足跡(12)
「何だ、友達出来なかったのか」
「司と一緒にすんな! ばーか、ばーか」
「オイ、何で罵った」
俺はこの幼馴染みの事は理解出来ているつもりだけど、時々、今でもその突発的な行動には驚かされる。明るい日差しの通学路も、明るい幼馴染みも、今はいつもより眩しく見えた。
「そもそも新しい友達も沢山出来たんだろ? 今日くらい一緒に帰っても良かったんじゃないか?」
「いや、そもそも学年上がってクラス替えがあっただけだし友達増えなくないか? だって元々皆友達だし、変わんなくない?」
「…………ごめん、俺つむじの事嘗めてたわ」
「よくわかんないけど、良いぜ! 許してやるよ!」
結局いつものような帰り道だ。少し騒がしくて気楽な帰路。けれど、今日は珍しくもう少しで家に尽くといった頃に会話が途切れた。
決して無言でも気不味いといった仲では無いし、会話が途切れるのもそこまで珍しい事では無いけれど、つむじはどちらかといえば普段からおしゃべりな方で、そんなつむじが疲れていたりしない限りお互い全く喋らなくなるなんて事は殆ど無い。ましてや今日は授業も無くお昼前の解散で、つむじのエネルギーは有り余っている筈だ。
「……………………」
「……………………」
お互いに何も言わず、歩く時間が続く。こんなにも無言の時間が続くのも非常に珍しい。
「……なあ、司」
暫くして、つむじは顔を前に向けたまま、こちらは見ずに、落ち着いた声音でそう呼び掛けてきた。
「何だ、つむじ」
「お前さ、何か隠してるだろ」
「隠す? 何をだよ」
「別に私に言う必要は無いけどさ、辛そうに見えるぞ」
「何だよ、それ」
「私は頼りないか?」
「…………ああ、そうだな」
「だろうな、お前も頼りないぞ。だからさ、吐き出すだけ吐き出しちまえよ。それなら問題無いだろ?」
「……ほんと、つむじは意味わからないな」
つむじは自信満々に「だろ?」と言って笑う。
「私は司ほど小難しい事はわかんないし、がさつだけどさ、お前よりは能天気に笑い飛ばせる自信はあるぜ!」
駄目だ、と思った。巻き込みたくない。でも同時に言ってしまおうとしている自分も居た。……身勝手になってしまっても良いのか、決意や感情が揺らいでしまう。
そんな時に家に着いた。
「取り敢えずお邪魔するぞ」
つむじは俺が何かを言うよりも先に俺の家の鍵を取り出し、そう言って中へと入る。……もう何も言うまい。
そして家の中を進んだ先、リビングでは、布団の無い火燵の奥で、こちら側に体を向けた來依菜が正座をしていた。
「まあ、そうだよな」
真剣な表情の來依菜を見て、つむじはそう溢して來依菜の隣に座り、俺にその向かい側に座るよう促した。
「……兄さん、話があります」
彼方の世界に居た時にも言われたけれど、俺はそんなに隠し事が下手だったか。今回ばかりは誤魔化せたと思っていたが流石に長い付き合いの二人が相手だと駄目だったらしい。
俺も覚悟を決めるしか無い、結局巻き込む可能性があるのなら、二人に不安を与えてしまうのなら、それでも尚、二人を守る為の覚悟を。
‡ ‡ ‡
それはある日の事だった。いつもの道、いつもの日常、違いなんて無かった。ただの買い物帰り、その筈なのに、その日私の見る風景は一変した。
最初は頭痛、軽いものだった。次に途切れ途切れの映像。燃え盛る炎の中、誰かが叫んでいた。……多分私の名前を呼んでいた、泣いて、笑っていた。でもその人の名前と顔は思い出せなかった。欠落していた。
ディザイア…………願い、欲望。私の事をそう呼んでいた。多分それが私の名前だったのだろう。燃え盛っていたのは、何処かの小さな孤児院のような施設。私は自然の多いその孤児院で楽しく暮らしていたらしい。
その孤児院によく訪れていた、まるで父や母のようだった優しい大人達は炎の中に消えた。優しい人達も同様だった。燃え盛る森の中に残された大人はそこの院長であった老齢の男性だけで、後は私を含めた六人程の子供だけだった。
院長の名前はレイン=シュライン。こちらの世界で笠本孝哉と名乗っていた人間と同一人物だ。
何故、私は何もかもを忘れていた? 今更になって思い出した? こんなにも凄惨な出来事を覚えていなかった? どうして、この手が簡単に人を傷付けてしまうのに、私はのうのうと手を繋いでいた?
