10-10 幕間/諜報員グレンの冒険
私の名はグレン。銀級の冒険者であり、火と地の二属性魔法と鍛え上げた剣技を駆使する魔法剣士だ。多くの女性を魅了してしまう、罪な男さ。
そして、アヴァロン王国を建国した神竜の依代たる、ユート・アーカディア・アヴァロン国王陛下に仕える諜報員だ。
私は愛する恋人達と共に、陛下君の勅命を受けてドラグニル王国を訪れている。
まず、やはり一番手っ取り早いのは酒場だな。冒険者ギルドの支部から程近い酒場に入ると、視線が私達に集まる。
「いらっしゃい、注文は」
酒場のマスターは、素っ気なく私達に注文を促す。こういう雰囲気のマスターは、意外といい人物が多いのだ。
「お勧めの酒はあるかな、出来ればこの土地の地酒が良い」
「アンタら、よそ者か」
解っている事を聞いてくるね。
「武者修行をしていてね。各国を渡り歩いているのさ」
「冒険者か」
マスターが、瓶に入った酒をグラスに注いで渡してくる。
「一杯、銀貨一枚だ」
「値が張るねぇ。じゃあ、人数分で五枚だな」
銀貨をカウンターに置き、グラスを受け取る。あっさりと銀貨を出した事で、マスターが目を少し大きくするが、すぐに四つのグラスを出して酒を注いでくれた。
「では、ドラグニル王国到着を祝って……乾杯」
「「「「乾杯」」」」
四人の恋人達とグラスを合わせ、酒を煽る。度数が強いが、濃厚で深い味わいの酒だね。うん、美味い。
「うーん……まだお酒には慣れないわね」
「シャロンは成人して間もないもの、仕方ないわ。少しずつ飲んで慣れていく事ね」
「そんでどうだい、ドワーフとしては。あたしはこの酒、気に入ったけど」
「銘酒ですよこれ! クエスト王国でも、そうそう飲めないお酒ですって!」
シャロンはまだ、酒に慣れていないから仕方が無いな。他の三人は、この酒が気に入ったようだ。
「あんたら、何処から来たんだ」
マスターが、私達を見て苦笑しながら言う。
「私達三人は、イングヴァルト王国の東の村から飛び出して、冒険者になったのさ。獣人のビーナとドワーフのダリアは、その道中で仲間になった」
「ほぉう? 南にも西にも行った事があるってこったな。まるで天空王だ」
天空王……それは、陛下君を示す異名でもある。
「あぁ、天空王なら知り合いさ。北の大陸でも会ったからね」
その言葉に、マスターが目を見開いた。
「お前さん、アヴァロン王国の関係者か?」
「まさか。私はね、彼のライバルを自称する男だよ?」
つい、この間まではだけどね。
「……面白い男だ。しかし、この国でアヴァロン王国の名を出さない方が良い」
やはり、ドラグニル王国はアヴァロン王国に否定的なのかな?
「アヴァロンの関係者……それも天空王の話と聞けば、どいつもこいつも目の色を変えやがる……浮かれてな」
……んっ?
ちょっと言っている意味が解らなかった。
なので、もうちょっと詳細を聞いてみる事にする。すると少々……いや、かなり頭の痛い話が返って来たのだ。
「この国は竜を倒すくらい強い戦士を育てるっていう、ヴィルヘルム・グラン・ドラグニル初代国王陛下が建国した国だ。アヴァロン王ってのは、神竜の試練を乗り越えたって話じゃねえか。胸が熱くなるぜ……まさか、そんなお人が本当に現れるとはよ。ヴォクシー・グラン・ドラグニル現国王陛下も、アヴァロン王に追い付く為に悪竜退治の旅に出るって息巻いているらしいぞ。宰相閣下に物理的に止められたらしいが」
マスターが滅茶苦茶、饒舌になった。
どうやら、この国は神竜の試練を乗り越えた陛下君を尊敬しているらしい。
まさかそんな彼が、神竜の依り代になっているとは夢にも思うまい。もしそれがバレたら、ドラグニル王国はどうなっちゃうのやら。
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ドラグニル王国で費やす時間は、五日間と決めていた。
その間に、私達は冒険者としての活動をこなしつつ、馴染みの酒場に通う。この酒場に来るのも、後二回か。
「おう、来たか。いつも贔屓にしてくれてありがとよ」
「マスターの選ぶ酒は、ハズレが無いからね。しかし目ぼしい依頼も少ないし、隣の街に少し足を延ばす事も考えなければならないかな」
事実、この国の王都にある冒険者ギルド支部には、銀級レベルまでの依頼が殆どだ。
他の土地に比べ、銀級向けの依頼も質が低い。
「銀級だっけか、お前さん。やはり、金を目指すのか」
「私は先代勇者レオナルド様のように、世界に名を轟かせる予定だよ? 目指すは聖金一択さ」
「大きく出たな。それで、今日は何を飲むんだ」
「私はいつものを」
「マスター、私も同じ物を!」
初日に飲んだ地酒が気に入ったらしいミレアとダリアは、この国にいる間に飲んでおくつもりみたいだね。
