 ユート達が目的を達成した後で、勇者達との一件を報告するフリードリヒ。

 すると、ユートは穏やかな声音でフリードリヒに語りかける。

「ノゾミ・モチヅキが、ホシノ兄弟に強姦されそうになっている所を助けた? で、ホシノ兄弟をぶちのめした? やるじゃん!」

 怒るでも苦言を言うでもなく、肯定するような言葉。それはユートが心優しいが故と思い、フリードリヒは更に頭を下げる。


 フリードリヒのした行動はユートの意向に沿ったものではなかった。しかしユートはそれで良いと言う。

「いいかい、フリード。僕は勇者でも英雄でもない。ただ、自分がそうすべきと思って行動し、結果的にそれが人の役に立っただけだ。それがユートっていう男の本性なんだよ」

「……陛下、そんな事は……」

「でも、僕はそれでいい。自分に嘘を吐かずに、胸を張って”これで良い”と言える道を歩めれば、それで構わないと思ってる。だから、君が自分の行動に後悔していないなら、僕はそれを肯定する。それじゃあ不服か?」


 フリードリヒは、後悔していない。助けたいと思った、だから行動に移した。それで良いと、目の前の王は言う。

(なんて大きい器か。王としてではなく人としての器の大きさが、陛下を陛下たらしめているのだろう……)


「いえ、身に余る光栄です。このフリードリヒ、陛下にお仕え出来る事を嬉しく思います」

 それはフリードリヒの、心からの言葉であった。

「堅いんだよー、フリード。親戚みたいなもんなんだから。それに、君にはユウキに並ぶ男になって貰うつもりなんだ。これからも頼むよ」

 勇者に並ぶ男に……フリードリヒは果たして自分に務まるだろうか、と一瞬考えるも、その思考を振り払った。

「……はい、こちらこそよろしくお願いします、陛下」

 ユートがそれを望むのならば、フリードリヒに否は無い。どれだけ遠い頂でも、必ず辿り着いてみせる。

 フリードリヒはそう強く決意した。


************************************************************


 翌朝、フリードリヒは他の使者メンバーと共に、ラルグリス王国の王城に居た。

 先程、既にユート達がこちらに向かっているという連絡を受けたので、出迎える為に身嗜みを整えて部屋を出る。


 すると、勇者二人が怒気を纏って近付いてきた。

「おい、そこのメッシュ野郎。昨夜はよくもやってくれたなぁ」

「勇者に手を出しておいて、タダで済むと思ってないだろうな」

 どうやら彼等は昨夜の一件を根に持ち、フリードリヒを探していたようだ。

「婦女子に乱暴をしようとしたのを止めた件ですか。私は何も後ろめたい事をした覚えはありませんが」

 フリードリヒの言葉に、アリシア・リイナレイン・クリスティーナの眉がピクリと動く。彼女達は、そういった輩が大嫌いなのだ。


「うるせぇ、テメェの考えなんかどうでも良いんだよ!」

「今度はこっちの番だ、覚悟しろよ!」

 まるっきり、ただのチンピラである。

(陛下……申し訳ありません、ご婚約者様達をお守りする為には、荒事は避けられそうにございません……)

