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花の一生  作者: mp
7と1
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そこは、傍からみればただの森の入口のようだった。

入口とあらわすくらいだから、勿論その先には木々の合間を縫うように異質な細い道がある。まるで人工的に作られた道ではなく、森が自ら自分を迎え入れて道を開けたようなかんじ。少し不気味さが漂っている。しかしその道は奥の方まで確認する事は出来ず、先には長い暗闇が続いているようにもかんじた。

僕が行くべき場所はこの先にある。元の街から一日程乗り継いで、長い一本道をひたすらに歩き、渡された地図を見ながら進んだ先に、一体何が待っているのだろうか。それは僕にもわからない。

僕は短く切り揃えられた髪の後ろの方に手をあてて少しだけ唸ると心を決めて、気がついた時にはそこへ一歩踏み出していた。

亀が陸を歩くように、ずっしりとした重りの入ったような足を一歩一歩うごかしていく。暗闇だと思っていた先は、逆に歩いていく度にどんどん光の照りが強くなっていた。横に広がる風景は、いくら進んでも変わる事はない。木が生い茂り、ちいさな動物達が木と木を行き来しながらあそびまわる。春らしい光景だった。所々で花が咲いていると、思わず立ち止まって綺麗だ、可愛い、と眺めることもした。それからしばらく森の中を歩いていくと、道の先に開けた場所が見えた。僕は少しだけ早足になってそこまでたどり着いた。

森を抜けたような気がして目を見開くと、でもやっぱり森のなかのようだった。森の中に、スッポリと穴の開いたような空間。天からは光がその穴を照らし付けて、肌を焼いている。僕は天を仰ぎ、それから周りをぐるりと見渡してみた。

その空間には、ただ一つ、大きな古い屋敷がそびえ立っているだけだった。白塗りの壁面には多い被さるように蔦が絡み付いて、その年季を感じさせる。玄関に付けられた木製の扉は風が強く吹くと不気味な音をたてることがあった。

僕は屋敷の前に立つと、躊躇わずに扉を三度ノックした。するとすぐにその扉は不気味な音を立てて外側に開き、中から一人の女性が顔をだした。僕は疲れて前かがみになっていた姿勢を柱のようにピンと伸ばして、顔を作って挨拶をした。

「はじめまして、今日からお世話になる、ユリと申します」

僕はそう名乗ると、軽くお辞儀をした。女性はふふ、と笑うと、着ていた天使のような真っ白いワンピースをちょこっとつまんで、丁寧にお辞儀をした。

「あなたがユリちゃんね。はじめまして、私はモモ」

モモと名乗る女性は、まだ二十はいっていないように見えた。同年代か、少し上。腰まである黒髪は光に照らされながら綺麗に揺れていた。

モモは笑顔を浮かべながら手を差し出してきた。僕はその手をとって握手をかわした。

屋敷の中に入ると、そこは外見とは打って変わってまるで仕立てあげたばかりのドレスのように華やかだった。天井からは飾り物のようだがシャンデリアがつられており、床には一面の赤絨毯。廊下は左右に長くつづいていて、目の前の階段もお城の様に幅を広く取っていた。少し違和感を覚えたのは、外から見た屋敷の大きさと、中の広さが若干合っていないように見えたことだったが、さほど気にはしなかった。

僕が口を開けながら上から下まで見渡していると、モモはまたふふっと口に手をあてて笑っていた。

「そんなにすごい所かしらね、ここは」

「……はい、他と比べてみたら、そりゃあもう」

モモはこれが当たり前のようだ、という口ぶりで話した。長いことここにいるのだろうか。

「屋敷の観光は、また後でね。主は部屋で待っているわ。そこまで案内するわね」

彼女はそう言うと僕の手から荷物を受け取って(礼を言って)、入口からみて右側に続く長い廊下を僕のスピードに合わせて歩いていく。彼女が前で、僕がその一歩後ろ。

少し歩いていき、ドアを五つほど過ぎた所でモモが立ち止まった。その前には、どこの扉とも少し違う、いかにも頑丈そうな扉があった。モモがそこのノブを二度ノックすると、奥からくぐもった声が聞こえてきた。それを聞くとモモはこちらに少しばかり切れ長の目を向けて、入ってと合図をする。

僕にはこれは二度目の経験だが、やはり最初というのは緊張する。相手はどんな顔だろう。どんな性格だろう。どんな声で、どんな話し方をするのだろう。苦手か、はたまたその逆か。それでこれからの僕が決まってしまうのだから、森に入る一歩はよく考えれば軽いものだった。今、この扉の前に立ちノブを握るとき、ここが運命の分かれ道なのだ。

そう、僕の人生はここが分岐点だ。

僕は恐る恐る扉の前に行きノブに手をかけた。躊躇うようにノブを握り直していると、背中をポンと叩かれた。

「大丈夫よ」

モモは優しく微笑んでいた。僕はその笑みに押され、彼女に微笑み返してから、そのままゆっくりと重い扉を中に押していった。



僕はこの日から、人生というものをこんなにも尊いものだと感じた事はないだろう。

尊く、儚く、脆く、もどかしく、そして美しい僕の人生のその一遍は、一輪の花の短い人生のようで、ほんの一瞬の出来事だった。

僕はそれを、覚えていた。








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