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あれから(6)

 開け放たれた扉から入って来たのは案の定、先程まで席を外していた教師達。ルイス=エバイン、ネアン=スレイブ、レイラ=フロックハート、シャルル=フラウ=ハルバティリスという、学院の最高戦力であると共に、王都魔術学院の同期だった四人。


 しかし何故か、盛大に扉を開けて入って来た割に、様子が可笑しい。一人を覗いて浮かない顔をしている。その一人、シャルル保健医は相変わらずシャツのボタンに手を掛けて、「アハンッ!」等と言っているのだが、残りの三人はそれを止めようとしていない。


「あれ? ネアン先生老けた? 白髪増えてね?」


「駄目ですよコーチさん。気にしているかもしれない事をそんな大きい声で言っては」


「ルーナ……それは逆に失礼なんじゃないかな……? 言うならこう、肯定する感じでフォローした方が……」


 教師が入って来たことで更に賑わいを見せる、去年度クラスメイト同士だった三人。その遣り取り自体が傷口に塩を塗り込んでいる事に気付いているのだろうか。


 しかし、コーチ君の言う通り、ネアン先生の頭を見てみると気のせいでは無く白髪が増えたように見える。苦労しているのだろうか…………僕らせいではないと信じたい。


 言い返す素振りも見せないネアン先生をコーチ君達が突っついていると、学園長がこれまた覇気の無い表情で口を開いた。


「えー……誠に残念なお知らせがある……私はこれから帰らなくてはいけなくなった……あのクソジジィ共……失礼、王から最近国内の情勢が不安定だから警戒する必要があるとか何とか」


 成る程、だからシャルル保健医以外元気が無かったのか。


「くそっ……ルイスを一人にしなければいけないなんて男として名折れだ…………はっ!? 俺は試されているのか? 仕事か女かというやつなのか!?」


「ルイスが居ないなんて……このむさ苦しい空間でずっと私に堪え続けろというの!? もし堪えられたとしてもこの込み上げてくる悶々とした気持ちは一体どうすれば…………い、いや、これは逆に私の子猫ちゃん達を摘まみ食いするための口実として……」


「いやぁ、ここちょっと暑いね。脱いで良いかな? 美しい僕の靭やかな足を披露してしまっても構わないよね?」


 ……どうしてこの人達は教師になれたのだろうか。甚だ疑問である。


「そもそも何者かが侵入した形跡があったとか言われても侵入を許したのは誰だって話だ。だから何時もその笊警備をどうにかしろって言ってんだろクソジジィがぁ! どうして私がジジィ共の介護しなくちゃいけないんだ!」


 さらっと言ってはいけないような情報を洩らしながら駄々をこねる大人……いや、大人達。まあ、学園長の話に限っては同情しないわけでは無いけれど。


「折角のりょこ……生徒達の晴れ舞台を台無しにしやがって……絶対許さねぇ」


「そうね、私とルイスのイチャラブりょこ……生徒達との貴重な時間を無駄にしたのだから、王宮に攻め込んでも問題無いわよね?」


「おう、レイラの癖に珍しく気が合ったな。景気付けに一発でかいの噛まそうぜ」


「よっしゃ! そうと決まりゃ一変攻め込むか! 王宮じゃメイドさんが選り取り見取りなんだろ?」


「何でしれっとクロック君が仕切ってるの!?」


 学園長とはまた別の意味で言ってはいけないような事を口走り盛り上がるレイラ女史とネアン先生、それとそれに便乗するコーチ君とそれを止めようとするメガネ君。何だか一気に騒がしくなった気がする。


「メガネ」


「な、何かな……?」


「お前も漢ならよく考えろ。薄いカーテン一枚の向こうは女の園、そんな時、お前ならどうする?」


「――っ!?」


「な? わかったろ?」


 さっぱりわからない。


 けれども確かに何か通じ合ったらしいコーチ君とすっかり丸め込まれたらしいメガネ君は熱い握手を交わしており、何やらメガネ君の眼鏡の端では涙が輝いている。


「お前ら……俺に着いてくるのか……言っておくが険しい道程だぞ?」


 ネアン先生の問いに頷き返す曰く漢な二人。王宮相手なのだから険しいのは当たり前である。


「流石、俺の生徒だ」


 満足そうに口角を上げる教師と教え子計三人。…………あれ? これ誰も止めないの? 止めなくて良いの?


 去年、ネアン先生の教え子だった残りの三人を見てみると、普通にわいわいとガールズトークに花を咲かせ食事を取っており、気にしていない様子。普段からこんな感じだったのだろう。


 しかしここに居る人達だと本当に王宮に攻め込んでしまう気がする。止めそうな人が誰一人居やしない。


 今の学園長は言わずもがな、シャルル保健医は「ふんはぁっ、このっ、解っ、放っ、感っ!」と叫びながらパンツ一丁になってるし。


 ガールズトークしている三人(一人は男)は緊張感が無いし、今のエルシーがそんな事を出来る筈も無い。


 ……となると。


「僕か……」


 そう呟いて溜め息をつくと、ふっ、と心が軽くなったような気がした。それと同時に客観的に回りを見る事が出来た。


 そもそもどうして僕がこんなくだらない事で悩んでいるのだろうか。


 どうやら僕はここの所、考え過ぎてしまっていたらしい。見向きもせず食事を取っている三人の反応は至極真っ当だ。


「アラ、どうしたのユーリちゃん? 悩み事?」


「……そうらしい……けど、白々しいね、君は気付いていたんだろう?」


 柔らかな笑みを浮かべるケトルさんは手に持っていた食器を置いて、「そうねぇ」と呟く。


「ユーリちゃんは悩んでいても、それを悩みだと気付かない内に、自分に納得させているような所があるみたいだから、アナタ自身が気付いていない時に下手に言うと余計に負担を掛けると思ったのよ」


 悩みを悩みだと気付いていない、か。


 確かに言われてみれば小さい頃から自分を納得させようとしていた気がする。受け入れて、それが当たり前の事と、長い間ずっと悩みを悩みにしていなかった。……受け入れられ無いことは考えないように、忘れようとして。


 結局、今も逃げ回っていただけじゃないか。


 僕が黙っていても、ケトルさん達は何も言わずにいてくれた。そうして少し時間が過ぎた頃、収拾がついていたらしい教師達の中から、学園長が真面目な声音で僕の名前を呼んだ。


 厚い扉を潜って食堂の外へと出る。一変して酷く静かな二人だけしか居ない空間は、生暖かさを伴って肌を舐めた。


「ユーリ=カリエール、貴様に問いたい事がある」


「奇遇ですね学園長、僕も貴女に相談したい事があります」


 学園長は「残念ながら話が早そうだ。では、私から言うが構わないか?」と口にする。わざわざ確認を取る辺りが、傍若無人でも同級生達から好かれている要因の一つなのかもしれない。


「はい、構いません」


 僕がそう言うと、学園長は食堂へ繋がる扉の脇に背中を預け、一旦目を閉じる。扉の上に掛けられた時計の秒針が刻む音が聞こえるよりも先に瞳を再開して、流し目で唇音を合わせた。


「貴様のお父上は、どこまでカリエールの技術を扱える?」


 わかっていても、心臓の音は治まっちゃくれない。

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