 もう一度、勇者二人を昏倒させてこの場を離れようと、腕に力を込めたフリードリヒ。


 しかし、そこに乱入してきた者が居た。

「何をしているんですか。その人達は、アヴァロン王国の使者の皆様ですよ」

 冷たい声で二人に問い掛けたのは、勇者ノゾミだった。その周囲には、ラルグリス王国の女性兵士達が居る。

 どうやら、朝の訓練を終えた帰りらしい。


「勇者ノゾミ殿……」

 フリードリヒがその名を呼ぶと、ノゾミはフリードリヒに顔を向けて笑顔を見せる。

「昨夜は大変お世話になりました、フリードリヒ様。そちらは……確かアヴァロン国王陛下の奥方の……」

「いえ、まだ婚約者なんです。お初にお目にかかります、アリシア・クラウディア・アークヴァルドと申します」

「リイナレイン・デア・ヴォークリンデです。勇者ノゾミ・モチヅキ様、以後お見知りおきを」

「クリスティーナ・ガルバドス・ド・オーヴァン……です。よろしく……」

 カーテシーで礼を取る三人に、ノゾミも深くお辞儀をする。

「昨夜は、危ない所をフリードリヒ様に救って頂き、感謝しています。アヴァロン国王陛下にも、どうぞその旨をお伝え願います」


 そんな和やかな挨拶を交わす一行に、ツヨシとシキは眉間に皺を寄せながら語気を荒げた。

「邪魔するなノゾミ! そいつには用があるんだよ!」

「そうそう、女は黙って引っ込んでなよ」

 その物言いにノゾミや女性兵士、アヴァロンメンバーの視線が鋭くなる。

「昨夜の件は自業自得でしょう。会談の後で、国王陛下にあなた達が私を強姦しようとした件を報告しますから、そのつもりで」

 その言葉に、女性兵士達が驚き……そして、剣呑な雰囲気を身に纏う。


「……そ、それは……っ!!」

「その件については、後で話をしようよ。ここは一先ず、ひいておく……行こう、ツヨシ」

「……ちっ!!」

 流石の双子も旗色が悪いのを理解し、そのまま去って行った。


「ノゾミ様、先程の話は……!!」

 心配そうな女性兵士達がノゾミの身を案じるが、ノゾミは笑顔で首を横に振った。

「こちらのフリードリヒ様が助けて下さったので、何ともありませんよ。改めてフリードリヒ様、ありがとうございました」

 ノゾミの言葉に、女性兵士達はフリードリヒを驚いたように見る。他国の王城内で、他国の人間を助けるために勇者と事を構えるなど、普通なら考えられない。

 女性兵士達はノゾミの人柄を好ましく思い、よく一緒に話をしたり訓練に同行したりしているので、大切な存在と認識している。

 そんなノゾミを救ってくれたフリードリヒに、感謝の念を抱き、頭を下げた。


「そんなにお気になさらないで下さい。私は当たり前の事をしただけですから」

 その言葉に、ノゾミや女性兵士達はフリードリヒを眩しく感じた。

 先程の二人よりも、余程勇者らしいのではないか、と。


「これはもしかして、もしかするんでしょうか?」

「ん、フリード……いい感じ」

「ユート君は多分知ってるんでしょうね、後で少し話をしましょうか」

 アヴァロン王の婚約者達は、小声でそんな事を話し合う。脇に控えるクラウスとマルクが「これは……フリードもか」と苦笑していた。


 そんな中、外が俄に騒がしくなった。王城の窓から外を見ると、黒い大きな船が空に浮かんで近寄ってきていた。

「あ、ユート君達が来ましたね」

「んっ!」

「いやぁ……こうして見るとやっぱり、空飛ぶ船って異様ッスね」

「えぇ、陛下に仕えてから……自分の中の常識が崩れていく気がします」


 アヴァロン勢は慣れたものだが、ラルグリス勢はそうはいかない。

「な、何だあれは……!?」

「て、敵襲か!?」

「あー、皆さん落ち着いて下さい! あれ、アヴァロン王国の船なんです! 私もクロイツ教国で一度見てますから、間違いありません!」

 迎撃態勢を整えようとしだした兵士を制止して、船の正体を明かすノゾミ、ファインプレーである。


「はい、勇者ノゾミ様の言う通り、あれはアヴァロン王の所有する飛空艇で、ノアといいます」

「ノア……ノアの方舟……?」

 ノゾミはノアを見ながら、そのネーミングの由来に思い当たったようだ。


「さて、それじゃあユートさんを出迎えないといけないですね。行きましょうか!」

「そうだな。ユートの前で跪いて、”お待ちしてました、陛下”とかやるか。あいつ、絶対驚くぜ」

「ん、驚く」

「それじゃあ、一斉にやりますか」

 和気藹々と話す一行を見て、女性兵士達はポカーンとしている。

 王の婚約者と、その護衛の会話にしては、互いに口調が砕けすぎている。しかも話の内容が、王を驚かせよう! というものだ。ラルグリスでそんな事をすれば、多分碌な目には遭わない。


「それでは我々は一旦、失礼致します」

「あ、はい。また後程……」

 一礼して去って行くアヴァロンメンバー。女性兵士達の思考は一つだった。

(アヴァロン王国……なんか、凄い国だなぁ……)


