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足跡(11)

「生憎、こちとらお前が現れなければ聞かずに済んだんだ。來依菜が悩まなくて良い様に、忘れてしまっても構わない、前みたいに暮らせればそれで良かったんだよ。でもお前が居る事で、來依菜はまた負い目を感じる……思い出してしまう…………だったら俺は知らなきゃならない。あの子が過去と向き合うなら、俺はそれを知らなくちゃ傍に居てあげられない」


 ……俺やつむじの前から來依菜が姿を消したのが彼女の意思であるのなら、その理由は俺やつむじに知られたく無かった事なのだろう。でもそれなら尚更だ、一人で悩んでいたんだ。もう一人にはしたくない。


「……そうか、それなら君の期待に応えられる様に努力しよう。だが、俺が把握している事柄は決して多くは無い、直接妹君に聞かない限りわからない事もあるということを理解して欲しい」


「……ああ、わかってるよ」


 來依菜は口数が少ない方ではないけど、遠慮がちで心配をかけないように本心は中々口にしない。……わかっている。わかっていたさ。


「……じゃあ、確認しておきたい、來依菜は自分のセクレトが原因で俺やつむじの前から姿を消したので間違いないか?」


「ああ。間違いない」


「じゃあ、來依菜は“いつ”セクレトの事を知った?」


「わからない。だが出会った時、既に知っていたし、扱えていた」


「お前と來依菜が出会ったのはいつだ」


「一月の頭だ」


 ……來依菜が姿を消した時期と重なっている。ということは俺達の前から消えて直ぐにショウシ達と合流したということか。


「來依菜はどうやってお前達と合流した? ……いや、どうやって存在を知った?」


 來依菜はそこまで行き当たりばったりで行動する性格では無い。何か考えがあったには違いなく、そもそも全く知らない土地に行けた事も、行って直ぐにショウシ達と合流出来たのだって違和感を覚える。


「それはわからない。だが、ソウチという男が連れてきた」


「そいつは何者だ」


「道化師のような仮面をつけた男だ。素顔も素性も不明で神出鬼没、だが、恐らく《リアトラの影》においてもっともレイン=シュラインの思想を理解している人間だ。俺は長年レイン=シュラインに雇われていたが、あの仮面の男の事は全くと言って良い程に知らない、いつの間にか居た」


 ショウシは「尤も、《リアトラの影》の目的や核心に近い事は、俺は知らされなかったがな」と付け足す。……自らを傭兵と言っていたのはこういう事だろうか。


「じゃあ、《リアトラの影》の目的は何だ」


「明確な目的は知らない。だが、俺も一度だけ『折角お前達が救った国を転覆でもさせるつもりか?』と尋ねた事がある。その時レイン=シュラインは『国家転覆? そんな物騒な事に興味は無いよ。僕はね、世界を変えたいんだ』と寂しそうに答えたのを覚えている」


 世界を……変える。あの日、あの人は運命を変えると言っていた。時間を跳躍するだけでは為せない何かを為す為に。


「どうしてあの人が世界を変えたがっているのかは…………知らないよな」


 知っていたら既に言っている筈だ。この男の性格上あまり遠回しな言い方はしないだろうし。


 けれど、《リアトラの影》については今は良い。來依菜の方が重要だ。……とは言え、思っていたよりもわかったことは少なかった。レイン=シュラインやソウチを探し問い質す? 本人に尋ねる? いや、駄目だ。前者は現実的じゃないし、後者は本末転倒だ。話したがらない事を直接聞くなんて出来ない。


「どうした? 顔が険しいぞ」


「あんたが来なけりゃこんな顔してなかったよ」


「成る程。妹君の事か。しかし外野の俺が口出しするべき事ではないかもしれないが、少し過保護過ぎないか?」


「大切な家族なんだ。過保護で何が悪い」


 俺がそう言うと、ショウシは少し黙る……が、直ぐにまた口を開いた。


「俺は君達兄妹二人を長く見ていた訳じゃないが、君達はお互いを大事にし過ぎている節が見受けられる。自分勝手に相手を判断して本当の相手というものを見る事が出来ていないのではないか?」


「……何でお前にそんな事を言われなきゃならないんだ」


「これでも無駄に歳を重ねている。少しは耳を傾けてみたらどうだ」


「……そう言えばあんたもロイドさんみたいに見た目と違って帝国の時代を戦ってたんだったな」


「その通り。先人の教えというものは馬鹿には出来んぞ?」


 癪だ。この男に諭される事自体癪な事この上無い。……でも、言う通りだった。ただの子供染みた憎まれ口でしか返せなかったのがその証拠だ。


 俺は來依菜の本心を聞き出そうとはしていなかった。何処かで壊れてしまうかもしれないと、怯えて、怖くて。來依菜を信じてやっていなかったのかもしれない。


 來依菜が気持ちを話さないのは……話せないのは俺のせいだ。


 ショウシは俺を見てふと「成る程」と呟いた。表情も珍しく、少しだけだが口角を上げて笑っている様にも見える。


「……なんだよ、急に」


「何、対したことではないのだがな、教師というもののやり甲斐を少しばかりだが理解出来たものでな」


「俺はあんたを先生だとは認めてないぞ」


「構わんさ、立場で言えば教師と生徒だ。嫌でもそういう立場だと自覚するだろう」


「そういう意味で言ってるんじゃ無いっての」


 ショウシは小さく「フッ」と声を漏らして笑い、「すまないが、やらなくてはならない仕事があるので今日はここまでだ。疑問があればまた答えよう」と言い、職員室があるであろう方角へと歩いていった。


 何なんだあの男は。どうして殺し合った人間とあんな風に接する事が出来る? どうしてあんなに余裕を持っていられる? …………いや、止めよう。そんな事を考えているのは不出来な自分の苛立ちを、全てあの男に対する嫌悪感と劣等感にしようとしてしまっているからだ。


 あの男は元々傭兵だ。帝国に造られたホムンクルスならレイン=シュラインと敵対していた可能性だってある。生きた年月を考えてみれば割り切るのだって慣れているのだろう。


「……はぁ……」


 ……けれど、わかっていても、やろうとしても、俺には出来ない。妹の事だってそうだ。動かなきゃいけないのに、一歩を踏み出すのを怖がっている。けれど、今日は金曜日。月曜になってしまえば來依菜は嫌でもショウシと顔を合わせてしまう。思い出してしまう。


 それなら……先に聞いてしまった方が良いのかもしれない。


 今日は授業は無い。普段なら喜ばしい事なのに、今日ばかりはその帰り道も億劫に感じられた。幸いなのは、つむじと帰る約束をしていなかった事だ。


「遅いぞ司!」


「…………何で居る、つむじ」


 こんな気分だ、ゆっくり一人で帰るのも悪くないと思った矢先、ハイテンションな幼馴染みが校門で待ち受けていた。


「何でって司がマッチョな先生と何処か行く所が見えたからな。連絡入れてないのはほら、サプライズってやつだ。びっくりだろ? 嬉しいだろ?」

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