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花の一生  作者: mp
7と1
6/10

6




どのくらい時間が経ったのかもわからないまま、僕はただ椅子に腰掛けていた。何も考えず、何も考えられず、ただそこに座って、窓を眺めていた。

テーブルの上には、紅茶の入ったポットと白いカップとソーサーなどが置いてあり、僕は一人でそれを飲み、一緒にあった小さい子包装の菓子を食べながらアフタヌーンティーをしたりした。


そんな時、紅茶を丁度飲み干したあたりで後ろから小さくドアをノックする音が聞こえた。僕はドアに駆け寄ると、ノブをひねってそのまま外へ押した。


「……モモさん」

ドアの先にいたのは、この屋敷で一番最初に関わった人物だった。印象に残る艶のある黒髪をひっさげて、柔らかい笑みを浮かべた。

「そろそろ夕食の時間なの。準備ができたら、上の食堂まで来てもらってもいいかしら?」

「あ、それならすぐに行けます」

「そう、じゃあ、一緒に行きましょうか」

彼女は凛とした笑みを浮かべて、僕と並んで食堂までの道を歩いた。


「…そういえば、部屋に僕の荷物運んでくれたのって……」

「私よ。大丈夫?勝手に部屋に入っちゃったけど」

「それは全然。ありがとうございます」

「いいのよ、そのくらい」

階段をのぼりきって、今度は食堂までの長い廊下を歩いていく。

「私以外にも誰かに挨拶はしたのかしら?」

黒髪を揺らしながら僕に問う。僕はそんな波のような黒髪に惹かれながら答える。

「はい、サクラちゃんと、ハギくんと……ツゲさんに」

「あら、ツゲにも会ったの?あの子無愛想だったでしょう、その様子じゃ、ちゃんと挨拶すらしてあげなかったみたいね」

僕はなんと言っていいのかわからず口ごもってしまった。モモはそんな僕を見て小さく笑った。

「でもツゲは悪い人じゃないわ。主と一番長い付き合いなのはツゲだし」

「そうなんですか」

「ええ。主とも一番仲がいいのよ。まあ、仲がいいと言うよりは、心で繋がってる……って言うのが正しいのかしらね」


そういうモモの顔は、どこか遠くを見ているようだった。悲しそうな、寂しそうな、そこにはいないはずの誰かをじっと懐かしく見つめるような目。

僕の視線に気がついたのか、モモは一度僕の方に顔を向けて、にこりと笑って見せた。僕がぼおっとモモの事を考えているうちに、気づけば食堂に着いていた。





モーニング、ランチ、デザート、ディナーをいっぺんに食べてしまえるような贅沢な品々が、長いテーブルを白いキャンバスに彩りを与えるように埋め尽くしていた。そのテーブルを六人の人間が囲み、少し賑やかな食事をしていた。


隣に座るサクラは手前にある丸焼きを綺麗にナイフで切り分けて豪快にかぶりつく。美味しそうに頬に手を当てては、「美味しい〜」と毎回呟いたりした。

「ユリさんはここにいる四人とは挨拶を済ましているみたいですね」

「私!私が屋敷の案内してあげたの!」

サクラが勢いよく手をあげる。

「サクラに案内なんて出来たのかしらね。心配だわ」

「モモねぇひどい!私だってそのくらい平気だよ。何年ここにいると思って……」

「まあまあ、二人とも」

相変わらずの無言でサラダを口に運ぶツゲ、それ以外の三人はテーブルを挟んでもよくたわいもない会話をしていた。主もそんな会話を聞きながらニコニコと笑みを浮かべ、時折スープを口にしている。


モモの言っていたように、主とツゲはやはり一番親交が深いのか主がテーブルの誕生席、そのすぐ近くにツゲが座っていた。特に会話をする事などもないように思えるが、長い付き合いだと言われてみればそう見えるし、もしかすると言葉なんていらないほどなのかもしれない。主人と仲を深める者はあまりいないというが、ここは少し違うのかもしれない。


ツゲの隣にはモモが座っていた。なんだか二人が並ぶと、賢くみえるーーーー実際モモはとても頼りになるーーーーのも影響して、一番上の兄と姉のようにも思えてくる。そしてモモのもう隣に座るハギは、弟のようだ。


サクラはツゲと向かい合うようにして僕の隣に座っている。ここにいる人たちはなんだか皆落ち着いているようにも思えるが、サクラはどこか違っていた。活発で人一倍人懐っこく、なんだか苦手なようにも思えるがその分話しやすいところもあったりする。






ふと、皿によそったサラダを食べ終えたサクラが、斜め前に座る主に口を開いた。


「ねえ、そういえばなんで、主はユリちゃんを選んだの?」


主に仕える者は、その主本人が数いる中から選別し、長年自分の元で仕えさせる。権力のあるものの中では、よく奴隷のようにそれらを雇い、ボロボロになるまで使ってから捨てるものも珍しくはない。

しかしここの主ーーーーズイ、という男は、そんな僕達に服を与え、住む場所を与え、ましてや場所は制限されつつも自由を与える。なにを考えているのだろうか。


サクラの質問に、なぜか皆押し黙った。僕もその理由を知りたくて、焼きたてのブレッドを口に運びながら主のほうを見た。


「私は、花が好きなんです」

「花?」

「ええ。ユリくん、サクラくん、モモくん、そしてツゲ。ここにはいない二人も、全員の共通点は花の名前なんです」


僕は花の名前なんて知らないし、ましてや自分の名前が花の名前だとも知らなかった。

「第一条件は、花の名前。それ以外の条件としては……、こう、どこか、ピンと来たんです」

主は意地悪そうな笑みを浮かべながらチラリと僕をみた。よくわからなくて、僕は眉をハの字にしながら主をじっと見つめてしまった。

「じゃあ、ピンと来なかったら私達もここには来られなかったの?!主酷くない!」

「まあまあ、そう怒らずに。ほんの冗談ですよ」

少し曇ったような笑顔で、男はその目を誰かに向けていた。



サクラ達は知っているのだろうか。

ここに自分たちが選ばれた『本当の』訳を。僕の知らない主の裏を。他の五人の裏を。そして、僕はそれらを知る事は出来るのだろうか。




食事を終えると、僕はそのまま真っ直ぐ部屋に戻った。

主が何を考えているのかわからない。名前が花の名前だったから?そんなの、僕は知らない。主の勝手だ。

ユリの花。どんな花だろう。色は?形は?においはするのか?僕はなぜかとても知りたくなった。僕の名前にそんな意味があったなんて。


ベッドに服を脱ぎすて、その上に寝っ転がる。今日はなぜか、久しぶりによく眠れそうだった。



自分の部屋の前にかかっている、白い大きな花。その意味を知るのはもう少し先になるのだった。






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