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「ここが書庫で、その隣が食堂。もう少し先に行くと、使用人さん達の部屋があって………」
屋敷の二階へは、玄関を入って目の前の長い階段をのぼって行く。真っ赤な絨毯に一段一段足をかけていくと、一階とほぼ同じ作りでそこは現れた。一階には主の部屋と僕達の部屋しかないというので、二階へ案内してもらうことになったのだ。そこへツゲは来ず、サクラのみが案内してくれる事になった。
サクラが優しい人だということは短時間でもすぐに分かった。よく僕を気にかけてくれて、丁寧に各部屋の説明もしてくれる。話す時も明るく、時々冗談も交えながら、楽しく過ごしてくれるのがなんだか嬉しかった。僕も少しだけ笑顔になれた。
大体端の方までひととおり見終わったか、という所で、サクラはふうとため息をついた。
「ツゲはね、人と一緒に行動するのがあんまり好きじゃないんだ。一匹狼ってやつなのかなあ」
どこまで続くかわからない廊下をゆっくり、サクラは僕の一歩先を歩きながら言った。
「でも、ここに一番長くいるのはツゲなんだよ。あんなのでも主のお眼鏡にかなうんだなあって、最初は思っちゃった」
「ツゲさんと仲、いいんですね」
「そんなこと無いよ、さっきのだってバッタリ会っただけだし」
サクラは酢の物を食べたような、嫌味を存分に込めたような顔をしてみせた。
白い膝上のスカートと腰元についたリボンが目の前で水のようにゆらゆらと揺れる。催眠術にでもかかったように、僕はぼんやりとそれを見つめながら歩く。
サクラはここに随分慣れているようだ。いつくらいからいるんだろう。僕も、ここであんなふうにやっていけるのだろうか。不安だった。不安が心に満ち溢れて、身体の中も全部埋め尽くされてしまいそうだ。
「ねえ、サクラさん」
「もう、サクラでいいよ。さん付けなんて、そんな柄じゃないもん」
サクラは顔だけをこちらに向けて、僕が口を開くのを待っていた。僕は数秒空けてから、お望み通りに口を開く。
「…じゃあ、サクラちゃん。ここには、他にどんな人がいるんですか」
人に深く踏み込むのが怖い。いつもいつも逃げて、僕と相手の間には一枚の分厚い、透明な壁がそびえ立つ。僕が建てて、それを打ち破る人は今まで、たったの一人しかいなかった。ここには、いるのだろうか。
「そうだね……でもね、ユリちゃん。私だけの見解で人の事はどうって語れないよ。実際に会って、話してみるのが一番いいと思うな。だって、ここで私が話したら、相手の第一印象がおかしくなっちゃうもん」
サクラは変わらない笑顔で言った。とても優しい子だった。僕は知らぬうちに静かに頷いていた。
「そろそろ、他の人も見えてくるんじゃないかな、下降りよっか」
サクラは手を差し出して、紳士のように僕をエスコートしてくれた。