「あたしはエールにするかなー」
「私、昨日マスターが作ってくれたミルク入っているやつ! あれ美味しかった!」
ビーナはいつもエールを好んで飲むね。シャロンは甘いのが好きらしい。
「私は今日も、マスターのお勧めにするかな」
「ふっ、良いだろう」
今日も、マスターの選んだ酒に間違いは無かった。辛口だが、実に味わい深い一杯だ。
「おっ、今日も来てたんか!」
「よぉ兄ちゃん、いつも別嬪侍らせやがって!」
「一人くらい、こっちに回してくれよ!」
この国ではそれなりに名の知れた、銀級冒険者三人が現れた。
「済まないが、恋人を売る真似だけはしないと誓っているんだよ」
「けっ、キザったらしい奴だぜ」
そう言いつつも、彼らは笑顔だ。この国の冒険者は、実力があるだけではなく心も強くあれ、という心構えが広まっている。竜人族に倣っているそうだ。
成程、アヴァロン王国のフリードリヒ殿……彼もまた、実直かつ志高い男だったな。
今日も顔見知りの冒険者やマスターと雑談を交わしながら、一杯やっていた。だが……突如、警鐘の音が街に響き渡る。
「緊急事態だ、市民は決して家から出るなよ! 樹海迷宮で、魔物の氾濫が発生した! もう一度言うぞ、樹海迷宮で魔物の氾濫が発生した! 決して家から出るな!」
魔物の氾濫……だと。これは、放っておくわけにはいかないな。
「マスター、ご馳走様……行くぞ、皆」
「ええ、グレン!」
「行くわよ!」
「そうこなくっちゃ!」
「お供します、グレン様!」
代金を支払い、店を出ようとする私達の背に声がかけられた。
「おい、どうする気だ!」
「決まっている……魔物の氾濫が発生したのなら、この王都を守る為に戦うまで。それがアヴァロン王のライバルを自称する、この私の生き様さ!」
そう言い残し、私達は街へ飛び出す。
動揺する市民達の隙間を縫って、王都の門を目指す。既に、魔物の氾濫特有の土煙が巻き起こっている。
『グレン、何か面倒事になっているみたいだな?』
おや、陛下君。
『魔物の氾濫に、五人で対抗する気か?』
『王国騎士達の手助けをするくらい、銀級冒険者なら普通にするだろう?』
『そうか? まぁ良いか……守護の首飾りに頼り過ぎて、魔力枯渇状態にならないようにしろよ? 応援が必要なら、すぐに言うんだぞ』
……ふふ、以前は彼とこんなやり取りをする間柄になるとは、夢にも思わなかった。しかし今は、こうしたやり取りが心地良くも感じる。
『感謝する、陛下君』
『おう……まぁ、好きに暴れてこい。いざって時は何とかしてやる』
改めて、彼の器……そして彼が座す高みを実感する。しかし私は、必ず彼の横に立って見せる。
「私の名は銀級冒険者グレン! ドラグニル王国の騎士達に、助太刀に参った!」
「前衛、任せるわね!」
「撃ち抜いてやる!」
「さて、暴れるぞぉ!」
「行きますよぉ!」
頼れる恋人達と共に、私達は王都を守護する戦士達の中に加わった。
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それから、どれ程の時間が経っただろうか。
激しい戦いの末に、魔物の氾濫は沈静化した。
ドラグニル王国の騎士が被害状況を確認しているが、どうやら死者はいないらしい。この規模の魔物の氾濫における被害が0とは、奇跡的である。
「しかし、凄かったなさっきの冒険者!」
「あぁ、変な形の剣を両手に持ってた奴だろ?
……おっと、もしや?
「濃紺の髪の女の子、何処に行ったんだろう! 助けてくれた礼を……」
「蒼い髪の魔導師の子……一体何者だったんだ……?」
「……めっちゃ素早いウサミミ少女、何処かにいないか?」
「なぁ、エルフ族の美少女を見なかったか!」
「銀髪の、ちっこい少女を探してるんだが……」
「大きな盾を持った女の子に助けられたんだ……あんなモノ持ってりゃ、目立つはずなんだが……」
「俺さ、茶髪の幼女に助けられたんだ……めっちゃ可愛かった……」
「俺は茶髪の美女に助けられたよ……めっちゃ巨乳だった……」
「金髪の騎士……何処の所属だったんだ? やけに強く……そして可憐だったが……」
あるぇー? 私達に任せてくれたんじゃなかったのか?
いいや、直接聞いてみよう。
『陛下君、陛下君。参加していたのかい?』
『王都の門の正面は、お前らが居るから大丈夫だったけど、他が手薄だったからな。折角お前達が奮闘するんだ、犠牲者を出す事なんぞ許さん』
あっ、一応任せてくれていたのか。やれやれ、こそばゆいじゃないか。
『心遣いに感謝するよ、陛下君』
『いやぁ、政務で溜まったストレス解消しただけだし』
また、そういう照れ隠しを。
全くもって、アヴァロン王は身内に甘い。だから、彼は人を惹き付けるのだ。
その隣に立ち、彼と同じ景色を見る日は……まだまだ遠そうだ。
 




