あれから(4)
尚、服装は何故かレディさんやルーナさんとお揃いである……。
「あらぁ……どうしたのかしらユーリちゃん? ……あっ、これね? ウフッ! どう? 似合っているかしら?」
スカートの裾をひらひらと振ると、ケトルさんの逞しい足の筋肉が見え隠れする。その横で何やら「あはん」、「うふん」とセクシーポーズを取っているコーチ君が見えた気がしたのは僕が疲れているからなのだろう。
エルシーに向けていた物を僕にパチリパチリと贈ってくるケトルさんに何も言わず首を縦に振る。満足そうに笑ったところで僕はエルシーに向き直った。
「……ありがとう」
けれども、僕が笑い掛けると切なそうに彼女は笑った。作り物だった。切なげに見えるのは笑えないのに無理をしているから。言い方は悪いけれど、今翳りのある笑顔になったのは本当に嬉しい訳じゃないからなのだろう。
そして――。
「魔闘祭……頑張ろうね」
そうじゃなかった。そういう言葉が聞きたかったんじゃなかった。確かに出て欲しいとは思っているけど、傲慢なのかもしれないけど、今欲しいのはそんな言葉じゃなかったんだ。
皆、何も言わなかった。気付かない振りをした。これ以上悪化させる訳にはいかなくて、下手に何かを口にしてこれ以上追い詰めてしまう事を避けた。
その判断が良かったのかはわからない。久し振りに皆で一緒に食事して、帰って。良くも悪くも何も変わらないまま蒸し暑い日々が過ぎていった。
そうして、対抗戦が始まった。
参加国数は約七十ヶ国。国の人口により、最高で三チームまで参加が可能であり、今年の参加チーム数は約百二十チームで、魔闘祭の対抗戦の第一試合と第二試合は、幾つかの会場に分けて同時に開催される。
魔闘祭の対抗戦が行われる会場は、毎年、規定の規準を満たした国の中から選ばれており、今年はエレーナ共和国がそれに選ばれた。
魔闘祭のルールであるが、一回戦は基本四チーム参加のサバイバル形式、二回戦以降は一対一のチーム戦で、一対一での勝利条件は以下の三つ。
相手側の、其々の陣地に置かれている高純度の魔変石が取り付けられた大きなブロック型の魔導具を先に破壊すること。
其々のチームのリーダーの腕に付けられた腕章を、相手を捕らえる等といった方法で奪うこと。
退場させる等、試合続行不可能と見なされる状態に陥らせて、相手チームの全員を無力化すること。
一見、魔導具の破壊と聞くと簡単そうに見えるが、魔導具に使われている材質は全て最高峰の物であるが故にそうそう簡単にはいかない。
魔導具の物理的な強度、魔変石による魔力に対する耐性の相俟ったものは、最上級魔法の中でも威力の高いものであったとしても、人によっては破壊出来ない事もある。
それならばと、腕章を狙おうとしてもこれはこれで容易では無い。
対抗戦に出場する選手は皆、僕らが冬季魔闘祭で使ったような、一定の範囲内で効果の発揮するペンダントの魔導具を持っており、捕らえようとする過程で倒してしまうという事も起こり得る。
尚、自らペンダントを破壊するのは反則であり、破壊したチーム全員が試合続行不可能となる為、腕章を奪われまいと自らわざと退場するのは不可能である。
相手全員を試合続行不可能にするのは無論言わずもがなであろう。
シンプルなルールではあるが案外奥が深く、チームワークと個々の能力、戦略が試されるものなのである。
ちなみに一回戦はポイント制となっており、他チームの誰か一人を戦闘不能にすることで1ポイント、腕章を奪うと3ポイント、魔導具を破壊すると4ポイント得られる。
その中で獲得しているポイントが上位の二チームが二回戦へと出場する事が出来、其々トーナメントへと割り振られるが、上位二チームの獲得ポイントが同じである場合はランダムで割り振られ、一位のチームが三チーム、又は二位のチームが二チームある場合は同率のチーム同士で再戦を行う。
会場では魔導具を利用して様々な地形や環境で、無作為に選ばれたもので抗戦が行われるが、一回戦は総じて森であり、これは対抗戦が始まった頃から続く伝統で、こうした魔導具が無かった時代の名残である。
三回戦以降の会場は開催する国の中心部、もしくは一番規模の大きい闘技場だけで行われるのが通例で、今回の場合、開催国エレーナ共和国の首都ネクトの闘技場を使う事になっている。
一回戦と二回戦が三回戦以降の闘技場と違う場合、試合後、移動する必要があるのだが、幸い、僕らの一回戦と二回戦の会場は件の闘技場だった。
「さーて……どうするよ?」
青々とした葉々が強い日差しの殆どを受けてくれているお陰か、肌に当たる風も相俟って心地好い。
幻想的に木漏れ日が照らす元で、軽く肩の柔軟体操を行っているコーチ君は、試合開始まで一分を控えた中で緊張感なんて微塵も見せずに、そう僕らに問い掛けてきた。
今年の魔闘祭に於いて優勝候補と名高いのはエレーナ共和国から参加する三校。しかし何れの学校も一回戦では当たっていない。油断は禁物だけど、僕らも負けるつもりなんて毛頭無い。
要は、コーチ君だけでなく、僕らは誰一人として緊張なんてしていなかった。
「……ふふふ……ぜ、ぜぜぜ全員倒すにきき決まっているでしょう……いいい一位通過を目指すのに決まってるじゃないですか……メガネですから……」
……否、一人以外緊張していなかった。
「お前ほんと緊張に弱いよな……」
「クロック君達が異様に落ち着いているだけだよ!」
僕ら生徒会に所属する人間から数えると七人目となる、そして唯一生徒会に所属していない王都魔術学院の代表。
皆からメガネと呼ばれている彼が代表の席を獲得した時は皆驚いていたのを覚えている。
決して弱い方ではないけど、まさか三年生を抑えて彼が代表となるとは誰もが思いもしなかった。それは彼自身も例外ではなく、見事勝利を収め、代表の座を掴んだ時、その重圧からか、喜ぶよりも先に顔を青くしていた。
自他共に運で得た代表の座と認めているが、僕は代表に選ばれたのが彼で良かったと思っている。
「まっ、俺らも他校からちと嘗められてるって噂も聞くし、メガネの言う通りちと派手に行くか」
「あー……でも司法の武器は目立っちゃうから使わない方が良いんじゃないの?」
「そうですね……けど、あまり目立ち過ぎるのはちょっと……」
「ウフッ、それじゃあ、契約武器は最低限で行きましょう。エルちゃんとメガネちゃんは皆に指示とワタシ達のブロックの守護、レディちゃんとルーナちゃんはエルちゃんとメガネちゃんから離れ過ぎない位置で近付いてきた人を各個退け、撃破したり、指示役二人の守護、コーチちゃんとユーリちゃんは自由に動いて倒していって頂戴、ワタシはブロックを壊して行くわ……良いかしら?」
ケトルさんの言葉に僕らは頷く。
「遂に僕の出番が――」
メガネ君が眼鏡をくいっ、と、持ち上げると共に、闘技場内に始まりを告げる音が響いた。