5
階段を下ると、そこには案の定人がいた。サクラは超能力でも持っているのだろうか。僕は不思議そうに隣を歩くサクラの顔を横目でチラリと見やった。
「さっき玄関開く音がしたからさ、ね」
きっとサクラは超能力者だろう。僕の心なんて読んでしまうんだから。
玄関から見て右側の廊下、主の部屋がある方から歩いてきたのは、一人の男の子だった。
男の子はこちらに気がつくと、どうやら手を振っているらしい。胸元で小さく手を動かしていた。
「ハギ!」
サクラは僕の手を取っている方とは逆の腕をぶんぶんと振り返した。
「サクラさんは声が大きいんですよ」
「まあまあ、ねえ、紹介させて!」
するとサクラは僕の肩を抱き込んで引き寄せる。僕は小さくわっと声を出す。ハギと呼ばれた男の子は、目をぱちくりさせていた。
「ユリちゃん。今日からここでお世話になる、新しい子だよ」
「ああ、君が。ーーーー僕はハギ。どうぞよろしく」
ふんわりとカールした天然パーマに綺麗なブロンド。作り物のような澄んだグレーのタレ目に、優しいシルエットの白いタキシード姿。歳は僕よりも下か、同じくらいだろうか。それでもどこか大人っぽい雰囲気が伝わってくる。
「ユリです。これからよろしくお願いします」
差し伸べられていた手をとり、きゅっと緩い握手。ハギは口元に笑みを浮かべていた。
「今、ここの案内してあげてたの」
「サクラが?以外だな、ああ見えても世話焼きなんだね」
「なにそれー」
サクラはむっと頬をふくらませる。ハギは冗談冗談、と困り顔でサクラをなだめる。
「少し部屋で休んだらどうですか、多分その様子じゃ主に会ってすぐにサクラと歩き回ってたみたいだし」
「なんかごめんねユリちゃん。でも、私が一番に案内してあげたくって」
「全然。サクラちゃんの話面白かったし」
僕はサクラに微笑みかけると、何故かぎゅっと抱きしめられた。柔らかい。
「ハギにユリちゃんは渡さないかんね」
「はいはい」
そういうと、ハギは人間二人分の塊を避けてヒラヒラと手を振ってどこかへ行ってしまった。
サクラは僕からスルスルと離れていくと、少しだけ高い目線から僕をじっと見た。
「な、なんでしょう」
「どうしてユリちゃんは敬語なの?」
僕はサクラの可愛らしい目を直視できず目を背けつつ、うーんと考える。
敬語は小さい時からの癖で、どこで身につけたかなんて覚えてはいない。でも気がついたら人と敬語以外で話す事はほとんど無くなり、名前もさん付け、でないとどこか落ち着かない。
「なんとなく……」
「なんかむず痒ーい!…でも、なんかオネエチャンみたいな感覚だからちょっとはいいかも」
浮かれ気味だった。サクラは少し感覚がおかしいのかもしれない。僕には敬語のいいところがよく分からない。
「じゃあ、僕は少し部屋に戻ります」
「うん。ありがとうね、付き合ってくれて」
「こちらこそ」
僕はペコリとお辞儀をして、サクラにブンブンと手を振られたので小さく振り返してから、僕の部屋に向かった。
少し歩いたところで後ろに振り返ると、サクラはもうそこにはいなかった。