01-02 登録/テンプレ
これまでのあらすじ:イングヴァルト王城にお泊りしました。
「さてと……まずは拠点だね」
「いい宿があるといいですね」
王城に泊まった翌日、僕達はまず宿を確保する事にした。
名残惜しそうな面々に挨拶を済ませ、街中を歩いている。
色々、本当に色々と引き止めにあって時間がかかってしまった。
「アクセル君可愛すぎだろ、中々振り解けなかったよ」
「ユーちゃんに懐いてましたもんね」
アクセル君が五歳らしく我侭を言い出し、結局昼食までご馳走になってしまって時刻はもう昼過ぎだ。流石に引き止め過ぎだと、アルファに窘められて渋々見送ってくれたのだ。
ちなみに、この世界は地球とは色々異なる部分が多いのだが、時間も違った。地球では二十四時間なのだが、こちらは三十時間ある。
これ、イングヴァルトの王城にあった時計で気付いたのだ。時計は高価で、平民には手が出せないからなぁ。
こちらにコンビニが出来たら、二十四時間営業ではなく三十時間営業か。最も、コンビニが出来るとは思えないが。
あと姉さんに質問したところ、一年は三百六十日だった。
月が十二カ月なのは(何故か)同じだが、月の日数は全て三十日だ。
そして、一週間と言う概念は無い。十日までは初月、十一日から二十日までは中月、二十一日からを終月と呼んでいる。
そして、〇と五の付く日が休息日……所謂、日曜日なのだ。つまり休息日は、月に六日ある。ホワイト。
「で、姉さんは宿に要望とかある?」
「そうですね……」
思案顔をする姉さん。
街行く人は、姉さんを見て足を止めていた。まぁ、仕方ないだろう。姉さんは美人だし仕方が無いだろう……うん、仕方が無い。
だから収まれ俺の右腕、銃を抜こうとするんじゃない。僕が厨二病再発みたいになっている最中、姉さんが爆弾発言をぶっぱなした。
「壁が薄くない所がいいですね」
ピタリと、足が止まってしまう。壁? え? なんで?
「ユーちゃん?」
足を止めた僕に、姉さんが振り返る。
「……え、何で? 壁がっての、何で?」
「だって、声が聞こえちゃうじゃないですか」
「ちょっと何言ってるのか解んないです」
何を言ってるんだ、この天使様は? 声が聞こえるって何よ? 何を何する声が聞こえたらマズいっていうんですかね?
周囲の野郎共の視線が、殺意を篭めた鋭いものになっているんですが?
「だって……」
そう言って僕に歩み寄ると、姉さんは口元を僕の耳元に寄せてきた。
「遺失魔道具を渡した誰かから、連絡が来ると思いませんか?」
……あ、そういう事ね。
「姉さん、念話通信だから。口に出さなくても会話可能だから」
「あ、そう言えばそうでした。どうも、ユーちゃんが暮らしていた世界の、携帯電話の感覚で考えちゃってましたね」
「ソレナラシカタナイネ」
しかし、まぁ……。
「……とりあえず、この辺の宿屋はやめよう」
周囲の視線が痛いから。
「?」
不思議そうな顔をする姉さんだったが、異論は別に無いようなので歩を進めた。
宿の扉を押し開けると、元気な声が響いて来た。
「いらっしゃいませー!!」
声の主は十三歳くらいの少女。髪型は癖のある赤毛をポニーテールにし、茶色の瞳をしている。
身長は百四十センチメートル程だろうか。一般的なチュニックにスカートを纏う少女。
“真実の目”によると名前はエマで、称号を見てみると“看板娘”なんてものがあった。
「宿泊? それとも食事?」
カウンターに移動しながらも、明るくハキハキとした声で尋ねてくる。
「宿泊だけど、一部屋いくら?」
「お二人様で一部屋かな?」
「勿論です」