そんな時だった、そいつが目の前に現れたのは。
『問おう、ディザイア……いや、柊來依菜。お前は大切な人間を守りたいか?』
そいつは何らかの方法で変化させたであろう、不気味な声で私にそう問い掛けてきた。
顔の全てを覆う道化師の様な仮面を付けて、フードコートを羽織っている為に正体はわからない。けど、身長は高く肩幅もそれなりにあるので恐らく男。だけど、それ以外の予想はつかなかった。
「……あなたは誰? どうして私の名前を知っているの?」
『私はソウチ。レイン=シュラインの協力者だ』
「……レイン=シュライン……!」
六年前、研究所の事件であの人は死んだ筈……いや、でもそもそも何故あっちの世界に居た人がこっちの世界で研究所の所長をしていた?
あの日、あの姉に当たる人物は何故笑いながら泣いていた? ……そうだ、確か光の塊の様な物が目の前にあったのだ。それから…………駄目だ、記憶が無い。……あるけど、無いのだ。その直後に気を失い、気付いたらこちらの世界の病院に居て、そこで後の育ての父や母と、笠本孝哉と名乗る男と出会ったのだ。
そして、名前も記憶も忘れていた私は、來依菜と名付けられ、柊家に迎えられた。
それからの日々はきっと幸せな日々だった。家族にも友人にも恵まれて、普通の日々、普通の幸せ。……その中で私は無責任にも、意図も容易く命を奪ってしまう力の存在をも忘れてしまっていた。
セクレト。今の今まで力を暴発させなかったのが奇跡のようだ。
『顔色が悪いぞディザイア』
……そうか、私は……。
未だフラッシュバックする記憶のせいで、頭の中はぐちゃぐちゃだったけど、ソウチの言葉で私は自分の気持ちを再認した。
「あなたの目的は何?」
『手近な目的はお前の勧誘だ』
「手遠な目的は?」
『……誰もが幸せな世界だ。誰もが傷付け合う事の無い世界だ』
「……そう」
それなら……だったら、私は消えなくっちゃ。大好きな人達を傷付けたくなんかない。大切な人達だから、幸せになるべきなんだ。
私は今まで幸せだったから。
そうして私は《リアトラの影》に所属し、“キョウカ”という名で活動した。その中で時々戦う事はあったけど、私に与えられた任務は殆どお使いの様な事ばかりだった。
それがあの人の優しさだったのか、それとも別の目的があったのかは今となってはわからないけど、何と無く、居場所の無い私達の為にわざとそういう任務を与えていたように思える。
あの人の思想も目的も、結局私は理解出来なかった。知らされなかった。だから多分、最初から私を戦力だとか、そういう風には考えていなかったのだろう。
その証拠に、私はコクジョウ君という幼い少年と一緒に行動する事が多かった。彼はあまり自分の事は話さなかったけど、家出をしてきたらしい。そのくせ家への帰り道もわからなくて、私達と偶然出会っていなかったら今頃どうなっていた事やら。
……彼は元気にしているだろうか? ちゃんと家へ帰る事が出来ているだろうか。それともまだレイン=シュライン達と一緒に居るのだろう。とにかく、元気でいて欲しいな。
今日、私達新入生は学校は休みで、兄さんやつむじちゃん達在校生は始業式の為、家には私一人。多分もうそろそろ帰ってくる頃だと思う。
兄さんは何かを抱え込んでいる。元々考え込む性格をしているけど、昨日見せた表情は凄く怖かった。
…………私は優しい兄さんやつむじちゃんに甘えている。甘え過ぎている。きっと兄が抱え込むのは私のせいだ。
世界が繋がった日、私はこの家に帰ってきた。帰ってこれた。……帰ってきてしまった。なのに、兄さんもつむじちゃんも今日に到るまで何も聞いてこない。私はそんな二人に甘えているのだ。黙っている方が都合が良いから。
心の整理が出来てないなんて自分に言い訳して、いつか来る日を、来なければいけない日を引き伸ばしている。嗚呼、私は最低だ。
傷付けたくないなんて聞こえが良い言葉を口にするくせに、結局は都合が良い様に振る舞っている。そのせいで傷付ける事になってしまっているのに。
このままじゃ駄目だ。手遅れになってしまう。今度こそ私は、償わなくてはいけない。目の前で無惨な姿になっていくのを眺めているだけなんて嫌だ。
「取り敢えずお邪魔するぞ」
鍵の開く音がして、聞き馴染みのある声がした。嫌われたらどうしようだとか、怖がられたらどうしようなんて身勝手な事は言っていられない。嫌われたって良い。怖がられたって良い。もう、後悔はしたくないから。




