道玄坂の家(1)
「司クンそちらはどうだい?」
「……見付からない」
玲の質問に良い返事を返せない。それに対して件の玲は落胆したり等はせず、直ぐ様他の場所の捜索を始める。
今、俺と玲が居るのは旧道玄坂邸の倉の中、言い方を変えれば繁じいちゃんの家の物置小屋だ。
ちなみに何故“旧”道玄坂邸なのかというと、じいちゃんが生きていた頃はここに親族達が集まっていたが、後継者が決まるよりも前にじいちゃんが死んでしまった為、この家の所有権は唯一の直系だった俺に引き継がれた。しかし俺は道玄坂の後継者では無い。それにより道玄坂の集会場が無くなった為、道玄坂は新しい集会場となる道玄坂邸を建てたのである。
そして今、俺と玲が折角の休日を捧げてこんなことに時間を費やしているのかというと、来週の日曜日の就任式に必要な宝刀を探しているのである。
本来陰陽五家は新しい当主がその座に収まると、他の家に向けてのお披露目や、繁栄の願いを込めた儀式を行う。所謂それが俺達が就任式と呼んでいるものであるが、困った事にその儀式の為の宝刀が見付からない。
適当な模造刀なりを準備すれば何とかなるらしいので、必ずしも必要というわけでは無いけれど、宝刀を紛失したとなれば少し格好悪いというか、示しがつかないというか。特に今回は“外側”ではなく、“内側”に向けた物なので尚更だ。
「多分繁じいちゃんが無くしたんじゃないかな」
一応ここは亡き祖父の家だ。彼方の世界に行ったりで暫くは来れていなかったが、それまでにも時々掃除に来たりはしているし、亡くなった時に遺品等の整理の為にも来ているけれど、刀が見付かった試しなんて無い。そもそもあのいい加減な人の事だ、何処かで無くしていても可笑しくはない。
「こういう大切な物は隠し部屋とかに置いてあるのが相場と決まっているんだがな……」
「どこのからくり屋敷だよ……」
割と真剣な表情で隠し部屋を探そうとする玲。確かに繁じいちゃんはそういうの好きそうだけどさ。
「あっ、何かカチッて言った」
「マジで!?」
玲の冗談の様な言葉に驚いて直ぐ、地響きが鳴ると共に、玲の前に置いてあった大きな葛篭が横に移動すると、地下へ続くであろう石階段が表れた。
「マジか……」
「いやぁ、大きいけど、葛籠の割に浅く重たいと思って調べてみたらビンゴだったよ!」
玲に言われて葛籠の中を覗いてみると、中に物が入っているので分かりにくいものの、言われた通り底は浅い。そしてどうやら外側から見ると葛籠の底に近い部分に切り込みが入っていたらしく、そこを少し捻るようにずらすと、後は独りでに動いて地下への道が開ける仕組みらしかった。
……あのジジィ……。本当こういうものを作ってしまう所がらしいというか。
「司クン、溜め息の割に嬉しそうだね。少年心が踊るというやつかい? それとも、祖父君の面影が見れたからかい?」
「さあな。早く降りてみようぜ」
「照れなくても良いのに……けれど、降りるのは大賛成だ。何が眠っているのか楽しみだよ!」
「それ、思ったよりショボくて肩透かし食らうパターンじゃないか?」
階段の通路はあまり広くなく、人一人分に少し余裕を持って通れる位の狭さの為、俺の後ろに玲が付いて歩く形で下りている。
「何だかゲームのキャラクターになった気分だよ」
「だったら先頭の方がもっとその気分を味わえるんじゃないか?」
「いやいや、ここは君の家だからね、一番楽しむ権利も司クンにあると思わないか? 興味なさそうに振る舞っているけど、君だってワクワクしているクチだろう?」
「言い方が親父臭い」
こんな仕掛けがあるならもっと小さい頃に知りたかった。きっとその方が今よりもテンションだって上がっていただろうに。……まあ、ワクワクしていないと言ったら嘘になるけどさ。
……けど、どうして繁じいちゃんは俺達にこの事を言わなかったんだろうか。真っ先に自慢していても不思議じゃないのに。っていうか、最期の言葉でふざけた事言うよりも、まだこういう大事なことを言って欲しかったんだけど。
まあ、今思ったってどうしようもないか、と思考を終わらせた所で地下室に着いた。階段はそんなに長くはなかったらしい。
辿り着いた部屋はやはりというか、小さな物置部屋だった。幸い、頼りない白熱電球は生きており、埃被った壺やら花瓶やら、昔飾ってあったであろう物置らしい品々を確認することが出来た。幾らになるんだろうか何て思ったけど、そんな高価な物なら埃なんて被らせずとっくの昔に売ってしまっていそうではある。愛着で置いてある可能性の方が高いか。
「司クン」
雑談に興じるよりもまずは探し物が先だと物色し始めて直ぐに、玲に呼ばれ傍に行くと玲の指差した所には、少し高そうな刀掛けが置いてあった。しかし、そこにあるのは黒い鞘だけで、二本掛けの下の段は空っぽだった。
「あはは……困ったね。本当に無いんだ」
玲が乾いた笑いを溢す。つむじと同種っぽい玲がこんな反応をするなんて割と不味い事なのでは無いだろうか。
「玲、これって不味い?」
「割と……。片方だけならまだ何とかなると思ってたけど、両方無いのはちょっと……」
「……ん? 両方……?」
「我々は元々陰陽師だ。祭具が二つでそれぞれが陰と陽を表しているからね。ちなみに粉白も無くした事あるぞ! 片方だけだけど」
「最後のはそんな誇らしく言う事じゃないだろ」
「ねえ、司クン」
玲のボケなのかボケじゃないのかわからない言葉にツッコミを入れるも、当の本人は聞いていない。「何だ?」と名前を呼んだ理由を問うて見ると、玲は「何か挟まっているみたいだ」と刀掛けの下の方を指差した。
それがどうしたと思いはしたものの確めてみる。ひょっとしたら人の家の物をいきなり取って調べるのは気が引けたのかもしれない。一応祭具の掛かっている刀掛けの下だし。鞘一本だけだけど。
刀掛けは見た目と違い重たい……等という事は無く、簡単に持ち上がった。そして、その刀掛けの下敷きになっていたのはどうやら一冊のアルバムらしい。
どうしてアルバムをこんな所に置いたのだろうか? アルバムの表紙を見るにそんなに古いものには見えないけれど。
取り敢えずアルバムの表表紙の方から順に捲っていくと、やはりというか、繁じいちゃんが写った写真が収められていた。しかしこのアルバムは繁じいちゃんの両親……俺の曾祖父母に当たる人が作ったわけではなさそうだ。
理由としては、アルバムに写っている繁じいちゃんの年齢が俺と同じ位で、友人達と写っている写真ばかりだったからだ。その中には……レイン=シュラインであろう少年と一緒に写っている写真もあった。
「あ」
見進めていく中、アルバムの頁を捲って直ぐ、横で一緒に見ていた玲が声を漏らした。
「どうした?」
「そんな重大な事ではないんだけどね、君の祖母君と一緒に写っている写真があったからね」
「そうだな…………というか、ここから二人で写ってる写真しか無いんだけど……」