即答する姉に溜息を吐くが、否定はしない。別室なんて言い出すと、この姉上様が絶対拗ねるからな。人間、諦めが肝心。
「二人部屋なら一泊で銅貨二枚だね、朝昼晩の食事を付けるなら三枚」
「じゃあとりあえず、食事付五日分で。はい、銅貨十五枚」
銅貨は、王城で魔物の素材を換金して貰っていたのだ。
「はい毎度~! じゃあここにサインお願いね!」
宿帳らしきものを差し出して来る。僕が自分と姉さんの名前をまとめて記入する。
「それじゃ、これ部屋の鍵ねー。二階の一番手前の部屋よ。トイレはそこの左奥突き当りだけね」
「ありがとう」
「ごゆっくりどうぞー!」
元気のいい声に見送られて階段を登る。
登り切ったら、五つ程の扉が並んでいた。
「ワンフロアに五部屋ですか、意外と広いですね」
「黄色の月亭は三階建て十五部屋ある、この区画では一番大きい宿だよ」
無論“目”による情報だ。
しかし、○○亭って言うのは良い。黄色の月って言うのも、まぁ良い。しかしこれを掛け合わせると、何か無性にケツバットかビンタという、物騒な言葉が脳裏に浮かぶんだけど。何でだろうね。
部屋に荷物を置く。とは言え、ほとんどの荷物は“宝物庫”の中で、部屋に置いた荷物カバンはダミーだ。だから中身は日持ちのする干し肉や、水がちょっと入った水筒とボロ布くらい。
「さて、それじゃあギルドへ行きましょうか」
「そうだね、日が暮れる前に登録しないと」
部屋に鍵をかけて、階下へ降りる。
「あれ、お出掛け?」
「冒険者ギルドへね。はい、鍵」
エマちゃんに部屋の鍵を手渡すと、納得顔になった。
「冒険者だったんだ。装備とか付けてないから解らなかったよ」
「いえ、これから登録に行く所なんですよ」
「はぁー、なるほどねー」
それじゃ、と片手を上げて挨拶すると、エマちゃんが元気な声で見送ってくれた。
「いってらっしゃーい!!」
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黄色の月亭は、冒険者ギルドと同じ区画にある宿だ。なので十分程歩いた所で、ギルドに辿り着く。
「ここが冒険者ギルドか」
それなりに大きな白塗りの建物だ。
扉を開けて中に入ると、視線が集まって来た。一人で席に座り酒を煽る強面の男、四人パーティらしい若い男女、部下であろう者達を前に依頼書を手に話をしていた初老の男、などなど。
「何かイメージ通りの感じ」
「嬉しそうですね、ユーちゃん」
テンプレっぽさに嬉しくなるも、目的はそっちじゃないので視線はとりあえず無視。
カウンターを見れば、依頼受注・素材買取・登録手続と看板が掲げられた窓口が並ぶ。僕達は登録手続窓口へ歩を進める。
「ようこそ、冒険者ギルド・イングヴァルト王国王都支部へ! 冒険者登録でしょうか?」
そこに立っている金髪の女性が、〇円スマイルで声をかけて来た。
「ええ、二人分で」
「かしこまりました。こちらの用紙に必要事項を記入するのですが、文字は書けますか? 代筆は銅貨一枚でお受けできますが」
「読み書きは問題ありません、ありがとうございます」
この世界、王侯貴族や大店の商人の子供くらいしか、学校には通えない。ギルド職員等は研修があるらしいけどね。
故に、平民の識字率は低い。
最も僕は、姉さんや両親から読み書きを教わっているので問題無い。姉さん? 出来ないはずが無いじゃないか。
そんな事を考えつつも、僕達は記入を終えた用紙を受付嬢に差し出す。
「それでは、こちらの板に手を置いて下さい」
差し出された板は、金属製のA4ノート程の板だ。
何だか、面白そうな気配がする!! “真実の目”発動!! 発動させるのに必要なのは、二秒くらいガン見するだけ!!
