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足跡(8)

 巻き込みたくないのに。突き付けられた二択に、どうして一切巻き込まないという選択肢が無いんだ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 やっぱり……新しいアルバイトを始めたと言っておくのが無難だろうか。……でも、何も言わずに後悔した事だってあった。皆優しかったから、下手に踏み込んで来たりもしなかったけど、もっと早くに腹を割って話せていたら、もっと色々な話だって出来ていたかもしれない。


 俺は今……どうするべきなんだ。


「……兄さん? さっきから呼び掛けても黙ったままだったけど、大丈夫? 体調悪いの?」


 そう妹に肩を揺さぶられながら言われ、考え事に集中してしまっていた事に気付く。どうやら何度も呼ばれていたらしい。これじゃ駄目だ、また心配を掛けてしまう。


「いや、大丈夫、ありがとう。來依菜にどうお詫びをしようか考えててさ」


「おい私は? 私へのお詫びはどうした!」


「はーい、根気強く待っててくれた良い子のつむじちゃんには後で飴ちゃんあげまちゅねー」


「雑かよ! 私の扱い軽くないか!?」


「わかったよ、二個な」


「数の話じゃねぇぇ!」


「わかったよ、奮発して三個にするから帰ろうぜ。待ったせちゃったしな」


「だから数の話じゃねぇぇえ!」


 そうやって有耶無耶にして帰路に就く。つむじが明るくてノリの良い性格で助かった。來依菜はそれでも釈然としないような表情をしていたけど、その後いつものように馬鹿なやり取りをしていると、そんな表情も消えていった。





 次の日、始業式で新しいクラスメイトとの顔合わせの日だった。普通ならクラス替えで誰々と同じだとか違うだとか、そんな事を考える日ではあったけど、今回ばかりは違う。ほぼ全員知らない人だ。


 青見原学園魔導科。それは、突然この世界に起こった変化に戸惑う人々の為に急遽新設された学科だ。この学科は、つむじや去年までの俺が通っていた普通科とは違い、主に突然芽生えた力の扱い方を学ぶ事が中心になっている。


 勿論、普通科でもカリキュラムが変更された事により魔力の扱い方等は学ぶが、こちらはより危険性の高い能力を扱う人が多い。……要するに隔離だろう。


 まあ、とは言っても、危険な能力だからこそ扱いに困っている人が居て、その人々がそれらをコントロール出来るようになる為に作られたのもまた事実だ。


 また、こちらの世界に本物の魔力や魔法というものが広まったのが一ヶ月ほど前で、その短期間の内に、このような学科を創設し対策が出来たのは世界でも青見原学園以外、殆ど無い。


 カリキュラムの変更など、政府の対応も日本はよくやっている方ではあるが、国単位となると流石に小回りも利きにくく、現在が平和というだけでも十分な位だ。


 話は少しばかり逸れてしまったが、この青見原学園が何故そこまで対応が早かったのかというと、学園を運営しているのが陰陽五家だったからである。彼等は没落せず、細々と現代までその営みを続けていた事もあって、異世界は驚いたにしろ、魔力や魔法、セクレト等の魔導への理解が元々有るが故に迅速に対応が出来たのだろう。


「やあ司クン! 昨日振りだね!」


 学校の掲示板で自分のクラスを確かめて教室に入ると直ぐに、俺の名前を呼んだのは昨日会ったばかりの性別不詳だった人。今日は俺と同じで詰襟の制服を着ている。


「おはよう、玲。昨日振り」


 こいつが制服を着ていると、何処かコスプレっぽい感じがする、良い意味で。華のある舞台役者のようで、急に歌い出したりしても不思議ではない。良い意味でも悪い意味でも。


「おはよう! 名前の順だと席も遠くてこれじゃ授業中も話がしにくいね」


「サボる気満々だな」


「いや、私はサボるつもりは無いんだ。ただね、先生達が何を仰っているのか全くわからないわんだ。それなら誰かと親睦を深めた方が有意義と言うものだろう?」


「玲を見てると教師という職業の大変さがわかるな」


「何を言っているのかはよくはわからないが、褒められるというのは悪い気はしないな! うん!」


 褒めてはない……けど、それを口にするのは不粋だろうか。まだ知り合ったばかりだが、悪いやつでは無い……というか、悪いことが出来ないやつなのはわかる。落胆させてしまうのも忍びない。


「……そう言えば、このクラスには玲の知り合いは居ないのか? 五家云々があるわけだし、わざわざ俺と話さなくても知り合いは居るんじゃないか?」


「確かにこの学校の運営は五家が主体ではあるが、そこまで私情を挟むほど自分勝手な組織ではないよ。少なくとも五家から来ているのは同年代の中で選ばれた我々だけだ。あまりにあからさまだと逆に警戒もされてしまうだろうしね」


「確かに露骨だと人によっては忌避もするだろうな」


「そう、それにどちらかと言えば、今のこの学科の本来の目的は人助けであって、政治的な事では無いんだ。君のような神隠しに遭った人や突然力を得てしまった人々が普通で、私達の方が異常なんだよ」


「俺は確かに普通側だったかもしれないけど、今は異常側だけどな」


「まあまあ、そう言わずに、折角の学園生活楽しもうじゃないか! これでも私は幼い頃から跡取りとしての教育ばかりで同年代の友人は殆ど居なくてね。学校も通っていたが、家の都合で休みがちでいざ通っても皆遠くから珍しいものを見るように眺めているだけで、こんなにも堂々と学校に通える日が来るとは思いもしなかったよ!」


 成る程、玲は玲で学校での生活に思う所があるらしい。遠くから眺められるのは珍しいからだけではないと思うが。…………俺がもし、初めから道玄坂の跡取りとして育てられていたら、玲の様にあまり学校にも通わず、つむじやおばさん、おじさんとも出会ってなかったのだろうか。


「と言うわけで、私の友達作りを手伝ってくれないか?!」


 変な事を考えそうになっていた意識を、玲が引っ張り戻してくれた。これは駄目な傾向だ、考え過ぎるのもよくない。


「手伝うってどうすれば良いんだよ」


 幸い、考えていたのは一瞬で、昨日の様に感付かれたりはしていない。


「…………友達ってどうやって作れば良いんだ……?」


「そこからかよ」


「その口振り! 司クンは友達が沢山居ると見た! 心強いよ!」


「いや、俺もそんなに友達は居ないけどさ……ってそんなあからさまに残念がるなよ……」


「わ、私はどうすれば良いんだ……夢の学園生活も始まる前に終わりだ……」


 玲にとっての夢の学園生活とは如何なる物なのだろうか。意外とハードルが低いのか、それともこいつらしい破茶滅茶な物なのかちょっと気になる。


「そもそもさ、友達って作ろうって思って作れるものじゃないんじゃないか?」


「えっ、私今友達出来る可能性全否定されてるの?」


「何でいきなり乙女チックな口調になってんだ」


「つい、驚き過ぎて」


「とにかく、友達ってのは、作ろうって友好的な意識は必要だろうけど、『今から友達だ』って言ってなるものじゃなくて、いつの間にかなってるものなんじゃないのか?」

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