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桜白舞(1)

 大きな光の柱が見えた時、変な馬に話し掛けられた。異常に煩い馬だった。


 アイツは馬鹿だから高い所へでも登っているんじゃ無いかと答えたら、笑って何処かへ行ってしまった。


 適当に答えてしまった事に少し後悔したけれど、戻って来ないという事は多分見付けられたのだろう。けれども、一回も鉢合わせしなかったのは、アタシが気付かない間に何処かへ行ってしまったか、もしくは別の方向へ行ったか。結局は後者だったけど、少し心配したのも否定は出来ない。


 ……別に示し合わせた訳じゃなくて、アイツが行きそうな所と、アタシが行こうとしていた場所が偶々同じだっただけだ。


 脱走した所をこっそりと見送った後、変な馬に絡まれた後、活気と戸惑いに湧く王都中心部の境界線、そこで一人寂しそうに、手頃な岩に腰掛けて雪の舞う空を見上げていた幼馴染みに出会った。


 風邪を引くわよと言うと、幼馴染みは何のために身体を鍛えたと思っているのか、と問い掛けてきた。馬鹿じゃないの。鍛えたからといって、引かない訳じゃないのに。


 馬鹿は風邪を引かないんじゃなくて、気付かないだけだと言ってやると笑われた。


 手元を見る。その両拳には昔とは違って似合うようになった荒々しい見た目の《エクスプグナーティオ》が。


 どうしてこんな事になっちゃったのかしらね、と橙色の瞳に頂く睫毛を伏せながら、立ち上がり呟いた。


 本当に。昔はあんなに可愛らしかったのにね。


 冗談を口にすると、二人とも同じような表情で笑った。


 紫電が舞った。白い大地が足跡と泥に侵された。口から溢れる吐息は大きくなって白さを増した。


 遠くで光が空へ昇っているのに、その間アタシ達は見向きもしなかった。


 一際大きな音が響くと、巨躯が地面に仰向けで倒れていた。汚れた頬には真っ白な雪の結晶が舞い落ちていた。


 ずっと空だったアタシの両手に這っていた紫電が消えた。


「やっぱり……ラナちゃんは優しいね……」


 寒空に揺蕩った言葉を、アタシは切り裂いて、悲しく笑う表情の隣の白を踏み抜いた。


 何とも言えない擂り潰すような音が何度も何度も耳に入ってきて、それが気にならなくなった頃には、すっかり背後の街並みは遠くに上がる光のせいで形を失っていた。


 少し、いや、かなり。歩き過ぎていた。


 別に慎重に物事を行うのは悪いことではないけれど、気分的に少し疲れてしまってはあまり意味がない。


 一人で集中出来て、目的地と自分の位置がわかりやすい場所であれば、遠過ぎない限り何処でも良かったのに、失態だ。


 目を閉じて集中すると、脂汗が浮き出るのがわかった。


 当たり前だ。身体が千切れ飛ぶ可能性を孕んでいるのだ。緊張しない方が可笑しい。


 でも、これ位、これだけ恵まれた状況下で失敗をするということは、結局アタシはその程度の存在だった事に他ならない。


 裏を返せば、“その程度のアタシ”だったら、必要ない。


「〝転移トランスファー〟」


 そう口にすると、足下に青白色の六芒星の魔法陣が浮かび上がって、一瞬身体が宙に放り出されたかのような感覚が襲った。






   ‡  ‡  ‡






「ねぇ、何があったのか、いい加減教えて欲しいんだけど?」


 明るい茶色の頭が左右に揺れるに従って、同色の毛先の巻き毛も軽く揺蕩う。彼女は健康的な紅色を頂く白い頬を恨めしげに膨らました。


「……別に。アンタには関係無いじゃない」


 菫色の真ん丸な瞳の彼女の言葉……というか抗議で現実へと引き戻されたアタシは、相も変わらず突っ慳貪な言葉を溢してしまう。


「まあ……そうだけどさ……ほらっ、仲良くなるにはお互いの事を知る必要もあるじゃない?」


 しかしそれでも彼女は食い下がる。


「アタシはアンタと仲良くなりたいとも、知りたいとも思わない」


「酷いっ」


「そもそもアンタが勝手に仲良くしようとしているだけでしょ」


「……でも……初対面って訳でも無いじゃないし……」


 目の前で喚いていた自分と同年代の少女は、見るからに肩を狭め、落として、小さな言葉で呟く。こんな風に言われる事くらいわかっていたのに、どうしてこうもしつこいのだろうか。


「アンタは単に誰に対しても良い顔をしようとしているだけでしょう?」


「うぅっ……否定は……しないけどさ……」


 小さく「でも……でも……」と繰り返す彼女は、そうしている内に、押し上げられた涙袋の上にほんのりと雫が浮かび上がらせた。


「ああもう! アタシは只の留学生でアンタはここの一生徒! それで良いでしょ?」


 どうしてこれっぽっちの事で愚図るのか。これだから泣き虫は嫌いだ。色んな事を思い出してしまう。


 自分が今よりも子供だった時も、人より小柄で、気が弱かった幼馴染みがこんな風に直ぐに愚図りだしてアタシと兄を困らせていた。


 その度宥めて、アタシが泣かしたヤツの所へ殴り込んで、それを途中で兄に止められた覚えも何度もある。


 ……まあ、そんな幼馴染みも今では立派になってしまっているのだから良いとしても、目の前のこの小物みたいなヘタレはこの歳でこれなのだから、余計に質が悪い。


 ……そう言えば、初めて合った時も泣いていた気がする。時期は今とは真逆で雪も降っていた。……確か、そう。アタシがエレーナへ行って間もない頃だ。






   ‡  ‡  ‡






「はぁ……はぁ……」


 酷い為体。たったこれだけで身体が重たい。息も上がってしまって、きっと今は酷い顔をしているだろう。それでも、何とか目的地に辿り着くことが出来たのは及第点か。


 エレーナ共和国の首都ネクト。転移を成功……とは呼びたくは無いが、兎に角、それを使ってアタシがやって来た場所は、リアトラと比べると何処か乱雑で、露店が多く、商業色の強い街並みが特徴的な場所だった。


 少し休憩すると、大分気分は落ち着いたものの、乾いた冷たい空気のせいで気管に気持ち悪さが残っている。けれど、今更そんな事を気にしていられないし、歩いている内に気にならなくなるだろう。


 ネクトの街もリアトラと同じく人が犇めき合っており、人数は国風もあってかこちらの方が多いものの、遠くに見える光の柱のお陰でその足の殆どは止まっている為、あまり邪魔にはならなかった。


 目的地は一つ。この辺りで一番目立つ建物で、商人気質の強いこの一帯で、一際異彩を放っている、塔を伴って聳え立っている城のような建物。


 その塔の頂上には《賢者》と呼ばれる存在が居るという。


 そしてその《賢者》は魔導の知識、技術も然る事ながら、七英雄が一人、歌人アルテナと同じく〝千里眼〟と呼ばれる力を持っているらしい。


 〝千里眼〟。それはあらゆる物事を見透す力。過去、未来、現在、関係無く知る事が出来る魔法の領域を超える力。


 それさえあれば、仇の……亡霊の居る場所だって知る事が出来る。


 しかし、当の《賢者》は滅多に人前に姿を表さない為、その姿を知る人は殆どいないと聞く。

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