“解析”によると、この板はなんと遺失魔道具で“鑑定板”というらしい。ルビは無い。ルビは、無いのだ。
残念だと思いつつも、言われた通り手を当てる。
「おっ、魔力が少し吸い取られる」
すると、真っ更だった板面が変形していく。
「おぉ……?」
「この板は鑑定板と言う魔道具で、手を置いた人の名前や職業、レベル、ステータス等を凹凸で表示するんです」
そう言うと、受付嬢は板を受け取り、インクらしき物に凸部分を付け、羊皮紙に押し付ける。
「活版刷りか。なるほど、これは便利!」
「鑑定板は貴重な魔道具なので、使い回せるようになっています。この様な状態を維持するのは、せいぜい五分程度でしょうか」
よく出来ているもんだなぁ。
「この鑑定板は千年前に召喚された勇者ショウヘイ様……伝説の練成術士様の作なんですよ」
解析を更に続けたら、本当だショウヘイさんだ!! ホントよくやるよ!! ってか、練成術師だったのね!!
受付嬢が羊皮紙に目をやると、困ったような表情になった。
「ユートさん……付与魔導師、ですか。その……付与魔導師は実戦的なジョブではありませんし、冒険者になるのはお勧め出来ないのですが……」
困り顔のまま、受付嬢はそんな事を言った。
ちなみに、羊皮紙に転写された僕達のステータスは、こんな感じになっている。
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【名前】ユート
【性別/年齢】男/十五歳
【職業/レベル】付与魔導師/10
【ステータス】
体力:26
魔力:46
筋力:25
耐性:29
敏捷:24
精神:27
【賞罰】無し
【名前】キリエ
【性別/年齢】女/十六歳
【職業/レベル】剣士/16
【ステータス】
体力:79
魔力:91
筋力:62
耐性:78
敏捷:95
精神:82
【賞罰】無し
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途端、ギルド内の全員がこちらを見ながら大笑いを始めた。
「付与魔導師だってよ、ハズレジョブじゃねぇか」
「止めときなさい、ボウヤ。命あっての人生だよ」
酒を呑んでるオッサンや、見た目色っぽい女性から、そんな言葉が投げ付けられる。
「そちらの……キリエさんは冒険者として十分やっていけるくらいです。登録直後の鉄級冒険者を上回るステータスですね。ですが、ユートさんは……申し訳ないのですが、魔力以外は畑を耕す村人レベルの数値です。魔力があっても使える魔法が付与魔法となると、戦力としては期待できません」
まぁ、そうだろうな。
“真実の目”で解析しているが、周囲でバカ笑いしている冒険者より姉さんの方が、圧倒的にステータス値が高い。
更に言えば、受付嬢の言葉通り……このギルド内では僕のステータスは、最も低い。目の前の受付嬢よりも低いのだ……“今、この状態では”ね。
「構いません、登録して下さい」
そんな僕の返答に受付嬢は更に困ったような表情になり、嘲笑は声を大きくしていった。
「ソフィアちゃんよ、言葉で言っても解らないヤツには、少し現実を知って貰った方が良いんじゃねえの?」
そんな事を言って、ヘラヘラした表情で近寄って来る大男。その後ろには、似たような表情の男が二人。
やっべ、これテンプレ展開じゃない? 物語ではあると嬉しい、テンプレ展開。現実ではあると面倒、テンプレ展開。自分がその立場に立つ事になるとは思っていなかったんだけど。
「小僧、悪い事は言わねぇから止めておきな? 安心しろよ、そっちの姉ちゃんは俺達が面倒見てやるからよ」
「そうそう。お前じゃ、その姉ちゃんの足手纏いなんだよ」
「俺らって見かけ通り優しいからよ? 手取り足取り面倒見てやるよ」
ゲスい笑いを顔に浮かべて、姉さんを舐め回すように見る男達。
溜息を吐いて、姉さんがねだる様な視線を向けて来る。
「ユーちゃん、私を守ってくれますか? 視線が気持ち悪いんです」
「姉さん、そういうのは小声で言いなよ。この人達がいくら気持ち悪いからって」
返す僕の言葉も、あえて普通の声量である。
