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足跡(7)

「ちなみに斎サンの苗字は椿(つばき)、青天目家に選ばれた三年生ッス。いつもクールぶってますけど、中身はそんなクールじゃないッス」


「ほら斎、言われてんぞー。自己紹介の出番も取られてんぞー」


「別に気にしないよ。よろしく司君(・・)


「あー、私とは違うぞってオーラ出してやがる。ぷぷっ、ムキになってんじゃん」


「よ、よろしくお願いします、斎先輩」


 斎先輩は穏やかに笑みを浮かべているが、遊火先輩の言葉に、俺に差し出されていた斎先輩の手がぴくぴくと微かに反応する。巻き込まれると面倒そうなので、俺は握手をして手短に挨拶を済ませた。


「それじゃあ、最後は私だね!」


 ……が、面倒そうなのが残っていた。何故か得意気な顔の性別不詳の人からはコーチと似たものを感じる。黙っていたらキャーキャー言われるけど、中身がアレな所とか。あいつの場合はその中身が知れ渡り過ぎてて別の意味でキャーキャー言われてたけど。


「私は粉白(あきら)、君と同じ魔導科の二年で、これでも粉白家の次期当主候補だ。多分この中なら同い年の私が一番会う機会も多いだろうし、仲良くしようじゃないか! 気軽に玲と読んでくれ! 司クン!」


 ……粉白さ…………玲は俺の手を両手で掴んで、煌々と目を輝かせながら自己紹介をする。容姿のお陰か、不思議と暑苦しくはないけど、距離が近いのもあって圧は感じる。何だろうこのキラキラとしたオーラ……てか睫毛長ぇ。


 楽観的で羨ましい限りだと思ったところで、ふと手の甲に少し違和感を感じた。玲の手は一見、ゴツゴツ等しておらず細く長い綺麗な手ではあったけど、その内側、俺の手を握る手の平には固い肉刺が幾つもあった。


 ……それは当主候補だからなのか、それとも何か別の理由があるからなのかはわからないけど、それらは一朝一夕で出来るものでは無く、努力をしている証だ。斜に構えて浅はかな事を思ってしまったのを反省しよう。


「わかったよ、玲。こちらこそよろしく頼む」


「ああ! わからない事があれば何でも聞いてくれ!」


「あ、うん……」


 ……けれど、生真面目さから来ているらしいこの前のめり過ぎる姿勢は少し苦手かもしれない。無下にも出来ないしどうしていいのかわからない。


「皆呼び出して悪かったね、用件は以上だ。あっ、でも司君はもう少しだけ残ってね」


 正隆さんがそう言うと、皆待ってましたとばかりにすぐに退出する。どれだけ帰りたかったんだよ。俺も帰りたいけど。


「では司クン! また明日!」


「じゃあね、さっぴょん」


「……それじゃ」


「失礼しやしたー」


「そ、それでは柊先輩……ま、また明日です……!」


 皆あっさりし過ぎじゃない? 特に男勢。遊火先輩は部屋から出た時に振り返りもせずに言ってるし。……丁寧なお辞儀も一緒の周ちゃんだけが唯一の良心だ。來依菜は良い友達を持ったな……。


「……二人っきりだね」


「気持ち悪い事言わないで下さい」


「さて、全ての挨拶も済ませた所で、司君には当主としての初仕事の事を話さないといけないね」


「その話も先にしておいて欲しかったんですけど」


「ごめんね、忘れてたよ」


「オイ、コラ」


 全く、オールバックのやつにマトモなのは居ないんだな。いい加減まともなオールバックに会ってみたい。


「まあ、仕事と言っても大変な事じゃないよ。来週の日曜日に当主の就任式に出席してもらうだけだ。執り行うのは僕達五家集会から派遣された人間だから大体の事は僕達に任せてくれれば問題は無いんだけどね……」


「……だけど何ですか、そんな渋い顔されても今更過ぎて、何のフォローにもなりませんよ」


「僕だってやり方が汚かったのは反省しているんだよ…………本筋に戻そうか、正式な当主の就任式には基本的に三つの立場の人が参加するんだけどね、一つは就任式を執り行う五家集会に選ばれた立場……つまり僕みたいな人間だ。もう一つは他の五家の代表とその代表の付き添い、恐らく今日顔を会わせた五人も来ると思う。そして最後は、本来なら心強い存在である君達道玄坂家に属する家だ。古来からの習わしとして、就任式ではその一門に属する家の家長は参加しなくちゃいけないんだよ。ただ、それが問題で……凄くピリピリすると思う」


「そういえば、俺が選ばれたのは同門同士のいざこざですもんね」


「その通り、詳しいこととかはまた後日伝えるけど、君にとっては就任式が終わった後の顔合わせの食事会が本番だよ」


「……正隆さん、正隆さんの言った通り“仕事の方は”確かに大変じゃないのかもしれませんけど……どこが出席するだけなんですか……」


「そこはほら、最初の内はあんまり波風立てずに現状の確認と派閥の確認に徹すれば面倒な事にはならないだろうしさ」


「物は言いようですね、この刈上げ詐欺師」


「刈上げ詐欺師?!」


 正隆さんに話はこれで終わりかと尋ねると「えっ、あ、うん」と気の抜けたような言葉と共に頷いたので、部屋を出て校門の方へと向かう。部屋を出る時に何も言わなかったのは少し子供じみた仕返しだっただろうか。


 校門から入ってすぐの校舎前には、写真を撮っていたであろう人は、もう殆ど居らず、自身の妹と幼馴染みの姿をすぐに見付ける事が出来た。


 しかしその二人は、俺が歩いてくるのに気付くと、一人は少し拗ねたような表情をしていたのを隠し、もう一人は物言いたそうな目をした。


「司、何か言いたいことはあるか?」


「無駄に整えられたオールバックを無茶苦茶にしてやりたい」


「何言ってんだお前……」


「俺、オールバックが嫌いかもしれない」


「だから何言ってんだよ! 私にもわかるように説明しろぉ!」


「つむじにはレベルが高かったかそっかー」


「決めた、私明日から新入生と仲良くなって司泣かした話広めるぞ」


「正隆さんの話が長かったです、はい。遅くなってしまって誠に申し訳ございません。茶化して誤魔化そうともして本当にすみませんでした」


 この年になって、泣いた話を通して学校の一年生達に一方的に知られるのは流石に勘弁したい。普通に考えると有り得ない様な話ではあるが、つむじならやりかねない。行動という意味でも完遂という意味でも。


「やっぱり皆帰っちゃってるよな……ごめんな來依菜」


「ううん、正隆さんが呼ぶって事は大事な話だろうから、気にしないで」


 ……やっぱり來依菜ならそう答えてしまうよな。


 今になって後悔した。確かに正隆さんの話も大事ではあるけど、考えていた分の時間、文句を言っていた時間なんて取らず、話を進めていたなら、もっと早く話も纏り終わってさっさっと合流出来たかもしれない。僅かな時間でも出来る差は大きい。どっちが大事かなんて、俺にとっては明白だったのに。


 ……でも、正隆さんの話についてどうするのかも考えなければならない。俺が道玄坂の当主になる事、昔隆盛を誇った魔導の家が再び栄華を取り戻す為に動き出している事を二人に伝えると、二人はどんな顔をするだろうか……いや、どんな顔をするかなんてわかってしまう、“そういう顔”をさせてしまうのが嫌だ。……ああ、後悔している癖に、打算的に考えてしまう自分が嫌だ。

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