************************************************************


 ラルグリス王城の前にある広場で、アヴァロン王国のメンバーはノアを見上げて立っていた。徐々に、広場にラルグリス王国民が集まって来ている。

 そして王都の敷地内に入ると同時に、ノアからダークグレーの魔導兵騎・量産機が三機飛び出した。少し遅れて、黒い装甲と金色の装飾の魔導兵騎……ユート専用機バハムートが躍り出る。


「クロイツ教国でもやったけど、盛り上がるんだな、これ」

「おう……見ろ、手を振ってるやつとか、口笛鳴らしてるやつがいるぞ」

 クラウスとマルクが苦笑するように、ラルグリス王国民達はノアと魔導兵騎の登場に盛大に沸いていた。クロイツ教国での件なども、やはり知っているのだろう。

「さて……出迎えましょうか」

 アリシアの言葉に、五人が頷いた。


************************************************************


 その後始まった、アヴァロン王ユートによる大暴露。

「こっ……こんなのは偽りだ! 全てコイツのでっちあげに決まっている! ダークエルフ全てを侮辱する行為だ、この罪は重いぞアヴァロン王!」

 そんな悪足搔きをするバルドレイに、とどめを刺したのはノゾミだ。

「い、いえ……本当に、その人は国王陛下じゃないです……バルドレイ・デア・ラルグリス……それが、その人の名前です!!」

 その言葉に激昂し、バルドレイはノゾミを睨む。


 フリードリヒはノゾミに感謝の念を抱きつつ、ノゾミを守る為に動くべきか、ユートの側に控えるべきかを迷う。その迷いを断ち切るのは、やはり彼の王だった。

「フリード、僕からの勅命だ。勇者を守れ」

 フリードリヒは、心中でさすへいを連呼しつつそれに従う。

「かしこまりました、陛下」


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 戦いの末にバルドレイは捕らわれ、バルムンクが王座を取り戻した。そして、世界同盟加盟国の王達との話し合いの末、ラルグリス王国は世界同盟に加盟する事が決まった。更には、ホシノ兄弟を嫌悪するノゾミがアヴァロンに留学する事まで決定。

 これらの流れの中心に居たユートに、フリードリヒの忠誠心が更に上がっていく。


 翌朝、ノゾミの留学当日、アヴァロン勢はラルグリス王国の盛大な見送りを受け、ノアで空へと浮かぶ。

「……ユート、転移魔法陣で一瞬だよね。何でノアを使うの?」

「様式美。一瞬で転移するのも良いけど、お見送りタイムで互いの国に思いを馳せる時間があっても良いだろう?」

 意外な言葉が返って来て、ユウキは目を丸くする。

「ノリと勢いじゃなかったんだね」

「七割はそれだよ」

「あ、やっぱり?」

 そんな二人の掛け合いに、フリードリヒは思いを馳せる。

 ユートの様な王は、他の国には居ないだろう。しかし、アヴァロン王国はこれでいいのだとも思う。ユートだからこそ、自分達はこうして集ったのだ。


 以前、ユートはフリードリヒに「ユウキに並ぶ存在になれ」と言った。

 自分に果たして出来るだろうか。何が出来るだろうか。

 そう思いつつも、フリードリヒは覚悟を決める。どんな険しい道程でも、必ずユートの左腕となってみせる。


「フリードリヒ様、どうかしましたか?」

 興味深そうにキョロキョロしていたノゾミが、フリードリヒに声を掛けた。

「いえ……少々、今後の事を考えていまして。ノゾミ殿、私の事はフリードとお呼び下さい」

「あ、はい! では、フリード様で」

「いえ、様は要らないですよ」

 勇者と自分では、身分差があり過ぎる……とフリードリヒは思っている。

「え、はい……じゃあ、フリードさんで良いですよね?」

「はい、ノゾミ殿」


 そんなやり取りをする二人は気付いていなかった。

 彼等を見て、ニヤニヤする者が数名いる事に。そして、彼の王がアホな事を考えている事に。

(フリードは何人落とすのかなー? ユウキもラピストリア王女は攻略完了だろ、あれ。また、賑やかになりそうだなぁ)

 自分の右腕と左腕の女性関係に思いを馳せていた。自分の事は棚上げである。

 さすへい。

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