足跡(10)
青い短髪に青い瞳。筋肉質で肩幅も広い長身の男。数ヵ月前は殺し合った仲の男がどうしてここにいる? 何故茶色いスーツを来て教壇に立っている?
焦れば良いのか、それともいっそ笑ってしまえば良いのかわからない。
その男が、何故ここに居るのかよりも、敵なのか味方なのか、そちらの方が重要だった。ここには來依菜も、つむじも居る。知り合って日が浅いとは言え、友人だっているのに。
「こう見えて教員歴はあまり長くないが、君達の力となれるよう努力しよう」
いいや。そもそも、この男が味方だとか、信用しろとか、そういった主旨の事を言ったってそう簡単に信じられる筈がない。
「……とは言え、今日は初めての顔合わせも多いだろう。一先ずお互いに自己紹介でもして、その後好きなように質問でも交わすとしよう」
あまりにもごく普通な流れ。当然のように歪に事が進んでいく。他人の自己紹介なんて頭に入って来なかった。自分の自己紹介だってあんまり覚えていない。ショウシに内心を悟られないように、周りから不自然に見えないように振る舞った、当たり障りの無い自己紹介だったと思う。
質問の時間では目立のが好きな人やお調子者な人達が全員に向かって「彼氏彼女は居るか」だとか「出身は何処だとか」、「趣味はあるのか」といった、当たり障りの無いものばかりだった。ちなみに「趣味はあるのか」と質問したのは玲。玲の趣味は裁縫らしい。意外と家庭的というか、器用らしい。
玲に向けられたきゃーきゃーという黄色い声の後、ある質問が投げられた。「ショウシ先生のショウシという名前は苗字ですか?」という質問だ。
「いや、名前だ。ただ、苗字よりも名前で呼ばれる方が好きでな。ちなみにフルネームはショウシ=アビエスだ」
アビ……エス……? 何故? アビエスといえばノスリの苗字だ。偶々なのか? くっそ……どうして俺はあの子の事を何も知らないんだよ……。
ショウシが嘘を言う必要はあるか? 少なくとも、わざわざこんなところに居るのは何らかの理由がある筈だろうし。……幸い、普通に教師の様に振る舞っている辺り、向こうも今は戦う気はないようだし…………本人に聞くしかないか。
チャイムが鳴って始業式を行うために体育館へ移動し、あまりにも普通な、何事もない時間が進んだ。その際に新任、新設のクラスの紹介も行われたが、全てが普通だった。
そうして、何事もなく今日はその場で解散となった。体育館が今日、仲良くなった人同士や、以前からの友人同士の、一緒に帰ろうといったありふれた内容の会話で喧騒に包まれる。
自由解散により作られた乱れた人波に抗って、男の姿を探す。人の隙間からでも、その恵まれた体格の男を探すのは容易だった。まるで本物の教師の様に、他の教師と会話をしているのが腹立たしい。
「ショウシ…………先生……」
近付き、他の教師が居るのにも関わらず、呼び捨てをしそうになり、誤魔化すと、意外にもすんなりと、その男は「失礼、先程質問を受けていたので……」と会話を切り上げ「すまない、待たせたな」等と宣い、授業が無い為に人気のない校舎へと向かった。道中の会話などある筈が無かった。
「それで、何かな少年? ツカサ=ホーリーツリー……いや、ヒイラギツカサ。残念ながらこちらは思い当たる節が多くてな、君から聞いて貰えると助かる」
まだ時計の針は完全には上を向いておらず、静かな校舎の中は明るい。
「……こっちだって聞きたい事が多すぎて困ってる。そもそもあんたが素直に答える様に見える事にだって混乱しそうなんだ」
「それは悪かったな。だが、教師は教え子の質問には素直に答えねばならないだろう?」
「……じゃあ、素直に答えて貰う。まずお前の目的は何だ」
「君達を育てる事だ」
「はあ?! 俺達殺しあったんだぞ!?」
「殺し合いはしたが、無闇な殺生は控えろと言われていた」
「じゃあ、お前はかさも……いや、レイン=シュラインの指示で動いているのか?」
「そうであるが、そうではない。今の俺が動いているのは彼の遺言の様な物だ」
もっとも、まだ死んではいないだろうがな、と付け足すショウシには、嘘を言っている様子は無い。
「もしお前の言っている事が本当だとすれば、あんたは俺や俺の友人は傷付けないと言っている様に見える」
「その通りだ」
「……っ、じゃあ、お前はノスリと……ノスリ=アビエスとはどういう関係だ! それとも嫌がらせか?! あの子の名前を語って、あの子を助けられなかった俺に対する当て付けか!? そもそもどうして俺達の前に現れた? 俺は良い! けど、來依菜はどうしてくれる! 折角! 折角忘れようとしているのに! 來依菜にこれ以上引け目を感じさせるような真似はやめてくれよ!」
「キョウカ……いや、來依菜だったか、妹君には悪いとは思っている。それに、先程も言ったように俺は君に危害を加えるつもりも無い。アビエスという名前も嘘ではなく、紛れもない事実だ。レイン=シュラインの真意等、俺にはわからない。だが、義理は果たす。故に君達を導く為にここにいる」
ショウシの表情は変わらない。……これじゃあまるで不器用で純朴な男みたいじゃないか。どうして人間味を見せてくるんだよ。
「“アビエスストゥルクトゥーラ”…………かつてその様な大規模な生体実験が行われた。帝国の時代、より強い国にする為のものだ。当時の皇帝は自らの野望の為に非道な行為を平気で行っていたが……我が子を実験台にするまでに幾つもの疑似生命体……ホムンクルス造り出した。その中の一人がドヴァーと呼ばれた俺と、チトゥイーリと呼ばれていた七英雄が一人メイサ=アビエスだ」
ショウシは「これが全てだ」とでも言いたげに青い瞳を俺に向ける。他に気になることは聞けというのか、随分と投げ遣りじゃないか。こっちだってお前が居る時点で混乱しそうだってのに。
「……とは今言ったって理解は難しいだろうな。君は若い、物事の道理への理解や分別は経験を積み重ねる事で学ぶことだ。例え知識として得ていたとしても、それを扱うとなれば話は違う」
……気に食わない。この形容し難い感情をショウシにぶつけるのは御門違いだって事は俺だってわかっている。
……なのに、この上から目線は何だ。悪意も無く敵意も無く、保護者然として、まるで俺が些細なモノであるように振る舞っている様に見える事が気に食わない。わかってる筈なのに、そんな憤りが沸いてくる。
「……本当に、お前の言葉に嘘は無いんだな……?」
「ああ、君達に対して真摯に接する事を約束しよう」
「……俺がお前を利用するだけだとしてもか?」
「変わりない。元より傭兵のこの身、利用される事など慣れているさ」
「そうか……。だったら教えてくれ、どうして來依菜はお前達の所に居たんだ」
そう質問すると、ショウシにしては珍しく、少しだけ驚いたような表情を見せた。
「何が可笑しい」
「いや、既に彼女に直接聞いているものだと思ってな。それに、普通ならもっと別の事を聞くだろうに」