「……小僧、どうやら痛い目見ないと解らないらしいな?」
大男はそう言って僕の胸倉を掴むと、右の拳を握り締めた。
「はぁ……少し“痛い目を見ないと解らない”らしいね?」
「ギルド内での暴力行為は禁止ですよ!!」
受付嬢が大男を制止する様に叫ぶが、大男は握った右拳を突き出してきた。
「“硬化”」
——ガッ!! という音がした直後。
「あああああああぁぁぁっ!?」
殴り付けた右の拳を抱えて、大男がのた打ち回る。
「それで登録は? 他に何か必要なんですか?」
男にもう興味はない……元々ないけどね。なので、これ以上うざい連中に絡まれないように、受付嬢に登録の続きを促す。
「え!? あの、今何を……」
「で、登録は?」
「いえ、その……」
「登録は?」
「……いえ、今ライセンスカードをお持ちしますので……少々お待ちを……」
そう言うと、受付嬢はそそくさとカウンターの奥に引っ込んで行った。
「て、てめぇ! 今何しやがった!?」
大男の連れが、僕に向かって歩み寄る。
「何も? 見て解るでしょ?」
それと同時に大男が起き上がった。
「このガキァ、もう我慢ならねぇ!!」
「随分低い沸点だなぁ」
激昂した大男が剣を抜こうと、腰の柄に手を伸ばす。
これには流石にと、他の冒険者達も慌てて制止しようとするが……ヒュンッという風切り音と共に、レイピアが大男の喉元に突き付けられた。
「いい加減にして下さいね?」
冷たい視線と声音に、全員がその場で制止する。
「こっちでやっても良かったんだよ?」
「そうも思ったんですけど、ユーちゃんの武器だと手加減なんて出来ないじゃないですか」
出来ない事はないよ? まぁ、腕の一本や二本は無くなるかも知れないけど。
「まぁいいや。少しは“現実を知った”だろうし、その辺にしておいたら?」
「むぅ……まぁ、そうですね」
姉さんはまだお怒りだけども、レイピアを鞘に納めてカウンターの奥に目を向けた。
丁度、静まり返ったその場に、受付嬢が戻って来る。
「……何をなさったのか知りませんが、程々にして下さいね」
受付嬢の視線は、問題児を見る先生の様な視線だった。僕らに落ち度は無いと思うんだけどな。
「こちらが鉄級冒険者のライセンスです。再発行には銀貨一枚かかりますので、紛失等の無い様にお願いします」
ライセンスカードには、ステータスを除く僕達の情報が記載されている。さすがにコレは魔道具では無いらしい。
「それと冒険者ギルドでは冒険者同士の私闘を禁じています。よく覚えて置いて下さい」
ジト目で補足して来る受付嬢・ソフィアさん。
「それは当然ですが、相手に吹っ掛けられた場合はどうすればいいですか? 流石に無抵抗で殴られたり斬られたりするのは嫌なもので」
防げるけどね。
「……吹っ掛けた方がギルドの規定に背く事になります。可能な限り捕縛して、ギルドに連行して頂ければ。規定違反者は、ランク降格もしくは登録抹消の処分となります」
出来るだけ殺すなよと、視線で訴えて来る受付嬢。
「そうですか、それでは彼等は?」
さっきの雑魚共はどうするんだと、視線で訴える僕。
「……彼等に対し、冒険者ギルドは冒険者ランク1階級降格するものとします」
処分はこんなもんだ、文句あるか? という視線の受付嬢。
「そうですか」
元々興味ない相手だし、いいんじゃね? という視線の僕。火花が散りそうな視線の応酬であった。
僕の“目”によると、彼等は銅級。つまり、僕達と同じ鉄級に降格となるわけだ。
ぷーくすくす、ざまぁ。
「……では、冒険者登録はこれで完了となります」
「ありがとうございました」
「ご対応に感謝します」
さて、折角だから鉄級の依頼書にでも目を通すかな? そう思って僕等は掲示板の方へ向かったのだが、瞬間。
——ベリッベリッ! と、数名の冒険者が鉄級の依頼書を剥がして、こちらをニヤニヤ見た。
残っているのは一枚の依頼書のみだ。
(……新人イビリかよ!!)
(器の小さい事ですね)
残った一枚の依頼書は、魔物の討伐依頼。
『東の森にある村から、ゴブリン三匹の目撃情報あり。討伐されたし』
 




